長所と短所は紙一重?
小学校5,6年生の担任の先生との出会いは
4年生のクラブ活動で陸上部に入ったとき。
クラブの顧問の先生でおもしろい先生だな、
次担任の先生になってくれたらうれしいなと思っていた。
陸上部を選んだのは足が速くなりたかったから。
今まで経験があったわけでも、得意なわけでもなかったのに
なんで入ったんだっけ?という感じ。(多分希望順位は低かったとおもう)
本当に以前に比べたら先生のおかげで足は速くなり、
大会メンバーに選ばれそうになったのだがもう一人との
競争で敗れ、あと一歩だったのにという経験もした。
そんな先生が5,6年生の担任になったとき
やったー!と喜んでいたことを思い出した。
楽しい先生で、漢字テストを定期的に行い、
満点が取れたら模造紙一面に張り出された
相撲の格付け表?がどんどん上がっていったり、
班対抗のクイズ大会が行われたり(私は本当にひらめき力というか
苦手だったけど、楽しい時間だった。)正解したら競馬に見立てて
正解数に応じてレースが進んでいく。
教室の机はコの字に設定されていたのでみんなが
真ん中をむくようになっていたり。
先生が出した問題に分かる人だけが手を挙げるのではなく、
ぐー(わからない)、ちょき(あってるかどうかわからないけど答えがある)、ぱー(わかる!)で自分の自信レベルを表す手段として、
全員が手を挙げる方法をとっていたりとオリジナリティあふれる先生だった。
ディズニーが大好きで、娘さんも奥さんも大切にしていることが
先生の話でよく分かったし、人気者の先生だった。
日直や、係、委員会も高学年になると増えていくのだが、
生徒自身が考えた誕生日会や、ゲームなどみんなの前で
何かをするということもあったし、わたしも楽しくて
次はどうしよう、何を企画しようかなと考えていた。
運動会では応援団に立候補をし、それにも先生がかかわっていたため、
あの時ほど行事に積極的に参加したり、係や委員会を頑張ったことは
ないし、なにより大きな声が出るようになったことが自分でも
強く感じた変化だった。
そんな楽しい先生とのやり取りで印象的だったことがあって、
私は何か気になることがあると常にそのことを考える癖が
あり、(大人になった今でもプライベートで仕事のことを考えたりと
切り離すことがいまだに苦手なんだけど、)
本当に掃除時間が始まって先生も机を動かしているときに
気になることについて話しかけてしまった時のこと、
「責任感をもって考えているのは良いことだけど、
今それを話すときじゃないね、○○のいいところではあるけど、
そこは悪いところでもある。」
頭をスコーン!とたたかれたような感覚。
ドストレートな正論でショックを受けたことを、
今でも状況と一緒に思い出せる。(再現もできそう)
その日から他人に話しかける時は
時と場合をしっかりと選ぼうと意識するようになったかな。
要するに空気が読めない奴だったのかとも思った。
いやぁ的確、そして私が一種のトラウマとして自分で自分に植え付けた。
先生のこの言葉は先生からしたら、自己理解のよいアドバイス。
それを私が「悪いところ」という言葉を強く受け止め
私自身を責め続けた。
言葉の受け止め方って大切。結局どう受け止めるかは私自身。
誰かの一言で傷つけられたことはもちろんあるけど、
それに以上に自分責めを相手からの一言に足して、
自分自身に塗りたくって、暗くて重いものをつけていた。
誰かじゃない、私。
だから私はだめなんだ。
だから私はできないんだ。
暗くて重いそれはいろんなことをあきらめる理由になるには
十分すぎて。
過去のあのことが・・・というのをきちんと整理すると、
そのつらく悲しい出来事にそれ以上の重たい自分責めを
私は丁寧に一つずつ足していたのだって気づいた。
職人技。こんなに一つずつ足さなくても
わたしは十分傷ついたのに、なぐさめるどころか
さらに傷をつけて。
「忘れずにいる」という負荷を与え続ける。
忘れていても心のどこかに残してる。
そこを許して整理をしていく日々。
ふと自分の空間で涙がでることだってたくさんある。
「なんで今さら」じゃなくて、
「つらかったね、しんどかったね」となんどでも
受け止める。こころはずっとうじうじいうかもしれない。
それだけの歳月をかけて責め続けたのだから。
いつかすっきりする日がくる。軽くなる。
ちなみに相手の状況を読み過ぎて話せなくなる私に、
海外はここを打ち破ることをたくさん経験させてくれた。
人生って決まっているかのように経験させてくれるよね。
しかも良い方向に向かって。
どれだけ悩み、考えた結果、作り上げた私を
いろんな方法で軌道修正されいるんじゃないかなって今思う。
そう考えたら少し軽くなった今日このごろ。
今日は深いな~。