不気味な回転寿司
先日、学生時代の友人Aと一緒に、友人Bが働くカフェへ遊びにいった。ブラックコーヒーを飲むと高確率で胃もたれを起こすので、代わりにカフェオレを頼み、砂糖を入れず出来るだけ苦味を楽しんだ。
しばらくするとバイト終わりの友人Bが私達の席へ来た。そのままカフェで軽食を摂り、その後本屋を隅々まで物色した。
夕飯時になり、手軽に食べられるものは何か考えていたところ、魚の専門誌と目があった。そうだ、回転寿司にしよう。
本屋を出て、スマホのマップと友人の記憶を頼りに歓楽街を歩くと、く◯寿司の看板が見えた。雑居ビルに併設されており、店内に繋がるエレベーターは3つもあった。
エレベーターが複数あるとどれに乗ったらいいのかわからなくなり、鈍臭い反復横跳びをしてしまう。かといって1つだけだとなかなか来ず、もし酔っ払いや変質者と乗り合わせてしまったら最悪だ。
階段は階段で狭苦しい急勾配か、緩やかだが10段ごとに広々とした謎の踊り場が付いている、"足止め螺旋階段"のどちらかが大半をしめている。非常にストレスだ。
偏見だが、足止め螺旋階段は美術館や大型古本屋などに多い気がする。様々な人が利用しやすいよう、ゆとりのある階段にしているのだろうが、私のような妖怪せっかち女はそちらのほうが険しい道のりに感じる。
そんなことを考えているうちにエレベーターが到着し、乗り込んだ。広くて綺麗だなぁなどと悠長なことを思っていると扉が開き、治安の悪そうなゲームセンターに放り出された。
「確かこの階のはずなんだけど、間違えたかな?」と友人Bが言う。辺りを見回すと、く◯寿司への案内板が置かれていた。
矢印に従い、ゲームセンター脇の自動ドアを通ると目の前に細長い廊下が現れた。白い壁に暗い木目調の床、白地に『受付』の文字と赤い矢印が書かれた無機質なパネル、やたら明るい照明の下に濃い影が射していた。
ゲームセンターの喧騒とは打って変わり、不自然なまでに静かだった。そんな廊下を見て開口一番、こう叫んだ。
「シャイニングの廊下じゃん!!」
友人達が爆笑する。令和になってもシャイニングが通じる人と人間関係を築けたことに感謝した。
その友人達も口々に「この廊下長すぎwwどうなってんだw」などと面白がる。先程のだだっ広いゲームセンターに面している為、このような奇妙な作りになっているのだ。仕方ない。
廊下を抜け、店内に入ると寿司屋にそぐわない不協和音の不気味なヒーリングBGMが流れていた。
周囲に人がいないのを良いことにまた、「AKIRAのサントラみたいw」と言うと友人Bが賛同した。自分で言っておいてなんだが、何故通じるんだ? 母校の必履修科目だったっけ?
なんなら、先日入ったドラッグストアのほうが和風なBGMがかかっていて、く◯寿司感があった。その店では何故か、ディ◯ニーを彷彿とさせるパチモン臭い曲や、正体不明の男性による酔いしれた弾き語りが流れていた。
あえて有名な曲を使わず、"ソレっぽい"マイナーな楽曲を流すことで著作権料の支払いを回避しているのだろうか。これは完全に私の独断と偏見によるギャグなので、間に受けないで欲しい。というか、私の書いたものは全編に渡ってこのスタイルだ。
入り口には端末が置かれ、そこで受付を済ませてからコの字にぐるりと曲がるとボックス席が並んでいた。
席に着くと、受付番号を表示する壁掛けのモニターがデェッッッン!!!!!と鈍い音で鳴った。このモニター、運の悪いことに友人Aの真後ろにあるのだ。鳴るたびにAが驚き、「これびっくりするからやめてほしいw」と言うくらいにはインパクトのある音量だ。
なんだか番号の並び方、配色ともに絶妙にアタック25っぽい。友人達に「アタックチャンス」という小ボケを見事にスルーされ、何事もなかったかのようにタッチパネルでお寿司を注文した。
投入口の裏を流れる水の音に癒されていると、レーンから故障を疑うレベルでモーターの轟音が聞こえた。こいつもか。
寿司を運ぶたび、轟音を奏でるモーター。不定期に爆音で鳴る受付番号。AKIRA顔負けのホラーBGM。白色LEDにより煌々と輝く店内。
我々は完全に混沌回転寿司に迷い込んでしまった。すっかり洗脳された私は店内BGMの正体が気になり、スマホで調べたが真相はわからずじまいだ。非常に悔しい。
セルフサービスのお水を取りに行くタイミングで友人が店員さんに話しかけると、気さくな対応をしてくださった。機械に囲まれた環境に置かれると人の優しさが身に染みる。
ふと隣のボックス席に目をやるとソファの代わりに、非常に長い背もたれの付いた椅子が3脚連結していた。古代中国の玉座みたいだ。なんだか、暴走族の改造シートにも似ている。実際はカウンター席の椅子の背もたれを長くしたようなシンプルなものだが。
椅子を動かせば車椅子を利用している人が座れるようになっているのだろうか。そう思い調べた所、当たっていた。細かな配慮が行き届いているなぁと改めて感心してしまった。
注文したマグロが届き、一口で頬張る。久々に食べたが非常に美味しい。値上げしたことをすっかり忘れ、1皿125円の金額を見た時には少し驚いたが、それでも死ぬほど安い。こんな値段でこの質のものを食べて良いのだろうか。
特に◯ら寿司は、メニューが豊富でどれも目移りしてしまう。だが、私はマグロへの偏愛が抑えきれず、馬鹿の一つ覚えのようにマグロばかり食べる。他にもハマチやフグ、タマゴなども注文するが、やはりメインはマグロだ。
しかし、流石の私もマグロのみでは寿司屋に来た感じがしない。様々なものを少しずつ注文し、マグロを食すほうがお得感がある。その為、マグロのワンマンライブではなく、主催者マグロによる対バンのような形で取り入れている。
その中でも特に、ハマチは脂が程よく乗っていて、口腔内を盛り上げるための立役者だ。ラストの茶碗蒸しはアコギアレンジのようなまろやかな口当たりで、ダシが効いていてとても美味しい。
先程、機械への不満を漏らしたが、決して馬鹿にしているわけではない。昨今行われている人件費削減の為、機械達も不器用なりに一生懸命働いているのだ。
ダメンズウォーカーの異名を持つ私からすると、機械は少しポンコツなほうが愛着が湧く。動物もちょっとアホでブサイクな顔の方が好きだ。
しかし、人間は容姿端麗でウィットに富んでいる方がなお良いのは言うまでもない。
帰りは慣れ親しんだ廊下を大奥気分で歩きながら、記念撮影で盛り上がった。あんだけ擦っておいてなんだが、なんの変哲もない廊下だ。誰がどう見てもフォトスポットではない。
若者とは、いついかなる場合に置いても親しい友人と一緒にいると盛り上がるものだ。サ◯ゼの間違い探しに躍起になり、なるべく元を取る為ドリンクバーをしこたま飲み、でかい口開け、笑い合う。
だからなんの変哲もない廊下で盛り上がるのも必然的だ。いわば"アホ丸出し"で生きているのだ。
そんな私達を温かく迎えてくれ、手頃な値段で胃袋を支えてくれる存在である飲食チェーン店に感謝すべきだ。間違っても迷惑をかけるようなことをしてはいけない。
最後になるが、私は寿司が大好きだ。回転寿司を見下す層もいるが、人それぞれ楽しみがあり、感じ方も異なるのだ。
そもそも回転寿司を見下すような層とは住んでいる世界が違うので、意見を交わすことはまずない。安心安全に暮らせる。
回転寿司に限らず、食事を共にすることで他者との食文化の違いに気がつくことがある。小さな発見だが非常に面白く、時には知見が広がる。そして、食わず嫌いしていたものに挑戦することもある。
飲食店に赴くことで、食事とは栄養を摂るためだけの行為ではないことを思い知らされる。それは1人で来ようが、複数で来ようが同様だ。
無理して食事を楽しむ必要もないが、必須事項だからこそ、より楽しめるものであったほうが有益だ。
利用者の食に対し、真摯に向き合う飲食店に敬意を払いながら、これからも積極的に利用したい。