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コンビニ星人
近所のセブンイレブンにコンビニ星人がいます。
コンビニ人間ではなくて、コンビニ星人。コンビニ星からやってきたので、コンビニ星人。これはコンビニ人間ほど生々しい話ではないので、コンビニ星人。かといってファンタジーな話でもありませんが、コンビニ星人。
コンビニ星人は、年齢不詳のおじさんです。シニアと呼ぶべきか迷うくらいのおじさんです。
びっくりするぐらいシフトに入っています。多分。
僕が店に訪れた時は、必ず居ます。と言っても、僕は決まった時間帯に行くことが多いので、たまたまタイミングが被っているだけのようにも思えましたが、以前、徹夜で飲んで始発で帰った時にふと立ち寄ったら、居ました。酔いが覚めました。
あとよく喋ります。行ったことないけど、フランスのスタバ店員くらい喋ります。異国の人ってよく喋りますよね、スタバの店員もよく喋りますよね、それらを掛け合わせたぐらいは喋ります。
彼はセブンイレブンを個人経営の店だと思い込んでいます。
来店した客に誰よりも大きな声で「いらっしゃいませー」と言います。飲み物の棚の後ろから声が聞こえた時は、心臓が止まりそうになりました。綾鷹が喋ったのかと思った。でも大きな声で挨拶してくれるのは、とても気持ちがいいです。
こういう事がありました。
不意に食べたくなって、レジ横のカレーパンを注文しました。彼はゆったりとした手付きでカレーパンを包みながら、
「砂糖をかけて二、三十秒温めて食べると美味しいですよー」
と、教えてくれました。
突然話しかけられたので、びっくりしてしまいましたが、なかなか興味深い食べ方でした。塩辛いものに甘いものをかけると、やはり美味しくなるのか。スイカに塩の逆バージョンみたいな。ポテチにチョコをかけるみたいな。何より、「二、三十秒温めて」の部分が、信憑性を爆上げしている。
感心していると、横から若い女性店員が、「そういうのいいから」と一喝。少々冷たすぎるようにも思えましたが、いつもこの調子だと、言ってやりたくなる気持ちも分かる。
ちなみに僕は普段通りの食べ方でカレーパンをいただきました。店を出たら、すぐに齧りつきました。「銀座デリー監修」という文字に気圧されて。
インド人の青年に会計の仕方を教えている時がありました。後輩には横柄な態度をとるタイプのようです。ちょっとショックでした。
しかし、インド人の青年は思っていた以上に物覚えが良いようです。
「そう。はい金額打ちましたー、お客さん現金入れましたーので、レジ袋用意して袋に詰めましたー。で、ありがとうございましたー」
というふうに、指示をするよりも早く青年が動くものだから、語尾が全部過去形になっていました。
素晴らしいなと思える一面もあります。
たとえば子供が来た時は、しっかり屈んで、目線の高さを揃えて「ありがとうね」と言います。シフトを代わってあげたのかよく分かりませんが、他の店員に「ありがとうございます」と頭を下げられている瞬間を見たこともあります。
多分コンビニのことが大好きなんだと思います。でも、それがたまに行き過ぎて空回りしてしまうのです。
そんなコンビニ星人に会いたくて、今日もまたセブンイレブンに来てしまいました。しかし、彼の姿はありませんでした。少し悲しく思いつつ、僕はいつものように綾鷹を買います。綾鷹は喋りませんでした。
コンビニって実はエピソードの宝庫なんじゃないか、と思います。
町の綺麗なトイレ屋さんでもあり、及第点の弁当屋さんでもあり、冷房の効いた涼し気な場所でも、暖房の効いた温かい場所でもある。それがコンビニです。
一生分の時間を、緊張と緩和の二つに分けるなら、コンビニにいる時は間違いなく「緩和」でしょう。強盗が来たとき以外は。
つまり、コンビニの客ってみんな気を抜いているんです。だからこそ、何か面白いことが起きそうな気がする。そして、そんな場所で24時間働いている店員さんはすごい。
と、だらだら考えていると、聞き覚えのある声がしました。
「お疲れ様でーす」
コンビニ星人だ!
中にいる従業員に一人ずつ挨拶をしています。仕事をしたい従業員vs挨拶をしたいコンビニ星人。そうそう、この構図が見たかったんだ。
どうやら今日は店員ではなく、お客さんのようです。果たして何を買うのでしょう。
ATMだ!
さすがです。コンビニでお金を下ろしています。手数料を物ともせずに。
ちなみにコンビニに入る度、こうやって人間観察に耽っている僕を、周りはどう見ているのでしょう。やっぱあだ名とか付けられてるのかな。
あー、また来よ。
〜完〜
ご覧いただきありがとうございました。