三石巌全業績-17 老化への挑戦-7
三石巌の書籍で、現在絶版して読むことができない物の中から、その内容を少しずつですが皆様にご紹介させていただきます。
シミは長寿のしるしか
私の顔や手の甲には大小さまざまなシミがある。そして私は日本人の平均寿命をかなり越えている。とすれば長寿者ということになるだろう。むろん、若くして死ぬ人にシミなどありはしない。そこで、シミは長寿のしるしではないか、というアイディアが出てくるとしたら、こんな荒っぽい論理はない。
シミは年をとると出てくるものであって、若い人でも、肝臓が悪かったりすると、顔に出てくる。顔にシミのある人は、体内にもシミのある公算が大きい。
シミは、脳や心筋にも出やすいのである。とくに、心筋のシミは幼児にすでにあるそうだ。そしてそれは、加齢とともに確実にふえる。
皮膚のシミの実体は、実は前述のゴミである。つまりそれは、脂肪の酸化物とタンパク質との複合体である。それは≪リポフスチン≫というれっきとした名前をもっている。このゴミは、リゾゾームに運ばれて細胞の外に捨てられる。
これは茶褐色をした小さな粒子だが、リゾゾームのご厄介になるたびに大きくなって、ついにはシミとして目にも見える穎粒となる。
シミが容貌にかかわると、それを抜く方法がほしくなる。
リポフスチンは色を持っているので一つの色素である。そして、それは加齢とともに増加するために、とくに≪老化色素≫とよばれる。老化色素には3種のものがあるけれど、いずれも褐色で汚らしく、また曲者である。
この老化色素の曲者振りは、蛍光を発するという事実を思うだけでもわかるだろう。
リポフスチンがどこで生成するかというと、それはリゾゾーム内である。そこにリポフスチンがたまりすぎると、それは肥大し、細胞は死に追いこまれる。それを隣りの細胞がとりこみ、リゾゾームに流す。するとそのなかで、リポフスチンを核として新生リポフスチンが沈着する。そしてその顆粒は次第に大きくなってゆく。
リポフスチンに含まれる脂肪酸の酸化物は、リゾゾームに含まれる不飽和脂肪酸からきたものと想像されている。酸化をおこした元凶は活性酸素であろう。これについての議論もあとにゆずらざるをえない。
リポフスチンには、脂肪・タンパク質以外の、加水分解しにくい物質が含まれていると考える人が多い。
リゾゾーム酵素は、加水分解酵素だから、リゾゾームが手こずるのは加水分解しにくい物質ということになる。
ミトコンドリアと言えば、細胞小器官の一つ、エネルギー発生装置であって、酸素が与えられると活性酸素を発生する性質を持っている。ミトコンドリアを試験管に入れて振り、空気とよく接触させると蛍光を発するようになる。
この蛍光は、リポフスチンのものと同じである。そして、このとき抗酸化物質を加えると、蛍光が弱くなる。この事実から、リポフスチンの主要構成物質が、生体膜の不飽和脂肪酸の酸化物、すなわち過酸化脂質であることがわかる、と考えられている。
蛍光とは、いったん吸収された光が、波長の長い新しい光に姿を変えて出てくる現象をさす。
リポフスチンが、人間ばかりでなく、哺乳類はむろんのこと、昆虫から原生動物にいたるまで見られるのも、上記の事実を見れば当然のことだ。リポフスチンの量は、神経細胞や心筋細胞のような分裂しない細胞内において、加齢とともに並行して増えるが、これも当然のことだ。
ネズミなどの動物にビタミンE欠乏食を与えると、蛍光を発する色素顆粒が出来てくる。これを≪セロイド≫という。
これは、形も化学物質もリポフスチンによく似ているので、両者は同一物質でないかとも言われるが、過酸化脂質がまずセロイドの形を取り、やがてリポフスチンになる、と考える人もいる。
2つに見解がわかれていてもいなくても、これは老化を考える上での問題ではない。
第3の老化色素は≪アミロイド≫である。このものは、細胞の外に生じる繊維状糖タンパクであって、70歳以上の人の脳や心臓に見られる色素だ。慢性関節リウマチのような≪自己免疫病≫ではこれが大量に蓄積する。
アミロイドのタンパク部分は≪免疫グロブリン≫からきていると言われる。これが正しいとすると、アミロイド生成の引き金は、細菌・ウイルス・真菌などの感染ということになる。
この事実は、老化にこれら微生物が関係している可能性を思わせるではないか。
これらの老化色素は、いずれも活性酸素に縁がある。微生物を介するにせよ介さないにせよ、活性酸素は老化に深くかかわっていることになる。
私の痴呆遺伝子仮説
ボケという言葉は医学用語ではあるまい。それは、素人の私達からみれば、中年すぎの人の脳機能の低下を一括する言葉だといってよかろう。
したがってここには、病気性のものもある一方、老化にともなう必然的現象として見られるものもある。
素人目に、それはどれも似たりよったりの状態である。むろん、どの場合にもレベルの差は存在する。
痴呆症という言葉は医学用語だろう。それは大きくわければ、脳血管性痴呆とアルツハイマー痴呆になる。
脳血管性痴呆は、脳卒中の後遺症としてあらわれるものと、脳の深部の毛細血管に広範囲におこる原因不明の多発梗塞型痴呆とがある。
上記の2大類型のなかで、日本人には脳血管性痴呆が多く、欧米人にはアルツハイマー型が多いといわれる。そして、日本人の痴呆症は、次第にアルツハイマー型が主流になる傾向がみられるという。
痴呆の研究はアルツハイマーについて進んでいるといわれているが、この患者の脳で神経伝達物質アセチルコリンの減少のあることが発見されているところから、それの対策が工夫されている。
この伝達物質によって働くコリン作動性ニューロンの起点は、視床下部に存在する大脳基底核であるが、この核を構成するニューロンの数が、アルツハイマーの脳では少なくなっている状況が注目されているようだ。
脳内でのアセチルコリン合成代謝の原料としてはレシチンが知られているが、これを投与して顕著な効果を見た例はないようだ。
アセチルコリンの減少を防ぐ目的で、それの分解酵素、つまり≪コリンエステラーゼ≫を阻害する物質をレシチンとともに投与すると、60%の患者に効果がみられるという報告がある。
その人たちは、家事ができるようになったり、パートタイマーとして勤めに出られるようになったり、ゴルフのプレーが出来るようになったりしたとのことである。
さらに、改善不十分な患者でも、介助なしに食事が出来るようになった例があるという。
ドイツの医師アルツハイマーは、現在アルツハイマー型痴呆と呼ばれる病気のニューロンについての所見を発表した。
1907年のことである。彼は、ニューロンのなかに、糸をまるめたような形のものを発見し、これを、神経原繊維変化と命名した。
その後の研究で、このとぐろをまいた糸状の物体が、樹状突起の成長を促進する作用をもつ胎児に特有のタンパク質であることがわかった。
胎児性タンパクであろうとあるまいと、一般に、タンパク質の設計図はDNAに納められている。胎児性タンパクの場合、その遺伝子の発動は、成人の場合には抑制されているのが原則である。
何かの原因でその抑制がはずれたとき、その人はアルツハイマーを発症する、と私は考える。
この胎児性タンパクを担当する遺伝子を≪痴呆遺伝子≫と名づけたらどうだろうか。アルツハイマー遺伝子といってもよい。
成人において痴呆遺伝子が発動しないのは抑制タンパクのおかげであるが、この抑制タンパクの設計図となる調節遺伝子は、痴呆遺伝子の頭に接しているはずだ。
これが健在であるかぎり、アルツハイマーの発症はないはずである。この点は、ガン遺伝子とガンとの関係によく似ている。
結局、調節遺伝子に傷害がおきて、抑制タンパクがつくられず、抑制が解除されると、痴呆遺伝子は作動を開始し、樹状突起成長因子を作りはじめる。
その結果、樹状突起がやたらふえ、過労死に等しい状況に追いこまれてニューロンは自滅し、脳は萎縮してしまうのである。
この調節遺伝子に傷害を与えるものとして、私は活性酸素を考えている。頭を使ってもボケが防げないという経験は、これでよく説明できる。
【三石巌 全業績 17 「老化への挑戦」より抜粋】
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