塩むすびの味わい
塩むすびというのは料理の最小単位ではなかろうか。TKGのほうがよりプリミティブな料理だ、というご意見もあるかとは思うが、私見によりここでは料理の最小単位を塩むすびである、とさせてもらおう。
『半導体プリアンプ』で紹介させていただいた「MOSFET 1石プリアンプ」はさしずめプリアンプ界の塩むすびである。簡素な構成で物理性能も良くないから、オーディオメーカが商品化するわけがない。カタログに記載する物理性能は低いし、なにしろ部品の価格(原価)が高くないので高い小売価格が設定できないのだ。そして購入したお客さんが分解してアンプ内部を見たときに、あまりにも貧相なのでがっかりしてしまうのである。
かくして「塩むすび」の味は一般のお客さん(自作をしないリスナー)の知らないところになる。自作をするリスナーにとっては「塩むすび」は高山を征するための大事な一歩なのだが、自作をしないリスナーにとっては「塩むすび」は選択圏外となってしまうのだ。
そういう背景があるため一般的には「簡素な回路」は敬遠され、市販のアンプにはたくさんのトランジスタが盛られることになる。たくさんのトランジスタを盛れば原価が上がり、物理性能も立派になるからオーディオメーカにとってそちらのほうが正解になる。
以上により、「塩むすび」の素朴な味わいはプリアンプの音の基準にはなりえず、中庸(足るを知る)はどこにあるのかがはぐらかされ、自作をしないリスナーは新製品が出るたびにお財布と相談することになり落ち着かない。オーディオメーカの謳い文句は刺激的なのだ。
これはまさしく オーディオ文化の空洞化 である。