STSと周辺分野の関係


背景


どんな分野のどんなジャーナルもジャーナルごとに固まり、その境界線を収斂させていく傾向にあります。ただし、その境界は収束するわけではなく、常に変更され続けます。これはSTSの「ジャーナル共同体」の概念ですが、STSそれ自体を俎上に乗せたいと思う。今回、注目するのは、
・STSとその周辺分野の関係の歴史的変遷
・現在のSTSと周辺分野の関係
・STSの貢献可能性
といったものを主に見たいと思う。
こうした目的から、対象論文は必ずしも定量的な分析に限定されない。

書誌情報

①Bhupatiraju, S., Nomaler, Ö., Triulzi, G., & Verspagen, B. (2012). Knowledge flows – analyzing the core literature of innovation, entrepreneurship and science and technology studies. Research Policy, 41(7), 1205–1218.

②Williams, R. (2019). Why science and innovation policy needs Science and Technology Studies? In D. Simon, S. Kuhlmann, J. Stamm, & W. Canzler (Eds.), Handbook on Science and Public Policy (pp. 503–522). Edward Elgar Publishing.


③Kaltenbrunner, W., Birch, K., van Leeuwen, T., & Amuchastegui, M. (2022). Changing publication practices and the typification of the journal article in science and technology studies. Social Studies of Science, 52(5), 758–782. https://doi.org/10.1177/03063127221110623

④Davies, S. R. (2022). STS and science communication: Reflecting on a relationship. Public Understanding of Science, 31(3), 305-313.

https://doi.org/10.1177/09636625221075953

①Knowledge flows – analyzing the core literature of innovation, entrepreneurship and science and technology studies

要約

STS, INN, ENTの三領域の分化を領域単位・論文単位でのネットワークおよびそのクラスタリングを用いて定量的に示した。発展経路は、STSから徐々にINNが、INNからENTが生まれ、最終的には分化するという形になっている。時系列と有効グラフをネットワークに用いたという点で特徴的な論文

ポイント

・対象は専門家によって3領域(≠ジャーナル)に割り振られた論文
-STS(Science, Technology and Studies)
-INN(Innovation Studies)
-ENT(Entrepreneurship)

・データセットはHandbookから選んだ416本の論文

・有効グラフと時系列を用いたネットワーク図を描いている
(あまり見かけない気がする)

・INNとSTSは1960年から、ENTは1980年から出版数が伸びてきている

・どの領域も自分の領域から引用しているが、INNは割と分野横断的

・x軸に時間をとって引用ネットワークを書くことで
-ネットワークの密度や分離具合の時間変化を見ることができる.
-INNがハブのようになっている
-INN&STSよりINN&ETTの方が近い

・5年刻み分野レベル、10年刻みで論文レベルのネットワーク
-10年の方は最長経路を使ってクラスタリング(知識の流れを表現できる?)
-初期からSTSは基礎ができていて、他は少し米国由来のINNが見えるぐらいだった
-70sは交流あり
-80sに社会構成主義や科学計量学の潮流ができ始める
-90sにINNが独立し始める+科学計量学が不評になってSTS界隈から離れる+INNからENTが生まれる
-00s3領域に分かれる。INNは経済学志向から経営学志向に
cf.Fagerberg(2012)

気になった点

・どの論文も基本統計量を表すのと同じノリで、出版数の年変化を載せている
・相互の引用量を数字で表すだけでもかなり面白い
(e.g. STSはSTSから○○、INNから××、ETから△△、それ以外からhogehoge)

・本文中でも指摘されているが、3領域へのカテゴライズは
-学際的な分野を無理やり枠に押し込めたり
-そもそも学際的な分野はカウントされない
という面があると思う

・時間軸をとるのは今日ではNが大きすぎて無理か
・最長経路にすると消されるノードがある
・分化に対する価値判断はなされていない

次に読む

Fagerberg, J., Fosaas, M., & Sapprasert, K. (2012). Innovation: Exploring the knowledge base. Research policy, 41(7), 1132-1153.

Franceschini, S., Faria, L. G., & Jurowetzki, R. (2016). Unveiling scientific communities about sustainability and innovation. A bibliometric journey around sustainable terms. Journal of Cleaner Production, 127, 72-83.


①を読んで、「じゃあ、分かれた3分野はどうすべきなの?」となったと思います。そもそも、分化は専門性の高度化などを考えれば悪とは限りません。しかし、それにも関わらず領域を横断するメリットがあるのかもしれません。STSと他の分野に橋を架けるメリットを示した論文(②・③)を見ていきましょう。



②Why science and innovation policy needs Science and Technology Studies?


要約


STSは構成主義的でRRIを中心に、ISは実存主義的でNational System of Innovation(NSI)をベースに研究をしているため同じ関心をもっていても溝がある。STSは学際性のジレンマを受け入れることで「政策と実践」の分野でも具体的な実践が可能となったが、いかんせんボトムアップなため大規模なダイナミクスは把握できていない。一方で、ISはNSIの矮小化に自覚的になり(反射性を獲得し)、イノベーション自体の存在論的な価値やそこで捨象されたローカルな知についてSTSの方法論からに学ぶところがあり、また、ISも先述のSTSがリーチできないダイナミクスについて、STSの「政策開発と実施」についての分析をもとにリーチできるのでは?

ポイント


①知識の形式
-IS:政策評価系の経済学から生じ、NSIのコンセプトからオーディエンスも主に政策系の人間だったため、知識の汎化やエビデンスベースの志向になった→実存主義的で「イノベーションは良いもの」という前提がある

 :Sectorial and technological systems of innovationとして似たようなことを言及

-STS:localで無理に拡張しない(政策と相性が悪い?)
  :技術と社会の相互作用(CTA-NEST-RRI)

②知識プロセス
IS:テクノロジーの提供者とユーザーとのカップリングや知識の流れ
STS:知識そのものと知識交換のメカニズムの詳細な分析(←そうか?)

STSの学際化ジレンマ(ISに何の関係がある?)
-学際性をとるか、ディシプリンを取るか
-"disciplined interdisciplinarity"
→(Innovationも射程になる?)

NSI(National Systems of Innovation)についての解説
①初期
-フリーマン(1995年):日本、米国、ヨーロッパ、そして当時のソ連の特定のNSIの差異を、それらの歴史的および制度的特異性(例えば、「相互信頼と個人的な関係」など)によって説明
-ランドヴァル(1985年):「特定の経済の特定の部分や特定の歴史的状況下で、ユーザーが生産者とどのように相互作用するか」
②最近
-研究者と政策立案者が不健全なほど密接
-適用可能性を無視したNSIの過度な一般化(産業プレーヤーによる実践的な学びや暗黙の知識流れの形式的な対比;特定の国や地域の歴史的および地理的に位置づけられた複雑さを無視している)

・RRI
STS研究者はRRIが単なる倫理規定として矮小化されて、イノベーション研究者に包摂されるのを嫌う


実践
STSは構成主義的なアプローチをとりつつも実践や観客についての言及がすくなかったが最近では以下のようなものがある
-サイバーフェミニズムの視点:インターネット技術が女性にとって解放的な可能性を探求しました−その結果、個人のプライバシーや自律性への影響に関するSTSの広範な悲観的な見解に反対しました
-STSの実践者がテクノサイエンスへの関与する
e.g.市民科学や参加型デザインのイニシアティブ
→特定のテクノサイエンスプロジェクトへのコミットメントになるかもしれないという不安に駆られ、自らの関与を激しく反映し、その関与のプロセスSTSでは Rip(1998)がISではKuhlmann(2010年)では、STSおよびIS学者が科学とイノベーション政策と実践の意識的な共同形成者として再結合する役割を示唆している

反射性
従来はイノベーションに無批判に価値を認めていたISでも新世代の研究者によって環境/貧困/歴史的および社会学的アプローチの役割/が対象とされている(Martin 2016)。

ISの問題
①ISの学者はイノベーション政策に強い実質的関心があるが、イノベーション政策がどのように見えるべきかが焦点であり、政策の開発と実施の分析からは遠のく
(e.g.地域はぎりぎり包摂されているが権力や文化の文脈的問題は無視されている。
②NSI理論が成功したため、科学政策がイノベーション政策よりも体系的な関心を持たれていない。
STSの問題
・STSの学者は政治学を記述的で、実用的な焦点に傾いており、政策形成プロセスの内部ダイナミクスや偶発性を見逃していると見なされてきました。
・一方でSTSも特定の研究室、センター、およびコミュニティの局所的な民族誌に焦点を当てていて、より高い政策レベルの運営に対する意見を作れないと批判されてる

・STSは、科学とイノベーションの特定の分野の資金調達や成長を形作る政策の枠組みにも関与(e.g.『Brown & Michael 2003』の「約束(期待)の社会学」)

・(ボトムアップ的なので)国立科学技術イノベーション政策プロセス全体の構造とダイナミクスは比較的十分に検討されない。
・テクノクラート批判(Fischer 1990; Jasanoff 1990)
→政策開発と実施プロセスの特異性を分析しています(Næsje [2002])

STSと政策研究の交差点での洞察は、ISの研究者がNSIの政策開発とイノベーションプロセスをより効果的に理解するのに役立つかもしれません(Flanagan & Uyarra 2016)。


気になった点


・Haraway(1988)やHarding(2004)のいう、「知識生産の部分的で局所的な性質を認めるための手段を提供して、単純な実証主義的と相対主義的な立場、および記述的と規範的な方向性の間の二分法を避けること」って?

次に読む

Jasanoff, S. (2016). The floating ampersand: STS past and STS to come. Engaging Science, Technology, and Society, 2, 227-237.

A Field of Its Own: The Emergence of Science and Technology Studies’, in
R. Frodeman, J.T. Klein, and C. Mitcham, eds., Oxford Handbook of Interdisciplinarity Oxford:Oxford University Press


③ Changing publication practices and the typification of the journal article in science and technology studies.


要約

出版傾向に関する定量的な分析と、出版関係者に対するインタビューを組み合わせた研究. STS論文の典型化は、主張に説得力を持たせるための修辞的な戦略という側面だけでなく、定量的な研究評価の普及という側面の影響を受けている。分業や助成金の獲得と柔軟な概念の適用という長所がある一方で、表面的な再生産や創造性の欠落などの問題点が指摘された。

ポイント

・STSの基準を今はなき4SのSTS一覧に依拠している

・書籍からの引用が少なくなったことを以て、典型化が進んだというのは無理がある推論?
 →WoS内の論文を引用する割合が高まっている
 →WoSは書籍があまり登録されていない
 →WoS内の参照が増えたということは、論文を引用しているということだ」(俺の推論)→論文はSTSジャーナルから引用しているはずだ
(俺の推論)→自分の論文のモデルとして他のSTS論文使っている

・研究評価や分業の必要性は何もSTSに限った話ではない(しいて言えば、本文で述べられていたGMOなどのテーマ別研究費が特異)

・インタビュー調査の方法が気になった(Nvivoというらしい)

気になった点

・クラスター=典型化と読み替えての分析は面白そうだが、ならば逆にクラスターが分化していくことはどうやって説明すればいいのか分からなくなった。つまり、本当に互いに真似して典型化が進行するのであれば、すべてのSTS論文が自然科学チックになるはずで、それが起こらず収束点を見つけるのはどうしてか?

・まじでSTS関係ない

次に読む

同じ著者群の2つ~

Kaltenbrunner, W., Birch, K., & Amuchastegui, M. (2022). Editorial Work and the Peer Review Economy of STS Journals. Science, Technology, & Human Values, 47(4), 670-697. https://doi.org/10.1177/01622439211068798
 
Amuchastegui, M., Birch, K., & Kaltenbrunner, W. (2023). The Intersections between Sociology and STS: A Big Data Approach. Sociological Perspectives, 66(5), 868-887.

違う著者だけど本論文の反論になっているもの(近年になってむしろ参考文献は多様化してきている)

Larivière(2009)The decline in the concentrations of citations

④STS and science communication: Reflecting on a relationship.

要約


査読者としてSTSへの貢献とSTSとの貢献を考えているが、それは結局、ディシプリンと新規性のトレードオフになってきている。ただSTSは元来、「一般化」が嫌い。STSがかつて社会科学に当てた光を自身に向けるべき?

気になった点

具体的にジャーナルに投稿する側どうしたらいいのかよくわからない

もっと採択基準について述べるべき


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