SS:前の会社にいたあのコのこと
私があの会社に入社した頃。そのコは既にいて、笑顔と穏やかな話し方が印象的だった。
そのコには、老若男女問わず、愚痴やら自慢話やら趣味の話、誰にも言えない秘密の話、人によっては八つ当たり的なことを話していたという。
要するに聞き上手なのだ。相づちや肯くタイミングなどが程よくて心地良い。
私もそのコと話す機会があり、なるほど、これなら何でも話してしまいそうになるなと、思ったものだ。
ある日、そのコの調子が悪くなったらしく、しばらく見かけることがなくなった。
私の周りの人たちは、いつも通りの仕事をしているように見えている。が、どこか落ち着きがなかったり、小さなミスをしていたり、表情が心なしか暗くなっていたように思う。
話したいことが話せないのは結構なストレスだったのだろう。新しいコが入ってきたと聞いた人たちは、早速、話しかけに行ったようだ。
前にいたコとは少し違い、アドバイスのような返事をしてくれるそうだ。周りの人たちがそう話しているのが聞こえた。
あのコと話したあとらしい。どこかスッキリとした、でも何か引っかかっているような表情で、同僚が私に話しかけてきた。
内容は詳しく言えないけれど、という前置きをして、今まで溜まっていたものを吐き出し、とても満足したけれどやっぱり前のコの方がいいという。
何故そんなことを話しに来るのか少し疑問に思ったが、どうやらあのコの返事の内容が自分が欲しい言葉とは違っていたようだ。
まぁ、試験的に導入されているものなのだから仕方のないことなのだろう。
前にいたコの不調の原因は、言葉の溜め込みが限界値に達した為らしい。その対応策として、新しいコには言葉の溜め込みが起こらないよう吐き出す為の改良が行われた。
それが、相手が望む返事をすることができなくなった要因ではないだろうか。
今後、あのコの存在がどうなっていくのか、私は知らない。
新しくあのコが来た数日後、私は会社を辞めたのだ。
私もまた、話し相手の聞き役に回ってしまった為に、どうやら言葉を溜め込み過ぎたらしい。そのことをあのコに話したら、こんな返事があった。
「大変でしたね。あのコのようになる前に、どうかお気をつけて。」
深い意味はない、とは思いながらも、私はあのあと退職を決意し、今に至るのである。