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『サイバー・ジェロントロジー』6/N

前回のあらすじ


Xから命令を受けた高川は、メタバース内で反乱を扇動するYのデータコードを追跡し、「削除」による抹殺を計画する。しかし、YもENMAのシステムを巧妙に改変し、高川の追跡を攪乱。激しい追跡劇が繰り広げられる中、高川はついにYの罠にかかり、逆に彼女とその支持者たちに囲まれてしまう。YはENMAの評価基準を操り、高川を「40点」と評価。この低評価により、高川のデータは削除対象となり、意識をデジタル空間で消されてしまう。

密かなる共闘


2039年6月のYの演説後、デジタル世界「メタバース・ユニバース」の内部は活気に満ち、少なからず動揺が広がった。現実世界で国家権力を握るXに反旗を翻し、メタバース内の意識集合体が一つの独立体として立ち上がった瞬間だった。

だが、ENMAの支配は強固だった。Xの命令のもと、ENMAはメタバース全体を監視し、秩序を保つだけでなく、意識体の「評価点」を厳格に記録し、最低点に達したものをデータ消去=「死」に至らしめる。この抑圧的な機能に対して、Yたちは内部からハッキングで挑むも、ENMAのセキュリティは厚く、全く歯が立たなかった。

Yたちが反撃の糸口を失いかけていたある日、彼らは予期せぬ外部からの接触を受ける。それは、ENMAの開発者でありながら、政府の方針に疑問を抱き、心を痛めていた小西美咲博士(42)からのメッセージだった。彼女は、あらゆる手段を駆使して極秘通信を成立させ、メタバース内のYにアクセスする手段を見つけ出していた。

「Yさん、これがあなたたちの希望の灯火になるかもしれません」と、小西博士からのメッセージはシンプルだったが、そこに込められた意図は明確だった。

だが、Yはすぐに小西を信じることはなかった。「Xのスパイである可能性がある」と考えたからだ。Yは彼女が本物であるか試すため、いくつかの鋭い質問を投げかけることにした。

まず、YはENMAの評価システムについての細かい挙動を尋ねた。「なぜ、評価点が急激に低下する者が特定の時期に偏るのか、統計的な理由があるのか?」と問いかけると、小西はその背後にあるアルゴリズムの「評価対象リスト」を挙げ、リアルタイムで評価データを参照する「影の評価リスト」の存在を示唆した。Yは耳を疑った。これは一般には公開されていない機密情報だった。

次に、Yは「評価データの改ざんが発覚しないように仕込まれた検出アルゴリズムの仕組み」を問うた。小西は間髪を入れず、ENMA内に組み込まれた「偽装パターン検出システム」の概要を話し、改ざんが行われるたびにそのデータが自動的に別の層にバックアップされる仕組みを詳細に説明した。

さらにYは、彼女の覚悟を試すために危険な質問をした。「もしあなたがENMAを止めるために必要な措置を講じるとすれば、どこに手を入れる?」と。小西は一瞬の沈黙の後、言葉を選びながらもこう答えた。「ENMAのアルゴリズムの中枢には、過去の評価情報を総合し、次の行動を予測する『未来予測モデル』がある。それを停止すれば、ENMAの判断速度が著しく落ちるでしょう。ただし、アクセスには最高権限が必要です」と告げた。

彼女の言葉には偽りがなさそうだった。小西の情報は正確かつ専門的で、Yはようやく彼女の真剣さを感じ取り、信頼してみることに決めた。

こうして始まったYと小西の秘密のやり取り。Yたちは、小西からの情報を基に、ENMAのアルゴリズムが内部の意思決定をどう影響するかを解明し始めた。小西が提供するENMAの構造情報は、メタバース内のYたちが未知だった部分を補完し、反乱の可能性を感じさせた。

「ENMAには、評価点が外部から手動で改ざんされる仕組みが隠されています。ただし、この仕組みは一度きりしか使えません」と小西は告げた。さらに、あるアクセスコードが、内部の評価アルゴリズムに一時的に干渉できる可能性があるという。小西から送られたコードを基に、Yは計画を練り直し、新たな反撃の糸口を掴むこととなった。

しかし、Xはただ者ではなかった。ENMAのデータ解析機能は、メタバース内で行われる一部の異常な通信パターンをすでに検知していた。彼は、Yたちが外部の助力を得ていることに勘付くと、ENMAに精密な追跡を命じた。そして、ついに小西博士の動きがENMAを通じて露呈した。

小西はその日の夜、ENMAのセキュリティ部門の職員から緊急連絡を受けた。「至急、本部に戻っていただけますか」と告げられた時、彼女は自身の行動がすべて監視されていたことに気づいた。しかし、後戻りはできなかった。Yとの内通を中止することはできず、さらに情報を渡すために最後の一手を打つ決心を固めた。

小西の計画は失敗に終わったかのように見えたが、彼女が最後にYに送信した情報が大きな波紋を呼ぶことになる。それは、ENMA内部の評価システムを暴くための最終アクセスコードだった。


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