「安倍晴明倭言葉」跋

「安倍晴明倭言葉」は、2世竹田出雲の流れを汲む近松半二・竹本三郎兵衛・三好松洛その他の合作により、宝暦11年正月(1761年2月)に竹本座で初演された五段続きの時代浄瑠璃であります。源頼光・頼信兄弟と四天王にまつわる伝説に取材し、関白道長の謀反、安倍晴明の忠節、頼光の弟美女御前を擁して国家転覆を図る藤原仲時の暗躍などを取り合わせています。もとより史実の制約はほとんど受けていません。基本線は、これも宝暦ごろから増え始めた天皇劇で、武家の棟梁といえども天皇には忠誠を誓う存在であるべきだ、という意が一貫して見られます。
総じてこの時期に多い盛りだくさんな作りで、登場人物がはなはだ多く、込み入った展開が続きます。これについては、すでに「浄瑠璃作品要説3」において、則藤了氏によって「あまりに多くのものを盛り込みすぎて重要な段切りの盛り上がりに欠ける」「からくりばかりで感動が薄い」と指摘されています。再演がなかったのはそのためかもしれません。確かに、二段目で与五作実は仲時が頼信を救うところは、彼が晴明家伝の毒酒を所持しているということで三段目の伏線になっているようですが、やや後段とのつながりが弱いようにも思えます。しかしこのようなところで布石を打っておいて、そこからつなげていくところには苦心のあとが少なからず見られます。三段目や四段目でも要所要所でドンデン返しの妙が感じられるのは評価できましょう。性格描写としては、仲時が「義経千本桜」の知盛に似通っているのが興味深く、ほかは頼光、晴明、渡辺綱、その伯母で仲時の妻の千枝、頼光の義母の御法御前などが優れています。これらが舞台面の華やかさとよく合って、爛熟期の一作品を形成しているといえます。
なお宝暦期には、本作より先に、豊竹座で「芽源氏鶯塚つのげんじうぐいすづか」という頼光四天王ものが演じられていますが、これの影響は少ないようです。


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