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ファッションと他人

『てつがくを着て、まちを歩こう』鷲田清一

冒頭で、ファッションに無頓着な人と、ファッションにしか頭がない人には、他人がいないという考えを述べている。

ファッションは、当人が楽しむという側面もあるが、自分がまとって外に出歩く以上、他の人に見せるという観点も必要になる。

医者の白衣やスーツ、制服などの役割や社会的地位を示す服装だけでなく、半袖やカーディガン、コートなども、季節感を表すという意味で、他人に見せている。

つまり、他人がいる。

よれよれのシャツや汚れたパンツでは、もちろん不潔なのもあるが、人と見せて人と関わるという視点が欠けている。

ある程度その社会に合った服装をすることで、その世界に入ることができる上に、他人が自分と関わるのを可能にする。

ときどき、奇抜なファッションの方がいるが、その人には、他者がいないのかもしれない。少なくとも、その人の住んでいる社会に完全に適合してはいない。
反対に、われわれがそこに入り込む余地すら与えていない。

ファッションは他人と関わるための窓口という考えは、逆手にとることもできる。

つまり、完全に自分(たち)だけの世界を作ることもできる。

コスプレや双子コーデなどがあげられる。

大抵は、他人にある程度は開かれてはいるが、基本その人達だけで完結している。

その意味で、ファッションは、他人と繋がることもできるし、そのつながりを切ることもできる。

多くの場合は、他人と繋がると思うので、身だしなみには清潔感がみられる程度には、気をつけたいものである。

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