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社獣ハンター 悪質ワンルーム販売者を叩きのめせ

登場人物
堀部映理(ほりべ えり)
社獣ハンターのメンバーで格闘技の天才。『必殺飛燕真空回し蹴り』で数多くの悪人を沈めてきた。オフィスでは筋トレを欠かさず、常に身体を鍛えている。
五十嵐いづみ(いがらし いづみ)
社獣ハンターのスタッフ。女優・山岸あや花似の美女。身長175cm、痩身でメガネをかけた知的な雰囲気を持つ。セクハラを行う社獣を罠にはめるのが得意。
藤堂葵奈(とうどう あいな)
社獣ハンターのアシスタント。一見クールだが、小心者。強くありたいと努力するものの、恐怖や極度の緊張に襲われると嘔吐してしまう体質。
AI先生
社獣ハンターに確実な情報を伝えるモニター上のクリーンなインターフェース。
チャプンド
情報工学の専門家。盗聴や盗撮を駆使して堀部映理たちを援護。デスクはモニターと機材で埋め尽くされ、最新の情報を解析する。

伊藤五郎(いとう ごろう):ワンマンション販売業者
中村為吉(なかむら ためきち):会社員

第一章 餌食

 中村為吉(なかむら・ためきち)、三十五歳。都内の中小企業に勤める、ごく普通の会社員だ。仕事に情熱を持っているわけでもなく、かといって転職する勇気もない。毎日、決まりきった業務をこなし、無難に生きていた。

 最近の趣味は、少しでもお得な情報を集めること。ポイントサイトを巡り、無料キャンペーンに応募し、クーポンを活用する。わずかな金額でも、得した気分になれるのが心地よかった。

 昼休み、いつものようにスマホをスクロールしていると、目を引く広告が目に入った。

 「話を聞くだけで50,000円分のコジゾンギフト券プレゼント!」

 「……五万?」

 思わず指を止めた。

 広告の内容を確認すると、ワンルームマンション投資についてのオンラインセミナーに参加すれば、もれなくギフト券がもらえるという。しかも、セミナーはスマホやパソコンで視聴するだけ。対面ではなく、自宅で聞けばいいらしい。

 「これ、めっちゃいいじゃん……」

 わざわざ会場まで行く手間もなく、ただ画面を眺めるだけで五万円。リスクはゼロに思えた。

 【今すぐ申し込む】

 ボタンをタップすると、LINEの登録画面に飛んだ。

 「公式アカウントを追加しますか?」

 「へぇ、LINEでやるんだ」

 少し警戒しつつも、追加ボタンを押す。すぐにメッセージが届いた。

 ○《不動産投資セミナー事務局》
 ○「ご登録ありがとうございます!」
 ○「こちらのLINEで、セミナー情報をお送りします」
 ○「簡単なアンケートにご回答ください!」

 アンケート内容は簡単だった。

 ◆お名前を教えてください
 ◆年齢を教えてください
 ◆職業を教えてください
 ◆年収を教えてください(おおよそでOK!)

 「年収……? まぁ、適当に書いとくか」

 それらを入力すると、次のメッセージが届いた。

 ○「ありがとうございます! セミナーの日程をお選びください。」

 候補の中から、翌日の夜を選ぶと、すぐに返信が来た。

 ○「ご予約完了です! 当日のセミナーURLはこちら」
 ○「セミナー終了後、LINEでギフト券の受け取り方法をお送りします」
 ○「楽しみにお待ちくださいね」

 「よし、あとは聞くだけか」

 これで五万円が手に入るなら、悪くない。むしろ最高だ。

 しかし、彼は知らなかった。
 このオンラインセミナーが、巧妙な罠の入り口であることを。

第二章 地獄の勧誘

 オンラインセミナーは、思ったよりもあっさりしたものだった。

 画面の向こうでスーツ姿の講師が、「ワンルーム投資のメリット」とやらを語っている。
 「頭金ゼロで始められる」「家賃収入でローンを返せる」「節税効果も抜群」と、甘い言葉が次々と並べられる。

 正直、どうでもいい。

 中村為吉(なかむら・ためきち)はスマホを片手に、適当に聞き流していた。
 適当なタイミングで「うんうん」とうなずき、講師が「どう思いますか?」と投げかけてきたら、「なるほどですね」と無難に返す。

 心はもう、セミナー後にもらえる五万円のコジゾンギフト券に向いていた。

 セミナーが終わり、LINEにメッセージが届く。

 ○「ご参加ありがとうございました! ギフト券のお受け取りの前に、短いアンケートにお答えください」

 アンケートは簡単だった。
 「投資に興味があるか」「不動産を購入するなら何を重視するか」――適当に「よく分からない」とか「考えたことがない」と答えて送信する。

 ○「ありがとうございます! 近日中に担当者からご連絡させていただきます」

 「……え?」

 ギフト券がすぐに届くものだと思っていた為吉は、少し嫌な予感がした。
 しかし、それも束の間だった。

 「まぁ、すぐ来るだろ」

 そう軽く考えていた。
 だが、ここからが本当の地獄の始まりだった。


翌朝 8:15 AM

 仕事に行く準備をしていると、LINEの通知が鳴った。

 ○「おはようございます! 先日はセミナーにご参加いただき、ありがとうございました」
 ○「お話をもう少し詳しくさせていただければと思い、お電話させていただきます」

 「電話? いやいや、聞くだけで終わりじゃなかったのかよ」

 少し不安になったが、通勤時間も迫っている。
 とりあえず無視することにした。

 だが、5分後にスマホが震えた。

 ○着信:知らない番号

 「うわ、マジかよ……」

 出る気はない。スルーした。
 するとすぐに、LINEのメッセージが届いた。

 ○「お忙しいところ失礼いたしました! ご都合の良い時間を教えていただけますでしょうか?」

 「無視だ、無視……」

 通勤の電車に乗りながら、彼は通知を切った。
 だが、それが間違いだった。


その日、昼休み

 ○着信:知らない番号
 ○着信:知らない番号
 ○着信:知らない番号

 「……なんだよ、しつこいな」

 見慣れない番号から、5分おきに電話がかかってくる。
 ため吉はスマホを手に取り、LINEを開いた。

 ○「中村様、ご連絡がつかないようですので、改めてメッセージを送らせていただきます!」
 ○「お忙しいかと思いますが、お電話で少しだけお話しできませんか?」

 「少しだけ、って絶対少しじゃないだろ……」

 昼飯も落ち着いて食えない。

 イライラしながらLINEを閉じる。だが、地獄はまだ続く。


その日の夜 9:45 PM

 ○着信:知らない番号

 「……は?」

 もう夜だ。こんな時間に電話してくるのは、普通じゃない。

 ○「夜分遅くにすみません! 明日、お話できるお時間はございますか?」

 ゾッとした。
 完全にターゲットとしてロックオンされた感覚。

 「やばいな、これ……」

 ため吉は、メッセージを無視した。
 スマホの電源を落とし、布団にもぐる。

 だが、翌朝――。


翌朝 7:30 AM

 ○着信:知らない番号

 ○「おはようございます! お目覚めのところ失礼します」

 ○「中村様が今後どのように資産形成されるのか、とても重要なお話ですので、ぜひ一度お電話させていただければと思います!」

 ○「お仕事前の10分だけ、お時間いただけませんか?」

 「……地獄かよ」

 もう、電話を無視すれば解決するレベルではないと悟った。
 これはただの「セミナー」ではない。

 「狩り」だったのだ。

 彼は、すでに獲物として捕捉されていた。

第三章 過激な勧誘攻撃

 ○「中村様、ご連絡が取れないようなので、担当の者がお会いして直接お話しさせていただきたく存じます!」
 ○「お時間があるときに、ご都合の良い場所を教えていただけますでしょうか」

 LINEの通知を見た瞬間、中村為吉の背筋が凍りついた。
 ついに、実際に会いに来るつもりなのか――。

 無視を続けてきたが、執拗な電話とLINEメッセージに心がすり減っていた。
 気づけば彼のスマホには、20件以上の不在着信が記録されている。

 「このまま無視し続けたら、会社まで押しかけてくるんじゃないか……」

 そう思うと、ますます胃が重くなる。

 ○「お会いして、ほんの少しだけお話しできればと思います! もちろん無理にとは申しませんので、お茶でもしながらお話ししませんか?」

 ――お茶くらいなら、いいか。

 為吉は、ほんの少しの妥協をしてしまった。
 それが、さらなる悪夢の入り口だった。


【喫茶店の罠】

 翌日、指定された駅前の喫茶店に向かうと、そこには一人の巨漢が待っていた。

 伊藤五郎。

 体重は120キロを超える巨漢。スーツは高級そうだが、パンパンに張った腹のせいでボタンが今にも弾け飛びそうになっている。腕には金色のロレックス、指には分厚いゴールドの指輪。

 髪はきっちりとオールバックに固められ、テカテカと輝いている。脂ぎった丸顔に貼りつくような笑みを浮かべ、目だけが妙に鋭く光っていた。

 金は持っていそうだが、どこか胡散臭い。見ているだけで、じわじわと圧を感じる男だった。

 「おお、中村さん! お待ちしてましたよ!」

 大声で手を振るその姿に、周囲の視線が集まる。

 (うわ、目立つなこいつ……)

 そう思いながらも、逃げるわけにはいかない。為吉は重い足取りで席に座った。

 「いやぁ、先日はセミナーにご参加いただきありがとうございました!」
 「今日はね、ほんの軽い打ち合わせですから! 気楽にいきましょうよ!」

 そう言うと、伊藤はメニューも見ずにアイスコーヒーを注文した。

 「さて、早速ですが、中村さんは今の生活に満足してますか?」

 唐突な質問だった。

 「え、いや……まぁ、普通ですね」

 「普通、ですか……」

 伊藤はニヤリと笑い、胸ポケットから何枚かの書類を取り出した。

 「実はですねぇ、中村さんくらいの年齢の方って、今が一番大事な時期なんですよ。将来のための資産形成、真剣に考えたことあります?」

 「いえ、特に……」

 「それ、ヤバいっすよ!」

 突然、大声を出された。

 「今動かないと、一生後悔しますよ? 定年迎えてから、『あの時やっておけば……』って思っても、もう遅いんですよ!」

 伊藤の目は爛々と光っていた。

 「でもまぁ、投資なんて難しそうで怖いですよね? だからこそ、うちの会社がサポートするんですよ!」

 そう言って、テーブルの上に契約書を広げた。

 「これ、すごいプランなんですよ! 中村さんのような方にピッタリ!」

 文字がびっしりと書かれた書類を見ただけで、頭が痛くなる。

 「えっと、でも僕、投資とかよく分からないし……」

 「大丈夫です! みんな最初はそう言うんです。でもね、一歩踏み出した人だけが勝ち組になるんです!」

 「いや、でもちょっと考えたいので……」

 「考える? いやいや、中村さん! これは今決めるから意味があるんですよ!」

 テーブルに肘をつき、ずいっと顔を寄せてくる。

 「大丈夫、絶対に損しませんから!」

 その言葉が、まるで呪いのように響いた。


【逃げ場のないファミレス】

 なんとか契約書を書くのを断り、喫茶店を出た。しかし、それで終わりではなかった。

 ○「お時間取っていただきありがとうございました! でも、まだ少しお話し足りないので、もう少しだけお時間いただけませんか?」

 「えっ……」

 ○「ちょうどいいファミレスがありますので、そこで続きをお話ししましょう! もちろん無理にとは言いません」

 断る間もなく、伊藤は肩を組むようにして歩き出した。

 ファミレスに入ると、すぐにソファ席に通された。伊藤は勢いよくメニューを開き、為吉に言った。

 「いやぁ、ここメニュー豊富でいいですよねぇ! 遠慮しないで好きなもの頼んでください!」

 「いや、僕は大丈夫です……」

 「そうですか? じゃあ、私はハンバーグと唐揚げのセットで!」

 またか。

 伊藤は喫茶店でも同じことをしていた。とにかく長時間拘束するために、わざと食事を取るのだろう。

 「でね、中村さん。さっきの話ですけど、これ、どうしても損しないんですって!」

 「いや、でも……」

 「なんでそんなに悩むんですか?」

 「いや、その……」

 「まさか、五万円のギフト券だけもらうつもりじゃないですよね?」

 為吉は、ぎくりとした。

 「そ、そんなことは……」

 「だったら、ここで決めましょうよ!」

 伊藤の圧に、息が詰まる。

 「でも、もう少し考えたいんで……」

 「だから、それが一番ダメなんですって!」

 「……」

 為吉の手は、じっとりと汗ばんでいた。

 「考える時間を与えると、人は動かなくなるんです!」

 「でも……」

 「今、決めてください」

 伊藤の目が鋭く光った。

 まるで、悪魔のようだった。

 為吉は、この状況からどうやって逃げ出せばいいのか、分からなくなっていた。

第四章 地獄の扉開く

 ○「中村様、昨日はありがとうございました! 本日も少しだけお時間いただけますか?」

 LINEの通知が鳴ったのは朝の8時だった。

 中村為吉は、スマホを握りしめたまま、うなだれた。

 昨日の長時間の営業攻撃に、心も体もすり減っていた。
 伊藤五郎に喫茶店へ連れ込まれ、ファミレスへ移動し、延々と説得を受けた。
 逃げる機会は何度もあったはずだ。だが、そのたびに伊藤の巧みな話術に阻まれ、結局、深夜まで付き合わされてしまった。

 「もう、これ以上は無理だ……」

 だが、伊藤はそれを許さなかった。

 ○「今日はほんの30分だけです! もう少しだけお話しできればと思います」

 「……30分だけなら」

 為吉は、疲れた脳でそう考え、返信を打ってしまった。
 それが、最後の抵抗だった。
2日目の営業

 約束の時間に喫茶店へ向かうと、伊藤は昨日と同じ笑顔で手を振った。

 「中村さん! 今日もありがとうございます!」

 ためらいながら席に着く。

 昨日と同じパターンだった。
 まずは軽い雑談から入り、徐々に投資の話へと移っていく。

 「昨日のお話、どうでした?」
 「やっぱり将来のことを考えると、今がチャンスですよ!」
 「不安なことがあれば何でも聞いてください!」

 頭がぼんやりする。

 「いや……やっぱり考えたいです……」

 やっとの思いでそう伝えると、伊藤は深くうなずいた。

 「そうですよね、慎重になるのはとても大事です!」

 少しホッとした。

 「じゃあ、ファミレスでゆっくり考えましょうか!」

 まただ。

【逃げ場のないファミレス】

 伊藤に誘導され、昨日と同じファミレスへ入る。
 伊藤は当然のようにハンバーグと唐揚げのセットを注文し、にこやかに話し続ける。

 「中村さん、何か飲み物でもどうですか? コーヒーでも頼んでくださいよ!」

 「……じゃあ、アイスコーヒーを」

 為吉は、自分がこの場にいる理由も分からなくなっていた。
 ただ、ここから逃げる気力が残っていないことだけは分かる。

 「でね、やっぱり決断って大事なんですよ!」

 伊藤は契約書を取り出し、テーブルに広げた。

 「昨日よりもさらに良い条件を用意しました! 今なら特別に金利も優遇されます!」

 「いや、でも……」

 「考えるのはいいことです。でもね、考えすぎて動けなくなるのは、一番もったいないんですよ!」

 時間の感覚がなくなっていた。

 気づけば時計の針は深夜を回り、ファミレスの客もまばらになっている。
 だが、伊藤の熱量は衰えなかった。

 「中村さん、今がチャンスです! ここで決めなかったら、一生後悔しますよ?」

 何度も何度も聞かされたフレーズだった。

 「今契約すれば、すぐに家賃収入が入ってきます!」

 「サラリーマンのままで大丈夫ですか? 何かあったらどうします?」

 「家族のためにも、しっかり資産を作らないと!」

 「ローンは家賃収入で返せるので、実質タダで持てますよ!」

 時計の針は午前3時を回っていた。

 頭がぼんやりする。

 「……もう、どうでもいい」

 伊藤の言葉が脳に染み込んでいく。

 「じゃあ、ここにサインをお願いします!」

 午前4時。

 為吉は、ペンを握った。

 目の前の紙に、自分の名前を書いた。

 伊藤は満足そうにうなずいた。

 「ありがとうございます! これで中村さんも立派なオーナーですね!」

 為吉は、契約書を見つめながら、ふと考えた。

 「……俺、何してるんだ?」

 だが、すでに遅かった。

第五章 伊藤の夜の豪遊

 伊藤五郎は、深夜の新宿に繰り出していた。

 契約が取れた日の夜、彼のテンションは最高潮に達する。
 今日もまた、一人のカモを仕留めた。
 まさに「狩り」を終えた後の解放感だった。

 馴染みの高級焼肉店で、分厚い和牛を頬張りながら高らかに笑う。
 「いやぁ、今日もいい仕事したなぁ!」

 グラスに注がれた高級シャンパンをぐいっと飲み干し、隣に座るキャバクラ嬢に肩を寄せる。

 「伊藤さん、今日もノリノリですねぇ♡」

 「そりゃそうよ! 仕事がうまくいった日は、ドカンと使わなきゃな!」

 テーブルには、すでに開けたシャンパンボトルが三本。
 彼の豪遊はここで終わらない。

 「この後、どうする? もう一軒行っちゃう?」

 「え~、どうしようかなぁ♡」

 結局、彼はそのままキャバクラ嬢を連れてホテルへ向かった。
 伊藤五郎、今宵もまた「お持ち帰り」を果たしたのだった。


第六章 社獣ハンター登場

 翌朝、中村為吉は目を覚ました。

 目の前には契約書。

 「……俺は、何をしてしまったんだ?」

 昨夜のことを思い出すと、頭が痛くなった。
 喫茶店、ファミレス、終電も逃し、延々と続いた説得――。
 気づけば午前4時。意識も朦朧とした状態で、あの紙にサインしてしまったのだ。

 「もう、終わった……」

 情けなくなった。
 自分の弱さが腹立たしい。

 どうすればいい? 警察か?
 でも、詐欺とは言い切れない契約書に、彼らが動いてくれるのか?

 悩んだ末に、為吉はある場所へ向かった。


【社獣ハンターオフィス】

 「なるほど、そういうことか」

 オフィスのドアを開けた瞬間、筋トレ中の堀部映理が顔を上げた。

 中村為吉の話を聞き、彼女はすぐに状況を理解した。

 「伊藤五郎……悪質な投資勧誘で有名な男だな」

 「そんな……やっぱりヤバい奴だったんですね」

 「間違いない。そいつらは何人ものカモを狩ってきた」

 映理は自分の腕を伸ばしながら、不敵に笑った。

 「まぁ、安心しな。あたしたちが懲らしめてやるよ」

 そこへ、大型モニターにクリーンなインターフェースが浮かび上がる。

 ○「AI先生、参上です!」

 AI先生が、冷静な声で告げた。

 ○「今なら、クーリングオフできますよ」

 「えっ……?」

 ○「最期、ファミレスで契約したのが良かったのです」
 ○「自分の家か、伊藤の会社・株式会社クズヒルで契約していない限り、クーリングオフが適用されます」

 「……本当ですか!?」

 ○「間違いありません」

 中村の顔に、希望の光がよみがえった。

 「やった……助かる……!」

 だが、映理は腕を組み、にやりと笑った。

 「それはそれとして、こいつらを懲らしめるのは当然だよな?」

 「えっ?」

 「クーリングオフできても、こっちはこっちで制裁しないと気が済まない」

 映理は拳を軽く握りしめる。

第七章 囮作戦

 「さて……そろそろ、こっちの反撃といこうか」

 堀部映理が腕を鳴らしながら言った。

 「とはいえ、ただ殴り込むだけじゃ面白くない。アイツの得意な『営業』を逆手に取ってやる」

 「……どうするんですか?」

 中村為吉が恐る恐る尋ねる。

 映理は、ニヤリと笑って振り返った。

 「囮を使う」

 「囮……?」

 「私の出番ね」

 現れたのは、五十嵐いづみ。

 女優・山岸あや花に似た知的美人。身長175cm、痩身で、メガネをかけた大人の色香をまとった女。

 「悪徳業者にカモを売るのが仕事なら、こっちも美味しい餌をぶら下げてやればいい」

 いづみは赤い口紅をひきながら、鏡越しに言った。

 「そして、私はただのカモじゃないわ。伊藤のような男は、簡単に手玉に取れる」
色仕掛け

 ターゲットは、新宿の高級ラウンジ「ダイヤモンドクラブ」。

 伊藤五郎がよく使う店だ。

 いづみは、情報通のチャプンドから入手した伊藤のスケジュールをもとに、偶然を装って接触する計画を立てた。

 夜9時過ぎ。

 ラウンジのカウンター席に、いづみはゆったりと座る。

 黒のタイトドレスに身を包み、髪をゆるく巻き、グラスの縁を指でなぞる。

 「ねえ、おひとり?」

 声をかけたのは、案の定、伊藤五郎だった。

 スーツは相変わらずパンパンに張りつき、腕には金のロレックス。

 脂ぎった顔にニヤつきを浮かべ、隣の席へと身を寄せる。

 「いやぁ、こんな美人が一人で飲んでるなんて、世の男はもったいないなぁ!」

 「ふふ……そんなことないわ」

 いづみは、微笑んでウイスキーを口に含んだ。

 「それにしても、あなた、すごく仕事ができるオーラがあるのね」

 「おっ、わかる? いやぁ、オレくらいのレベルになると、いろいろとね!」

 伊藤は自慢げに話し始める。

 「最近も、いい投資案件があってね。俺のアドバイスで人生変わった人、何人もいるんだよ!」

 「まあ……すごいのね」

 「いやいや、俺なんかまだまだだよ。でも、君みたいな素敵な人なら、特別に紹介してあげてもいいかもな~?」

 「まあ……嬉しいわ」

 いづみは、わざとらしく体を寄せた。

 伊藤の目が、獲物を捕らえた肉食獣のように光る。

 「よかったら、この後、どう?」

 「……いいわよ」

 伊藤は満面の笑みを浮かべ、グラスを掲げた。

 「よし、じゃあ、ちょっと静かな場所で続きを話そうか」

 まんまと誘いに乗った伊藤。

 だが、その先には、地獄が待っていることをまだ知らない――。

 「伊藤五郎……社獣ハンターが相手になってやる」

 その言葉に、中村は圧倒された。

 果たして、伊藤五郎にどんな運命が待っているのか――。

第八章 株式会社クズヒル帝国崩壊

 「いづみさん、本当に大丈夫ですか?」

 ファミレスのテーブル越しに、中村為吉は不安げに尋ねた。

 「ええ、大丈夫よ」

 五十嵐いづみは、ワイングラスを指でなぞりながら微笑んだ。
 その隣では、伊藤五郎がご機嫌な顔でハンバーグを頬張っている。

 「いやぁ、いづみちゃん、君は本当にセンスがいいねぇ!」

 「ふふ、そんなにおだてても何も出ないわよ?」

 「いやいや、こんな美人が投資に興味を持ってくれて、俺としても光栄だよ!」

 伊藤は、すでに完全に浮かれていた。
 昨日、中村を追い詰めたのと同じ手口で、今度はいづみを丸め込もうとしている。

 「じゃあ、いよいよ契約の話に入ろうか!」

 伊藤は契約書を広げ、ボールペンをいづみに差し出した。

 「これにサインしてもらえれば、すぐに契約成立だ!」

 「……そうね」

 いづみがペンを手に取る。
 だが、その瞬間。

 「ちょっと待った!」

 店内に響き渡る大声。

 入り口に立っていたのは、堀部映理だった。

 「なんだお前は! 邪魔をするな!」

 伊藤は苛立ち、立ち上がる。

 「そいつはね、お前みたいなクズを狩るために来たのよ」

 映理が腕を組んで、不敵に笑う。

 「アンタみたいなのがいるから、世の中のカモが減らないのよねぇ……」

 「はぁ? なんだよお前! いいところなんだから、邪魔すんな!」

 「残念だけど、ここで終わりよ」

 映理が構えを取る。

 「お前の悪事、ここで終わらせてあげるわ!」

 伊藤が何かを叫ぶよりも速く、映理の右足が宙を舞った。

 「必殺飛燕真空回し蹴り!!」

 強烈な回し蹴りが炸裂。

 伊藤の巨体がファミレスの床に沈んだ。
 静まり返る店内。

 「行くわよ、いづみ」

 映理はいづみに声をかけ、ファミレスを後にする。
 店員が駆け寄り、伊藤は開放された。

 しかし、全ては終わったわけではない。

 このやり取りは、すべてチャプンドによって証拠として記録されていた。


第九章 炎上の嵐

 翌朝。

 伊藤五郎が会社「株式会社クズヒル」のオフィスに戻ると、異変が起きていた。

 「なんだ……?」

 ビルの前には、スマホを片手にした人だかり。
 誰もが画面を見つめ、何かを話している。

 「くそっ、何なんだよ……」

 伊藤は不快な気分でオフィスに入った。

 PCの電源を入れる。

 モニターに映し出されたのは――SNSの炎上の嵐だった。

 「悪徳投資詐欺」「クズヒル帝国崩壊」「詐欺師の手口公開」

 あのファミレスでのやり取りの映像が、ネット中に拡散されていた。

 「な、なんだこれ……?」

 悪徳商法を暴くアカウントが次々に投稿を拡散し、コメント欄は怒りの声で埋め尽くされていた。

 「ふざけるな!」「騙された人は名乗り出て!」「こいつは絶対許せない!」

 さらに、翌日には地上波のニュース番組でも特集が組まれた。

 「都内で活動する悪質な投資詐欺グループが明るみに!」

 アナウンサーが真剣な表情で語る。

 伊藤の顔が、全国に晒された。

 「……終わった」

 呆然とする伊藤の手から、スマホが滑り落ちた。


【エピローグ】

 数日後。

 社獣ハンターのオフィスには、いつもと変わらない穏やかな空気が流れていた。

 「いやぁ、本当にありがとうございました……!」

 中村為吉は、深々と頭を下げた。

 「クーリングオフできて、本当に助かりました……!」

 「よかったわね、中村さん」

 映理は笑いながら、ラテを一口飲んだ。

 ○「作戦成功ですね!」

 モニターに映るAI先生のインターフェースが、淡々と告げる。

 ○「株式会社クズヒルは事業停止、伊藤五郎は音信不通。業界から消えるのも時間の問題でしょう」

 「ざまぁみろって感じね」

 いづみは優雅にカフェラテをすする。

 「そもそも、詐欺まがいの商売なんて、いつか破綻するものよ」

 映理は笑いながら、グラスを掲げた。

 「まぁ、何はともあれ――」

 「「乾杯!」」

 三人は、カフェラテのカップを合わせた。

 社獣ハンターの戦いは、まだまだ続く。

 だが、今日のところは、ひとまず勝利の余韻に浸るのだった。

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