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「まったく」

 寝て起きて朝を迎えてみたものの、口を開くやいなや転がった言葉は「まったく」であった。この「まったく」という言葉は、昨日までの不平不満や苛立ちが睡眠によって稀釈されて零れ出た、人畜無害なため息であると私は推察する。
 まったくこんな朝に、私は独り何を考えているのか。

 朝とは言っても、ランドセルを背負った少年少女が外ではしゃいでいるから、日は既に南中を過ぎている。まったく不思議な感じだ。

 私の身体は布団から出ることを拒んでおり、なるべく地肌が外界に触れないように枕元に山積した本に手を伸ばすと、太宰の短編集を取って開く。せめて「女生徒」を読み終えたら布団から出ようと、貪るようにページを捲るが、これほど不健全な日常を送りながら、触れる言葉は人一倍優美であることに違和感を覚え、これが孤独というものか、と反芻してみるが、まったく虚しいだけである。

 日が傾いてから目を覚まし、日が出てから床に就く。いずれ破綻する日常を繰り返しながら、まだ余裕があるように感じるのは、まったく何故であるか。

 まったく。

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