「化身少女」第1話

『あらすじ』
 男子高校生である神薙昂輝はある日、地球の化身を名乗るアリアという少女に出会う。彼女は、昂輝が「惑星間順位決定戦」という、太陽系内のハビタブルゾーンを巡る惑星の化身同士の争いに巻き込まれていることを告げる。戸惑う昂輝ではあったが、目の前で繰り広げられる始めたアリアと木星の化身・ゼータによる、人智を遥かに超えた戦いを見て、自身の置かれている危機的状況を理解する。ゼータとの戦いに勝利したアリアは、昂輝を守り、決定戦を勝ち抜くために昂輝と共に暮らすことを宣言する。ここから始まる化身たちとの苛烈な戦いの中で、昂輝は自身とアリアとの出会いの必然性と、そこに秘められた悲しき過去に向き合うことになる。



街中。
全速力で逃げ惑う人々。
その人混みの中、一人の少年と一人の少女が人の流れを無視するようにして立ち止まり、空を見上げている。
怯えた目を空に向ける男子高校生の昂輝。
その横には、少しだけ口角を上げて空を見上げる青い目と、肩ほどで切りそろえた青い髪を携えた少女・アリア。

昂輝「アリアさん、あれは?」
アリア「あれは木星だよ。デカすぎてウケるね」
昂輝「ウケる……のかな?」
アリア「さっすがゼータちゃんって感じ」

アリアは、目の前に迫る危機に全く動じる様子を見せずに楽し気な雰囲気を振りまいている。

昂輝「そっか。それにしても大きいね。木星も、ゼータちゃんも」
アリア「ねっ!」

空を押しのけるようにして存在するのは、圧倒的大きさを有した木星。
二人の座標は確実に地球であるはずなのに、なぜか空には木星が浮いていた。
大きさはグラウンド一個分ほど。
本物よりは大きくはないが、しかし、それでいて宙に浮かぶにはあまりにも違和感のあるそれは、地面に向けて恐怖を落とし続けている。

そして、その木星の傍には一人の少女。
優に170センチは超えているであろう長身。
その長身に負けないほどの栗色の長髪。
長髪はその毛量にも関わらず、まるで一本一本が心に絡みついてくるかのごとく繊細に揺らめいている。

ゼータ「昂輝とか言ったな? お前のこと、すぐに楽にしてやるよ。アリアもさっさとどけ」

そんな繊細な髪とは対照的に好戦的な目と声色を二人に向ける少女・ゼータ。
欲情したかのように、頬は赤く上気している。

アリア「それは無理な相談だよ、ゼータちゃん」「昂輝君を殺すor渡すと、私の地球、終わっちゃうんだよ?」「ほか当たってくれる?」
ゼータ「ふん。ほかなんてあるわけないだろ」「この町ごと消されたいの?」
アリア「だから、それは無理だってー」

昂輝の首に腕を絡めながら抱き着くアリア。

アリア「昂輝君は私のものだよ」
昂輝「え!?」「ちょっ!?」
ゼータ「おいおいおいおい!」「昂輝、お前もそんな貧相な体に抱き着かれても虚しいだけだろ」「私に靡けよば満足させてやる」
 
ゼータはその長身に相応しい二つの膨らみを自慢するかのように、大きく揺らした。

アリア「ダメだよ、ゼータちゃん」
ゼータ「?」
アリア「不必要に大きさをアピールするってことは、それ以外の箇所に自信がないからなんだよね?」「でも、大丈夫。私はあなたのいいところいっぱい知ってるよ?」「たぶん♪ おそらく♪ もしかして♪ 知らなかったら今から知っていくから」「だから、自分をもっと大切にして」

アリアは慈悲の涙を浮かべながら、ゼータへと棘のある言葉を投げつける。

ゼータ「ああああああああほんっとに憎たらしい!」「前からアリアのその性格嫌いなんだよ!」「もういい、話すだけ無駄。他の奴らより前にゼータが奪い取ってやる」

美少女二人による昂輝の取り合いのように見えるが、先ほどから両者の間を行き交う言葉の世紀末感に彼の心中は穏やかではない。
ゼータが指をパチンと鳴らすと、木星からいくつもの球体が飛び出す。
それらはまるで、衛星のように木星の周囲を回り始める。

ゼータ「知ってる? 木星って多くの衛星を抱えてるの」「その大きさに見合う様に、その権威にひれ伏すように、下僕を飼ってるの」
アリア「大は小を兼ねる的な発想って、高度経済成長期くらいの価値観だよ?」「あ、地球に不慣れな木星なゼータちゃんにも、わかりやすく言うと、【古い】ってことだよ?」
ゼータ「嫌い! 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いっ!」「アリアなんか大っっっっっっっ嫌い!」

木星の傍を回る複数の衛星は速度を上げていく。
そして周回軌道によって速さを増した衛星は、勢いそのままにアリアと昂輝を強襲する。
昂輝は思わず顔をそむける。
アリアはそんな昂輝を守る様に一歩前へと踏み出した。

アリア「大丈夫だよ」「昂輝君は絶対に死なせないから」
 
先ほどまでゼータを煽っていた時とは打って変わり、アリアの慈愛に満ちた声が昂輝の耳に届く。
同時に、昂輝の体を熱風と砂埃が包み込んでいった。

昂輝「アリアさん!」

昂輝は見えなくなってしまった彼女に叫ぶ。
しかし熱風に邪魔されて届かない。
昂輝(くそっ、一体全体何が何なんだよ)

昂輝は途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、事の発端となった今日を振り返る。
 

② 
朝。
スマホのアラームが部屋に鳴り響く。
朦朧とする意識の中、スマホを探しベッドから出た昂輝は、覚束ない足取りで狭い部屋を歩き、デスクの上で鳴動するスマホを手に取った。

昂輝「またここに置いたまま寝てしまった」

やや目を細めつつ、スマホから溢れ出す機械的な光に視線を向ける昂輝。
時刻は午前六時半。
いつもの起床時間に起きることができたことに安堵しつつ、昂輝はスマホのアラームを止め、カーテンを開けた。
いつも通りの朝。
何かがうまくいかないいつも通りの朝。
そんないつもの朝を迎えた昂輝は、いつものように身支度を済ませ学校へと向かった。

昂輝の通う学校。
1年2組の教室内。
最後列真ん中の席。

昂輝「彼女がほしい……」
瑠々「またそれ?」

昂輝は幼馴染である三島瑠々と机を挟んで話をしている。
瑠々の腰ほどまで伸びた黒髪が、窓から入る春風で軽やかに揺れている。
瑠々は昂輝に呆れたような視線を向ける。

瑠々「そう言いながら、なんもしてないじゃん」
昂輝「いや、それはそうなんだけどさ、なんというか、なんか違うんだよ」「自分から追い求めてとかそういうんじゃなくて、元からそうあってほしい、的な?」「そんな人がいてほしい的な?」
瑠々「ていうか、それならさ……」

瑠々はずいっと昂輝に顔を近づける。
彼女の瞳が怪しく光る。

瑠々「こんなに綺麗さ爆発してる幼馴染が傍にいるんだから、それで満足できない?」

言いながら、瑠々は髪をかき上げる。
その黒髪は健康的な艶めきを放ち、それとは対照的な白さを有した肌が映える。

昂輝「確かに瑠々は美人だし、ずっとお前を見てきた幼馴染の俺でもしょっちゅうドキドキする」
瑠々「でしょでしょ! なら……」
昂輝「でも俺は彼女がほしいんだよ!」「お前、男の娘じゃねえか!」

すっと身を引き、やれやれと言わんばかりに肩を竦める瑠々。

瑠々「このご時世、そんなの関係なくない?」「好き同士であれば」
昂輝「いや、だから、俺がお前を友達としてしか見れないって話だよ!」
瑠々「え? 昔は私を女の子と思い込んで、あんなことやこんなことを……」
昂輝「したことねえよ!」
瑠々「でもさ」

すっと昂輝の両の手の指に、自身の指を絡める瑠々。

瑠々「こういう格好してるのは、君に靡いてほしいからだよ?」「君が靡いてくれないから、私はどんどん綺麗になるしかなかったの」「その責任、とってくれないの?」
昂輝「うぐう!」

昂輝はあまりの瑠々の眩しさに目を閉じる。
そのまま、気持ちがしぼむのと合わせるように、椅子に座り、体を縮こませる。
周囲の昂輝を見る視線も、よりいっそうそれを助長する。

けど、と彼は窓の外に広がる青空を見つめながら思考を巡らせていく。

昂輝(ずっと、待っているような感覚があるんだよな)
昂輝(ここにはいない誰かを……)
昂輝(その誰かと、俺は……)



下校時刻。
微かな虚しさを抱えながら歩く昂輝。
その家路は、どこか哀愁すら感じる。
沈みかかる夕日も彼の心を見透かしたかのように揺らいでいる。

アリア「ねね、もしかして昂輝君?」
昂輝「え?」

そんな昂輝に突如としてかかる声。
後ろから聞こえた声に反応して昂輝が振り返るとそこには少女が一人。
真っ先に目に飛び込んできたのは、心の奥底まで染みわたりそうなほどの透き通るブルーの瞳。
ゆらゆらと揺れるブルーは昂輝の心の琴線を無遠慮に撫でまわす。
ヒリヒリとした痛みを伴いながら、彼の心を撫でまわしていく。

アリア「よかったぁ!」「やっぱり昂輝君、神薙昂輝君だよね」「合っててよかった」「間に合ってよかった」

アリアは言葉に滲むうれしさそのままに、昂輝へと抱き着く。
肩辺りまである柔らかな、これまたブルーの髪は心地よさげに揺れ、昂輝の右耳を擽る。

昂輝(何が何だかわからんけど、いい匂いしかしない!)

首に回された手は、まるで彼女の二つの膨らみを昂輝に押し付けるように強く強く体を引き寄せる。

昂輝「え、えっと、君は……?」

昂輝は何とかアリアを引き離し、疑問を投げかける。

アリア「やっほっぴ。私はアリア」「めっちゃざっくり言うと、君を守りに来たよ」

至近距離から放たれたあまりもまっすぐな笑顔の弾丸は、昂輝の中の何かを軽く、しかしとても深く打ち抜いた。
そしてそれと同時に昂輝の口から発される、心の奥底から掬い上げられた言葉。

昂輝「アリアさん、好きです」

自身の口から突如として漏れた意味のわからない言葉に戸惑う昂輝。

昂輝(好き?)(誰を?)(初対面のこの人を?)

アリア「初対面関係性ぶち抜き告白やばたにえん」

ケラケラと笑いながら、アリアという少女は昂輝の瞳を見つめる。

アリア「まあでも、嬉しいよ?」

昂輝(ん?)

その瞳の奥を覗いた昂輝は、恋慕とは別の何かから発せられる微かな胸の痛みを覚える。

アリア「とりあえず、話してる時間もったいないし、一旦私と来て!」
昂輝「来てってどこへ?」
アリア「どこへでも。とにかくここにいたら危険……」
昂輝「うわっ!」

次に、昂輝の後ろから聞こえて来たのは耳をつんざくような爆発音。
熱風が彼の背中を襲う。

アリア「あー、もう来ちゃったか」
 
アリアは昂輝と態勢を入れ替え、爆発による粉塵巻き上がる先を見る。
揺れる粉塵の中から人影が一つ浮き上がってくる。
それは昂輝とアリアへとゆっくりと歩を進めてくる。

ゼータ「アリア、久しぶりね」

現れたのは長身の少女。
年齢は昂輝と同じくらいだろう。
しかしその存在感はあまりにも圧倒的。
周囲の全てが霞んでしまうほどの強烈な存在感をもって彼女はそこに存在した。
年齢という概念を超えて、彼女の存在は超越的であった。

アリア「久しぶりだね、ゼータちゃん」「数百年ぶりかな?」
 
アリアがゼータちゃんと呼ぶ少女は、不敵な笑みを浮かべながら二人へとさらに近づいてくる。

ゼータ「ふん、そんな挨拶交わす仲でもないでしょ」「さて、早速だけど、その男、こちらによこしなさい」
アリア「相変わらず真っすぐゼータちゃん」「でも、お断り」

アリアは昂輝を庇う様にして両手を広げる。

ゼータ「断られるのを断るわ」
アリア「じゃあ、私は断るのを断られるのを断るね」
ゼータ「じゃあこっちは断られるのを断ってくるのを断……?」「断られるのを断ってくるから断……」「あああもう! こんなやり取りどうでもいいの!」

途中で混乱をきたしたようで、ゼータなる彼女は少しだけ頬を赤らめながらさらに昂輝とアリアに近づく。
そんなゼータに対してくるりと背を向け、昂輝の方を向く。
昂輝はそのブルーに捉えられ動けない。

アリア「それじゃあ昂輝君。逃げよっか」
昂輝「逃げるってどこへ?」
アリア「とりあえず、逃げることができるところまで」

昂輝の手を掴むとアリアは走り出した。
昂輝はアリアに引っ張られるままに足を動かし後についていく。

ゼータ「ちょ、待ちなさいって、きゃあ!」

ゼータの悲鳴に反応して昂輝が後ろを少し振り返ると、町中のカラスを集めたのではないかと思えるほど大量のカラスに襲われていた。
数が多すぎてまるでダークマターのようなそれは、あっという間に彼女の姿を見えなくしてしまった。
 

 
走り出して数分後。
アリアと昂輝は大通りから路地裏、住宅街を抜け、とある小学校の体育倉庫内に逃げ込んだ。

アリア「なんとかまくことができたね」「これで三十分くらいは時間を稼げると思う」
昂輝「ちょ、ちょ、ちょっと待って」「あの、その、何で俺はあの、ゼータちゃんっていう人に狙われてるんですか?」「そんでもって、なんでアリアさんは俺のことを知っててさらに守ろうとしてくれてるんですか?」

走り過ぎて酸欠状態、かつ状況を飲み込めずに混乱する脳内を整理するように、昂輝は矢継ぎ早に質問を繰り出していく。
そんな彼の混乱を余所にアリアは丁寧に言葉を紡いでいく。

アリア「まずは昂輝君、呼吸を整えよ?」「このまま話をしても苦しいだけで、ちゃんと理解できないよ」

アリアは昂輝の背中に手を回し、優しく撫でる。
不思議とその熱が昂輝の体と心を落ち着かせてくれた。

昂輝「ありがとうございます」
アリア「どういたしました」

アリアは快活な笑顔を昂輝に向ける。

昂輝「それで、何で今こんな状況になっているんですか?」
 
アリアは何枚も重ねられた体育マットの上に座り、足を組む。

アリア「端的に言うと、昂輝君は今、地球の命運を握る存在になってるってことかな」
昂輝「命運を? 地球の? どういうことですか?」
アリア「先ほどのゼータちゃんだけど、あの子は木星の化身なの」「私、アリアは地球の化身」「そして昂輝君、君は今現在行われている太陽系惑星間における、数百年に一度の惑星間順位決定戦に巻き込まれているの」
昂輝「いや、全く分かんないです」
 
アリアから語られる、事実なのかもよくわからない話が全く持って理解できない昂輝は首を傾げる。

アリア「この決定戦に負けると、地球は今享受している環境を失うことになるんだよね」「ハビタブルゾーンって聞いたことない?」
昂輝「たしか生物が生存できるうんたら……」
アリア「そうそうそれそれ」「この決定戦に負けたら、私とこの地球はそのハビタブルゾーンから追い出されちゃうの」
昂輝「え?」
アリア「地球が豊かな星として栄えているのは、決定戦が始まってからずっと私が勝ち続けてるからなんだー」「正直、私としてもすんごく快適」「何度か木星とか他の星にも遊び行ったけど地獄だね」

言いながら、アリアはケラケラと笑う。

昂輝「なんでそんな順位決定戦なるものがあるんですか?」
アリア「そこは神の気まぐれかな」「太陽系の絶対的存在である太陽、その化身であるフレアちゃんが暇を持て余した結果生まれたものだから」
昂輝「なるほど? です?」
アリア「でもね……」

少し申し訳なさげに頬を掻くアリア。

アリア「私、強すぎちゃったんだよねぇ」「ずーっと勝つからつまんないってフレアちゃんがルール追加しちゃってさ」

言って、アリアは昂輝の前までふわりと飛ぶ。

アリア「ハンデとして人間一人を守ること、って」「そして、今回その人間として選ばれたのが昂輝君ってわけ」

ぽん、と肩に乗せられるアリアの両手。
平々凡々な日常を送ってきた昂輝は、突如として降りかかってきた運命、その重みにめまいを覚える。

そんな昂輝の苦悩を知る由もないだろう惑星の化身は無情にも再来する。
カラリ、と体育倉庫の扉が開けられる。
咄嗟に昂輝が振り向いた先にいたのは五歳くらいの女の子。
昂輝とアリアを興味津々な眼差しで見つめてくる。

少女「お姉ちゃんとお兄ちゃん、何してるの?」
昂輝「いやあ、何もしてないよ。君こそどうしたのかな? 迷子かな?」

何気なく少女へと近づく昂輝。

アリア「昂輝君!」

アリアは昂輝の手を掴むと同時に思い切り自身へと引き寄せた。
完全に意表を突かれた昂輝の体、主に顔がなすがままにアリアの両の膨らみへとダイブする。

昂輝「ふぁりあふぁん⁉」
アリア「っ!」

昂輝が顔面に感じる柔らかさを享受する前に、後ろから物凄い轟音が聞こえきた。
同時に感じる突風。

ゼータ「アリア、見ーつけた」

聞こえてきた軽やかな声。

アリア「来たね」「それじゃ昂輝君、これからよろしくね」
 
アリアは昂輝を胸に抱いたまま、快活な笑顔を称えながら宣言をする。
 

 
このような流れで冒頭へと繋がる。

昂輝(どうやら俺はとんでもないことに巻き込まれてしまったみたいだな)
昂輝(話しだけ聞けば、ぶっ飛んだ女子同士の妄想劇だけど、目の前に木星存在してるしこれやばくね?)

ゼータ「アリアって器用貧乏よね」「まあバトルフィールドが地球だから、あなたの使えるコマが多いのはわかるけれど」
 
木星から放たれた数々の星々。
その全てをアリアは叩き落した。
体育倉庫内にあった数々の物品を利用して。

アリア「大雑把よりもいいと思うよ?」「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる的な発想、嫌いじゃないけど、それだけで乗り切れるほどこの戦いは乗り切れないよね」
ゼータ「何なのほんともう!」「アリアと話をするといつもこう!」「なんでゼータの神経逆なでしてくるの!」
 
ゼータは瞳を潤ませる。
その潤みが零れ落ちない様に下唇を強く噛み締めている。

アリア「それはゼータちゃんのことが好きだからだよ」「誰もが羨むボディラインに端正なお顔だち。さらにはとてもポジティブな性格」「私にはないモノをいっぱい持っているのがゼータちゃん」
ゼータ「そんな褒めたって……」
アリア「だから、ついいじめたくなっちゃうの」
 
アリアの表情は柔らかい。
しかし、その口から発せられた圧はゼータに届いたようで、思わず彼女は身震いをする。

ゼータ「……っ!」「でも、でもでも今回は負けないんだから!」
 
ゼータちは自身の上部に浮く木星に手を挿入する。

ゼータ「苛烈天球」
 
瞬間、球体であったはずの木星はその形を大きく変える。
まるで天空を制圧するかのように水平方向へと広がっていく。
地上の全てを飲み込んでしまうのではないかというほどに、どこまでも広がっていく。

アリア「ちなみに、ゼータちゃんは本体までとは言わないにしてもそれなりの大きさの疑似惑星を創り出すことが可能なんだよね」「だいたいモノホンの十分の一くらいかなー」「あ、ちなみに木星は地球の十一倍ほどの大きさだから、今ゼータちゃんが出しているのはほぼ地球と同じ大きさの木星だよ?」
昂輝「それはまた……」

昂輝の額から大粒の汗が流れる。
彼の目に映るは、空一面に広がるのは木星。

昂輝(これ、どうするよ。俺が死ぬどころか地球がなくなっちゃうじゃん)

そんな昂輝の絶望を余所に、アリアは淡々とゼータに言葉を投げかける。

アリア「ゼータちゃん、こんな大きいの出したら、地球ごと壊れちゃうよ?」「惑星破壊はレギュレーション違反的なやつじゃなかったっけ?」
ゼータ「これを出した時点で関係ない。全てを飲み込んで終わるまで」
 
ゼータの声の温度が下がる。

昂輝「アリアさん! 逃げなきゃって……足重い!」

昂輝が視線を落とすと、足に先ほど体育倉庫でエンカウントした少女が引っ付いていた。
しかも複数人。
それはもう必死の顔で貼りついている。

昂輝「これって……」
アリア「ゼータちゃんの衛星は人間化もできるの」「可愛いよね。本体とは違って小さくて」
ゼータ「ごめんね!」「本体の私は大きくて可愛くなくてごめんね!」

ゼータの涙を吸い込みつつ、さらに地面への距離を詰めてくる木星。
遠くから大勢の人々の悲鳴が聞こえてくる。
 
そしてそんな状況下にも関わらずアリアはてへぺろしている。

昂輝「可愛いし美しいけど、今じゃなくないですか?」
アリア「大丈夫だよ、昂輝君」「私が守るから」
 
アリアは昂輝から離れると迫りくる木星に相対する。

アリア「ゼータちゃん、今回も勝たせてもらうよ?」

言うと、アリアは両手を胸の前に添える。

アリア「93式近距離地対空誘導弾」

アリアが手を広げると同時に、胸元からえげつない武器が排出される。
何かテレビの自衛隊特集で見たことあるようなないような武器とアリアの可憐さとのコントラストの非現実性に、昂輝は息を呑む。

アリア「苛烈天球は凄まじいけど、本体をヤッちゃえば問題ないよね?」
ゼータ「え? え? ちょ、そんなの前はなかったじゃん」
アリア「それはそうだよ」「以前、相対した時は戦国時代だったんだから」「文明の発達の賜物かな」「基本的にこの地球に存在する全てを私は利用できるけど、人間の文明が発達した今、決定戦における有効対象物は大きく広がったの」

アリア「それじゃ……」

アリアは胸元から生える武器を優しく撫でる。

アリア「ごめんね?」「私、同担拒否なの」
ゼータ「いやああああああああああああああああああああ!」

ゼータめがけて発出されるミサイル。
それら全てがゼータへと着弾し、彼女の断末魔が町中へと響き渡った。
そして、空を覆っていた木星は綺麗に消え去り、再び見えた青空はアリアの勝利を祝福するかのように澄み渡っていた。

アリア「じゃあ、帰ろっか?」

先ほどミサイルを発射したとは思えないほど晴れやかな笑顔を携えたアリアは、昂輝の手を取りどこかへと行こうとする。

昂輝「どこへ?」
アリア「どこへって、昂輝君の家にだよ?」
昂輝「なんで?」
アリア「なんでって……」「一緒にいないと君のこと、守れないじゃん」

こうして昂輝とアリアとの奇妙な運命が動き出すことになる。



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