風の診療所『調』"エンジェルギター"
風の診療所『調』"エンジェルギター"
レストランの壁に掛けられたその絵に僕は夢中になっていた。久しぶりの友人との会食。しかし、僕は友人の話を右から左へと受け流しながら、その絵を眺めることに夢中になっていた。ギターを爪弾く少女。背中からは羽が生えて、まるで空を飛んでいるみたいにそこに佇んでニッコリと微笑んでいた。その笑顔が、やけに懐かしくて僕は未来を思い描き、過去を振り返った途端にサヨナラを告げて、新しい詩を書きはじめた。
記憶の海に深く潜っていく。恐ろしい。何度もトライして、随分痛い目にもあって、それでもまた潜ろうと今トライしている僕がいる。やはりそこに何かある気がして仕方ないのだ。僕は今再び息を止めて、本当の呼吸をはじめる。イルカが教えてくれた息吹を思い出す。今日のバイト先の警備員の仕事で、イルカが好きな女性と一緒になった。彼女の声はキュートだった。まるでエンジェルギターを爪弾く少女のようだ。彼女の声が僕を記憶の海の深淵へと誘っていく。これはリズムだ。リズムの深淵は記憶の深淵へと繋がる。ここにあったんだ。創造の泉は。ここにあったんだ。生きることの源は。ここにあったんだ。僕の探していたものは。
ずっとずっと目の前にあった。それを認めるのが怖かった。そこに深く潜るのが怖かった。苦しかった。誰も教えてはくれないから。僕だけが知ってることだったから。僕が自分で選ぶ必要があった。僕が自分で飛び込む必要があった。
軽井沢のパン屋さんにリゾバしに飛び込んだ。オーストラリアにギター一本と六万円で飛び込んだ。横浜駅の路上にオリジナル曲も歌の経験もほとんどないのに飛び込んだ。横浜国立大学を一年で中退して新聞配達のバイトに飛び込んだ。織座農園に有機農業研修生として飛び込んだ。NPO法人いただきアースに居候として飛び込んだ。高知県安芸市に生活保護を受けるために飛び込んだ。それから今僕は北海道にNPO法人富良野自然塾で仕事をするために飛び込もうとしている。
しかしそれは全て表面的なことに過ぎない。本当に僕が潜りたいのは記憶の海だ。その深淵にある宝物を見つけてそれを歌いたい。しかし、これは本当に恐ろしい。そして苦しい。そして悲しい。だから知りたいのだ。知らないことすら知らない世界を。その奥にある本当の世界のありのままの姿を。
今僕の見てる景色は借り物なんだ。これは本当の世界ではない。クソみたいなもんだ。騙されちゃいけない。慣らされちゃいけない。ぶっ壊してやるぜ。こんなくだらない幻想で俺を縛ることはできない。破壊と創造の世界へようこそ。今日がその始まりの1日。音楽が鳴り響く。記憶が連鎖する。
ダサいってことはどういうことなんだ。達成できない事をダサいというのか。貢献しなかった事をダサいというのか。限りなく深まる世界の渦の中に僕は今飲み込まれていこうとしている。小説なのか音楽なのか分からなくなってきた。境界線があいまいになる。曖昧に鳴る。これは詩だ。結局僕の言いたいことはそれだけ。もう戻れないんだ。ここまで来てしまったから。もう笑えないんだ。本当の悲しみを知ってしまったから。もう抗えないんだ。本当の苦しみを知ってしまったから。もう闘えないんだ。本当の癒しと安らぎを知ってしまったから。もう取り戻せないんだ。一度過ごしてしまった時間は。もう辿り着けないんだ。一度諦めてしまった命には。
1人原付バイクを走らせて芦北の街を走り抜けていた。空だけがそこにはあった。僕は海へと向かっていた。誰に喋りかけるでもない。誰と時間を共有するでもない。誰と歌を歌う訳でもない。僕は寂しかったんだ。そしてその事を誰にも打ち明けることができなかった。非常に虚しい存在だよ。本当にガキだなと思うよ。今でもそれを引きずってる。青春ごっこを続けながら今も旅の途中だ。ヘッドライトの光は手前しか照らさない。
本当に狭い世界の中に閉じこもってしまっているんだ。僕は今周りが見えなくなって来ている。そしてこれで良いだなんてこれっぽっちも思わない。友人のことを蔑み、社会を罵り、世界を恨む。一人で闘っている。無意味な争い。世界中で起きてる戦争と何ら変わりない。僕はその現実に直面することすら臆病でできないんだ。世界は内の鏡だとしたら、今僕が見てる世界そのものこそ、今のありのままの僕なんだ。必要なのは勇気なんだ。ただ真っ直ぐに世界を見ること。それはただ真っ直ぐに自分自信を見つめることになる。
そりゃ怖いよ。そりゃ恥ずかしいよ。そりゃ嫌にもなるよ。でもさ、今までずっとそこに目を背けて来たことでいったい俺は何を得た?いったい俺は何を失った?いったい俺は誰を愛した?いったい俺はいつ満たされる?
永遠に終わることのない無限の地獄に、知らぬ間に誘われていく。そんなのごめんなんだよ。そんなの絶対嫌なんだ。そんなの絶対許せないんだ。そんなの絶対辞めたいんだ。だから僕は今必死さ。その事が君にも分かるだろ?だって僕の好きな君だから。教えておくれよ。僕の本当の気持ち。聴かせておくれよ。君の本当の声。歌っておくれよ。ありったけのラブソングを。
原宿の街を君と歩いて、ディズニーのお揃いの服を買ってディズニーランドに行く夢を見た。結局行く事が出来なくてごめんね。僕は嘘つきだ。君はそんな事知っていたと思うけど。なぜだろう。今この瞬間、同じ空の下で、君は君で僕のことを思い出しているような気がして胸が高鳴るんだ。確かめようもないし、確かめる必要もないんだけれど。しかしそう感じる僕のこの目に写る景色が全てなんだ。記憶がもしも連鎖するなら、僕らの意識も繋がっていて、僕が君のことを思い出せば、君も僕のことを思い出すし、君が僕のことを思い出せば、僕が君のことを思い出す。どっちが先なのかも分からない。振り子のように揺れて揺れて揺れて揺れる。その振り幅が、響きになる。数学になる。音楽になる。
僕らはあの日、京都の夜の街を寒さに震えながら銭湯に向かって歩いていた。綺麗な雪が降ってきた。それはまるで僕らの行く末を物語るかのような、切なくて、儚くて、寂しげな風景だった。僕らは言葉少なく歩いた。お互いにその未来を予感していたのかもしれない。別れの時は近いということを。それでも僕らは手を繋いであるいた。いつまでもそばにはいないから。でもお前はそこまで弱くないから。信じて突き進むだけさ行くぜマイウェイ。
どんなにカッコつけたところで雪の美しさには到底敵わない。叶わない夢だとわかっちゃいるけど、もう一度君とあの雪の中を手を繋いで歩いてみたい。それは僕と君との卒業式だ。僕らはそして本当にそれぞれの道を歩き始める。振り返ることはもうないだろう。来た道も行く末も全ては僕らの手の中だ。そしてサヨナラを告げて走り出す。輝き出して走っていく。
ねえ君はなぜ悲しそうに俯くの
眩しいほど青い空なのに
いつからだろう君と手を繋いでもぎゅっと
握り返してはくれないんだね
クリスハートさんのアイラブユーを歌いたくなる。高校二年生の時、同じバド部だった高倉の彼女の美織ちゃんが教えてくれた歌だった。僕はその歌が今でも胸の中で疼くようになっていてなかなか消えない。僕の胸の中にある氷の塊がなかなか溶けずに苦しい。どうしたらこの塊は溶けてなくなるのか。どうしたら僕は許す事ができるのか。どうしたら僕は愛する事ができるのか。
どんなに頑張っても消えないしこりなら、どんなに向き合っても取れない痛みなら、僕は僕の苦しみとどうやって生きていけば良いのか。しかしまずは、それが今ここにあるということを認識するところから全ては始まるのだろう。僕の心に巣食っている記憶の棘。氷の塊。この塊を溶かすには、分かち合う以外に道はない。偽りに対して本物の僕を。世界の偽りに対して本物の僕を。僕自身の偽りに対して本物の世界を。
今僕の目の前にある嘘に本物である事が必要なんだ。僕の中だけの話ではない。目に写る景色全ての中にある嘘。手に触れることのできる全ての中にある嘘。足に触れてくる全ての中にある嘘。身体全体に触れてくる全ての嘘。耳に聴こえてくる全ての嘘。匂いを嗅ぐことの出来る全ての嘘。頭の中に刷り込まれている全ての嘘。ひとの口から飛び出す全ての嘘。自分の口から飛び出す全ての嘘。DNAの奥深くに刻み込まれている全ての嘘。風の中に聞こえる全ての嘘。その手に握りしめている全ての嘘。その身体中に流れている全ての嘘。昨日からずっと忘れることのできない全ての嘘。何億年も昔星になった消えることのない嘘。
抵抗すれば抵抗するほど、嘘は拡大していく。知らぬ間に、恐ろしいほどの膨張を繰り返す。あっという間に日常を埋め尽くし、あっという間に世界を埋め尽くす。これはとんでもなく恐ろしいことなんだ。そのことにいかに無自覚であるのかということを自覚する必要がある。本当に今僕は大切なことに取り組んでいるのだ。生きることの根源そのものだ。他の何を置いても優先して取り組むべきことなんだ。それだけ豊かさというものには限りがないのだ。今僕が考えていることなんかより遥かに遠くて深いところに本当の声がある。取り戻しかけたこともあるけど長続きはしなかった。今度こそ本当の意味でそれを取り戻していきたい。永遠に満たされることのない人生とはここでサヨナラだ。安らぎの戦士の道をゆく。他のどんな価値観にも揺さぶられることのない、全く新しいひとつのいのちとして、僕は僕の一生を世界に捧げる愛の歌として歌い上げることをここに宣言する。
エンジェルギター
僕らの再会のために用意されたかのような
エンジェルギター
彼の奏でる音は美しい
しばらくその場に立ち尽くして聞き惚れる
ようこそ本当の音楽の世界への入り口へ
グランドラインを突破した俺たちは
いよいよ新世界へと足を踏み入れる
we are we can we go
あり得ない世界を行くなら
君のセンスそれが必要
平塚駅から茅ヶ崎駅へ向かう電車の中で
朝日に照らされて1日がはじまる
それでも良いそれでも良いと思える恋だった
口約束は当たり前それでも良いから
1人になると考えてしまう
音楽に嘘はつけない
怖いくらい忘れそうなの
あなたの匂いも仕草や全てを
おかしいでしょそう言って笑ってよ
離れているからあなたのことばかり
目を覚ましてよ君の声が僕を包み
言葉を開けて音楽が君の髪をなびく
部屋から出る僕の声を歌いながら君は
もう少しだけもう少しだけと君は僕につぶやく
エンジェルギター
この世界が沈黙に染まる前にこの想いを
だからお願い僕のそばにいてくれないか君が好きだから
この歌が君に届くように言葉が届きますように
エンジェルギター
今どこにいるのかな何しているのかな
知りたいような知りたくないような
僕は今茅ヶ崎駅を出て辻堂駅へ向かう電車の中で君へのラブレターを書いている
エンジェルギター
本当ならば今頃僕の座席の隣には
あなたがなたがあなたがいて欲しい
新しい時代を注文したよ
僕の所へ眠りにおいで
エンジェルギター
風の中に眠る夜が来てもあなたがいないと
僕は夢を見れないおやすみなさいと言ってそばにいて欲しい
エンジェルギター
路上の出会いは永遠の旅人
ぐるぐる回って渦のように見える
僕ら出会えたのは偶然なんかじゃないよ
必然なんかでもない
俺たち出会うことを選び合ったのさ
エンジェルギター
そして別れることをも選び合うんだ
その時はじめて本当の絆が生まれ落ちる
エンジェルギター
果てしなくつながる世界のとある食卓の上で僕ら同じ土を耕してた
エンジェルギター
この国に花開く土の種を僕は見つけたんだ
一粒だけ見つけたんだ
エンジェルギター
そばにいて欲しい素直なお願いだから
そばにいて欲しいわがままなお願いだけど