スキゾフレニアワールド 第四十話「春」
春が来た。輝と涼子の間に出来た男の子はそう名付けられ皆に祝福された。2024年9月1日生まれ、左利きのAB型であった。両親と同じ血液型である。春はすくすくと健康的に育った。目一杯の愛情と光を浴びてその誰でも無い道を歩む事に成る。小倉輝、涼子、春。三人家族の間に強い絆が生まれ、涼子の精神障害をも包み消すくらいの愛が形成される。最早語ること非ず。最早するべき事非ず。愛が在れば其れで良い。嗚呼、美しきかな我が人生。小倉家は三人共最高に幸福であった。多幸感に包まれた人生であった。決して裕福では往かない暮らしの生活ぶりで有ったが笑顔の絶えない、天使の神様が宿る家庭であった。輝は云う。涼子は云う。春は云う。有難う。此の世に生を受けて。有難う。自分と出逢ってくれて。生きてくれていて有難う。生命の息吹を感じる。只感じる。互いが互いを愛し合い、笑い合い許し合い讃え合う。そんな生活だった。そんな人生だった。そんな暮らしぶりだった。何も要らない。此の愛すら有れば何も欲しくは無い。否。自分と云う存在其の物すら要らない。三人はそう想い始めていた。春は健康に育ち、幼稚園児では皆を引っ張るリーダーシップの強い男の子へとすくすくと成長した。元気で雄々しくて其れで居て心優しい。輝と涼子の良い所を性格として受け継いだ者で有る。何時迄も笑い合えて幸せで微笑ましい家族で有った。言う事は何も無い。級友の懐かしき梅澤一、長濱彩夏達もまたこの家族を愛し抜いた。クラスメイト達で祝賀会を何度も開き、輝と涼子と春は沢山の人の愛情の水のシャワーを目一杯浴びた。そして種は茎となり、花を咲かせ満開になった。庭園が出来るほど大きくなり、春は高校生になった。両親と同じ学校に入学したので有る。入学式の日。小倉春は両親の恩師・玉井麻友先生のクラスに配属された。
「出席番号三十六番、小倉春です! 宜しくお願いします」
春は元気に式の後のホームルームで自己紹介をした。玉井先生は胸の中で微笑んでいた。
(……あの子達の息子さんね)
「皆! 人生は一度きりよ! 泣きたい事も笑いたい事も沢山有るけど、何よりも楽しむ事が一番よ! ねっ?」
先生は春の元気な瞳を見て言った。季節は初春。新たな旅立ちの季節。初まりの時期。誰もが誰かを思い慕い、悩むこの凛凛とした大地の中で活きて居る。物語はまだまだ始まったばかり。其のスタートラインは絶頂のゴールテープを切られるのを待っている。そう、貴方の声を。待っているのだ。