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風の診療所『調』"付点8分ディレイ”
その日の夜、彼はいつもの通い道を、夜の道を歩いていた。20歳の時。それは突然訪れた。ゆっくりとゆっくりと、下の方から、しかしそれはまるで雨が降ってくるかのように、次第に大きく大ききく、広く、深く、遠くまで。教会のベルが空中に響きわたるように、音が、彼のことを、彼を取り巻く空間を、言葉で満たして、記憶で満たして、まるで海の中にいるかのように、海深くまで潜るかのように、どこまでもいつまでも、世界の本当の姿として彼の前に立ち現れて、彼の存在を圧倒し、心を奪い、そして幻の世界の中では15秒という単位の長さ、その間、彼の全てになり、それからまた、スーっと波が引いて行くように、縄文の女神は風の中にその姿を眩ましていった。
彼は世界と手を取り合い、心と心でダンスしていた。あらゆる存在との繋がりを取り戻し、あらゆる存在の声を聴き、心のままに銀河に溢れる無限の音楽を、言葉の中で歌いあげていた。彼はその時、世界一の音楽家だった。あらゆる存在が彼の歌に耳を傾けた。あらゆる声が彼の音楽の中で言葉になった。誰も彼もが、自らをためらうことなく表現し、リズムに乗せて、震えるような魂の旋律を地球に聴いてもらっていた。地球も喜んでいた。地球も歌っていた。地球もためらいと疑いを捨てて、心の叫びのままに。
土を耕す人になりたい
蒔かぬ種ははえないよ
初めてギターを担いでやってきた
22歳だった僕より少しおじさんになったけれど
心の叫びのままに
小宮山天経さんの、”土を耕す人になりたい”が歌いたい。
都会の暮らしにサヨナラを告げて
山の中の暮らしを目指し
すみわたる空気と
この広い大地で
彼の復活の歌であり、再出発の決意の歌でもある。
もう若くはないからと
サラリーマン辞めること引き留められたけど
自分のやりたいことが見つかった僕は
土を耕す人になりたい
蒔かぬ種ははえないよ
自分に正直にいたいだけで
この気持ち止められないよ
手を取り合って素敵な仲間とこの場所に根をおろす
僕にはなぜか、この歌と、彼のあの夜の物語が重なって聴こえる。それはまるでシンフォニーのように、重なり、響き合い、奥深くも壮大な音楽となって僕の人生に、言葉を与えてくれる。
織座農園の星空は、まるで音楽が今にも降って来そうな時がある。空が綺麗だから、という理由で住むところを決めた典子さんの気持ちが分かる気がする。典子さんもまた、空からの音楽を聴いたことのある人のうちの一人なんだと思う。それは彼女の言葉に耳をすませてみればすぐに分かる。いつもどんな時でも、その言葉の奥では、彼女の聴いた空の音が、土の音が、水の音が、風の音が、静かに、そして力強く鳴っているのが聴こえる。
僕はその音楽に心底惚れてしまっている。初めて典子さんに出会ったあの時から。ずっとずっと、それは変わらない。変わらないということがどうしようもなく、僕を僕として輝かせて行く。僕はいつまでも耳をすませる。音楽が音楽であった前の姿がそこにはあるから。
知ってるかい忘れてはいけないことが
何億年も昔星になった
どんな時代のどんな場所でも
同じように見えるように
覚えたり教えられたり
勉強したりするんじゃなくて
ある日突然ピンと来て
だんだん分かることがある
オーストラリアをギター一本で旅していた時、この歌をよく歌った。ザ・ブルーハーツの、”歩く花”。大好きな歌だ。こんな歌初めて聴いたし、こんな歌はじめて好きになった。
この歌を教えてくれたのは、新聞配達をしながら、神奈川県横浜市の六浦というところに暮らしていた頃、公園で歌っていた時に話かけてきた一人の中学生の男の子だった。彼は、こんなところで歌ってると変な目で見られるから気をつけた方が良いですよ、と忠告をしてくれた後で、音楽の話をしてくれた。リンダリンダとか、TRAIN-TRAINとかは嫌いなんだけど、ブルーハーツは、歩く花と、ナビゲーターって曲が好きなんだよね、と。
そこから、歩く花は頻繁に聴くようになった。19歳の時だった。彼から僕へのプレゼントだった。空から音楽が降りそそいで来るほど壮大な出来事ではないけれど、それは比べるものでもなく、やはり壮大な音楽を、風が僕のもとに運んで来てくれたと言っても過言ではないと、今なら言える僕がいる。僕に声をかけてくれた彼には感謝の気持ちでいっぱいだ。素晴らしい音楽を僕に届けてくれてありがとう。お陰で僕は今もこうして生きて、呼吸して、恋をして、その素晴らしさ、美しさに胸を焦がすような毎日を過ごすことができているよ。
ガードレールを飛び越えて
センターラインを渡る風
その時その瞬間
僕は一人で決めたんだ
僕は一人で決めたんだ
今日からは歩く花
根っこが消えて足が生えて
野に咲かず山に咲かず
愛する人の庭に咲く
僕が一番好きな歌詞は、二番のAメロ。
普通の星のもとに生まれ
普通の星のもとを歩き
普通の街で君と出会って
特別な恋をする
詩人よなあ。甲本ヒロトさん。好きだ。惚れてしまっている。心の底から。
甲本ヒロトさんには、ずっとずっとすがりつくように助けてもらってきたように思う。ヒロトさんの歌がなければ、切り抜けることのできなかった場面がいくつもある。どうしようもなく、どうしようもなくなった時、いつでもそこには甲本ヒロトさんがいた。
新聞配達のバイトをしていた頃、どこかのBOOK・OFFにいって、彼の言葉を求めていた時があった。結局求めるものはBOOK・OFFには見つけられず、ユーチューブの中に彼の言葉を探した。そして見つけた。何度も何度も繰り返し再生した。今にも崩れ落ちてしまいそうだった僕は、彼の言葉で、辛うじてこの世に生を繋ぎ止めることができて、彼の音楽で、辛うじて生きることは楽しいのかもしれないと思うことができていたのだ。セブンイレブンの駐車場に、原付バイクを停めて、泣きながら動画を見ていた。
オーストラリアを旅していた時だってそうだ。彼の歌を何度も聴いた。彼の歌を聴くためだけに図書館に通い詰めた。彼の言葉に力を借りるためだけに、彼の歌を何度も口ずさんだ。
一度だけ、彼のライブを見に行ったこともある。彼の命があるうちに生で触れられる機会をもてたことは、とても幸運で、素晴らしいことだったと思う。その時のライブの衝撃波だけが今もこの身体に残っている。響いている。存在そのものをまるごとぶつけられたような感触。それはまるで、巨大な壁であり、人間を拒絶する冬のようであり、織座農園の有機農業のようでもあった。
今僕は静岡県沼津市のおばあちゃんの家で、この文章を書いている。書きながら思い起こすのは、会ったこともない詩人の、おばあちゃんの母、まつさんの存在だ。彼女の詩集、”草原”をおばあちゃんに頂いて読んだ。畑と家族と台所と、その日常のなかで織り成される様々なドラマが、細かいところまで丁寧かつ大胆に、簡潔に、美しく5、7、5、7、7の短歌の世界の中で現されており、僕はその音楽の奥深さに、立ち尽くすような気持ちで詩集のページをめくっていった。
それこそ、毎日の暮らしの中に、音楽が溢れていた。彼女の耳は音を聴いていたこと、そしてその音を愛していたこと、が詩集を読み進めていくとよく見えてくる。僕から見れば、彼女は音楽家だった。音楽っぽい音楽を奏でている訳ではないけれど、彼女の産み出す短歌、それはまぎれもなく音楽だった。
どんなに素晴らしい音楽を奏でたところで、それを人に聴いてもらえなければ、その音楽が本当の意味で育つのは難しい。僕が今直面している課題はそんなところだ。どうやってこの僕の中で鳴っている音を人の心に届くような形で歌うことができるのか。どうやっってこの僕のたった一度きりの人生を、たったひとつの命を生かすことができるのか。
付点8部ディレイ
ある夜の散歩道
20歳の俺は歩いていたんだ
キラキラと音が降ってきた
15秒間の奇跡
大きな門を開けて真の心が飛び込んで来た
信じられない程の輝き
この世のものとは思えない様な安らぎ
圧倒的な迫力と穏やかさ
宇宙が情けなさを曝け出す
それは神様の告白にさえ聞こえてしまった
種をまこうね
焦らずいこうね
時間がかかるものさ
でも確かな足取りで
一歩一歩進んでいるのを
僕は今信じている
歴史が僕を問い詰める
こんなはずじゃなかっただろ
だからこそ僕は余計なことをする
これ以上後悔したくないから
地球は丸い
必ずどこかでまた会えるさ
サヨナラっていったいどんな意味があるんだろう
もう会えない人ってどんな人なんだろう
君に出会えたなら
君と別れたとしても
また君に会えると信じているよ
中途半端な心は折れるよ
骨折するより痛いかもね
そして学ぶのは痛みを避ける方法
すなわち本気で取り組むことなんだ
痛みははじめのうちだけ
慣れてしまえば大丈夫
そんなこと言えるあなたは
ベンジャミン・リベットにだって会えるだろう
ここは天国じゃないんだ
かと言って地獄でもない
良い音楽ばかりじゃないけど
悪い音楽ばかりでもない
ロマンチックな言葉の渦に
あなたをエンロールしていきたい
言葉の海を泳ぎながら
シュールな歌を歌いたい
付点8部ディレイ
除夜の鐘が鳴る
記憶が重なる
傘が寝る
雨上がりの音楽に
邪魔すんなよ邪魔すんなよ
付点8部ディレイ
惰性のロックンロール
空間のパルキア
あくうせつだん
言葉が音楽を知っている
時間のディアルガ
ときのほうこう
付点8部ディレイ
ワンターン動けなくなる
鋼とドラゴンのバケモノ
付点8部ディレイ
アルセウス
夜をかけていく朝のアクト
アラン・メンケン
美女と野獣のトランスフォーム
付点8部ディレイ
15秒の奇跡を
あなたにも届けたい
とっておきのサプライズを用意して待ってる
大好きの代わりにこの歌を歌うのさ
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