靴跡


 「ライブでやる(やった)曲プレイリスト」をBGMに作業をしていたら、一か月前のライブで演奏した曲が流れてきて、ふと懐かしい、と感じた。動画を見ながら夜中までヘタクソに練習をした日々が思い出された。六、七月。八月。蒸し暑い空気。冷えたアスファルトの匂い。スマホから音楽を垂れ流したまま湧き上がる涙を飲み込んで一人自転車を走らせた、暗くて静かな帰り道。光る「中央特快」の文字。スタジオに行くと絶対に誰かがいるという変な常識。駅を出て慌てて開く白い日傘。吉祥寺、新宿、吉祥寺、武蔵境。田無、吉祥寺、新宿。田無、新宿、三鷹。バイト先と家とスタジオを行き来する、頭の悪い電車の移動すら懐かしい。
懐かしい、とそう感じてやっと「進んでいたんだ」と実感した。思えばこの一か月二か月、いろんなことがあった。いろんなことが変わった。ここ最近忙しい日が続いて振り返ることもなかったので、一か月前、二か月前、三か月前、、、と思い返してみればまるでアハ体験のように、全然違うじゃないかと叫びたくなる。
成長したのかは分からない。自信をもって「成長した」とは言えない。だめなことも全然あったし、もっと努力はできた。時間だってもっとうまく使えた。でも、絶対に進んではいる。変化した。
いろんな人と話して、いろんな話を聞いて、いろんなことを考えて、膨大なエピソードができた。いろんな場所に大切な人が増えて、笑って、地獄を見て、涙をのんで、頭おかしいこともたくさんやった。
何気ない瞬間も、今は全て愛しい。口をついて出てくる思い出は、特にオチの無い問答とかどうでもよさそうな気付きばかりだ。1人で考えて、口にすら出さなかった言葉だ。そのすべてを、忘れたくない。

怒りや激しい悲しみ以外で、こんなにも「書かなくては」と思ったのは本当に久しぶりだ。幸福で心が静まっていれば、こんな焦燥感に駆られることは無いのだから。心が機能している感覚がある。
涙も零れるほどの幸福を。
こんな歌詞じゃなかった。でも僕には、涙を忘れることは出来ない。
大切は、悲しみと隣り合わせだから。
進めば進むほど、増やせば増やすほど、胸が痛くなるから。
読み進める手は止まらないのに、読み終わるのが惜しくなるのと同じで、
忘れることが苦しい、その感情も正しいのだろうから。

今はただ忘れないように、今が褪せないように文字を書いている。

いいなと思ったら応援しよう!