【童話風小説】二十一世紀の雪女

 「雪女なんていやしませんよ」
小泉八雲とかいう人の書いた『怪談』とかいう本をパタンと閉じながらピーター・フランク氏はニヤニヤしながら叫んだ。
 「この科学の時代に、そんな馬鹿なことを信じている人なんていないでしょうよ」
 「そうなのかなあ…」
まりちゃんは小学4年生。ミステリー小説とバスケットボールの好きな、ごくごく普通の女の子です。親戚のピーター・フランク氏とは、いつも本を貸しあったりする仲良しでした。
ピーター氏は30歳のサラリーマンで趣味は絵を描くこと。子供好きのとってもいい人なんだけど、まりちゃんに言わせれば『夢のない人』だそうです。
今日はまりちゃんがピーター氏に
アガサ・クリスティーの探偵小説を貸し、ピーター氏がまりちゃんに小泉八雲の『怪談』という本を貸してくれたのですが、別れ際にピーター氏がこの本の中で一番有名な話として『雪女』というのをお勧めしてくれたのですが、その時に言ったのが最初の、
 『雪女なんていやしませんよ』
という言葉だったのです。

 『今夜から明日に書けて近畿地方では強い雪となるでしょう』
テレビの天気予報で気象予報士のホライさんがそういいます。
テレビの前に寝転がって『雪女』という不気味な話を読んでいたまりちゃんは、
 「え~っ、雪になんの?やだなあ…明日は学校の後で習字と三味線のお稽古があるのに…雪だって、やんなっちゃう」
 ソファーに座っていた、パパが(まりちゃんはムー○ンパパと言います。マンガに出てくるム〇ミンパパによく似ているからです)シルクハットに手をやり、まりちゃんの顔を見て銜えていたパイプを左手に持ち替えて笑いながら、
 「雪が積もったら雪合戦をして遊ぶんだろう?イヤイヤ、実に楽しみだね」
まりちゃんは少しむっとして、
 「そんな幼稚なことすんのは3年生まで。私ら子供じゃないんやから」
白い眼をしてパパを睨んでいたまりちゃんはふと、真顔になって。
 「ねえ、○-ミンパパ。雪女ってホントにいるのかしら?」
パパは少し驚いたように首をすくめて大きく両手を広げると、
 「ヒマラヤで雪男の写真を撮ったり、足跡を発見したという話はよく聞くけど、雪女の写真や足跡の話はあまり聞かないようだね」
 「ああ、そうなの」
天気予報の言った通り、夜から降り出した雪はこの辺りでは珍しく積もりだして、朝には一面の真っ白な銀世界です。

少し古い校舎の学校なら大抵の学校にある話でしょうが、まりちゃんの学校にも例によって『開かずのトイレ』の伝説があって、それは旧校舎の二階の女子トイレの一番奥にあるのがそうです。なんでも噂では25年くらい前にこの中で自殺した女の子がいて、ここに午前0時に来ると女の子の鳴き声がするという話ですが、午前0時に学校にいる生徒なんて、多分誰一人いないので、本当の話かなんて誰も知らなくて、まりちゃんが知り合いの高校生に聞いた話では、彼女がこの小学校に入学した十年前から、『25年くらい前』だったそうで、ピーター・フランク氏に、
 『せめてそういう所くらい、アップデートしてくださいよ』
と大笑いされることでしょうけど、生徒たちのほとんどはこの噂を信じているらしく、そのトイレを使う人は誰もいないと言います。
珍しいその雪の日の朝、学校に行ったまりちゃんは。その『開かずのトイレ』から出てくる人がいたのでびっくりしてしまいました。
その人は見なれない二十歳くらいの女の人でしたが、真っ白なブラウスに白のロングスカートという白づくめのファッションで、肌も白くて長いストレートな黒髪に切れ長の目は、昨日読んだばかりのお話の中の雪女のような感じがしました。この寒い雪の日に薄手の白いブラウスですました顔をしているのも少し変な気がします。その人はじっと見つめているまりちゃんに気づくとニッコリ笑ってこう言いました。
 「おはよう!今日は雪だから白で決めてみました。ファッションは天気とかともコーディネートしないとね。だから雪の日は絶対に白なの。
私、今日から一週間、ここで教育実習する白鳥ゆき、21歳です。よろしくね」
まりちゃんは、この不気味に明るい雪女風のお姉さんにびっくりしてしまい、
 「あ、おはようございます…あの…少女マンガから盗んできたみたいなきれいな名前ですね」
この頓珍漢な挨拶にも謎のお姉さんはにこにこして、
 「うん、それってよく言われる。小学校の頃は良く
雪女って言われてたの、アハハハ」
21世紀の雪女はどこまでも陽気です。
 「彼女、4年2組?わかった、またあとで会えるわね」
まりちゃんの名札を見てそう言うと、女の人は開かずのトイレから去っていきました。

そのさっきの予告通り4年2組の朝のホームルームに、雪女こと白鳥ゆき先生はクラスの担任のミスター山田先生の後について教室に入ってきました。
教室の窓ガラスは外に積もった一面の雪でキラキラと輝いています。そこに白一色で決めた白鳥ゆき先生が入ってきたので、クラスのみんなはビックリするくらい綺麗に見えたようです。
 「演出効果を考えました。雪に生える色って言ったら、やっぱり白だからね」

放課後になり、雪の中で雪合戦が始まりました。最初は白鳥ゆき先生と雪合戦をしていたのはクラスで3人くらいで、残りの子たちは雪合戦なんて、
と言っていたのですが、ゆき先生たちがあまりに楽しそうなので、一人、また一人と増えていき最後にはクラス全員が雪合戦に参加していました。
まりちゃんも昨日パパに言った、
 『雪合戦なんて3年生まで』
という言葉も忘れて楽しんでいます。
ゆき先生は異常に強く、あまり雪の降らない子供たちより圧倒的な実力を見せつけています。白いブラウスに白いスカートは真っ白な雪の中でカメレオンの保護色のように先生の姿を隠して、その中に白い顔でニコニコ笑っているゆき先生の長い黒髪だけが浮き上がって見えます。まりちゃんは思わず呟きました。
 「ゆき先生って、むっちゃキレイやわ」

 「ほう、そんなに綺麗な先生なら、ぜひ一度会ってみたいものですね」
雪除けの為にタイヤにチェーンを巻いた車をガタガタと運転しながらピーター・フランク氏はニヤニヤして言います。
 「雪女なんかいないってピーターさんは言ったけど、ゆき先生ってホントに雪女みたいなんだよ」
 「雪女って訳じゃないでしょう。まりちゃんの言うようだと、世界中の色白の美人は全部、雪女だって事になっちゃいますよ」
習字と三味線のお稽古に車で迎えに来てくれたピーター氏は、まりちゃんの家に着くとニヤリとして、
 「天気予報に依ると明日も雪だという事ですよ」

ゆき先生の名前は実はちょっとインチキで、本当の名前は、
『白鳥ゆき』というカッコいい名前で無くて、
お役人さんという字で
『白鳥役子』という名前だそうです。
白鳥ゆきというのはいわゆるプロレスや芸能人のつけてる
リングネームや芸名みたいなものらしいですが、
やっぱり、ゆき先生には、お役人さんの役子より、白鳥ゆきの方が似合う気がします。
雪国の人にとっては、このくらいの雪は何でもないのかもしれないけれど、雪の少ないこの地方では、雪が積もり、電車や車がストップしてしまい、雪に慣れないこの地方の大人の人たちは大混乱しているようです。でも、子供たちと大人の中では、ゆき先生だけは凄く元気みたいです。
雪で電車や車が動かないので、遠くから学校に通勤している先生が遅刻したり、お休みになっても、ゆき先生だけは必ず朝一番に学校の校庭に現れて、元気な子供たちと雪合戦をしたり、雪だるまを作っています。
あの最初の日からずっと雪なので、ゆき先生は宣言通り、ずっと白の洋服です。一日子供たちと汗だくになって雪合戦をしても、次の朝には、いつの間にクリーニングしたのか、まっさらな白い洋服で現れるのです。

そして、あれから一週間の日が過ぎました。長いようで短い、雪の降る一週間が過ぎようとしています。一週間も雪が続くなんて、この地方では何十年かに一度の歴史的なことなのだそうです。
ゆき先生の見習い期間は一週間…そういえば、ゆき先生の来た日から雪の日が始まったんだな。そして、いよいよ明日が二十一世紀の雪女、ゆき先生の最後の授業の日です。
天気予報のお姉さんが、ニコニコしながら、
 「明日のお天気です。一週間降り続いた雪も明日には上がりそう」
お天気マークを指し棒でしたり顔で指さして。
 「久しぶりに雪がやんで、太陽が顔を見せてくれるでしょう。明日の降水確率は0%💛」
まりちゃんは、なんだか知らないけどすごく悔しい気分になって、テレビの画面に向かって、思い切りアカンベーをしました。
 「こんなん、当てにならへんわ。この天気予報してるのホライさんと違うし」

朝、目が覚めると久しぶりの太陽が眩しく窓の外を照らしています。
 「今日で…終わりなんだな。ゆき先生」
寂しそうに呟くまりちゃんにム○○ンパパはにっこりして、
 「まりちゃんは本当にゆき先生が大好きだったんだね」
まりちゃんは唇を嚙んだまま、黙って大きくうなずきました。

ゆき先生は、
 『天気によって服をコーディネートするから、雪に生える色は白』
と言って、この日までずっと白い服を着ていたけど、初めて晴れた今日、最後の日はどんな色の服を着てくるのかな?という興味も少しあったけど、やっぱり、ゆき先生には白以外似合わない気がします。
そして朝のホームルーム時間の予鈴のチャイムが鳴りました。先生たちが教室に入ってきます。子供たちはドキドキしながら担任のミスター山田先生に続いて教室に入ってくるゆき先生を待ちました。
ところが山田先生に続いて四年二組の教室に入ってきた、ゆき先生は、クラスのみんなを驚かせたことには、ナント!白ではなく上等そうな紺色のブレザーに紺色のスカートで、そのうえ、長い黒髪をばっさりショートカットにして茶髪に染めていました。まりちゃんたち四年二組のみんなは、かなりビックリもし、少しがっかりもしたのですが、笑顔で口を開けば、やっぱりいつものゆき先生でした。
 「今日が最後だから、ちょっとみんなをびっくりさせようかと思ったんだけど、なんかがっかりさせちゃったのかな?ゴメンね」
ゆき先生は悪戯っぽく笑った後、黙ってうつむいてしまいました。初めて一週間前に『開かずのトイレ』で出会った時からいつもニコニコ笑っていたゆき先生の切れ長の目の縁が、なんだかキラキラと光ったように見えたのは気のせいだったのでしょうか?
 「最後の授業だから…頑張るからね」
ゆき先生は教科書を手に取って読み始めました。見た目はずっと変わっちゃったけど、やっぱり中身は同じゆき先生で、山田先生と違って読んでいる途中で、しょっちゅうつっかえちゃうけど、一生懸命な姿もいつもと同じ。
普段は長くて長くてたまらない授業が、こんなに短く感じられたのは四年二組のみんなにも初めてだったかもしれません。授業終了のチャイムが鳴るとゆき先生はニッコリして、
 「じゃあみんな外に出て!最後の雪合戦をしましょうよ」

まぶしい太陽が一週間降り積もった雪を少しずつ溶かしていきます。ゆき先生と一緒に作った雪だるまの目からも別れを惜しむ涙が出てる気がして。
この一週間の雪の日に子供達も雪合戦が凄く上達してきたみたいで、一週間前には、いつも一人勝ちだったゆき先生も今日は、かなり体中に雪玉をぶつけられて、上等の紺色のブレザーが、いつの間にか雪の色で真っ白に変わっていきます。
体中真っ白になって笑っているゆき先生。やっぱりゆき先生には一番白が似合います。ゆき先生って本当に二十一世紀の雪女だったんだな。まりちゃんはいつまでもずっとゆき先生の姿を見つめていました。

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この話はフィクションであり、モデルとなる人物も実在いたしません。

頑張ります。