92歳 三石巌のどうぞお先に 31
三石巌が1994年から産経新聞に掲載していた「92歳 三石巌のどうぞお先に」の記事を掲載させたいただきます。(全49回)
NK細胞増加法
免疫療法は他人の血が効果的とも
百五十年ほど前の話だが、イギリスにロバート・ブラウンって名前の植物学者がいたんだ。かれは水にうかべた花粉を顕微鏡でのぞいておったまげたもんだ。この話をこどもにしちゃいけない。理科の時間におそわっているおそれがあるんだな。
花粉にはヒレもべん毛もありゃしない。ということは、じぶんで動けるはずはないってことだ。ところが花粉は活発に動きまわっている。ブラウンは首をひねったが、結局そのわけはわからずじまいさ。でも、この花粉の運動に名前だけはつけた。「ブラウン運動」っていうんだ。ブラウン運動にちゃんとした説明をしたのは、ご存じアインシュタインだ。水の分子はブラウン運動をしている。熱をもっているためなんだ。水分子がぶつかれば、花粉ははじかれる。それが目に見えるってわけさ。
水分子だけじゃない。アルコール分子もブラウン運動をしている。やはり、熱をもっているからさ。
よけいなことだが、空気の圧力ってものが、あるだろう。あれは空気の分子がぶつかってくるための力だ。ブラウン運動でだよ。
なぜこんな話をもちだすのか、キミにはわかるはずだ。血中にがん細胞とNK(ナチュラルキラー)細胞とがある。それがぶつからなければ、がん細胞は無事だ。その衝突がまったくのマグレだっていうことをいいたいんだ。
NK細胞があちこちでとびはねても赤血球にぶつかったり、悪玉コレステロールにぶつかったり、GOTにぶつかったりだから、人間さまの思いどうりになる確率は、とても小さいものなんだ。その確率を大きくしたいっていうのなら、NK細胞の数をふやしたらいいだろう。だが、同時にがん細胞もふやすのでは意味がない。
むろんのことだが、人間さまにはがん細胞をふやすことなんか考えはしない。NK細胞をふやそうとする。これを医者先生にたのむのか、それとも自分でやろうとするのか。
逸見(政孝)さんのようなスピードがんになったらもうダメだ。覚悟をきめるんだな。責任は自分にはないとはいえないんだから。
医者先生はキミの血液をぬいて、そこからとりだしたNK細胞をふやして、もとにもどすことをやる。免疫療法ってやつだ。
このとき、自分の血液ではなく他人の血液をつかうほうが効き目がいいという話もある。京都府立医大の研究だがね。
三石巌
1901年 東京都出身
東京大学理学部物理学科、同工学部大学院卒。
日大、慶大、武蔵大、津田塾大、清泉女子大の教授を歴任。
理科全般にわたる教科書や子供の科学読み物から専門書にいたる著作は300冊余。
1982年 81歳の時、自身の栄養学を実践するために起業を決意し、株式会社メグビーを設立。
1997年 95歳で亡くなるまで講演・執筆活動による啓発につとめ、
生涯現役を全うした。