風の診療所『調』"アブダクション”
2024年11月22、23、24、26日と、三日と一晩、ランドマーク社の提供する教育プログラム、ブレークスルーテクノロジーコースを受けた。参加費用は173500円。申込金の2万円を今年の7月に払っており、その日から僕のブレークスルーは始まっていた。
まず、7月中に一年間受給させてもらっていた生活保護を抜けるという決断をした。非常に助かっていたし、この期間でないとすることのできない時間の使い方を豪快にさせてもらって来たけれど、その日々にも僕自身どこか限界を感じて来ているところではあった。ちょうど良いタイミングだったと思う。ろくに挨拶もできないままに高知を離れた。その時の僕には今すぐ動かなければ、という、強迫観念にも似た衝動があった。ここでやらなければ、すべて崩れてしまう。人生の中でそんな瞬間というのは、たびたび訪れるものなのかもしれない。
僕は8月から、長野県軽井沢町にある、浅野屋というパン屋さんで住み込みのバイトを始めた。パン屋のバイトは一度したことがあり、二週間で投げ出してしまった経験がある。そんな僕がはたしてどれだけここで仕事を続けられるだろうか。疑いとためらいに支配されそうになりながら、ここはあえて、自分にとってはヤバイと思うような選択をしてみることにした。それくらい追い詰められていたし、それくらい絶妙なタイミングでチャンスを掴んだとも言えると思う。
浅野屋さんでの日々は過酷だった。出勤は朝の3時半から。4人の相部屋で、社員さんは僕よりも出勤時間が早く、アラームが2時に鳴ったりする。そのアラームの音楽がまた素敵なクラシックだったりするからこれは神様のいたずらかとため息の一つや二つもつきたくなる。とにかく、仕事は12時半には終わるにしても、夜眠れないというのは僕にとっては致命傷だった。もっとも、食事も一日二食作ってもらえて、寝る場所も無料で提供してもらえているのだから、贅沢な悩みだったのかもしれない。それでも生活保護あけの僕にはこの生活リズムで週5日働くのは本当にきつかった。結局、ここは8月いっぱいで辞めることになるのだが、それでも約三週間、よくやれたなと思う。職場の人には恵まれていた。だからこそ余計に上手く立ち回ることのできない自分がもどかしかった。情けなかった。俺はいったい何をしにここに来ているんだろうという気持ちで毎日押し潰されそうになっていた。
そんな中でも唯一の希望は、ブレークスルーテクノロジーコースに申し込んでいることだった。それがなければ生活保護を抜けて、こんな大変な思いをしてまでバイトしたりなんかしない。それでも、この時点では、残金の153500円を貯めきったところで、本当にコースを受けるのか、まだ決めかねているところがあった。だって153500円もあったら色んなことができる。そんなお金を貯めきる前に、僕自身に必要な癒しが他にあるんじゃないか、そんなことを思いながら、這いつくばるように必死の形相で、バイトを続けていた。
結局3週間では153500円貯めきることはできず、中途半端な状態で、次の一手を模索することになった。僕はもうすっかり憔悴しきっており、何をする気にもなれないくらいに落ち込んでいた。当時付き合っていた彼女の家に、一週間ほど滞在させてもらった後、僕は神奈川県の実家に戻った。しかし、そこで力尽きた僕は、食事をとることも、お風呂に入ることも、起き上がって何かをしようとすることでさえ億劫になり、失意の真っ只中で、ただただ後悔だけが頭のなかをぐるぐるとめぐる、地獄祭りのダンスを踊ることに夢中になってしまっていた。
そんな中で、ひとつだけはっきりと頭の中で鳴り続けている音があった。その音は、その声は、しきりに僕に歌い続けていた。
”戻ってこいよ!!”
それは、浅野屋をやめた後に、織座農園の窪川典子さんに招待してもらって、夏野菜の料理をいただきに3ヶ月ぶりくらいに織座農園の畑の土に触れた時、確かに僕に語りかけてきた声だった。それは今年の一月に、”土の音を新しく聴け”という小説を書き始めた時にきいた声と重なり、重奏感を持って僕の魂に強く訴えかけてくるものだった。その日からずっと音が鳴っていた。もうこれ以上この音を無視することなどできそうにはなかった。
僕はスマホをとりだし、何度もためらい、疑い、どうしようかと迷いながらも、典子さんへ電話することを決断して、やるなら今しかない、と思いきって電話をかけた。そして、彼女が野菜の直接配送で東京に来る日だったので、次の日に合流させてもらって、そのまま一緒に織座農園へと向かわせてもらった。今の僕に何ができるのか。正直全くなにも見えていなかったけれど、あの声だけが僕の心の最後の頼みの綱だった。
”戻ってこいよ!!”
アブダクション
手を繋ごう
手と手を
根を繋ごう
もう君をひとりぼっちにはしないよ
弱いから孤独だから根をとって寄り添いあって
僕らは幸せの土の下愛し合っていくんだ
アブダクション
特に訳なんて必要ないんだ
ただただ君を愛しく思うんだ
だからその
声を聴かせて
空が好き
大丈夫だあ
アブダクション
ナイフの時代
縄文のヴィーナスがやって来る
ごくつぶし
大空がある
アブダクション
エイトビート
雨の日
土砂降り
こんな日
久しぶり