『レジェンド&バタフライ』蝶は、夢を抱いて飛ぶ。
85/100点 ネタバレ有り 2023年1月鑑賞
織田信長と、その妻である濃姫との半生を描いた歴史ロマンス映画。
木村拓也演じる信長と、綾瀬はるか演じる濃姫。
2人が織りなす夫婦の絆は、青臭く、残酷で、そして美しい。
真っ白な着物に飛び散った血飛沫のように。
私は歴史物では、誰が何を演じるかが一番重要だと思う。
織田信長というあまり有名過ぎる人物。誰もが知っているであろう逸話の数々。
使い古されたエピソードでも、演者によっては全く違う話が出来るからだ。
木村拓也が演じる本作の信長は、未熟で見栄っ張りな若者である。まさに、うつけものを絵に描いたような青二才。未熟だが志を抱いて突き進む様は、時に情けなく、時にカッコ良く、そして愛おしい。本能寺で死ぬ最後の瞬間まで、それは変わらなかった。
綾瀬はるかが演じる濃姫は、頑固で意地っ張り。言いたいことはハッキリ言わないと気が済まない、芯の強い女性である。新婚初夜で信長を組み伏せるほど気が強く、桶狭間での奇襲を進言するほどのキレ者でもある。最初は憎まれ口ばかりだが、次第に惹かれ最後まで信長を愛し抜く。信長の弱さを抱いて支えられたのは、作中で彼女ただ一人。
物語序盤、父を失い、兄は敵となり、もはや自害するしかないと叫ぶ濃姫に
信長が言う「そなたの役割は、わしの妻じゃ」と。
口を合わせれば喧嘩ばかりの二人だが、濃姫の実家である美濃での戦乱や
桶狭間を経て、絆が生まれる。
戦乱に急かされながらも、次第に夫婦になっていく。
その後上洛した京都では、夫婦の契りを交わすシーンがある。城下町で下民に襲われ、それを切り伏せながら納屋に逃げ込むのだが…人を切り、血に染まった手を見つめ震える濃姫。その恐れを抱きとめるように、血まみれのまま濃姫を抱く信長。赤く染まったまま抱き合う二人には、綺麗ごとだけじゃない男女の情愛を感じさせる。
しかし、夫婦になったのも束の間、戦乱が徐々に信長を擦り減らしていく。戦死する仲間、踏み越えてきた死体の山、ついには延暦寺の焼き討ちを経て、信長は宣言する。「我、人にあらず」と。
一方濃姫は、信長との子供を流産。「また産めばいい」と無神経に言い放つ信長に、濃姫は不信感を募らせていく。優秀な部下を得て、子供は側室に産ませ、もはや濃姫は要らなくなったと言わんばかりに振る舞う信長。二人に亀裂は決定的となり、物語中盤に
ついに離縁に至る。
濃姫が去ってから、7年。ついに完成した安土城桃山城は壮観だが、どこか空虚でもある。信長も段々と痩せ細っていく。天下統一を目指し、後一歩というところまできているが…なぜ天下統一をするのか、その理由を思い出せなくなっていた。そんなある時、濃姫の腹心が使者として訪れる。濃姫が病気だと言う。
駆けつける信長に、濃姫は「会いたくない。帰れ」と喚き散らす。だが濃姫の側近は言う「姫様、殿のやつれた顔を見なされ。殿は姫様を助けに来たのではない、助けてもらいに来たのじゃ」。そして信長も頭を下げる「頼む。一緒にいてくれ」と。
寄りを戻した二人が語るのは、出会った頃に話した濃姫の夢。
「海の向こうに行きたい。本当は、わしのことを誰も知らない場所で、新しい人生を生きてみたかった」。信長は濃姫の願いを聞き、天下を統一したらどこへでも行こうと約束をする。そして信長は旅立つ。やっと取り戻した濃姫と、その夢を叶えるのを楽しみにしながら。「すぐに戻る」と誓って、本能寺へ。
志はあれど、殺し殺されで進むしか無かった信長。
政治の道具として利用され、そこから逃げる夢を見た濃姫。
追い込まれた末に、二人で海の向こうへ行くという夢を見た。
二人で船に乗って、南蛮の新天地へ。肩を寄せ合って、地平線を見つめる。
その夢を見ながら、信長は本能寺で自害する。
夢は儚く、物語は幕を閉じる。
さて、この映画の良い所は
あくまでも信長と濃姫の関係に焦点が当たっているとことだ。
その他大勢の有力な家臣達も出るには出るが、あくまでも最低限と行った印象。
歴史の流れや信長のことをあまり知らなくても、楽しめるように配慮されている。その反面、大河ドラマのような壮大な物語を期待すると肩透かしを喰らうかも知れない。あくまでも、信長と濃姫のラブロマンス。
そして、木村拓也と綾瀬はるかの演技も脱帽ものである。
信長は、追い込まれると貧乏ゆすりが止まらなくなり、終いには怒鳴り散らす。
濃姫は、嫌々嫁いできたせいか終始嫌味を言っている。
そんな人間くさい演技ができる主演二人だからこそ、確かにそこに生きていた
信長と濃姫の息吹が感じられる。
最後に、最も印象に残ったシーンの話を。
長篠の戦いの後、死体の山から蝶が飛び立ち信長の肩に止まる。
信長は黙ってその蝶を見つめ、血溜まりを進む。
その蝶は、まるで二人の未来を暗示するように舞う。
殿として生まれ、誰よりも人を殺し、後戻りできなくなっても。
女として政治の道具にされ、子も産めず、自分の存在意義が揺らいでも。
二人は、同じ夢を見ている。蝶の舞う先で、海へ出る夢を。
ぜひ、劇場で。
以上。