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スナック忘れな草～生きてこそ・2024小倉記念・関屋記念・UHB賞・知多特別

ファイナライズ

トップ画像：ポプラS　シダー（角田大河）東スポ競馬


■ スウィートスカー

2024年8月10日（土）午前9時半
－東京都某区　真一郎とギョニ子のアパート－

真一郎は夢を見ていた。

広い草原のような場所にいて、ふわふわとした、雲の中にいるような感覚。一頭の牝の鹿毛が騎手を乗せて、キャンターでこちらにやってくる。ゼッケン10番。馬名はスウィートスカーだ。

騎手は真一郎の前で馬を止めると、悲しそうな顔でこう尋ねてきた。

「大河・・・・・・お前もレース中の事故だったのか？」

角田大河になっている真一郎は、ゆっくりと首を振った。

「康太さん・・・僕は・・・僕は・・・とんでもないことをしてしまったようなんです」

「そうか・・・・・でもだからといって・・・・・」

ここに来ることはなかったろうにという続きを言わず、藤岡康太は馬を駆り向こうへ行ってしまった。どんどん小さくなる背中を見つめて、真一郎は思った。ここにも僕がいる場所はないのか－

～～～

目が覚めると、真一郎はぐっしょりと寝汗をかいていた。

昨日、上野幌駅の人身事故で死亡したのは、滋賀県栗東市に住む20代の男性という報道があった。それを受けて、やはりあれは角田大河騎手だったのかという憶測のポストが、Ｘで拡散されていた。

「あ、起きたみたいね」

キッチンで朝食の準備をしていたギョニ子が、振り返りそう言った。

「しんちゃん・・・起き掛けのところ悪いのだけど、悲しいニュースがあるの・・・・・JRAから正式に発表があったわ・・・」

そう言ってギョニ子は眉根を寄せた。なんのことかはすぐにわかった。今見ていた夢のことは言わず、真一郎は静かに頷いた。

■ タコ社長

2024年8月10日（土）午後5時
－東京都某区　スナック忘れな草－

真一郎とギョニ子が店に着くと、いつもカウンターの左端にいるタコ社長の姿がなかった。眞露の水割りセットとグラスはそのままになっている。グラスの中の氷はいくつかとけていないものがあり、タコ社長がついさきほどまでそこにいたことを示していた。

「15分くらい前かしら？」

麗子ママが、確認するようにマスターに言った。マスターが頷く。

「藤岡康太騎手のときと同様、ものすごいペースで飲んでましてね・・・あいつは大馬鹿野郎だ、何も死ぬこたあねえのにって・・・」

真一郎は、タコ社長の気持ちが痛いほどよくわかった。ただ、罪を償うことなく自死することを選んだ角田大河騎手の気持ちも、わからなくはなかった。

生まれながらにして騎手になることしか頭になかったであろう21歳の若者にとって、もう二度と馬に乗れないかもしれないという重い現実は、受け入れがたいものであったのだろう。

だがそれならばなぜ－

真一郎はそこで生ビールを口に運んだ。ひどく苦い味がした。未成年のころ、親の目を盗んで初めて飲んだ缶ビールが、こんな味だったかもしれない。多かれ少なかれ、人は小さな法律違反をしながら大人になっていくものだ。

その中でいろいろ失敗をし、反省し、やっていいことと悪いことの分別をつけていく。自動車で競馬場のコースに入るという行動が、どういうことなのか想像する余裕がなかったのだろうか―

「父が調教師、兄が現役騎手。境遇は似ているけれど、その最期がねえ・・・」

ギョニ子がポツリと漏らした。藤岡康太騎手のことを言っている。まだまだ馬に乗りたいという思いが叶わなかった藤岡康太騎手に対し、自ら騎手を、いや、人生を終えることを選んだ角田大河騎手。

残された角田晃一調教師と角田大和騎手、競馬学校の同期、そして競馬サークルの人々と我々競馬ファン。傷ついたターフはいつかまた綺麗になるが、心に残った傷は、何かの折に触れ、これからもちくちくと痛みを発することだろう－

■ 小倉記念

みな競馬予想には気持ちが向かないこともあり、それからの小一時間はオリンピックの話などで気を紛らわせた。

「さあ、小倉記念の買い目を決めましょうか」

真一郎が努めて明るい声で言った。ほっとしたような表情で、ギョニ子が、麗子ママが、そしてマスターが真一郎を見た。

真一郎には、自殺寸前まで追い詰められた暗い過去がある。昨年の春天のころだ。彼がそういう状況にあることを知ったギョニ子が機転をきかせ一計を案じ、真一郎を東京に呼び戻すことができたのだった。

「軸はテーオーシリウスでいいですよね？」

みんながうんうんと頷いた。異論はない。

「JRA FUN公式Ｘが、ナイスネイチャのことをあげていたんです」

「今年の小倉記念は初の中京開催。最後に、『今年は中京競馬場での開催となるのでお気をつけて』とあります。ナイスネイチャの中京競馬場勝利レースがサインを送らないかなと」

1994/7/10
第24回　高松宮杯　ＧⅡ　13頭
【中京・芝2000・重賞】
1着：8－12　ナイスネイチャ　（8枠右）
2着：5－07　スターバレリーナ（5枠左）

小倉記念　ＧⅢ
【中京・芝2000・重賞】
5－06　テーオーシリウス　（5枠左）
8－11　ディープモンスター（8枠右）

「なるほど！」

マスターがポンと手を叩いて言った。

「ナイスネイチャは中京で3戦していますが、勝利したのはこの高松宮杯のみ。同じ中京芝2000重賞の小倉記念へサインを出す。ありそうですね！」

「ディープモンスターはいいかもしれないわね」

麗子ママが言った。

「名古屋で小倉。名古屋といえば名古屋メシが有名だけど、その中のひとつが喫茶店のモーニングでお馴染みの小倉トースト。読みは『こくら』と『おぐら』で違うけど、名古屋の人は『小倉』という文字をみたら『おぐら』と読みたくなっちゃうと思うの。札幌の1レースをみて！」

札幌1Ｒ
2－02（モーニング）（スター）（正2）

（小倉）記念
8－11　ディープモン（スター）（逆2）

みんながおおという声を挙げた。

札幌1レースの正2番に「モーニング」「スター」がいて、モーニングが示唆する小倉記念の逆2番にも「スター」がいるというわけだ。

「単複バトルの勝負馬はテーオーシリウス。遊び馬券は枠の5－8と馬連ワイドの6－11でどうかしら？」

ギョニ子の提案にみんなが同意し、スナック忘れな草の勝負馬券が決まった。

スナック忘れな草
小倉記念　勝負馬券
単複：6番　テーオーシリウス（単複バトル）
枠連：5－8
馬連・ワイド：6－11

■ 関屋記念

休憩を取らず、すぐに関屋記念を予想することになった。このレースは、マスターが推奨馬を用意していた。

「フェンシング男子フルーレ団体の金メダル。チームは松山恭助、飯村一輝、敷根崇裕、リザーブの永野雄大の4名でした。同日に男子ゴルフで松山英樹の銅メダル獲得もありましたから、松山弘平はあると思うのです」

関屋記念
7－15　トゥードジボン（松山）弘平

「松山弘平って、来週は騎乗停止でしたよね？」

真一郎がそう言うと、みんながなるほどと頷いた。

松山弘平騎手は先週、土曜日に騎乗があった新潟競馬場から札幌へ移動する際、航空券購入手続きの錯誤があった。その結果、札幌7レースの検量終了時刻に間に合わず、騎手が変更となっていたのだ。それを受けて同騎手には、8月17日と18日の両日、騎乗停止の処分が科されていた。

「騎乗停止前の週で一発あるかもね」

ギョニ子が言った。

「それに、馬名には『盆』があるわ。重賞を勝つならここだと思うの」

みんながうんうんと頷き、関屋記念はトゥードジボンの単複で勝負することとなった。

スナック忘れな草
関屋記念　勝負馬券
単複：15番　トゥードジボン（単複バトル）

■ UHB賞

10分間の休憩後、次のターゲットは札幌メインのUHB賞となった。こちらも、オリンピック馬券ですんなりと本命が決まった。麗子ママの発案だ。

「さっきも出てきたフェンシング男子フルーレ。実況で選手たちのことを『フェンサー』って言ってたわよね？」

札幌11Ｒ　UHB賞
5－09（エイシン）（フェンサー）

みんながなるほどと頷いた。麗子ママが続ける。

「しかも冠名は『エイシン』。くろたんさんがポストしてたけれど、JRA-VANのポストでエイシンワシントンが出てきたの。クイズの問題となっていたのはフラワーパークのほうだったけどね」

「エイシンと言えば・・」

真一郎が言った。

「女子ブレイキンで初代女王となったAMIこと湯浅亜実選手。JRAの調教師に湯浅三郎がいましたが、最後の重賞勝利はエイシンドーバーでした！」

ブレイキン女子　金メダル
湯浅亜実

（湯浅）三郎調教師
最後の勝利かつ最後の重賞勝利

2007　阪急杯
1着：1－01　プリサイスマシーン
1着：3－05（エイシン）（ドーバー）
（湯浅）三郎・（幸英明）※1着同着

ドーバー海峡：イギリスと（フランス）を隔てるイギリス海峡の最狭部

JRAホームページ

8/10（土）中京5R
7－12（エイシン）ワンド（幸英明）1着

8/11（日）
札幌11R　UHB賞
5－09（エイシン）（フェンサー）？着

「よし！　UHB賞はエイシンフェンサーの単複でいきましょう！」

マスターの言葉にみんなが同意し、スナック忘れな草の勝負馬券が決まった。

スナック忘れな草
札幌11Ｒ　UHB賞　勝負馬券
単複：9番　エイシンフェンサー（単複バトル）

■ 知多特別

3場メイン以外で気になるレースがあればあげようということになり、ギョニ子がいの一番に手を挙げた。

昨日彼女が推奨したBSN賞のブレイクフォースは見事1着となり、単勝2,480円のおいしい馬券をもたらしてくれていた。

今日子ちゃん今日も頼むわよという麗子ママに、まかせてよとウインクをし、ギョニ子は解説を始めた。

「中京12Ｒの知多特別。歴史のある特別戦だけど、12レースでの施行は初めてみたいなの」

みんながギョニ子に注目した。

「それでね、中京12Ｒ、特別戦、2勝クラスの芝1200。この条件に合致するレースをさかのぼって調べてみたの」

2019/12/7（土）【中京12R】　
鳥羽特別【2勝C・芝1200】18頭
1着：1－02（地）マルカテノール
（秋山真一郎・浜田多実雄・日下部猛）
2着：8－18　ワールドフォーラブ
（松若風馬・音無秀孝・吉澤HD）
3着：3－05（外）サンノゼテソーロ
（スミヨン・田中博康・了徳寺健二HD）

【中京12R】　
知多特別【2勝C・芝1200】10頭
2－（02）ヤマニンアンフィル

「馬番の一致だけだけど、2番のヤマニンアンフィルはどうかしら？」

ギョニ子の問いに、援護射撃を出したのはマスターだった。

「鳥羽特別1着のマルカテノール。馬主が日下部猛というのがいいですね。男子レスリング、グレコローマンスタイル77キロ級。金メダルを獲得したのが日下尚選手です！」

2019/12/7（土）【中京12R】　
鳥羽特別【2勝C・芝1200】18頭
1－02（地）マルカテノール（日下部猛）

男子レスリング
グレコローマンスタイル77キロ級
金メダル：【日下】尚

「仕込んでたのかもね」

麗子ママが言った。

「8週17日間で行われる中京開催。12レースが特別戦なのは、この知多特別だけなの。日下尚選手がメダル獲得有力なのを見込んで、日下部猛オーナーの馬が勝った鳥羽特別と同じ条件のレースを仕込んだ・・・ありそうよ」

みんながなるほどと同意した。真一郎が続く。

「知多特別のレース名解説を見ると、中部国際空港 セントレアのことがでてきます。ひとつ前の小倉記念大外にセントカメリア。ヤマニンアンフィルから大外10番のインプロバイザーなら、ズバリ鳥羽特別の再現になります！」

小倉記念
8－12（セント）カメリア（逆1）

知多特別≒（セント）レア
8－10　インプロバイザー（逆1）

2019/12/7（土）【中京12R】　
鳥羽特別【2勝C・芝1200】18頭
2番→大外

知多特別
2番→大外？
（ヤマニンアンフィル・インプロバイザー）

みんながおおという声を挙げ、知多特別は2番ヤマニンアンフィルの単複に加え、10番インプロバイザーとの馬連・ワイドも買うこととなった。

スナック忘れな草
小倉12Ｒ　知多特別　勝負馬券
単複：2番　ヤマニンアンフィル（単複バトル）
馬連・ワイド：2－10

■ 編集後記

みなさまの応援があり、1年と3ヶ月続いているこのスナック忘れな草。処女作のエンペラーズランサムでは、真一郎が自動車内で練炭自殺を図ろうとする場面から始まります。


スナック忘れな草　エンペラーズランサム

私自身は、ネットで自殺方法を調べたり、使用する道具を買ったりと、そこまで追い詰められたことはないです。ですが、離婚するかどうかというごたごたがあった数年前は、かなり危ない状況だったと思っています。

離婚成立後も精神的に不安定で、お酒に逃げていた時期がありました。お酒を辞めるという選択肢が自分にはないため、今年の6月に自動車を手放しました。免許があっても乗る車がなければ、人をはねることも飲酒運転をすることもありません（レンタカーで車を借りれば可能ですが）。苦しい選択ではありましたが、物理的な方法で自分を強制的に律したわけです。

騎手という職業は、言葉を話せない馬を御する職業です。意のままにならないことが多々あり、ストレスがたまる職業なのは容易に想像がつきます。一方自動車は、スピードを出そうと思えばいくらでも出せますので、ストレス解消にはうってつけです。

同乗者がいたという報道から、普段は馬で疾走するターフを、車で飛ばすところを見せたいといういたずら心もあったのかもしれません。だがしかし、係の者が丁寧に手入れしてくれているターフを、自動車で走って傷つけるという発想はどこから出てきたものでしょうか。

Ｘでポストしましたが、何年かかっても、騎手という立場でなくとも、自分がしたことにしっかりと向き合い償ってほしかったのですが、今はそれも叶いません。

家族の意向により詳細は発表されませんでしたが、おそらく上野幌の人身事故なのでしょう。馬よりも、そして自動車の法定速度よりも早い、最高速度時速120キロの快速エアポート。迫ってくる車体に彼は何を思ったのでしょうか。

彼の死により、不祥事続きだった競馬界が一時的に鎮静化されたとしても、それがどれほどの意味を持つのでしょう。享年21歳。最後の騎乗となった7月28日札幌12レースのタガノチョコラータは、幼いころから憧れであっただろう、父角田晃一調教師の管理馬でした。

最後になりましたが、あらためて、角田大河騎手のご冥福をお祈りいたします。

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