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「メギド72」へ、愛を込めて

 大好きなソシャゲメギド72が「完結」し、来年3月にオフライン版への移行が発表された。
 「完結」である。ただ単に、サービスを維持できなくなったからサ終するのではない。
 メギド72がずっと展開してきた本編シナリオがサービス7年目(正確には7.2年で)完結し、主人公たちの旅が終着点にたどり着く。すごいことだ。
ルネ@[公式]メギド72(@megido72)さん / X

 ということで、7周年なのでこの際だから、メギドに対して思うこととか愛みたいなものをつらつらと書いていきたい。
 


ソシャゲの異端児にして特異点「メギド72」

世界観を大切にするオリジナルIPで、コラボ無し

 メギド72は配信型のソシャゲとしてはかなりの異端児だ。
 そもそも、完全なオリジナルのコンテンツだった。原作マンガも原作アニメも原作ゲームも原作小説も存在しない。DeNA発の完全オリジナルの新規IPとしてサービスを開始した。これがまず7年前、2017年のソシャゲ市場では珍しかった。(あくまで体感だけど、本当に当時は珍しかったと思う)

 メギドはその世界観を大切にしていたから、他の作品とのコラボが一切なかった。コラボをして新規客層を取り込むソシャゲが一般的な中、そういうのが一切なかった。徹底して世界観を大事にしていた。コラボ先に興味が無いと熱意が下がりがちな人間なので、そういうあり方が肌に合っていた。

フレンド制度等が無くプレイヤー間のコミュニケーションが必要なかった

 さらにプレイヤー同士のコミュニケーションが徹底して制限されていたのも珍しかったように思う。まず、フレンド制度が無かった。これは世界観に合わせてのことだと思う。徹底して自分のペースで、買い切りのコンシューマーゲームのように遊ぶことができた。その上、プレイヤー同士でチームやグループを組むような制度も無かった。(グラブルでいうところの騎空団)。
 おまけにプレイヤーみんなで強い敵をリアルタイムで倒していくいわゆる「レイドバトル」は定期に期間限定で開催で、常時開催ではなかった。バトル中もコミュニケーション手段はスタンプに限られていた。しかもどのプレイヤーがどれだけ敵にダメージを与えたかが分かりにくくなっていた。加えて、敵もメンバーが集まればまあ普通に倒せる程度の強さに調節されていた。
 プレイ中のプレイヤー間のコミュニケーションによるトラブルが発生しようがない環境が整えられていた。「ゲームくらい自分のペースで遊んで、自分のペースで敵と戦わせてくれ!」と思っている人間としては、これはありがたかった。過去にコミュニケーションのできるゲームでトラブルに巻き込まれた身としては安心できるゲームでもあった。

シナリオ・世界観を反映した、「行動権を敵と奪い合い味方に分配する」フォトンドリヴンシステム

 ひとりで、メギド72に、じっくり自分のペースで向き合う。
 それがメギド72というゲームの基本方針だったように思う。それを象徴するのがメギド72の戦闘だと思う。「コイツを使えば絶対勝てる」なんて雑に強いキャラはいない。敵の特性を理解し、それにふさわしい編成を考えて戦い、トライアンドエラーを繰り返す。面倒くさいといえば面倒くさい。でも倒せた時の喜びはひとしおで、編成を考えるのも楽しかった。
 そして何よりも「敵と行動の権利としてのフォトンを奪い合う」フォトンドリヴンシステムが、メギド最初期のメギドラルとのフォトンの奪い合いを象徴していてメギドらしい独創性あふれる戦闘だと思う。(そして、戦闘と戦闘におけるキャラ性能のシナリオとの相互関係が秀逸でもある)

デイリーミッションが無かった

 そんな、ひとりでじっくり向き合うゲーム。
 プロデューサーが変わってからもこれは同じで、期間限定の「依頼」(いわゆるミッション)も周年記念日やメギドの日あたりに月レベルで時間的な余裕を設けてもらい、「しんどい時には遊ぶのをやめて休んで欲しい」とプロデューサーが明言した時もあった。体感としてはもはやコンシューマーゲームに近かった。そういうあり方が好きだった。

 メギド72はデイリーミッション(クエスト)が無かった。これは革命に近かったかもしれない。
 今は基本的に多くのソシャゲに、毎日こなすクエストなりがある。ソシャゲと言わず、ブラウザゲームにもある。
 鹿島はゴリゴリの艦これ(ブラウザゲーム)のプレイヤーで、提督としての年数はのべ10年に近くなる。艦これにもデイリーミッションがあるが毎日全部こなすのは普通に無理。でもやらないと何となくもったいないな、の気分になる。
 一方で、メギドはそもそもミッションが特別な時に期間限定で実装されるくらいで普段はそういうのも無い。「デイリーミッションがあるから毎日ログインしなきゃ」という強迫観念が全く発生しない。風の噂で聞いたことだが、ソシャゲは毎日ログインするプレイヤーの数がゲームサービスの継続に影響するらしい。(あくまでも風の噂)
 多分デイリーミッションの類はそういうログインするプレイヤーを増やすための施策なんだろうけど、メギドにはそういうのが無かった。
 二人のプロデュサーの言葉を思い返し、Pレターを思い出しても、メギド72というゲームはまず「日常に楽しみ・息抜きをもたらすもの」としての提供されていたように思う。ログインを強制しないその姿勢は上記の「無理せず遊ぶ」ということも含めて、徹底してこのゲーム提供の姿勢を反映し、それに忠実であったように思う。もはやこのソシャゲ大戦国時代に「異様」であるなとも思うし、無欲だな、とも思う。でもお陰でストレス無く遊べた。

学問的な示唆を含めつつ展開する超長編SF群像劇として

 こんな、ソシャゲとしてはある種「異様」だったメギド72。
 強いて言うなら、シナリオもかなり異様だったように思う。「面白すぎて何ていったらいいのか分からない」「面白さが上限を突破した時に自分がどんな反応をするのか」を思い知ったのが、本編6章だった。
 群像劇の面白さを叩きつけられた。正確には、自分が群像劇が好きだったことを思い知らされた。
 そこからはもうとんでもなかった。「メギド」という種族の誕生の仕方、生態、思考、彼らが集まってできる社会の在り方、そういうものを徹底して理詰めで描き、物語はSFの様相を帯び、最終的に哲学・倫理学・物理学・社会学・生物学・文学・軍事などの要素を組み込んでいく。
 そして会話劇を通して、これらの要素を取り込みつつ状況の分析・対応策立案・案のシミュレーション・反証・反論を徹底してを行っていく「議論好き」なゲームでもある。

「……あれ、ソシャゲってこんなんだったっけ?」
 そんな言葉が思わず口を突いて出た。8章の「なり損ない」をめぐる物語の時だったと思う。いわゆる「宗教」の誕生を目の当たりにした時だ。
そして物語が進むにつれて、これまで読んだ倫理学や社会学で言及されていた内容を繰り返し繰り返し思い出すことになった。特に本編で何度も言及される「変化」と、終盤で強く意識される「壁」の議論において。
 かつて読んだそれなりにお堅い学問の本が、ゲーム内容と互いに補助線を引き会う。そんな体験がゲームに存在するなんて知らなかった。人間存在、生命、それらが集まって生まれる社会・世界に対する眼差しを自分の中に分けてもらい、自分の考え方にも大きく影響を受けた。

壁・花壇・システムという「絶対的な枠組み」と、それが揺らぐことについて話が出るたびに思い返していたのはこの「『若者のための<死>の倫理学』」という本。この本を通して人から指導を受けた時に「絶対的に見えるシステムに「ぶらさがない」ことを覚えてほしい」と言われた。とデカラビアのハルマゲドンへの貪欲な抵抗を描く「最後の咆哮」でもこの本を思い出していた。それかヴェルドレ「悲劇の騎士」の「私の復讐を奪わないでおくれ!」のセリフははシェイクスピアの「世界劇場論」を思い出す。

 そして、変化については「増補 民族という虚構」。多数派であれ少数派であれ影響を受けて不可逆な変化を遂げるという点について書かれた本。読みやすいです。確か5章6章あたりがその話をしています。


思い返せばまず主人公ソロモン王がソシャゲの主人公として「異様」だった

 ……そもそも。今ではすっかり我らがソロモン王だが、冷静になるとソシャゲの主人公として彼はかなり異様で異端。
 だって今時のソシャゲでありながら主人公はまさかの男の子一択。しかも色黒で、全身入れ墨で、鎖ジャラジャラで、指輪5つもつけてる。公式のキャラ説明読んで「これで純朴で優しい村の少年は無理あるだろ!」と思った。よく分かんねーゲームだな女の子(ウェパル)の水着衣装配布にしてたり噂通りトンチキなゲームだぜハハハ、と思いながらネタ扱いで遊び始めた。
 でも主人公が全身入れ墨で、鎖ジャラジャラで、指輪5つもつけてるのには全部ちゃんと理由があった。色黒はまあそうなんだけど、でも純朴で優しくて、そして聡い少年だった。主人公は常に軍団の長として、公共の、そして王都から資金援助を受ける組織の長として公平・公正な態度を求められ、軍団員からの厳しいまなざしを受けながら、ときに仲間に支えられ、その期待と信頼にこたえていく。この少年はプレイヤーの依り代じゃない、確かに意志持つ生命としてそこにいる。ソロモン王と呼ばれるその少年が大好きで、幸せになって欲しいと思ってる。

その矜持を貫いての「完結」を誇りたい

「メギド72」は異様・異端のソシャゲであること、そのすべての要素に理由があるゲームだと思っている。そしてその異端さの根底にゲームを提供する運営の強い信念・矜持のようなものを感じている。
 ソシャゲの流行から大きく外れたところにいるメギド72はこのソシャゲ大戦国時代に、その異端さを、信念を、矜持を貫いて7.2年を経て「完結」する。ゲームの軸であるメギドラルとの戦いをめぐるソロモン王の長い長い旅の物語が終わりを迎える。
 これまでオタクとして色々なソシャゲがサービス開始している様子を眺めてきた。半年を待たないどころか、サービス開始とほぼ同時にサービス終了したゲームも知っている。そんな中、メギド72は独自の在り方を、信念を、矜持を貫いてその物語を終えて「完結」し、オフライン版に移行する。
 偉業だ。紛れもなく。誇り高い自負と自信に満ちたゲームであるようにも感じる。もうここまで来ると、メギド72をプレイしていたことそのものが誇らしい、という域に達する。

 もちろん、ゲーム的には実装するはずのキャラや衣装があったのだろうな、とは思う。それでも数年前のリアイベで発表した通りに一番大切にしていた本編を最後まで実装し、ソロモンたちの旅は無事終着点にたどり着くことになった。

とはいえ寂しいのは寂しい

 と、ここまで言っておいて、実はメギド72「完結」しないでくれ!と駄々をこねる気持ちがある。全然ある。めっちゃある。それはもうある。ちょー寂しい。多分、今後メギドほどハマれるゲームに出会うことも難しいだろうし……。ついでにあのキャラの衣装ほしかったぜ! あのメギド実装してほしかったぜ! の気持ちもある。
 そもそも鹿島は「ゲームの最終ダンジョン入れない病」であり、「漫画とアニメの最終話見れない病」の重篤患者だ。大切で愛おしいものほど終わりを見たくなくなる。寂しい、行かないでくれ、夢よ永遠に続いてくれ、そんな気持ちでいっぱいになる。小学生の頃、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」を読み、終盤が近づくにつれ終わるのが嫌でわざとゆっくり読んでいたことを思い出す。

でも、それでも。こびりついて引きはがせない「72」

 物語は最後を見届けてこそ「完成」する。そして完成した時、物語を通して感じたことや、最後まで見届けた事実は、きっと自分の中に永遠に残り続けるのだと思う。そして多分、今後様々な物語に触れ、何かを考える時の軸を構成するものになるんだと思う。それが「永遠」なのかな、と思っている。
 ……なんてことを書きながら「ギギガガス」のイベントを思い出している。

 少なくとも、多分、今後ずっと72を「キリのいい数字」「好きな数字」「特別な数字」だと思い続けるんだろうな~と思ってる。あるいは72を見てなんとなく愉快な気持ちになる。
 かつて友人が「僕は紅茶が好きなんだけど、元はゲームの推しが紅茶飲むからなんだよね。でももう今は推しは関係なく紅茶が好きで、多分ゲームがサ終しても紅茶を好きでずっと飲んでると思う」と言っていた。きっと彼は好きになったきっかけを忘れてしまってもずっと紅茶が好きなんだろうな、と思った。
 多分72っていう数字もその紅茶みたいな存在になるんだろうな、と思っている。なんとなく愉快な気持ち、「好き」の気持ち、そんな形のない贈り物をメギド72っていうゲームに貰っているのだと思う。

メギドの好きなところは色々

 霊宝や贈り物といった強化アイテムの類を作るとき、素材を集めるのに直接その素材が出るフィールドに行けたり、作りたい強化アイテムをホーム画面「アジト」の右上にピン留め出来たり、作った強化アイテムを直接キャラに私に行けたり、素材集めも周回が簡単だったり、そういうUIも個人的にはかなり便利で良かった。
 定期的に公式ツイッターにアップされる記念ファンアート類のイラストや、イラストレーターの落書き・息抜きイラストを掲載するインスタも好きだった。絵の中に物語があり、そこにキャラクターたちが確かな意志ある存在として生きている感じ。これはメギドの衣装もそうで、シチュエーションを前提としつつ、キャラクターらしさとキャラクターの好みなどを加味した物ばかりで、どれも好きだった。
 あらゆるジャンルの音楽が聴けて、聞くたびに物語を振り返ることになって好き。特にメギドの日と周年のアジトTVでの生演奏は毎回楽しみにしていた。

最後に、心からの愛を込めて。

 書きたいことはだいたい書いたと思う。
 強いて言うなら、新しいサントラと、ビジュアル・アートブック、設定資料集、それからストーリーを書籍化したものが欲しい。マジでめちゃくちゃほしい。紙の本として手元に置いておきたい。

 愛にあふれた運営とスタッフによって作られたゲームだったな、と思う。そんなゲームに触れられたのが嬉しかった。
 完結はやっぱり寂しいけど、寂しいと感じること自体が愛していた証拠だよ、なんて話を思い出す。心に穴が開いたように感じるけど多分その穴は72って形をしています。……なんかやっぱ呪われてるみたいだな。
 でも呪いと愛は表裏一体かもしれません。
 72周年を超えて、101年先でも愛してるよメギド72。だから完結してもこれからもオフライン版として、あとできれば最終的にコンシューマー版とかになってそばにいてくれないか……。
 言葉を尽くしても伝えきれないけど、誇り高い、大好きなゲーム「メギド72」に愛を込めて心からの「ありがとう」を。愛してるぜ!


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