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【15分で読めます】青と赤の接点(ミステリー・ホラー)

バスに揺られて、そろそろ1時間近くになるだろうか。
高橋亜樹美は、「ふう」っとため息をついた。

最初は10人ほどいた乗客も途中のバス停で降りていき、今は中年の女性と中学生らしき男の子、そして亜樹美だけとなった。

車窓に目を向けると、若葉色の田んぼが美しく輝いているのが見えた。

今日は、目が覚めるような晴天だ。
雨の多いこの地方では、天気予報で晴れマークだとしても、完全に晴れることはほとんどない。

晴れていても、どこか薄雲がかかっているような、すっきりしない感じなのだ。

亜樹美は雲の合間から見える青々とした空を見て、故郷の空を思い出していた。

日差しを受けた田んぼの水面は、キラキラと輝いて、ますます鮮やかに緑色を際立たせている。

麦わら帽子をかぶったおじいさんが白いタオルを首に巻き、田植え機を運転している姿もレトロ感が漂っていて、いい感じだ。

亜樹美は関東のA県の出身。
その中でもいわゆる、ベッドタウンと呼ばれる住宅の多い地域で生まれ育った。

優しい両親にも恵まれ、小さい頃から特に大きな壁にぶち当たった事もない。
幸せに生きてきた方だと思う。

大学を出て出版社に就職してからは、市内で一人暮らしを始めた。

車は持っていなかったが、JRや地下鉄、バスなどの交通網が発達していて、特に支障を感じたことはない。

亜樹美と祐二が同じ職場で知り合い結婚したのは、3年前。
子供もいなかったので、亜樹美は、フルタイムで編集の仕事を続けた。

優しい性格の祐二との生活は、自由でとても快適だった。

そんな中、昨年、祐二の父が亡くなった。
祐二の母親は、祐二が幼い頃に他界、兄の貴史は長く海外に住んでいる。

そのため、義父の家は完全な空き家となったのだった。

兄の貴史の意見はこうだった。

「全て祐二達に任せるよ。
売るのは寂しいけど、売却しかないかもしれないしね」

義父が住んでいた家は、手入れも行き届いていて敷地面積も広い。
だが、田舎なので二束三文でしか売れないだろう。

前々から田舎暮らしを望んでいた祐二は色々考えた結果、実家で暮らすことを亜樹美に提案してきた。

田舎に住んだ事はないが、のんびり暮らすのも悪くないかもと亜樹美は思った。

そして2人で、祐二の故郷であるB県に移り住んだのだった。

亜樹美は言わゆる都会っ子だったので、日常生活の中で田んぼを間近に見た事がほとんどなかった。

だから、田植えの時期の景色がこんなに美しいという事も全く知らなかった。

田植え前の田んぼには、れんげの花が風に揺れる。

れんげは、そのまま耕せば肥料になるため、農家の人がわざわざ種をまいているということも亜樹美は最近知った。

去年も同じ景色を見たはずなのに、こんなに感動した記憶が亜樹美にはない。

おそらく、新しい生活が始まったばかりで、心にゆとりがなかったのだろう。
どこに行くにも、何をするにも、ここでは勝手が違ったから。

その時「次は中山田、お降りの方はお知らせください」というアナウンスが聞こえて、亜樹美は慌てて降車ボタンを押した。

バスを降りた亜樹美は、スマホの地図アプリをのぞき込みながら中野汐里の家に向かった。

すぐ近くまできたからか「目的地周辺です」という表示を最後に、案内されなくなってしまった。

亜樹美は、アプリを閉じると汐里に電話をかけてみた。

「あっ、もしもし高橋です。
今、えーっと、郵便局の前なんだけど」

スマホ越しに汐里の声が漏れる。

「お疲れ様。遠かったでしょう。
その先に木下医院って見える?
そこから右に入って。
そしたら、左手に茶色の外壁の家があるから」

「分かった。じゃあ後で」

汐里に言われた通りに歩き、亜樹美は【中野】と書かれた表札の家の前にたどり着いた。

亜樹美は、少し緊張しながらチャイムを押した。
しばらくすると、犬の鳴き声と共にドアがガチャリと開き、笑顔の汐里が出迎えてくれた。

「いらっしゃい。
こんな遠くまでごめんね。
疲れたでしょう」

「いえ、こちらこそ、家にまで押しかけちゃって」

「とんでもない。
私、とても楽しみにしていたのよ。
さあ入って」

「おじゃまします」

汐里の話しの中に、時折出てくる小型犬のジョンがしっぽを振っている。

亜樹美は、広々としたリビングに通された。

汐里はハンカチで汗を拭いていた亜樹美に、アイスコーヒーを出すとジョンを抱えソファに腰かけた。

他愛もない話しをしていると、あっという間に時間が経ち、コップの中の氷は角がとれ、小さくなっていた。

「どうする?
次はホットにしようか。
アイスばっかりだと冷えるから」

「ありがとう」

汐里がキッチンに向かうのを見届けると、亜樹美は壁に掛かっている時計に目をやった。

亜樹美はなかなか、あの話しへのきっかけが掴めずに少し焦っていた。

時計は14時を過ぎている。そろそろ本題に入らなければ……。

汐里がリビングに戻り、亜樹美の前に入れたてのコーヒーを置く。

亜樹美が心を決めて切り出そうとした時、先に汐里が口を開いた。

「そろそろ、あの話しをしたほうがいいよね」

「そうだね。
あまり遅くなると中野さんにご迷惑がかかるから……」

「何と言っても最終バスが19時だからね。
乗り遅れたら、高橋さん帰れないよ。その時は泊まっちゃう?
ふふっ」

汐里は少し笑った後、軽く深呼吸をした。

少しの沈黙の後で汐里は、ゆっくりと話し出した。


「実はね、亜樹美さんに伝えなければいけない事があって。
驚かないでほしいんだけど」

汐里は、神妙な顔で言った。
亜樹美は少し緊張して、唾を飲み込んだ。

「実はね。
呪いを使える人を知ってるって言ったけど、あれは嘘だったの」

亜樹美は汐里の言った意味が分からなかった。

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