スナック忘れな草~ゴーゴーサインは終わらない・2024羽田盃 注目ゲート・注目馬~
トップ画像引用:西城秀樹 傷だらけのローラ
■ 真一郎のルーティン
2024年4月17日(水)午前7時45分
-東京都某区 真一郎の勤務する病院・男子更衣室-
言語聴覚士の制服への着替えがあらかた終わっていた真一郎は、イヤフォンを外し忘れていたことに気がついた。イヤフォンを外して専用のケースに戻しているときに、理学療法士の眞鍋が更衣室に入って来た。
「あ、おはようございます、大泉さん。今日も早いっすね」
真一郎のほうがあとから入職したのだが、20代前半で3年目の眞鍋は、年上の真一郎をいつもさん付けで呼んでいた。真一郎が挨拶を返すと、眞鍋は訊いてきた。
「そういえば前から気になってたんすけど、大泉さんは何か音楽を聴いて通勤してるんすか?」
以前やはり更衣室で一緒になった際に、真一郎が徒歩通勤をしていることは伝えてあった。眞鍋は電車通勤だが、真一郎がいつもイヤフォンをして歩いていることが気になっていたようだ。
「音楽じゃなくてAmazonのAudible(オーディブル)だよ。小説やビジネス書を朗度してくれるサービス。いわゆるサブスクってやつかな?」
「へえーー!それ興味あります!自分、本が好きなんすけど、電車通勤だと座れないことも多いじゃないすか?Audibleとかってどうなのかなって思ってたんす。どんなの聴いてるんすか?」
真一郎は昨年の10月からAudibleを利用していた。今まで読んだ・・・いや聴いた著者をざっと思いつくまま挙げてみる。
「ええと、最初は村上春樹ばっかり聴いてたかな?そのあと湊かなえをひとつ聴いて、今は宮部みゆき」
「村上春樹、いいっすよねえ!自分ほとんど読んでるっす!『海辺のカフカ』、『ねじまき鳥クロニクル』、『騎士団長殺し』・・・でも一番好きなのは、えーと、あれですあれ。ふたつの月が出てくるやつ・・・なんつったかなあ・・」
ふたつの月が出てくるやつ。真一郎はそれも聴き終わっていたが、タイトルが思い出せず、眞鍋と一緒にしばらく考え込んだ。
結局ふたりともタイトルは出てこなかったが、真一郎がとっくに着替え終わっていたことに気づいた眞鍋は、ペコリとお辞儀をして言った。
「あ!すみませんお引止めして。Audibleさっそく入会してみるっす!あざっす!」
眞鍋から解放された真一郎は、すぐにスタッフルームに行き今日のリハビリの準備を始めた。
■ ギョニ子の怪我
2024年4月17日(水)午前11時半
-東京都某区 ギョニ子の勤務する病院-
ギョニ子がその日怪我をしたのは、病棟ホールで昼食をとる患者が、少しずつホールに集まってくる時間帯だった。杖歩行をしている80代の女性患者が、廊下の向こうから来る車椅子の患者をよけようと少し脇にそれた際、バランスを崩して転倒しそうになった。
すぐ近くにいて患者を支えようとしたギョニ子は、左手に書類を持っていたため、右手でだけで支える格好になり、右足首を思いっきりひねってしまった。
患者は転倒を免れたが、ギョニ子の悲鳴を聞いてすぐに、周囲にいた若い女性看護師が駆け寄ってきた。
「右足、大丈夫ですか?」
患者のほうに怪我がなく、無事に席に着いたことを確認したあと、その看護師は尋ねてきた。ギョニ子は顔を苦痛で歪めながら答えた。
「・・・どうやら大丈夫じゃないみたい・・・」
若い看護師から事情を聞いた病棟師長は、今日はこれで帰るようにとギョニ子に言ってきた。幸い骨には異常はなさそうだが、歩くのもおぼつかない状態のギョニ子をみて、午後の勤務は無理をさせられないと判断したらしい。
「すみません。明日は大丈夫だと思います」
うっすらと額に脂汗をかきながらそう言ったギョニ子に、病棟師長は勤務表を確認しながら言った。
「だめだめ。明日とあさっても休みなさい。幸い今週はシフトに余裕があるから、今日子ちゃんの分はみんなで穴埋めをしとくわ。来週の月曜日、元気な姿を見せてちょうだい」
何度も頭を下げるギョニ子に、病棟師長は優しく微笑んで言った。
「いいのいいの。今日子ちゃんにはいつも助けてもらってるから。たまにはゆっくりしなさいと、神様が言ってるんだわ」
神様まで持ち出されては、好意を素直に受け取るしかなかった。ギョニ子は更衣室で私服に着替えたあと、今日はスナック忘れな草には行けなくなったと、真一郎にLINEを送った。
■ 熊本地震
2024年4月17日(水)午前11時半
-東京都某区 真一郎の勤務する病院-
ギョニ子が怪我をしたころ、真一郎はある男性患者のベッドサイドにいた。週に一度か二度、真一郎が忙しくない日にだけリハビリを入れている、軽度の構音障害(構音=こうおん=発音)の患者だ。その患者は毎日病院内の売店で新聞を購入し、ゆっくり読むのを日課としていた。
「もう8年になるんだねえ・・」
男性患者はしみじみと言った。その患者は無歯顎(むしがく)という、歯がまったくないのに入れ歯をしていない状態であるため、少し聞き取りにくい発音だ。脳梗塞の後遺症で呂律が少しだけ回りにくいのもあるが、無歯顎の影響のほうが大きい。義歯(ぎし=入れ歯)を作成すれば、もっと聞き取りやすい発音になるはずだ。
真一郎や家族の勧めもあって義歯を作成する気になった男性患者は、現在病院内の歯科にもかかっていた。5月のゴールデンウイーク前には、義歯が完成するという。
「熊本地震ですか・・早いものですね」
真一郎は、男性患者が目を通している記事の見出しを見ながら言った。昨日4月16日に、熊本地震は発生から8年を迎えていた。
「最初の揺れである前震が14日・・大きな被害をもたらした本震が16日。前震だとか本震だとか、当時は聞きなれない言葉だったよねえ・・」
男性患者はそう言って真一郎を見た。真一郎は軽く頷いて答えた。
「本当ですね。二度目以降の地震は余震と言って、最初の地震よりも規模が小さいのが普通ですが、熊本地震はそうじゃなかったんですよね・・・」
「熊本地震の前震が起こった14日に、やっと1本出たんだよねえ」
そう言いながら男性患者は、紙面をスポーツ欄に移動させていた。やっと1本出たというのは、ある選手のホームランらしい。
「昨日は4タコ。しかも全部三振だよ、ダメだなあ・・・」
男性患者が指さしているのは、ヤクルト対中日の結果だった。ヤクルトが2対3で敗戦している。そのあとの会話で、男性患者が筋金入りのヤクルトファンで、しかもある選手の大ファンであることがわかった。
■ ギョニ子からのLINE
昼食休憩になり、真一郎はスマホの電源をオンにした。すぐにLINEを確認し、ギョニ子が怪我をしたことを知った。
午前の勤務のみで早退させてもらったこと。スナック忘れな草には行けないこと。今週いっぱいは連休になったこと。骨折ではなさそうだが、念のため近所の整形外科に寄ってから帰ることなどがつづられていた。
怪我をしたという書き出しでドキッとした真一郎だったが、大事ではないようで胸をなでおろした。そして、明日とあさっての勤務表を頭の中で思い出していた。
5月のゴールデンウイークが近いこともあり、来週からは出勤スタッフが少なくなるのだが、今週はどちらかというと、いや、かなり余裕があるシフト体制だ。明日とあさって、ギョニ子に合わせて連休をとることは無理ではないだろう。連休取得の許可が下りれば、定休の土日と併せ、ギョニ子と一緒に4連休を取ることができる。
さっそくスタッフルームに行き、明日とあさってのリハビリ予約一覧をパソコン上で確かめてみる。真一郎が予約を組んでいたのは、さきほどのヤクルトファンの患者同様、リハビリの必要性がさほど高くない患者がほとんどだった。
おまけに、昨年度から繰り越された年休もほぼ手つかずと言ってよいくらい余っていたので、近くにいたリハビリ科の科長に、急ですみませんがと連休の取得を申し出てみた。40代後半の男性作業療法士だ。
真一郎の言葉に一瞬眉間に皺を寄せた科長だったが、それは演技だった。今週は出勤スタッフがかなりダブついているので、スタッフ一人あたりが一日あたりに目標としているリハビリ単位数はギリギリの状態だったのだ。むしろ、何人か休みを取るスタッフがいたほうが病院の経営的にはコスパがいい。
「うーん、今回は余裕があるので認めますが、今度からはもっと早く申し出てもらわないと困りますよ?」
リハビリ科長は、口端に笑みが浮かびそうになるのを必死に耐えながら言った。ありがとうございますと深々と頭を下げながら、現金なものだと真一郎は思った。
■ 55
整形外科からアパートに帰ってきたギョニ子は、お湯を沸かしてカモミールティーを飲んだ。カモミールには消炎、鎮痛の作用がある。早く捻挫が治りますようにと念じながら、ゆっくりと飲んだ。喉、食道、そして胃へと温かい液体が通っていき、右の足首に貼ってある湿布がひんやりと気持ちいい。
やはり骨折もひび割れもしておらず、捻挫という診断だった。処方されたのは2週間分の湿布と、念のための痛み止めの飲み薬だった。
カモミールティーを飲みながら、真一郎からのLINEを確認した。夕食は自分が作るから何もしなくていいこと。みんなが心配するといけないので、スナック忘れな草に寄って、一杯だけ生ビールを飲んでから帰ることが記されていた。
炊事は普段ギョニ子がしていた。以前のギョニ子なら、意地でも夕食を準備したところだが、素直に真一郎に甘えることにした。病棟師長が言うように、たまにはゆっくりするのもいいだろう。
ソファーで横になりながら、今週の重賞を確認してみる。昨日、マスターが福島牝馬ステークスのネタを挙げてくれたが、今週は日曜にもふたつの重賞が組まれていた。マイラーズカップとフローラステークスだ。
4/21(日)
京都11R
【第55回】 読売マイラーズC
東京11R
第59回 サンケイスポーツ賞フローラS
へえー。マイラーズカップも第55回なんだ。ギョニ子は桜花賞からの流れを思い出した。UMAJOの新CM、長澤まさみと見上愛の『ゴーゴー』からの連想だ。1995年の牡牝クラシック。桜花賞も皐月賞も第55回、すなわち『ゴーゴー』だったのだ。
桜花賞では、1995年の皐月賞とダービー、ジェニュインとタヤスツヨシのワンツー入れ替えを踏襲して、阪神ジュベナイルフィリーズのワンツーであるアスコリピチェーノとステレンボッシュが着順を入れ替えての決着。
続く皐月賞では、ジェニュインとタヤスツヨシの皐月賞、正6番から正7番という決着を、逆番に変えての決着だった。
1995 第55回 皐月賞
1着:3-06 ジェニュイン(正6)
2着:4-07 タヤスツヨシ(正7)
1995 第62回 ダービー
1着:7-14 タヤスツヨシ
2着:7-13 ジェニュイン
※皐月賞のワンツー馬 着順入れ替え
2024 第84回 桜花賞
1着:6-12 ステレンボッシュ
2着:5-09 アスコリピチェーノ
※阪神JFのワンツー馬 着順入れ替え
2024 第84回 皐月賞
1着:7-13 ジャスティンミラノ(逆6)
2着:6-12 コスモキュランダ (逆7)
※第55回皐月賞の正6→正7を逆番に変更
「・・・例の假屋崎省吾のサイン。『省吾』からの『正午』。11番12番13番という3レースワンセットがあったわよね」
ギョニ子は心の中で思った。
大阪杯
11番 ベラジオオペラ
桜花賞
12番 ステレンボッシュ
皐月賞
13番 ジャスティンミラノ
11→12→13
→ 午の刻
(午前11時から午後1時=11時から13時)
「桜花賞と皐月賞を結ぶ『55』・・・ペアレース・・・もしかしたら、大阪杯にも『55』があったんじゃないかしら?・・・そうすれば、『午の刻』同様、『55』という数字でもトリオレースとなる・・・」
大阪杯の結果を改めて見なおしてみたが、何も浮かんでこなかった。たんなる思い過ごしだろうか。だが、なんとなくこのひらめきを捨てるのはもったいないような気がした。
段ボールにとりあえず突っ込んであった衣服を、「残すもの」、「捨てるもの」、「保留」のみっつに分けるときの気持ちに似ている。絶対にいるかと問われれば困るが、いつか必要になるときが来るような気がする―
「大阪杯にも『55』がある」
ギョニ子はそのアイディアを、頭の中の保留ボックスに入れた。少しまどろんできたので、軽く眠ることにした。
■ お好み焼き
ソースの香ばしい匂いで、ギョニ子は目が覚めた。いつの間にか真一郎が帰ってきて、夕食の準備をしてくれていた。
「しんちゃん、ごめんね。すっかり寝込んでたわ!」
テーブルのほうに、よろよろとギョニ子が歩いてきた。「痛っ!」と言って顔を歪める。捻挫しているのを忘れていたのだろう。
「まあ、おいしそう!」
ギョニ子はお世辞抜きで言った。冷蔵庫にあった残り物で作った簡単なサラダ、春雨と卵のスープ、それにお好み焼きという献立だった。
「お好み焼き、どうかな?」
「すごいフワッフワ!どうやって作ったの?」
真一郎が言うには、お好み焼き粉ではなく、オートミールと豆腐を使ってあるという。このフワフワ感は豆腐を使っているからなのか。
「へえーー!あたし、普通のお好み焼きよりこっちのほうがいいかも!お豆腐が入ってるってだけで、罪悪感なくペロッといけちゃうわ!」
そう言ってギョニ子は、本当にペロリとお好み焼きを平らげた。スープとサラダもおいしそうに食べているギョニ子をほほえましく見ながら、真一郎は言った。
「今日子ちゃんが怪我をしたって言ったらみんなびっくりしてたけど、大怪我じゃないよと強調したら安心したようだったよ」
LINEにあったように、真一郎は帰りにスナック忘れな草に寄り、生ビールを一杯だけ飲んできたという。年中無休のふたりが揃って休んだら、メールでギョニ子が怪我だからと伝えても、いらぬ詮索をさせてしまう恐れがある。それを見込んでの一杯だけの立ち寄りだったらしい。
「しんちゅわーーん。しんちゃんってば優しいんだから!」
ギョニ子はそう言って真一郎の頬にキスをした。唇に青のりがついていたのだろう。真一郎の頬には、うっすらと緑色のキスマークができていて、ギョニ子は声を出して笑った。
■ 村神様
「そうそう。日曜のマイラーズカップが第55回なのよ、知ってた?」
食事と洗い物が終わり、ふたりは並んでソファーに腰掛けていた。風呂上りの真一郎は缶ビールを、ギョニ子はさすがに今日はアルコールを抜くと言って、炭酸水にレモンを絞ったものを飲んでいた。
「へえーー。先週で終わったと思っていた『ゴーゴー』のサイン。今週も何かあるかもね?」
真一郎が答えると、ギョニ子はそれもあるんだけどねと、大阪杯のことを説明した。『午の刻』サインが大阪杯から皐月賞までの3つを結んだのに対し、『ゴーゴー』サインは桜花賞と皐月賞のふたつ。なんかしっくりこないという。
「ふーん。そう言われればそうだね。うちらが見落としていただけで、大阪杯にも『55』があったのかも・・」
そう言ってスマホを操作した真一郎は、30秒後には目を見開いていた。
「あったよ今日子ちゃん。大阪杯にも『55』があったんだ!ベラジオオペラの調教師さ!!」
3/31(日)
第68回 大阪杯
1着:6-11 ベラジオオペラ
(上村洋行)
わけがわからないという顔をしているギョニ子に、真一郎は言った。
「上村をひっくり返すと、『村上』!!ヤクルトスワローズの村上宗隆!背番号が『55』なんだよ!!」
「すごいわ、しんちゃん!やっぱり大阪杯にも『55』があったのね!!」
ギョニ子と真一郎は、手に手を取り喜んだ。
■ 麗子ママのお弁当
2024年4月18日(木)午後4時
-東京都某区 真一郎とギョニ子が住むアパート-
翌日の夕方。
麗子ママが呼び鈴を鳴らしたのは、真一郎が押し入れの掃除をしているときだった。はあいと答えてギョニ子が応対している。段ボールに入ってあったノートを持ち、真一郎も麗子ママを迎えに玄関に言った。
「リクエスト通り、鮭のおにぎりと卵焼き、それに唐揚げを作って来たわよ」
「うわー!ありがとうございます!」
麗子ママからお弁当が入っている紙袋を受け取って、ギョニ子が言った。昨日真一郎が店に寄ったときに、麗子ママから明日の夕方お弁当を届けてあげると言われていたのだ。
「散らかってますけど上がってお茶でも飲んでいってください」
ギョニ子がそう言って麗子ママが通りやすいように体を半身にすると、あらあらお邪魔じゃないかしらと言いながら、麗子ママの左足はすでに玄関内に入っていた。おまけに、ケーキでも入っているのだろう、右手には四角い箱をぶら下げている。
ギョニ子が入れたカモミールティーを飲みながら、麗子ママは部屋の中をぐるりと見渡した。
「綺麗にしてるじゃない。今日子ちゃんの趣味かしら?家財の色使いも素敵よ」
麗子ママが大仰に褒めたので、ふたりは恐縮してかぶりを振った。
「うふふ。ここがふたりの愛の巣なのね」
愛の巣というひからびた昭和のフレーズに、ふたりは苦笑した。麗子ママがここへ足を踏み入れるのは初めてだったのだ。
本当は次に店に行くときのお土産にしようと思っていたのだが、なんとなくお礼をしないといけない気がして、ギョニ子は昨日見つけた『ゴーゴー』のサインを披露した。
「凄いじゃない!大阪杯にも『ゴーゴー』があったのね!私からは社長さんやマスターには言わないから、次に来たときにまた話してね」
ギョニ子と真一郎は、麗子ママの気遣いに感動すら覚えた。こうやってお弁当を作ってくれるだけでもありがたいというのに。ふたりの母親よりはずっと若いが、麗子ママはふたりにとって母親のような存在なのだ。
■ 麗子ママの置き土産
その後10分ほど雑談が続いたが、麗子ママがチラリと腕時計に目をやったのを見て、真一郎は言った。
「ママさん、そろそろお店の準備がありますよね。今日はお弁当をいただきながら、もっといいネタを探せるようにがんばります!」
あらそうだわもうこんな時間と言いながら、麗子ママは腰を上げた。玄関まで見送ると、ドアを閉めかけた麗子ママは、刑事コロンボが犯人のもとから去る際によくやるように、ドアを再度開けた。
「あ、そうそう。ひとつ忘れてたわ!『ゴーゴー』のプロ野球選手、もうひとりスーパースターがいるわよね?・・・来週の京都開催を見てみて」
ふたりの顔の前に謎の言葉を残して、麗子ママは今度こそドアを閉めた。
■ ユニコーン大谷
麗子ママの謎は、ヒントのおかげで割とすぐに解けた。来週の京都開催に、ユニコーンステークスがあったからだ。
4/27(土)京都11R
第29回 ユニコーンS ダ1900
※今年から京都開催。東京ダービートライアル
「ユニコーンステークスって、今年から京都に移動になってたのね?」
ギョニ子が真一郎に同意を求めた。彼女同様すっかり忘れていた真一郎は、深く顎を引いた。
「今週の競馬だけじゃなく、もう少し先を見る習慣をつけなきゃだめだね・・・最近読みが後手後手になってる」
麗子ママが言う、もうひとりの『ゴーゴー』のプロ野球選手とは、松井秀喜のことであった。彼がユニコーンの異名を持つ大谷翔平とつながるのは、大谷選手が松井秀喜の持つ、日本人メジャーリーガーの通算本塁打記録175本に並んでいるからだ。
松井秀喜に並んでからは足踏みが続いていたが、176本の新記録を樹立するのは時間の問題とみられている。
「ふたつの『ゴーゴー』超えだね・・・」
真一郎が言った。
「背番号が『ゴーゴー』の村上宗隆のほうは、王貞治が持っていた、日本プロ野球における日本人選手の1シーズン最多本塁打55本、『ゴーゴー』を更新した」
ギョニ子が頷いた。真一郎が続ける。
「そして松井秀喜のほうは、大谷翔平に抜かれるほうの立場だけど、村上宗隆と同じ背番号『ゴーゴー』・・」
ギョニ子が言った。
「それが、今週以降の競馬にどう反映されるかよね・・」
■ ギョニ子のノート
ギョニ子はそのときふと、真一郎が座っている右側に、ノートが置かれていることに気づいた。麗子ママが来たとき、真一郎が押し入れを掃除していて、段ボールから持ってきた物だ。
「あ、そうそう!今年の1月にね、スナック忘れな草でのやり取りをメモする習慣をつけなくちゃと思って買ったのよ。結局三日坊主に終わったけど・・」
そう言ってギョニ子は舌を出した。ギョニ子から許可をもらって、真一郎はノートを開いた。東西金杯の予想で、マスターが披露したネタが箇条書きで記してあった。
JRA70周年ブランドCM
星野源 『一瞬』
映画『罪の声』出演
第44回 日本アカデミー賞優秀助演男優賞受章
1994/12/25 有馬記念
ナリタブライアン
【朝日杯3歳S・ダ―ビー】
1995/1/17
阪神淡路大震災 発生
2023/12/24 有馬記念
ドウデュース
【朝日杯FS・ダ―ビー】
2024/1/1
能登半島地震 発生
「そうだったそうだった!馬券的中には結びつかなったけれど、すごい読みだったよね!」
真一郎が言った。
ナリタブライアンが三冠を達成した翌年、阪神淡路大震災が1月にあった。ナリタブライアンは朝日杯3歳Sとダービーを制しており、三冠達成年の有馬記念も制している。
一方ドウデュースは、三冠馬ではないがナリタブライアン同様朝日杯とダービーを制し、昨年の有馬記念を制した。朝日杯とダービーを制した馬が有馬を勝つのは、実にナリタブライアン以来であったが、あろうことか今年の元旦、能登半島地震が発生したのだった。
「不思議な一致だったわよねえ・・」
ギョニ子が眉根を寄せて言った。阪神淡路大震災のときに、分断された高速道路から、ギリギリ落下を免れたバスがあった。
そして、星野源が出演した映画『罪の声』は、グリコ森永事件を題材にしており、身代金が高速道路上から落とされなかったというシーンが出てくる。
高速道路から落ちなかった。落とされなかった。
この一致から、マスターは推理を展開させたのだった。
阪神淡路大震災発生年の宝塚記念が京都での代替開催となり、今年2024年の宝塚記念もまた、 -予定されていた阪神のスタンド工事のためではあるが- 京都代替になるという奇妙な一致もあった。
「阪神淡路大震災・・・1995年か・・・」
ギョニ子がポツリと言った。
「んん?しんちゃん、例の『ゴーゴー』のクラシックも、1995年じゃなかったかしら?」
真一郎がそうだと頷く。
「でね、しんちゃん。大阪杯にも『ゴーゴー』があるってどうやって気づいたの?」
「そりゃあ・・・」
真一郎は、昨日のヤクルトファン患者とのやり取りを思い出していた。熊本地震の前震があった日の14日に、ヤクルトの村上宗隆選手がやっと今季第1号のホームランを打った。彼は熊本出身だから、そういう日に打てて少しホッとしただろう。患者はそう言ったのだ。
「ええと、村上宗隆選手は熊本出身なんだよ。背番号は知って通り『55』・・熊本地震から8年というニュースがあって、ある患者さんとその話になったから、『村上・55』という言葉が頭に残ってた。それで大阪杯の結果を見直したときに、上村洋行調教師の苗字が、頭の中で『村上』に変換された・・・そんな感じ」
「キャーー―――!!!」
真一郎の最後の言葉をさえぎって、ギョニ子は真一郎を激しく平手打ちしていた。あまりに興奮したためだろう。すぐに我に返り、ごめんなさいごめんなさいと、ぶった頬を何度もなでる。
「ど、どうしたの?」
まだヒリヒリする左頬を押さえながら、真一郎が訊いた。ギョニ子が答える。
「3つの大地震よ!!『ゴーゴー』がある1995年には、3つの大地震があるの!!」
1995
第55回 桜花賞
第55回 皐月賞
1995/1/17 阪神淡路大震災
村上宗隆(背番号55)
熊本県出身
→2016/4/14-4/16 熊本地震
松井秀喜(背番号55)
石川県出身
→2024/1/1 能登半島地震
(能登半島:石川県・富山県)
すげえすげえと大声を挙げた真一郎だったが、パシっと膝を叩いて言った。
「いや、今日子ちゃん。3つじゃなくて4つだよ!東日本大震災も隠れてる!桜花賞1着、皐月賞2着のゲートだよ!!」
桜花賞
6-12 ステレンボッシュ 1着
皐月賞
6-12 コスモキュランダ 2着
「12番?・・・・・・・オルフェーヴルね!!」
皐月賞の予想で、歴代三冠馬の名前が示唆されているという話題になったとき、最後に名前が挙がったのが、東日本大震災の発生年、2011年に三冠を達成したオルフェーヴルだった。
84回目の桜花賞で、勝利ゲートでは死に目であった馬番12がついに使用された。それは東京代替となった、オルフェーヴルの皐月賞勝利ゼッケンでもあったのだ。
2011 皐月賞(東京代替)
6-12 オルフェーヴル
※東日本大震災発生年
■ ふたつの月
トイレに行ったりコーヒーを飲んだりして、やっとふたりは少し落ち着いた。
桜花賞の予想のときから注目していた、ふたつの『ゴーゴー開催クラシック』があった1995年。阪神淡路大震災の発生年である。
そして、ふたつの『ゴーゴー』をプロ野球選手に変換すると、彼らの出身地もまた大地震の発生地であることがわかった。
さらに、今年の桜花賞と皐月賞で連対ゲートに使用された12番は、東日本大震災発生年の東京代替皐月賞、オルフェーヴルのゼッケンだ―
1995年と、それにつながる2024年。4つの大地震を暗示していたのだ。
「さてと、ここからよねえ・・」
ギョニ子が腕を組んで言った。真一郎も自然と同じ格好になる。
「ユニコーン大谷を示唆する、開催場所を移動されたユニコーンステークス・・・東京ダービートライアル」
真一郎が言った。
「おととい話題に挙がっていた、時期を移動された観月橋ステークス。これらふたつは京都ダート1900mという共通点か・・・」
「ねえしんちゃん。今年から始まるダート三冠路線だっけ?来週ある羽田盃って、中央の皐月賞にあたるんでしょ?」
真一郎が頷く。今年から始まる新3歳ダート三冠路線は、羽田盃、東京ダービー、ジャパンクラシックダービーの3つだ。
<3歳ダート三冠>
4/24(水)
羽田盃(JpnⅠ)
大井ダ1,800
6/5(水)
東京ダービー(JpnⅠ)
大井ダ2,000
10/2(水)
ジャパンダートクラシック(JpnⅠ)
大井ダ2,000
「だったらさあ、観月橋の『観月』って、ふたつの皐月を観るんじゃない?日程的にも間に組まれているもの・・・」
4/14(日)皐月賞
4/20(土)観月橋S
4/24(水)羽田盃
(地方版皐月賞・盃=さか“ずき”)
「ふたつの皐月か・・・」
そのとき、真一郎の頭の中で何かがスパークした。急いでスマホを手に取ると、ある小説のタイトルを確認した。
そこから、別のサイトに移り結果を確認する・・・・
!!!!!!!!!
真一郎は、思わずスマホをソファーの上に放り投げていた。まるで、木の枝だと思って握ったものが、蛇だとわかったときのように―
「今日子ちゃん、つながったよ!!観月橋は確かにふたつの皐月を観ている!!」
そう言って真一郎は、思わずギョニ子を押し倒していた。唇を合わせ舌を差し入れる。最初は抵抗しかけたギョニ子だったが、とろけるようなディープキスにすぐに体が反応した。
「ああん、しんちゃんってばあ・・・」
右足首が痛まないように気をつけながら、ふたりは体を重ねあった。
■ 1Q84
2024年4月18日(木)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-
麗子ママからもらったお弁当の大半が、タコ社長の胃袋に収まったのを確認し、真一郎はそろそろ始めましょうかと言った。
ギョニ子と真一郎は、愛し合ったあとの検討でさらに興味深い一致が出て来たので、居ても立っても居られなくなったのだ。タクシーで店にやってきて、麗子ママに非礼を詫び、いただいたお弁当はみんなのおつまみとさせてもらった。
「ところでよう、ギョニ子。おめえ足のほうはもういいのかい?」
「うん、大丈夫よ。しんちゃんによく効くお注射をしてもらったから」
そう言ってギョニ子は、右隣にいる真一郎をいたずらっぽく見上げた。
「へえーー!しんちゃん、おめえさん言語なんとか士だったよなあ?その免許がありゃあ注射もできるのか?」
マスターと麗子ママは、顔を見合わせて笑った。普段は率先して品のない下ネタを連発するタコ社長だが、お注射というワードを真に受けたようだ。
「さて、わたしたちが注目していた1995年のクラシック。『ゴーゴー』は大阪杯から始まっていました」
お注射の種明かしはせずに、真一郎が話し始めた。
村上宗隆選手の背番号55。それがベラジオオペラの上村洋行調教師につながることで、大阪杯からのGⅠ3戦は、『午の刻』だけではなく『ゴーゴー(55)』でもひとつになる。
ギョニ子があとを受けて続ける。
「おととい出てきた、移動された観月橋ステークス。これはふたつの月を観ているの。中央の皐月賞と、地方の皐月賞である羽田盃よ」
タコ社長、マスター、麗子ママがうんうんと頷いた。真一郎が続ける。
「さて、キーワード『ふたつの月』。ここでヤクルトの村上選手を、別の村上に変換します。社長さん、小説家で村上と言えば?」
「ええとあれだな?W村上だ。村上龍と村上春樹!」
タコ社長はすらすらと名前が出てきたので、少し得意げだった。
「ご名答です!実は、村上春樹のほうに、ふたつの月が出てくる小説があるんです」
真一郎は、そこでしっかりとためを作った。
「その小説のタイトルは、『1Q84』・・・『9』はアルファベットの『Q』が使われていますが、要は『1984』・・・小説でも実際に1984年が舞台となっています」
三人がうんうんと頷いた。中でも、少し先まで読めているマスターの頷きかたが一番大きい。
「さて、その1984年に皐月賞を制したのはシンボリルドルフ・・・先週の皐月賞、優勝馬の枠にシンボリルドルフがいたんです!」
三人がおおという声を挙げた。タコ社長がポンと手を叩いて言う。
「シンエンペラーだな!エンペラーは皇帝、つまりルドルフだ!!」
真一郎が大きく頷く。ギョニ子が続く。
「しかもこのルドルフが勝った皐月賞。第44回なの!今年の東西金杯の検討のときに、第44回が出てきてたのよ!!」
JRA70周年ブランドCM
星野源 『一瞬』
映画『罪の声』出演
第44回 日本アカデミー賞優秀助演男優賞受章
1984 第44回 皐月賞
シンボリルドルフ
2024 皐月賞
7-13 ジャスティンミラノ 1着
7-14(外)シン(エンペラー)≒ルドルフ(皇帝)
「お見事です、しんちゃん、今日子ちゃん!」
マスターが拍手をしながら言った。
「ちょうど40年前の皐月賞を使うと、正月から予告されていたのですね!」
タコ社長が訊いた。
「するってえと、しんちゃん!地方版皐月賞の羽田盃では何が使われるんでい?」
待ってましたとばかりに、真一郎が答える。
「シンボリルドルフの次の三冠馬ですよ!羽田盃にぴったりの馬がいます」
1994 皐月賞
1-01 ナリタブライアン(成田)
2024 羽田盃 1番?
「なるほどなあ!羽田に対して成田!空港つながりだ!」
「もう一頭1番のナリタがいるの!」
ギョニ子が言った。
店に来る前の最後の検討で出てきたネタだ。あまりの一致に真一郎もギョニ子もしばらく絶句したものだ。
「21日の日曜日、新しいまる子の声優がお披露目となる・・・フジテレビが仕込んだとしか思えないわ!」
ギョニ子が言うには、前任者のTARAKOさん訃報を受けてバトンタッチとなった人気アニメ『ちびまる子ちゃん』のまる子役に、声優の菊池こころ氏が決まり、この21日の放映が新まる子お披露目の日になるという。
しかも、『ちびまる子ちゃん』と言えば西城秀樹の『走れ正直者』がエンディングテーマとして使われていた時期があるのだが、日曜日には『傷だらけのローラ』のヒット曲がある西城秀樹にお似合いの、フローラステークスが組まれているという。
「まる子から新まる子へのバトンタッチ。東急電車の丸子駅から新丸子駅の乗り換えだと思うの」
真一郎が補足する。
「現在丸子駅というのはありません。東急多摩川線の沼部駅が、旧丸子駅にあたります。新丸子に行くには、終点多摩川駅で東横線か目黒線に乗り換える必要があります。キーワードは多摩川駅・・・つまり、まる子の親友たまちゃんです!!」
『ちびまる子ちゃん』
新まる子役:菊池こころ
たまちゃん:渡辺菜生子
最後はギョニ子が締める。
「菊池こころの『菊』に、渡辺菜生子の『渡辺』・・・『菊』の『渡辺』・・」
「ナリタトップロードか!!」
タコ社長が辛抱たまらんという感じで、かぶせ気味に叫び立ち上がった。
「かあーーーっ!!あれも確かに1番だったぜ!!」
1994 皐月賞
(1-01)(ナリタ)ブライアン
1999 菊花賞
(1-01)(ナリタ)トップロード
(渡辺)薫彦
「もしかしたら・・」
麗子ママが言った。
「ナリタの馬が1番でGⅠ勝利って、このふたつのレースだけなんじゃない?」
真一郎が、右手の親指をグッドグッドと何度も立てて言った。
「さすがママさん!そうなんです!ひとつめの月、先週の皐月賞で三冠馬シンボリルドルフの隣が勝った。新生羽田盃・・・つまり地方版皐月賞ではそのレース名にふさわしく、2頭の成田のクラシック優勝ゲート、1番を使うと思うのです!!」
1984 第44回 皐月賞
シンボリルドルフ(三冠馬)
2024 皐月賞
7-13 ジャスティンミラノ 1着
7-14(外)シン(エンペラー)≒ルドルフ(皇帝)
1994 第54回 皐月賞
(1-01)(ナリタ)ブライアン(三冠馬)
1999 第60回 菊花賞
(1-01)(ナリタ)トップロード
(渡辺)薫彦
※「菊」「渡辺」→新まる子とたまちゃん
みんなが拍手やブラボーという歓声で祝福し、スナック忘れな草の羽田盃注目ゲートが満場一致で決まった。
スナック忘れな草
4/24(水)羽田盃 注目ゲート
1枠1番
■ コントレイル
余韻が冷めやまぬうちに、真一郎は注目馬も一頭挙げた。ブルーサンが気になるという。
「ナリタブライアン同様、1番を皐月賞で勝った三冠馬に、直近の牡馬三冠馬コントレイルがいます。羽田、成田・・・飛行機にはお似合いですし、シンエンペラー同様矢作芳人厩舎の馬ですね」
マスターが頷いて後を引き継いだ。
「なるほどそれはいいですね。コントレイルにお似合いの前走雲取賞1着・・・しっかり雲と関連があるというわけですね?」
真一郎が力強く頷く。マスターが続ける。
「ブルーサンという馬名もいいですね。ブルーインパルスのブルーに、三冠のサンです」
みんながおおという歓声を挙げた。コントレイルのダービーの数日前に、医療従事者への感謝という意味で、ブルーインパルスが空に飛行機雲を残したのだった。
満場一致で、羽田盃の注目馬が決まった。
スナック忘れな草
4/24(水)羽田盃
注目ゲート:1枠1番
注目馬 :ブルーサン
(ブルーインパルス・三冠)
■ 明日の予告
マイラーズカップの注目馬は、明日の午前アップの小説に回します。その小説の中で、ドクター関西人こと、shimaさんの重賞統制サインもいくつかご紹介させていただきます。