新潟暮らしが、ちょっと楽しくなる。「Things.」出版記念トークイベントレポ
この街に、好きな場所はありますか?
この街に、好きな人はいますか?
そんな風に問いかけられて、すぐに答えられる人は少ないのではないでしょうか。何気なく日々を暮らし、仕事や生活に追われて、気づけば一年、また一年と歳を重ねていく。
自分の住んでいる街に思いをよせる時間や機会を持つことって、あまり無いんじゃないかと思います。
それでも、地に足を付けて、この街での暮らしは続いていく。
そんな毎日に、少しのアクセントを加えてくれる本が出版されました。
その名も「Things.(シングス)」。
私が、たまたま仕事帰りに立ち寄った本屋で手にしたのが5月30日。
事前情報としては知らなかったのですが、この日が発刊日でした。
半分仕事、半分趣味で、地元の素敵な人々をインタビューしたいと思っていた中で出合った本。「書きぶりなどの参考になれば」と軽い気持ちで購入したのに、いつのまにか、Thingsが放つ不思議な魅力に取りつかれていました。
今回は、出版記念のトークイベントのレポートを通じて、Things.の魅力に迫りたいと思います!
【イベント概要】
日時:令和5年6月2日(金)19時~20時
会場:上古町の百年長屋SAN
【登壇者】
藤田 雅史 Masashi Fujita
1980年新潟市生まれ。日本大学藝術学部映画学科卒。小説、エッセイ、戯曲、ラジオドラマを執筆。著書に『ちょっと本屋に行ってくる。』『グレーの空と虹の塔 小説 新潟美少女図鑑』『サムシングオレンジ』シリーズなど。
2019年の『Things』立ち上げからディレクターを務める。
金子 結乃 Yuno Kaneko
1999年三条市生まれ。龍谷大学社会学部社会学科卒。2021年4月に「JOEMAY」に入社。
2022年から『Things』エディター/ライター。
(聞き手)金澤 李花子 Rikako Kanazawa
1993年2月26日生まれ。大学進学で上京し、卒業後、雑誌編集を6年間、広告制作のプロデュース業を2年間務める。2020年末、妄想図「踊り場」をフリーペーパーにしたところ、「hickory03travelers」の代表であり上古町商店街理事長でもある迫さんの目に留まり「複合施設SAN」の改修プロジェクトをスタート。
【トークイベント】
-まずは、「Things.」について教えてくください。
藤田:Thingsは、4年前の春に始めたローカルウェブマガジンです。毎日、毎朝7時の投稿を当初から継続していて、今では約1,500本近くのストックがあります。
がっちりとコンセプトを決めすぎず、「新潟の人、モノ、ことを紹介する」という、インタビュー形式のウェブマガジンなんです。
-藤田さんは(株)ジョーメイの外部パートナーとして、ディレクターという立ち位置で関わられています。ディレクションやデザインなどの指示を出しているということですが、そもそも、Thingsは藤田さんからもちかけたんでしょうか?
藤田:Things.を始める前、ジョーメイは自社メディアではないコンテンツ制作を行っていたのですが、コストなどもかかることから、自社による新しいウェブマガジンを作ろうと提案してたところ、受け入れてくれました。
-金子さんと藤田さんは、今回の雑誌製作にあたりどんな役割を
金子:私は、新卒でジョーメイに入社しました。去年の秋からThings.の専属ライターになり、藤田さんから指示をもらって動いています。藤田さんからは「好きにやって良いよ」と言ってもらえて、相談もしやすい環境で作業ができたと思います。
藤田:どんな年代の方でも読みやすい文字サイズやデザインなどになるよう気を付けました。また、いま42歳なんですが、自分の感覚だけを頼りにするのではなく、若い人の意見を聞いて反映するようにしました。
-Things.はウェブマガジンなので、紙で印刷するのは初めてですよね。
藤田:ジョーメイは印刷会社なので、いつかは印刷してはどうかと思っていました。そんな中で金子さんが専属となり、新しい動きをしようということで雑誌の印刷をすることになったんです。
-雑誌の製作方法などは分かっていたんですか
藤田:昔、フリーペーパーの手伝いなどをしていたことはあったんですが、雑誌は作ったことがありませんでした。ただ、一冊作ってしまえば雑誌製作のフォーマットが出来るので、今後にも役立つのではないかと。
WEBは制約が少なく何でもできる分、クオリティが下がることがあるんです。紙面サイズなど、紙の方が色々な制約が多いので力を付ける練習にもなるんじゃないかと考えていました。
-写真が贅沢に使われていると思うんですが、このあたりのこだわりも聞かせてください。
藤田:表紙カバーの「Things.」というタイトル部分などにぷっくらした加工を施していることや、雑誌なのにカバーを掛けていること。カバーを外した表紙も4色カラーで印刷するなど、印刷会社だからこそのこだわりを詰め込みました。
捨てるか迷った時に、本棚に残しておきたいと思ってもらえる本になると良いなと思っています。
-新潟は、地元情報を取り上げるメディアが多くあるんじゃないかと思う一方で、広告を読んでいる感覚になることもあったりします。雑誌としては広告収入が無ければ印刷できないという条件もある中で、Things.のコンセプトには既存のメディアにはない「アキ」があるというお話をイベント前に伺っていました。
藤田:ニッチなところじゃないと生きていけないと思っているんです。雑誌としては持ち運びが難しいような重さになってしまったんですが、紙だけでも、厚さや4種類使っているなどのこだわりがあります。
-今回、50人のインタビュー・ダイジェストが掲載されていますが絞り込むのには苦労したんじゃないですか。
金子:私と編集長の近藤の二人で、まず100人に絞り込みました。そこから50人に絞り込む段階では、ジャンルの偏りなどを意識して選びました。載せたいお店はたくさんあるんですけど、まず最初に読んでほしいと思う50人をセレクトしました。私達が好きなのはもちろん、お店は知っていてもオーナーの想いまでは知らないこともあると思うので、想いなどを知ってほしいということも考えましたね。
藤田:個人的には、人情横丁の信吉屋(しんきちや)のご夫婦を入れたことが大きいです。他と比べて、2ページの増量もしちゃってるし(笑)。ラーメン屋さんということもあり、お店に行ってもご夫婦と話すことはないかもしれないんだけど、ご夫婦のことを知ってから行くと、お店に行ったときの感覚が変わるんじゃないかと思うんですよね。
-私も何度か行ったことがあるんですが、お店の人の名前までは知りませんでした。
藤田:ライターが二人の言葉を使って原稿を書いていることも、そこで一緒に聞いているかのような感覚に繋がっているんじゃないかと思います。
-金子さんイチ押しの記事はありますか
金子:お店を選ぶ時、絶対に載せたいお店が何店舗があったんですが、その一つが稲田眼鏡店です。仕事で眼鏡職人を取材することもあったりしたんですけど、職人さんの中でも眼鏡がマイナスのイメージに繋がると感じながら働いている人が多いと感じていたんです。そんな中でも、眼鏡への情熱を持っている方もいることが分かって、載せたいと思いました。
-お店選びはどんな基準で
金子:ライター自身が気になるお店や、取材先から次のお店を紹介してもらうことがあります。
藤田:なぜかネタ切れしないんですよね。中には、営業をやめてしまうお店もあって、そのお店は二度と取材できなくなっちゃう。でも、WEBであれば良くも悪くもストックされるからね。それが面白さだとも思う。
-表紙カバーでは、「新潟」をあまり入れないようにしたんですか
藤田:そうなんです。「新潟の50人」とかも考えたんですけど、なんか違う感じがして。郷土愛とか地域振興などとは異なる文脈で制作したいと思ったんですよね。
-雑誌の後半では、やりたいことを自由にやっている気がします
藤田:編集部の中で、やりたいことがありそうなひとにページを割り当てして、できること・やりたいことの企画を考えてもらって製作してもらいました。
金子:私は「もぐもぐ!」というページを担当しました。色んな雑誌で、女の子が居酒屋とかにいって餃子とビールを味わっているような写真が好きだったので、それをやってみた感じです。
-実際にやってみてどうでしたか
金子:会社の同期の女性にも出演してもらっているんですが、インタビュー・ダイジェストを掲載している前半との、良い切り替わりになっているんじゃないかと思っています。ちなみに、写真に掲載しているテキストは、藤田が考えたものなんです。
藤田:後半では、多少は広告もあるんですが、広告っぽく見えていないのも「Things.」という雑誌を楽しんでもらえる要因になっているんじゃないかと思います。
-発行部数はどれくらいですか
金子:県内の本屋と、市内のセブンイレブンなどに置いてもらっていて、2,300部ほど出ているでしょうか。印刷部数は4,000部です。
-雑誌が棚に置かれるまでの、一連の作業に携わってみてどうでしたか
金子:「トリツギってなに?」から始まって、紙をどう選ぶか、見積りをどうしたら良いのかなど、何も分からない中で進めていきました。色んな人に相談しながらも、なんとか形にする経験ができて良かったし、実際に雑誌を手にした時は嬉しかったです。
実は、作っている最中はあまり実感が湧かなかったんですけど、手元に現物が届いたことで「雑誌を作ってたんだな」という実感が改めて湧きました。
-次号の予定はあるんでしょうか
藤田:印刷した4000部がどうなるか次第でしょうかね(笑)。表紙カバーには「2023」と印字しているので、できるなら2024・2025と続けて行けると良いと思っています。
金子:もっと紹介したいお店はあるので、作りたい気持ちはありますね。
-雑誌を作ったことで、今後の取材がしやすくなるのでは
藤田:取材はやりやすくなるんじゃないかと思います。「ローカルウェブマガジン」と言っても、年代によっては分かりにくいこともあると思うけど、雑誌を見せれば「こういうことね」と、すぐに理解してもらえるんじゃないかな。あと、ライターには紙媒体は一度印刷すると簡単には直すことができないので、WEBより紙をやった方が良いと言ってたんだけど、今回それが実現できて良かった。
-難しかったことや大変だったことは
金子:こうできれば良かったなと思うところは色々ありますが、藤田さんからの問いかけに対して、「こうしたら良くできます」と言える部分がもっとあれば良かったかなと思う。もっとインプットを増やしたい。
藤田:製作期間が花粉症の時期と重なり、体調が悪い中で校正していたのが一番辛かったかな(笑)。
-雑誌などのメディアでは、作り手の精神状態も影響すると思います。締め切りに追われて100%を出し切れずに終わってしまうこともあるんじゃないかと思うんですが
藤田:今の自分達として、できるギリギリは実現できたと思っています。ただ、もう少しできたんじゃないかという思いも同時に感じていますね。
-表紙に使用している写真はどうセレクトしたんですか。
藤田:表紙を含めた冒頭のグラビアページは、自分の著作本にも関わってくれている方にお願いしたんです。撮りためていた写真の中から、「こんな写真があります」といって提供してもらった中からのセレクト。表紙だけに使うのはもったいないと思ったので、中面でも使うことにしました。
-表紙カバーだけだと、一見してどんな中身かわからないのでは。
藤田:発売時期の初夏の雰囲気に合うかなと思ってたんだけど、本屋だとキャンプ雑誌などで緑の表紙が一緒になってて。うわぁ…と。
-販売している現場には行ってみましたか
金子:昨日、万代の蔦屋書店を見に行ったら大々的に展開してくれていました。離れて様子を見ていたら、売り場の写真を撮影されて帰られた方がいました。その場では購入されていなかったんですが、すでに購入済みなのかも。
普段、Things.を見てくれている方に会う機会がない中で、雑誌を出したことで実際に読者がいるんだと改めて実感することができました。
藤田:読者が見えないと、「本当に読まれているのか?」と思うこともあるからね。
-雑誌の「Things.」が生まれたことで、WEBと雑誌を行き来できるのが良いなと思います。
藤田:お店を訪れた後で、紙やWEBの記事を見てもらい深く知ってもらうという使い方もできると思う。記事に掲載日をいれたのは、掲載時点とは情報が変わっているかもしれないから。
【質疑応答】
Q:毎日更新されているが、何人くらいで回しているんですか。また、写真がすごく素敵だと感じているのですが、どうやって撮影しているんでしょうか。
藤田:ライターは3~4人で回しています。そのほかに、WEBサイトをコーディングする人と編集長。取材は、一店舗にライターが一人で訪問していて、写真もライターが撮影しているんです。
ちなみに、写真は編集長の近藤が一番上手かな。現状、文章を書くライティングや写真の撮影技術でどうしても差が生じてしまうので、そういう部分はレベルアップさせていきたいと思っています。プロカメラマンの撮影ではないので、暗いところで撮影したら全然ピントがあってない、なんてこともありました(笑)。
Q:経歴豊富な編集者がいるというわけではないと聞きましたが
藤田:編集の仕事をしてきた人達で作り上げているものではないんです。Things.が始まり、初めてライティングに携わる人も何人かいて。金子さんも、まさにその中の一人。ただ、私自身が楽になるためにも、ライターを育てていきたいですね。
Q:当初から、テーマには変更がないのでしょうか
藤田:コンセプトは変えていないです。ただ、掲載する形式が実は変わっているんです。
最初はインタビュー形式ではなかったんですが、ライター経験が浅い人が記事を書いたりするのに、インタビューなら録音したものを後で書き起こして整理すれば良いので編集がしやすい。そういう事情も含めて、今の形に落ち着いているんだと思います。
また、インタビュー形式にすることで、取材を受けられた方の本音が語られているように感じてもらえるのではないかと思うし、その人が話したこと、ライターが感じたフィーリングに近いものを表現できればと思っています。
Q:Things.というタイトルだが、Places(場所に紐づいている)要素もたくさんあると感じます。場所にこだわっている理由はありますか。インタビューで拠点やお店を持っている人が多い印象を受けたので。
藤田:場所のことは全然考えていませんでした。ただ、ジョーメイが東区にあるので、取材に行きやすいところがどうしても多くなっているかもしれません。例えば、移動に時間やコストがかかる佐渡の記事が全然ないなど、ライターの取材環境などの影響も少なからずあると思います。
Q:コロナの間はどうやって毎日更新を続けていたのか。
藤田:コロナのときは行けるお店と行けないお店があるので、受け入れてくれたところに訪問し、飲食店などはいかないようにしていました。コロナ時期で何が必要か考えたときに、テイクアウトなどの店舗などを紹介しながら乗り越えた部分もありましたね。
Q:WEBの連載を始めたときは認知度がなく、続けるのが難しかったと思うが、先に見えているものはありましたか。ここまではやろうとか。
藤田:0から始まるなら増えるしかないので、やめるときにはやめれば良いと思っていました。ただ、こういうメディアはないので、見てくれるだろうという根拠のない思い込みはありましたね。
Q:続けられるモチベーションみたいなものはありますか
藤田:ルールが毎日更新ということだけで、コンセプトなどに縛られ過ぎないのが良かったのではないかと思います。アクセスも右肩上がりになっていったので続けるうえでの心配はそんなにありませんでしたね。
Q:これだけはしないようにしよう、ということはありますか。
藤田:宣伝色を強くしないようには心がけました。PR記事のようなものになってしまわないように。雑誌の中で広告部分が全くないわけではないが、割合はごく少なくしています。
また、WEB記事のようにジャンルがバラバラだと読みづらくなってしまうので、掲載する記事の順番などは考えました。
-最後に一言ずつお願いします
藤田:これが売れないと次が作れないので、SNSなどで宣伝してもらえたら嬉しいです(笑)
金子:記事を読んでくれる読者がいるという、当たり前のことを実感できました。大切な経験になったので、今後の記事にも生かしていきたいです。
Things.を日常の片隅に置いてもらえたらと思っています。
【おわりに】
いかがでしたでしょうか。もしかすると、手元に「Things.」がないと伝わりにくい部分があったかもしれませんね。
そんな皆様に朗報です。
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特に、県外在住の新潟出身の方は、新潟を想う時間のお供に検討してみてはいかがでしょうか。都内の新潟関係の飲食店や全国のゲストハウスなどにも、新潟を紹介する本として置いてもらえたら嬉しいです…!!