加古陽『夜明けのニュースデスク』を読む
加古陽の第一歌集である。加古は1962年生まれで、東京新聞編集委員である。2011年の福島第一原発事故の後、原発取材班総括デスクとして取材・報道を統括した。短歌は2007年頃からつくりはじめたという。本書は2024年に刊行された。
星空を朝日が殺す一点の曇りなき日を始めるために
キャラメルが三つ並んでひとときの甘さを競う告示の紙面
消毒した人差し指を立てて入るサイゼリヤとはくちなしの花
一首目、巻頭歌である。一日の死と誕生をうたいあげている。集中に「死と生」という連作もあるが、死と生は一冊を貫く主題でもある。巻末の「夜の月」を詠んだ一首と対になっていて、高い構成意識がうかがわれる。
二首目、歌集としてはめずらしく、本書にはところどころに脚注が付されている。記者ならでのアイデアである。キャラメルとは、「顔写真に略歴を加えた選挙の候補者紹介。四角い形からこう呼ばれる。」とのことだ。「甘さを競う」の比喩が効いている。
三首目、コロナ禍における一首である。「何名様ですか」と聞かれ、マスクをしたまま無言で人差し指を立てるのだ。古来より、くちなしは「口無し」にかかわる花である。
枯れ木から樹液を絞るようだった一年前の最後のメール
花を換え上から水を流しても語り掛けても石の沈黙
夜を待つアスピカホール屋上に鴉が群れる、肉を喰う鳥
本歌集では、さまざまな「死」についてうたわれている。一首目、二首目における部下の死、三首目における義父の死から、さらに関心は被爆者や戦死者にも及ぶ。過去の戦争を扱った連作でも、現地に赴き、観察することによって、歌が観念的なものにとどまることはない。
眉一つ動かさずいるその人の立場は分かる、分かるけれども
完熟をすぎて転がるマンゴーがほのかに臭う蠅を集めて
カド番をタイに戻して羽生王位オーデマ・ピゲを腕に戻せり
歌集タイトルにもあるように、集中には職業詠が多く見られる。ただし、加古は記者であるため、その「現場」は多彩である。原発事故後の東京電力の記者会見、かつて戦場となったニューギニアのビアク島、将棋の王位戦が行われる温泉旅館、さまざまな場所に赴くのだ。そして、記者として人間を見つめる目と、歌人として細部を観察する目が融合した、臨場感あふれる歌をよむのである。