ランダム金カム(3) 〜梅ちゃん〜
前回(2)〜カルチャーショックの連続を抱えたまま世界に出ていった〜
※漫画の最終巻までのネタバレが含まれています
金カムの中で一番好きなキャラクターを聞かれると困ります。みんな素敵すぎて選べるわけがないでしょう。日や時によっても変わるし。でもどうだろう。一周回って杉元が一番好きかも。
筆者にとって誰が一番かなんてのは超どうでもいいことです。とはいえ、もちろん「金カムで好きなキャラクター」と言われて、あの膨大な数の登場人物全員の顔が浮かぶわけではありません。せいぜい10名程度が、ぽぽぽっと瞬時に浮かびます。そして自分でもちょっと驚くのですが、その中に彼女の顔があります。
梅ちゃん。彼女の人生については、作品全体を通してほとんど語られません。主人公=恋人、夫、息子や家族との関係性の中でしか語られません。だから当初は、別に好きなキャラクターにはなり得ませんでした。でも最終巻まで読んでから最初の方を見返してみたら、それまでの印象が結構変わりました。その上で、読者にとっては大半が空白となっている彼女の人生が、一体どんな風であったのかについて思いを馳せるようになりました。
最終巻まで読んだ人なら、彼女が実は強い女性であることはすでにご存知だと思います。でも単に「梅ちゃんは強かった」という結論のみから彼女を語るべきではないと思うのです。だって杉元に置いて行かれて泣いていたあの子が、最後にはお母さんになって、自立した状態で出てくるんですよ。描かれていないその過程を想像力で埋めるようとすると、単に「強い人間だからできた」という結果論から語るのは失礼じゃないかと思えてくるのです。
「金カム」に出てくる女性キャラは、数が少ないこともあり誰もが印象に残ります。皆それぞれの強さを持っていて、それぞれが生きるための知恵を持ち合わせた人たちだと思います。梅ちゃんもそうです。最初こそ「女性に生産手段がない時代に未亡人になってしまった可哀想な元カノ」として出てきますが、彼女は彼女の戦いをくぐり抜けて、最終巻でまた登場してくれたのだと思います。
「金カム」は一種のバトル漫画ですが、梅ちゃんはバトルの文脈で言う「強い人」ではありません。むしろ、弱くて何の能力も持たない、つまらない一般人です。
でも彼女は、明治時代の農村で生まれた普通の女に対して当たり前に降りかかりうる数々の困難を、さも当たり前であるかのように乗り越えてきた強さを持つ人だと思います。歳若くして本当に望んだ訳ではない相手との結婚を受け入れ、妻としてはたらき子を産み育て、その後病気や夫の他界を乗り越えて、最後には経済的に自立した上に、病気も克服した状態で登場します。
平成生まれの筆者にとって、これは結構すごいことです。当時の女性は結婚のタイミングや相手を自由に選べるわけでもなく、しかも結婚を通してしか経済的な自由を得られないと、少なくとも一般的には思われていました。寅次は彼女が未亡人となることを殊更に心配していましたが、それも時代性を考えれば自然なことです。梅ちゃんだって、女性が自立して生きていく方法について誰かから教わった経験などなかったでしょう。目の治療には高額の医療費がかかるし、これは本人にとっても周囲から見ても、現代の我々が想像する以上に絶望的な状況であったに違いありません。
その段階から病気の克服と経済的自立を得るまでの手段が、4巻で仄めかされていたお金持ちとの結婚であろうが、それ以外の手段であろうが、筆者の梅ちゃんに対する評価は変わりません。彼女は彼女自身とその家族が生きるために、自身の選択と自助努力によってあそこまで漕ぎ着いたのですから。
4巻に収録されている35話の最後で、杉元が過去の回想を終えて現在の生活を思い、「まずは生きねば」と前を見据える顔が、同じように先を見る梅ちゃんの顔と並ぶコマがあります。杉元と梅ちゃん、離れた場所で今後、片やアイヌの少女とド派手なアドベンチャーを繰り広げ、もう片方は当たり前の女の一生を送ることになります。でもどちらの人生も、生きるための戦いであることに変わりはありません。最初に読んだ時は読み飛ばしてしまっていましたが、見返してみるとそういうメッセージを読み取ることができる、良いコマだったんだなと実感できます。
生きるために戦った自覚など、もしかしたら梅ちゃん自身にはないかもしれません。でも現代人の筆者の目には、梅ちゃんが最初に出てきてから最終巻で再登場するまでに、幾多の葛藤を乗り越えてきたことが分かります。彼女は時代とか生まれとか運命とか、どうにもできない困難の壁をどうにかして乗り越えてきた人です。「金カム」には戦闘能力の高いキャラが沢山出てくるけれど、現実世界にいるヒーローは梅ちゃんみたいな人だと思います。