暗黒子
わたし、ヘンに見えますか。ヘンですか。
人は〈こういうふう〉にも〈ああいうふう〉にもなれるんです。
べつになりたくてなっているわけじゃないけど。
おもしろいですね、ハハ……、人っておもしろいですよね。
わたしを騙した。このわたしを騙した。わたしは騙された。
あの人に、5年間も騙されていた。心を踏みにじられたし、ほんとうに蹴られたし。廊下でおなかを抱えてうずくまるわたしを見ずに、階段上って勝手に部屋から必要なものだけ取ってきて、ドタドタ下りてきて、また蹴られるかとびくっとしたら、もうわたしなんかそこにいないみたいにして通り過ぎて、出て行った。ほんとうに出て行った。あの人の怒りに満ちた手ではなくて、ドアクローザーがいつものテンポでドアをゆっくり閉めていって、
――タン。
それが終わりの音。ほんとうに終わりの音? もう何もなくて、ここから何も始まらなくて、わたしはただここでぐるぐるぐるぐるしていないといけないの。だいたい何であの人が怒るの。あの人がわたしを騙して、ばれたら、何であの人が怒るの。あの人の怒りまでわたしが受け止めないといけないの。許せない。そう、これは許せることではない。ぜったいに許さない。だってわたしは悪くないし。浮気されるほうが悪い、って何さ、犯られるほうも悪いっていういつもの勝手な男の論理じゃん。人って信じないと次に行けないんだよ。信じる量に多い少ないはあるけど、この人はこれまでの人よりもたくさん信じられると思ったから、いい人だなあと思ったから、一緒になったんじゃん。あの人は違ったの? わたしなんていくらでも騙していい人間で、少しも大切でなくて、腹が立ったらふつうに蹴り飛ばせる存在なの? そんなのもう人間じゃないじゃん。わたし、人間じゃないじゃん。
あれから3年が過ぎたけれど、怒りはぜんぜん減らない。思い出すと消耗するけれど、好きで思い出しているわけじゃない、勝手によぎってくるのよ。そのたびにおなかの底のほうから熱くなって、いやあな時間と向き合わないといけない。
裏切られた人間がどうなるか、知ってますか。
〈こういうふう〉になるんです。ここのあたりはもう、どうやっても埋まんない。ずっと、このまま。このまんまで、ずうっと生きていくしかない……。
わたし、ヘンに見えますか。
終