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「シークレット・プロンプト」 〜社会システム化するAI〜

 ※以下の内容は小説のネタバレを含む内容になっているので注意してください。

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 2025年一発目の読書は最近注目している安野貴博氏の短編小説、「シークレット・プロンプト」だ。この話は、「AIとSF」という短編集に収録されている。同氏の「サーキット・スイッチャー」と「松岡まどか、起業します」が面白かったのでその流れで読んだ。

 時代は西暦2030年以降、「ザ・モデル」と名付けられたLLM(大規模言語モデル)が正式に国家機関に採用され、社会システムとして機能している未来だ。

 ザ・モデルはあらかじめOSレベルで全てのデバイスにインストールされているため、ユーザーのあらゆる入力情報が監視されるようになった。

 パソコンやスマホだけでなく、スマートウォッチにもザ・モデルは宿る。そのため、センサーで計測される脈拍までザ・モデルの監視対象だ。

 そんな監視社会で、中学生が次々と誘拐される。主人公の彼女も姿を消す。

 監視カメラや通信など、あらゆるネット情報にアクセスできるザ・モデルの監視を、犯人はどのようにしてくぐり抜けたのか。そして、中学生たちはどこに消えたのか。

 事件の鍵となるのは、彼女が最後に言い残したシークレットプロンプトだ。その意味が明らかになるとき、事件は思いもよらぬ方向へ動き出す。

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 個人の幸福の追求と社会秩序の維持を両立させることは困難だ。本書ではその理由として、脳の可塑性が低いからとしている。

 脳の可塑性を言い換えると、脳の柔軟性みたいな表現になる。脳の柔軟性が乏しいから自分とは異なる価値観の人間を排除しようとしてしまうのだという。

 そこから導き出される結論は、マイノリティが社会の中で幸福の追求を制限されるという不都合な真実だ。

 マイノリティは自分を受け入れてくれるコミュニティへ移動することを勧めるザ・モデルと、今のコミュニティの中でマジョリティとの融和を模索しようとする主人公が対比される。

 そんな主人公にも仲間が現れるラストは、信念を持って行動する勇気と、爽やかな読後感を読者に与える。

 アニメ「サイコパス」を彷彿させるAIによるディストピア的監視社会の中で、人々はどのように生きていくのか。

 サイコパスでは社会システム化したAI(シュビラシステム)が個人のメンタルを数値化して犯罪を防いでいたが、その数値の測定方法がよく分からず、現代科学から飛躍しすぎていると感じていた(もちろんその設定があるから非常に面白いアニメになっている)。

 その点、本小説では個人の検索履歴や心拍数の測定など、あくまで現代科学の延長で社会システムが個人の生活に干渉してくるところが、リアリティを持たせている。

 ザ・モデルはシュビラシステムほど個人のメンタルにまで干渉することができないため、個人の方でも社会システムに干渉されないよう工夫の余地がある。主人公も頭を凝らしてザ・モデルをハッキングしており、想像が膨らんで面白かった。短編小説で数十ページで終わるため、さらっと読めておすすめである。





 


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