エンペラーズ・ランサム~2023春天を1点で仕留めよ~
■ 自殺の妨害者あらわる
2023年4月24日(月)午後10時
-岩手県某市-
曽根崎真一郎は、もう何度読んだかわからない「練炭による自殺方法」のサイトを再読した。スマホを閉じると大きく深呼吸をして眼を閉じた。自動車内の目張りは完璧だ。あとは睡眠薬をウイスキーで流し込み、練炭に着火する。そうすれば、数十分後には楽になれる。7年前に癌で亡くなった父に会いに行けるのだ。
睡眠薬の錠剤を5錠、左手の手のひらに乗せ、ウイスキーの小瓶のキャップを右手で開けようとした時だった。
ブーン ブーン ブーン・・・
スマホに電話がかかってきた。
「ちっ!なんで電源を切っておかなかったんだ!最後の最後までへまばっかりだ!」
いまいましくスマホに手を伸ばすと、画面には「ギョニ子」と表示されていた。
「ギョニ子!?」
反射的に電話に出てしまった。
「あ、しんちゃん?今日子だけど覚えてる?」懐かしい声が聞こえてきた。
「・・・覚えてるよ。ていうか忘れられるかよ、そのキンキン声!」
「うるさいわねぇ。久しぶりの電話で怒らせないでよ」
「で、なに?突然」
「単刀直入に言うよ?今から東京に来てくれない?」
「はあああああ?今から東京へ?こっちは岩手だよ?」
「知ってるわよ。でも一生のお願いがあるの。交通費はもちろん出すからさ。来てくれたら要件を話すから・・」
「なんか嫌な予感がするんだけど」
「いいからいいから。ほら、マスターや麗子ママだって会いたがってるよ。タコ社長も靴磨きの政やんも元気だし」
懐かしい名前を聞いて、真一郎は行ってもいいかなと思い始めた。職場に迷惑がかからないよう、先週退職していて仕事の心配はない。死ぬのはそれからでもいいだろう。
「ん~わかった。今から車で向かう。途中休み休みしながらでも、明日の午前中には着くと思うよ。スナック忘れな草でいいんだね」
「わかってるじゃん。安全運転でなるべく急いでね」
「どっちなんだよ!」
スマホを切り車中の目張りをはがし取った。練炭はスーパーの袋に戻し、後部座席に置いた。さあ、長距離ドライブだ。ブラックの缶コーヒーと眠気覚ましのガムをコンビニで買い、真一郎は車を東京へ走らせた。
■ 身代金は天皇賞1点予想
2023年4月25日(火)午前11時
-東京都某区 スナック忘れな草-
カランコロン♪
「貸し切り」の貼り紙がしてある、懐かしい鹿毛色の木の扉を押すと、一気にタイムスリップしたような気分になった。
「しんちゃーん、おかえりなさい」
最初に真一郎に気づいたのは麗子ママだった。東京で生活をしていたころ、通い詰めていたのがこのスナック忘れな草だった。当時から麗子ママは年齢不詳だったが、それでも相変わらず綺麗だ。吉瀬美智子と藤あや子を足して、井川遥で割ったような美しい顔立ちに見とれてしまう。
「しんちゃん、お久しぶりです。元気そうでなによりです」
茶目っ気たっぷりに、180cmを超える長身の体を曲げ、深々と頭をさげたのはマスターだった。マスターも相変わらず若い。頭に白いものが目立ってきたが、それがかえって渋みを増している。岩城滉一と寺島進を足して、柴田恭兵で割ったようなルックスだ。
最後に声を掛けてきたのは、トイレから出てきたギョニ子だった。顔は青白く、それでいて目の周りが赤く、泣き腫らしたことがひと目でわかった。
「しんちゃーーーん」
真一郎の胸に飛び込んでくると、ギョニ子は嗚咽をもらした。身長が150cmもないギョニ子が身長171cmの真一郎に抱きついてきたので、正確に言うと胸ではなく腹部に顔をうずめている状態だったが。
「な、なにがあったんだ、いったい?」
ギョニ子の頭を軽く抱きしめながら、真一郎は麗子ママとマスターのほうに、助けてくれと言わんばかりの視線を投げた。
数秒間の沈黙のあと、麗子ママが口を開いた。
「落ち着いて聞いてね、しんちゃん。今日子ちゃんが預かっていた甥っ子さんが、昨日誘拐されたのよ」
「ゆ、誘拐だって!?」
真一郎の胸に顔をうずめていたギョニ子が、あまりのうるささに両耳をふさぐほど、大きな声を真一郎は出していた。
ギョニ子がとてもしゃべられる状態ではないので、代わりに麗子ママとマスターが教えてくれた話はこうだった。
今日子のお姉さんとその主人が同時にコロナにかかってしまったため、そのお姉さん夫婦の息子である、6歳のまなと君を預かることになった。23日の日曜日にショッピングモール内にあるフードコートで昼食をとっているときに事件は起きた。
料理ができたことを知らせるブザーがなったため、まなと君を席において、二人分のラーメンを取りに行き、戻ってくるとまなと君がいなかった。
急いで迷子案内センターに行き放送をかけてもらおうとしたときに、まなと君が持っている子供用のスマホからギョニ子に電話がかかってきた。誘拐犯からだった。そして、犯人の要求はなぜか身代金ではなく、日曜日に行われる天皇賞(春)を1点で当てろというものだった。
<まなと君解放の条件>
天皇賞(春)1点予想での的中
オッズは5倍以上
馬券種は問わない
「・・・ママちょっと、水ちょうだい」
「あ、ごめんなさい。お茶も出さないで」
ママが出してくれた水を、真一郎は2杯立て続けに飲み、3杯目を半分飲んだところで、ようやく口を開いた。
「ったくなんて日だ!!なんなんだよ、その誘拐犯!」
少し落ち着きを取り戻したギョニ子が言った。
「ごめんね、しんちゃん。そういうことなの。昔みんなでよく競馬の作戦会議したよね。GⅠになると朝まで飲みながら」
「懐かしいよなぁ」
真一郎は答えた。
「1点予想に絞ることにこだわってさ」
「的中率は悪かったけど、当たった時のリターンの大きさと嬉しさったらなかったわよね」
麗子ママが目を細めて言った。
「ていうかさ、これって普通に警察に伝えるべき案件じゃないの?」
真一郎がしごくもっともなことを聞いた。
「それがですね、しんちゃん。犯人が言うには、『警察に話した時点で、まなと君の安全は保障しない』というわけんなんですよ」
マスターが眉間にしわを寄せながらそう言うと、みんな黙ってしまった。
沈黙に耐えられず、真一郎がギョニ子のほうを見て言った。
「子供用スマホだったらさあ、GPS機能とかで居場所わかんじゃないの?」
「犯人はそんなこと百も承知で、まなと君を誘拐してすぐに、GPS機能を解除したみたいなの・・」
ギョニ子はそう言うと、下を向いてしまった。まなと君についてこれ以上言うと、また泣き出しそうな雰囲気だ。
「うーーん。そうなると春天を1点予想で当てるしかないのか・・」
真一郎はそう言うと大きなため息をついた。
「でもね、しんちゃん。春天の軸はタイトルホルダーでいけそうだから、相手を1頭に絞れば、なんとかなるんじゃないかと思うの」
「本命タイトルホルダーと対抗馬との1点買いか・・タイトルホルダーの単勝で5倍は無理だからね。どんな枠順になるかわからないけど、枠順次第なら馬連1点じゃなく、枠連1点でいけるかもな」
「そうよしんちゃん!マスターとママの力も借りてさ、昔みたいに。やってみようよ!」
「こういう言い方はまなと君に悪いけど、なんだかちょっとワクワクしてきたぞ。おら、ワクワクすっぞ!」
「さあ、みんなで作戦会議よ!まなと君救出作戦!春天1点予想!!」
ギョニ子が叫び、作戦会議の幕が切って落とされた。
■ サノノヒーローis coming.
本題の春天1点予想に入るためには、ギョニ子の的中自慢をたっぷり聞いてあげる必要があった。皐月賞の日の福島12R、サノノヒーローの単勝30.3倍で、大儲けしたといのうだ。
春天につながる話とは思えず、内心早く終わってくれよと感じていた真一郎だったが、これがのちに春天の予想につながるのだから、人の話はよく聞くものだ。
「あの日4月16日はね、まなと君の6歳の誕生日だったわけ」
先ほどまでの憔悴しきった顔からは、すっかり立ち直っていたギョニ子が話し始めた。目の前には、ガラス皿に山盛りに盛られた魚肉ソーセージと、生ビールのジョッキに入ったジンジャーエールがある。ギョニ子というあだ名は、魚肉ソーセージ好きの今日子からきている。
「それで3番サノノヒーローに土田真翔(まなと)騎手!2022年デビューの騎手10名で、ただひとり未勝利。まなと君は真斗と書くんだけど、体が弱くてかけっこはいつもビリ。なんかまなと君と土田真翔騎手がかぶっちゃって。これは来るなってピンときたのよ」
「いるんだよなぁ。そんな単純な理由で馬券当てちゃうやつ。くそぉ!」
悔し紛れに真一郎はつぶやいた。
「それがね、すっごい秘密があったのよ。あの日は京都競馬場のグランドオープン前の最後の週だったでしょう?スピリチュアルなんちゃら競馬場だっけ?」
「センテニアル・パーク京都競馬場ですよ。アルしか合ってないです」
マスターが苦笑いしながら訂正した。
「そうそうそれ!っていうか結局は100周年ってことでしょ?それでふと、土田真翔騎手の100戦目の騎乗馬が気になって見てみたわけ」
「ふむふむ、それで」
やっと興味を示した真一郎が先を促した。
「土田真翔騎手の100戦目の騎乗馬は・・・なんとミニクイアヒルノコなの!すごくない?」
マスターとママが驚きの表情を浮かべたのに対し、真一郎はキョトンとしていた。
「ミニクイアヒルノコ?それがどうしたの?」
「にぶいわねぇしんちゃんは!ミニクイアヒルノコって言ったらほら!」
「・・・ん~~、小泉今日子のドラマかな。石立鉄男も出てたやつ」
「それは『薄汚ねぇシンデレラ』!『少女に何が起こったか』って古いなぁ!』
ギョニ子は真一郎の頭を両手でグシャグシャニかき乱した。即席のもじゃもじゃヘアーだ。
「ワーカメ好き好きーーー♪ってこら!」
真一郎得意のノリ突っ込みが決まり、スナック忘れな草は爆笑に包まれた。
「で、本題に戻るわよ。ミニクイアヒルノコは白鳥のヒナがアヒルのヒナに紛れて成長する話。ある日水面に映る自分の姿を見て、自分は白鳥だったんだと気づく」
「で、それが?」
「まだわかんないの?このタコ!!」
「まあまあ今日子ちゃん。しんちゃん、白鳥は英語でスワン。スワンといえば京都競馬場でしょ?旧京都競馬場で、最後に行われた重賞がスワンステークス」
「へえぇ!なるほどね!」
麗子ママの説明でやっと意味を理解した真一郎は、ギョニ子が続けて説明しようとするのをさえぎった。
「つまり100周年を意味するセンテニアル・パーク京都競馬場がオープンする一週前に、デビュー100戦目でスワンに乗った騎手が、初勝利をあげたというわけか」
「そういうことよ!しかもHERO IS COMING.にお似合いのヒーロー馬名、サノノヒーローでね!」
ギョニ子は真一郎の左肩を強く叩くと、今日3本目となる魚肉ソーセージにかぶりついた。
「でもさあ、100戦目がミニクイアヒルノコだったってことは、土田真翔の初勝利は何戦目だったの?」
魚肉ソーセージにむせて胸を叩いているギョニ子に、真一郎は質問した。むせをジンジャーエールを飲むことでなおそうとして、さらに激しくむせているギョニ子にかわり、麗子ママが答えた。
「サノノヒーローは111戦目だったみたいよ。ね?マスター」
「そうです。この111という数字にも、何か意味があると思いますよ」
口端に少し笑みを浮かべながら、マスターはそう答えた。こういう表情のマスターは、すでに何かを掴んでいることが多い。真一郎が聞いた。
「マスター、その顔はなにかもう掴んでるね?教えてよ!」
「ははは。ばれましたか。「111」には3つの意味があると思っています。一つ目は、サノノヒーローが勝った日の皐月賞。1枠1番で1着のソールオリエンス」
「なるほど、111は1枠1番1着かー」
真一郎が感嘆の声を挙げた。マスターが続けた。
「二つ目は11月1日。旧京都競馬場の最終日の日付です」
「ちょ、ちょっと待ってよ」真一郎がスマホをチェックする。
「ほんとだ!2020年11月1日。アーモンドアイが秋天連覇を達成した日だね」
「えーと、海外のGⅠも入れてだけど、日本馬としては初めてGⅠ8勝目を挙げた日でもあるよね?」
やっと喉の状態がおさまったギョニ子が聞いた。マスターが答える。
「そうです。土田真翔の111戦目というのは、この日付も示唆していると思います」
「で、三つ目は?」真一郎が待ちきれないという顔で聞いた。
「第111回天皇賞(春)です」
マスターが言い終わらないうちに、真一郎はスマホを操作し結果を確かめた。
「ライスシャワー!二度目の春天制覇のときか!」
「ビンゴですよ」マスターが微笑んだ。
もう終わったと思われたライスシャワーが、得意の舞台京都で復活した日だ。「刺客」「ヒットマン」といった、うれしくないあだ名で呼ばれたダークヒーローが、真のヒーローになった日。
その次走、代替開催となった京都競馬場での宝塚記念で、ライスシャワーは天に召されてしまった。関東馬でありながら、ライスシャワーの碑が京都競馬場にあるのは、悲しいラストランが京都競馬場だったからだろう。
「土田真翔騎手の「111」という数字が、天皇賞(春)を二度制したライスシャワーにつながるんだから、やっぱり軸はタイトルホルダーでいいんじゃない?」
ギョニ子がみんなの顔を見回しながら、同意を求めるように言った。
「そうですね。ライスシャワーの二度目の制覇の1995年は、今年2023年とも共通点がありますしね」
マスターの発言に真一郎は膝を叩きながら言った。
「そうか、前年の春天が阪神開催!1995年のライスシャワーの前年、1994年の春天も阪神開催だったんだね!」
「ご名答です。勝ち馬はビワハヤヒデでしたね」
マスターがうなずきながら答えた。
ギョニ子が甥っ子の誕生日をきっかけに、偶然的中させたサノノヒーローの単勝。それがどうやら天皇賞(春)にもつながってきそうだった。
それがわかったところで、真一郎が長距離運転で疲れていたこともあり、その日はそれでお開きにした。
ギョニ子が用意してくれていたホテルの一室。もう少し天皇賞(春)について考えようとした真一郎だったが、シャワーを浴び缶ビールでノリ弁を流し込みベッドに横になると、あっという間に睡魔が襲ってきた。
■ 初勝利は吉田隼人
チェックアウトぎりぎりまで眠っていたい真一郎だったが、ギョニ子の執拗なコールでとうとう起こされた。連泊なので着替えなどはホテルに置いておいて、スマホを尻ポケットに突っ込み、ノートと筆記用具だけショルダーバッグに詰め込むと、スナック忘れな草へと向かった。
2023年4月26日(水)午前10時
-東京都某区 スナック忘れな草-
スナック忘れな草に入ると、カウンターには魚肉ソーセージとチョコレート、ペットボトルのお茶とジンジャーエールに、コーヒーメーカーなど飲食物が用意されていた。
「準備万端だね、マスター。ところでギョニ子、まなと君とは連絡取れてるの?」
それには答えずギョニ子は、自分のスマホの画面を真一郎が見えるように向けてくれた。そこには口の周りをソースとマヨネーズまみれにしながら、ハンバーガーを嬉しそうに頬張るまなと君の姿があった。
「・・・なんだか誘拐されている感じじゃないね。もっとよく見せてよ」
真一郎がギョニ子のスマホを取ろうとするのを、ギョニ子はさっと手を引っ込めてさえぎった。
「さ、まなと君は大丈夫だから、作戦会議2日目開始よ」
腑に落ちない表情を浮かべる真一郎に、マスターが話しかけた。
「先週の京都競馬場グランドオープン。最初のレースを勝った騎手を覚えていますか?」
「さてと、誰だったかな・・」
真一郎にはわからなかったがそれも無理はない。先週の土日は練炭や目張り用のガムテープを購入していたりして、とても競馬どころではなかったのだ。
「吉田隼人です。なぜ吉田隼人なのか、ちょっとこれを見てください」
マスターがパソコンの画面を真一郎に向けてくれた。今日から本格的な作戦会議開始ということで、パソコンも持ち込んでくれたようだ。
パソコンの画面には、JRAポスターヒーロー列伝コレクションが映っていた。画面を下へスクロールしながら、マスターは言った。
「昨年からプロモーションキャラクターが変わり、テーマも「HOT HOLIDAYS!」から「HERO IS COMING.」に変わっています。【ヒーロー】列伝コレクションが、サインを発信する可能性は高いと思います」
マスターの話には説得力があった。
第91代 ヒーロー
エフフォーリア(横山武史)
第92代 ヒーロー
ソダシ(吉田隼人)
第93代 ヒーロー
タイトルホルダー(横山和生)
「直近3頭のヒーローを見てください。何か気づきませんか?」
マスターの問いかけに、ギョニ子が答えた。
「91代のエフフォーリアは横山武史。今年の皐月賞を勝ってるわね」
「その次の92代ソダシは吉田隼人。新装京都競馬場の栄えある最初のレースを勝った・・・ということは・・」
真一郎が全部言い終わる前に、ギョニ子が叫んだ。
「次は93代の横山和生!タイトルホルダーね!」
「なんだよ、それ俺が言おうと思ったのに」
真一郎がむっとしてそう言うと、マスターが言った。
「この説の信ぴょう性が高いのは、京都競馬場グランドオープン初日が、902日振りの京都競馬開催だったということもありますよ」
「902日振りに対し、第92代ヒーローソダシか!やるなぁJRA」
真一郎が目を丸くしながそう言うと、ギョニ子が続けた。
「しかもその勝ち馬の名がウィズユアドリーム。あなたの夢とともに。仕込み感満載ね」
「ヒーロー列伝の話が出たついでに、みなさんのご意見を伺いたいことがあります」
マスターはパソコン画面に映っている、第93代ヒーローのタイトルホルダーの右を指さしながら言った。
「ここ、第94代ヒーローにはどの馬が来ると思いますか?」
「うーん、現役馬でいったらイクイノックスかしら。国内では秋天と有馬だけだけど、この前の海外GⅠも強かったじゃん?」
ギョニ子は右に座っている真一郎に同意を求めた。
「ドバイシーマクラシック、持ったまんまだったからな。確かに現役馬ならイクイノックスが最有力。ダート馬ならウシュバテソーロ。中央のGⅠは勝っていないけど、ドバイWC勝ちはインパクト大きいよね」
「なるほど、現役馬ならその2頭でしょうね。私はすでに引退した馬が来るような気がしています」
「引退した馬?ヒーロー列伝に名を連ねられるような実績を残した馬っていたかしら?」
ギョニ子の質問にマスターが答えた。
「ラッキーライラックですよ。彼女なら遜色ないはずです」
マスターはパソコンを操作し、エクセルに打ち込んであった表を示した。
●ソダシ 第92代ヒーロー
阪神JF
桜花賞
ヴィクトリアマイル
●ラッキーライラック
阪神JF
エリザベス女王杯
大阪杯
エリザベス女王杯(連覇)
「ホントだ!GⅠの勝利数や、牡馬相手のGⅠも勝っていることをふまえると、ソダシが掲載されていて、ラッキーライラックが掲載されていないのはおかしいね!」
真一郎が膝を叩きながら言った。マスターは、第94代にラッキーライラックが来ると予想した持論を展開した。
「JRAは、タイトルホルダーとラッキーライラックを、隣り合わせにしたいと考えているのではないでしょうか。これを見てください」
京都競馬場改修工事後の最初のGⅠ
2020 エリザベス女王杯(阪神代替)
ラッキーライラック(前年京都→阪神での連覇)
新装京都競馬場 最初のGⅠ
2023 天皇賞(春)
タイトルホルダー(前年阪神→京都での連覇)
「ひゃーー、そういうことね!この対比、美しいわ!」
ギョニ子が感嘆の声を挙げた。改修工事後の最初のGⅠエリザベス女王杯で、ラッキーライラックは京都→阪神という異なる競馬場で連覇。新装京都競馬場の最初のGⅠ天皇賞(春)では、タイトルホルダーが阪神→京都という異なる競馬場での連覇。
レース名も、エリザベス女王杯という英国王室レースと、天皇賞という皇室レース。ギョニ子が言う通り綺麗な対比だった。
「・・・ちょっとだけケチをつけるとさあ、ラッキーライラックの場合、騎手が違うんじゃないの?」
「おっしゃる通りです、しんちゃん。これを見てください」
真一郎のいやらしい質問にも、マスターは答えを用意していたようだ。
高松宮記念 異なる競馬場での連覇
2011 キンシャサノキセキ(中京・四位洋文)
2012 キンシャサノキセキ(阪神・リスポリ)
天皇賞(秋)異なる競馬場での連覇
2002 シンボリクリスエス(中山・岡部幸雄)
2003 シンボリクリスエス(東京・Oペリエ)
エリザベス女王杯 異なる競馬場での連覇
2019 ラッキーライラック(京都・スミヨン)
2020 ラッキーライラック(阪神・ルメール)
「異なる競馬場で同一GⅠを連覇した馬はこの3頭。いずれも騎手も異なっています」
「じゃあだめじゃん!タイトルホルダーは今年も横山和生だろ!」
真一郎はがっかりしたような表情を浮かべた。
「そうとは限りませんよ」
マスターは優しい笑みを浮かべながら話した。
「異なる競馬場で同一GⅠを連覇する場合、騎手も異なっていなければならないという不文律があった。その理由は、今年のタイトルホルダーの連覇を、特別なものにするための演出ではないでしょうか」
「そうよそうよ!初めてだから価値があるんじゃん!」
ギョニ子はすぐにマスターに賛同した。
「そういう見方もあるかぁ」
真一郎も渋々ながら納得したようだった。
「武史騎手が勝った皐月賞から一週空いたけど、どうやら横山兄弟がGⅠを連勝する可能性は高そうね」
麗子ママがみんなの空いたグラスに、お茶やジンジャーエールを注ぎながらマスターに言った。
「ねえマスター。春天をタイトルホルダーが勝ちそうなサイン。まだあるんでしょ?」
「そうですね。何しろ相手の要求は5倍以上のオッズでの1点予想。タイトルホルダーが盤石であれば、早く相手探しに移る必要があります。タイトルホルダーで大丈夫であろう理由を挙げてしまいますね」
「なんだよマスター、まだいいネタ持ってんの?早く早く!」
真一郎がマスターをせかす。
マスターはうなずくと、エクセルにまとめてあった横山ファミリーの初勝利日をみんなに見せた。
■ 横山ファミリーの秘密
「これが横山ファミリー3名の、それぞれの初勝利日です」
マスターが作成したエクセルを見て、ギョニ子と真一郎が同時に声を挙げた。
「何だこれ!すげーーー!」「こんな偶然ってあるの?」
横山武史(JRA初勝利 2017/4/16)
2023【4/16】皐月賞ソールオリエンスでV
横山典弘(JRA初勝利1986/4/29)
4/29→昭和の日=昭和天皇の誕生日
※生年月日1968年2月23日→2/23天皇陛下誕生日
横山和生(JRA初勝利2011/4/30)
2023【4/30】天皇賞(春)タイトルホルダーV?
※2019【4/30】→平成最後の日
「そうなんです。まなと君の誕生日でもあり、サノノヒーローの勝利日、すなわち土田真翔が勝つことで、2022デビュー組が全員勝ち上がりとなった4月16日。この日はソールオリエンスで皐月賞を勝った、横山武史騎手の初勝利日でもあるわけです」
「ちょっともう、鳥肌止まんないんだけど!」
ギョニ子が両腕をさすりながら言った。
「そして横山パパは皇室に由来のある昭和の日が初勝利の日。誕生日はいうまでもなく天皇陛下と同じ。んでもって横山和生は・・」
今度は真一郎がギョニ子をさえぎった。
「横山和生は4月30日!つまり今年の春天の開催日だね!こんなの絶対に偶然じゃないよ!」
「私もそう思います」マスターがニヤリと笑った。
「詳しい説明は不用でしょうが、ワンアンドオンリーのダービーが象徴するように、横山ファミリーは仮想皇室のファミリーと言っていいでしょうね」
2014/6/1 第81回 東京優駿
1着:1-02 ワンアンドオンリー
(2011/2/23生まれ)
天皇陛下(1960/2/23生まれ)
横山典弘(1968/2/23生まれ)
前田幸治(1949/2/23生まれ)
当時皇太子だった天皇陛下による台覧競馬。皇太子、競走馬、騎手、オーナーがすべて同じ誕生日ということで、大きな話題を呼んだ。
ゲートも「唯一無二」という馬名にお似合いの「1枠2番」。
ワンアンドオンリーはその後、神戸新聞杯の1勝しかできなかった。まさにこの年のダービーを勝つために産まれてきたのだろう。
マスターはさらに続けた。
「横山典弘が生まれた日は、今上天皇の8歳の誕生日でした。まだ時代は令和のふたつ前の昭和でしたが、何事もなければ、いずれは天皇陛下になることが約束されています。そのような高貴な方と同じ日に生まれた横山典弘は、生まれたときから騎手になるよう運命づけられていて、自身の初勝利日だけではなく、息子2人の初勝利日まで管理されていたのでしょう」
「あ、あのマスターごめん。きんじょう天皇って誰?」
「誰というか現在の天皇陛下を今の上とかいてきんじょう天皇っていうの!このバカ!」
ギョニ子がマスターに代わりに真一郎に教えてあげ、マスターと麗子ママが顔を見合わせて笑った。
「さてさて、みんなお腹すいたでしょうから、何か簡単なものを作るわね。ナポリタンでいいかしら?」
「待ってました!ママの絶品ナポリタン!大盛りでお願いします」
真一郎の発言には何も言わず、その代わりにっこりと頷きながら麗子ママはキッチンへ向かった。マスターはそれを見届けてから、話をつづけた。
「新装京都競馬場の最初のGⅠ春天が、平成最後の日である【4月30日】になるように、JRAは新装京都競馬場グランドOPを今年に設定したはずです。これを見てください」
2023 京都競馬場(淀)98周年
=センテニアル・パーク京都競馬場OP
4/30(日)天皇賞(春)
2024 京都競馬場(淀)99周年
4/30(火)、5/1(水)
2025 京都競馬場(淀)100周年
4/30(水)、5/1(木)
「このように、本来であれば、京都競馬場100周年の2025年にセンテニアル・パーク京都競馬場OPが最もふさわしいのですが、それだと平成最後の日である4月30日も、令和開始の日である5月1日も、平日になってしまいます」
「なるほど、せっかくの大規模な事業だから、皇室にちなんだ日に春天をやりたいわけだ」
そういうと真一郎はグラスのお茶を飲み干し、ペットボトルから新しくお茶をついだ。
「タイトルホルダーが春天を連覇すると、こういうことになります」
マスターはパソコンの画面を示した。
2022/5/1(日)→令和開始の日
天皇賞(春)※阪神 タイトルホルダー
2023/4/30(日)→平成最後の日
天皇賞(春)※京都 タイトルホルダー連覇?
「令和最初の日→平成最後の日というかたちでの連覇。これ以上のきれいな連覇はないでしょうね」
マスターが言い終わらないうちに、ギョニ子が叫んだ。
「すごい!マジすごい!今年の春天は、横山ファミリーのための春天ね!」
麗子ママのナポリタンを食べてから、もう少し作戦会議をする予定だったが、真一郎がナポリタンを食べ過ぎて眠たくなったということで、2時間ほど休憩することになった。各自自由行動ということで、マスターと麗子ママは買い物へ、真一郎は気分転換がてら近所の銭湯に行くことにした。
ギョニ子は、まなと君誘拐のことはお姉さん夫婦にはふせていたため、まなと君が元気であることを電話で伝えたり、犯人からの電話待ちの時間として過ごすという。また、少しでも犯人の手がかりを探すということで、まなと君が誘拐されたショッピングモールに行くそうだ。
「しんちゃん、こっちへは車で来たんでしょ?ショッピングモールに行くから車貸して」
「いいけど、乱暴に運転するなよ。お前はすぐにぶつけるからな」
真一郎から鍵を受け取ったギョニ子は、
「あんたいちいち一言多いのよ!さっさと銭湯に行きなさい!」
そう言うとスナック忘れな草から出て行った。ギョニ子の後ろ姿に何か言おうとした真一郎だったが口をパクパクさせただけだった。
■ ギョニ子との一夜と自殺の動機
昔よく仕事帰りに通った銭湯は、いつのまにかスーパー銭湯に建て直されていた。昔ながらの古くさい銭湯もいいが、ジャグジーやサウナ、休憩スペースが充実しているスーパー銭湯もまた魅力たっぷりだ。
岩盤浴で汗を流しながら、真一郎はギョニ子との一夜を思い出していた。スナック忘れな草でいつものように競馬予想で盛り上がったあと、酔った勢いで一度だけ男女の仲になったことがある。恋人として付き合っていくべきか、酔った勢いの過ちということで、なかったことにするか。結論を出す間もなく、実家岩手で父が亡くなった知らせを受けた。
取るものもとりあえず実家に戻ると、父はすっかり冷たくなっていた。親の死に目に立ち会えなかった。最低の親不孝者だ。なぜ知らせてくれなかったとなじる真一郎に、母は父が真一郎にだけは伝えるなと言ったからだと話した。
その晩、真一郎は父の横で布団をひいて寝た。涙が幾重も頬を伝わり、枕を濡らし続けた。
東京ではフリーターに毛が生えたようなその日暮らしをしていた真一郎は、以前看護師をしていた母の勧めもあり、父の死の翌年から仙台にある専門学校に3年通い、言語聴覚士の資格を取った。脳梗塞や脳出血などの後遺症により、ことばがうまく話せなくなったり、ご飯をうまく飲み込めなくなった人に対して、リハビリを行う専門職だ。
医療の道を選んだのは、東京でやはり看護師として働くギョニ子のことも、頭にあったのかもしれない。国家資格を取ったあと、東京に戻ることも考えたが、母を一人にはしたくなかった。
言語聴覚士として病院で働き始めたのが2020年。世話好きな上司がバツイチのシングルマザーだけどと、紹介してくれた看護師と結婚したのが2021年。婿入りすることが条件だったため、青森で家庭を持っている弟に相談したところ、母を迎え入れてもいいとのことだった。
妻の実家で、妻の両親と真一郎夫婦、それに連れ子の3歳の女の子の計5人で、新しい生活が始まり、真一郎は幸せの絶頂にあった。
ところが一年たっても真一郎夫婦には子供ができなかった。どの病院で検査しても、真一郎にも妻にも問題はないという。
義母に毎日のように早く新しい孫をとせかされていたこともあり、だんだんと妻との関係がギクシャクしてきた。妻の連れ子もなかなか真一郎になついてくれず、家には居場所がない。そう感じた真一郎は、アパートを借りて別居生活を始めた。
さすがにアパートの住所は妻に教えておいたが、妻から最初に送られてきた封書には、離婚届が同封してあった。3日間悩んだ真一郎だったが、判を押して送り返した。1年間の短い結婚生活が終わった。
ひとり暮らしを始めて1年後の今年3月。義母から元妻が自殺未遂をしたと連絡があった。公園の駐車場に停めた車中で練炭自殺をしようとしたところ、たまたま巡回中の民生委員が発見してくれて、車の窓ガラスを割り元妻を助けてくれたそうだ。火を着けてすぐだったため、脳などにも後遺症は残らないだろうということだった。
自殺の原因は、真一郎との離婚ではなく、新しい夫のDVだったようだ。真一郎と離婚してすぐに、義母からの勧めでお見合い結婚をした。三度目の結婚だった。虫も殺さない温厚な性格だと仲人は夫を評していたが、同居生活を始めるとすぐに化けの皮が剝がれた。殴る蹴るのDVに加え、幼い娘にもどうやら性的いたずらをしているようだった。精神を病んでしまった元妻が、発作的に自殺を図ったらしい。
真一郎との離婚は成立しているのだから、元妻の自殺未遂に対して何かして欲しいということではないが、取り合えず伝えるだけは伝えようというのが、義母と義父の出した結論だった。
幸い大事に至らなかったとはいえ、自分が家を出て言っていなければ、元妻の三回目の結婚はなかったはずだ。元妻の自殺未遂に責任を感じた真一郎は、自分には生きていく資格はないと思い詰め、飲酒量が増え次第に精神を病んでしまった。そして、あの日元妻がしたのと同じように、練炭での自殺を図ろうとしたのだった。
あのときギョニ子からの電話がなかったら、今こうやって銭湯に入っていることもなかったんだなあ。タオルで体を拭きながら、真一郎は鏡の中の自分をみた。
春天のことをまずは考えよう。そのあとどうするかは、また考えればいい。
■ タコライスの謎
スナック忘れな草の扉を開けると、懐かしいハゲ頭の後頭部がみえた。人呼んでタコ社長。スナック忘れな草の3軒隣にあるバネ工場の三代目社長だ。
タコ社長の由来はもちろんその頭皮の特徴にあるのだが、本人はいたってまじめに、
「俺とまぐわった女はよう、まるで4人の男に犯されてるみたいだっつんだよ。つまり八本の手よ。それがタコ社長のホントの由来。女はひとりじゃねえよ、みんなだよみんな。みんながみんな、大作さん、こんなの初めてですぅってうれし泣きするのさねぇ。稀代のテクニクシャン袴田大作にかかったら、ひとり残らず昇天しちまうってわけさあね、へっへっへ」
馬券を的中させた日には、誰もがタコ社長からこの話を聞かされる羽目になる。何が4人の男に犯されているだ。気持ちが悪い。それにテクニクシャンってなんだよ。テクニシャンだろ。
「よっ!しんちゃん、久しぶり!病院で働いてるんだって?おめえに病院での仕事がつとまるんなら、俺は総理大臣だってできらあな。ハッハッハ!」
相変わらずタコ社長の笑い方は豪快でキモい。
無視してママが注いでくれたコカ・コーラで喉を潤す。たっぷりと汗をかいたあとの炭酸は何とも言えないおいしさだ。
「タコ社長に付き合ってる暇はないですよ。今はみんなで・・」
「話は全部聞いたよ。春天1点予想の作戦会議。この袴田大作にもひと肌脱がせてくれ」
あまりにも真剣なタコ社長のまなざしに、マスター、麗子ママ、ギョニ子も神妙な顔になった。今回ばかりは頼りになるかもしれない。
「ということで、作戦会議の前に一曲景気づけに歌うかね。ママ!『青春時代』入れて!」
スナック忘れな草にいた全員がコケた。素直に受け取って『青春時代』をカラオケに入れようとした麗子ママを、ギョニ子が怖い顔で制した。
「ママ!青春時代なんていれなくていいよ!おいタコ社長!てめえなんざ青春ってツラか!晩春も晩春、すっかり首まで棺桶につかってるくせに!」
「なんだこのチビ!!」
ギョニ子に掴みかかろうとするタコ社長に、マスターは素早くマイクを渡してギョニ子に言った。
「まあまま今日子ちゃん、一曲だけ聞いてあげましょうよ。社長もそれで満足なんでしょうから。ね?社長?」
マスターがタコ社長のほうを振り返ると、すでにタコ社長が「青春時代」を歌い始めているところだった。
「森田公一とトップギャランか。懐かしいなぁ」
真一郎が誰に言うともなくつぶやくと、ギョニ子が爆笑した。
「森田公一!こりゃタコ社長にお似合いだわ。ギャハハハ!」
意味がわからずキョトンとする真一郎の耳元に、マスターが手を当てながら囁いた。
「もり タコ ういち。森田公一にはタコが入っていますよ」
なるほどこりゃ傑作だ。真一郎が涙を流しながら手を叩いていると、歌い終わったタコ社長は自分の歌への拍手と勘違いし、
「ははは。照れるじゃないの」とご満悦。
さすがになぜ笑っていたのかを教えるのはかわいそうかなと、真一郎が考えていると、ギョニ子が大きな声を出した。
「ああ!タコライスの意味がわかったかも!」
タコライスとは、春天のCMで登場する屋台だ。ライスは土田真翔騎手の「111戦目での初勝利」から出てきた第「111」回天皇賞(春)のライスシャワーでいいだろう。
タコのほうにも意味があると思っていたが、ギョニ子は何か掴んだらしい。
「タコが名前に含まれる調教師がいるでしょ?」
ギョニ子の問いかけに、タコ社長が反応した。
「・・・角田晃一・・・つの だこ ういち 違うか?」
「さ、さすがタコ社長」すぐに当てられて動揺しながらギョニ子が答える。
「角田晃一調教師と言えば、息子2人が現役の騎手よね?どちらかが38期生じゃなかったっけ?」
スマホですでに検索していた真一郎が答える。
「ビンゴだ!兄大和が37期生。弟大河が38期生」
「土田真翔。38期生。つながったんじゃない?」ギョニ子がいたずらっぽく笑った。
■ 38期生が暗示するもの
タコ社長が森田公一とトップギャランの「青春時代」を歌ってくれたことから、サノノヒーローの土田真翔と同じ、38期生の角田大河が浮上した。
角田大河の意味をみんなで考えているところで、麗子ママが施設に入所している母に会いに行くということで、その日はお開きになった。
2023年4月27日(木)午前10時
-東京都某区 スナック忘れな草-
ギョニ子、麗子ママ、マスター、そして真一郎。いつものメンバーがそろった。タコ社長は片づけなければいけない仕事があるようで、途中から合流するとのことだった。
横山和生の弟横山武史が皐月賞を勝った日に、JRA初勝利を2022ルーキーズの最後としてあげた土田真翔。
彼の「111戦目」という数字が、旧京都競馬場最終日である「11月1日」を示唆するのなら、デビュー2連勝という土田真翔とは真逆のスタートを切った角田大河が、新装京都競馬場の何かを暗示していないか?
これがその日の最初のテーマだった。ああでもないこうでもないと、みんなで意見を言い合ったが、これといった大きな進展はなかった。
「何か見落としているのかもしれませんね」
マスターがお昼のチャーハンを作っている間、麗子ママがみんなにそう言った。
「こういうときは原点に戻って、CMを見直すとなにかつかめるかもしれないな」
真一郎の提案で、チャーハンを食べている間、パソコンの画面には春天のCMが繰り返し流されていた。
「ねえ、長澤まさみの『一番乗り』ってさあ、なんだろうね」
誰よりも先にチャーハンをたいらげたギョニ子が、ウーロン茶を飲みながら言った。
「そりゃ、角田大河の初勝利だろ?初騎乗初勝利だから一番乗り」
真一郎の答えにギョニ子が返した。
「それはわかってんの!ほかに一番乗りってないかな?」
「重賞初騎乗一番乗り。GⅠ初騎乗一番乗り。そんなとこでしょうか」
マスターが答えた。
真一郎はそれを受けて、麗子ママが裏紙として取ってあったカレンダーの白い部分に書き始めた。
角田大河 2022ルーキーズ一番乗り
JRA初勝利 メイショウソウゲツ(初騎乗初勝利)
GⅠ初騎乗 ウメムスビ
じっとその文字を見つめていたギョニ子が言った。
「ソウゲツってなんなのよ。メイショウの馬ってさあ、頭数は多いし、冠名で5文字使ってるから、4文字で意味を持たせないといけない分、わけわかんない単語が多いのよね」
ギョニ子の言うことはもっともだった。冠名が長ければ長いほど、限られた文字数で馬名を表現しないといけない。馬名は9文字までだから、メイショウやアドマイヤといった、5文字の冠名の場合4文字しか残らない。
手がふさがっている真一郎に代わり、麗子ママが調べてくれた。
「ソウゲツは『双月』と書いて偶数月を表すみたいね」
「偶数月・・・まあ、今年の春天は4月30日だから偶数月よね」
不満そうにそう言ったギョニ子に真一郎が返した。
「メイショウのメイは5月じゃないの?5月近辺の偶数月なら4月か6月だよ」
「あんたでもメイが5月って知ってるんだね、驚いた」
真一郎の発見を素直にほめずに、ギョニ子は皮肉を言った。
「メイぐらい知ってるっつーの。サツキにメイ。トトロに出てくるだろ!」
真一郎が負けずに応戦する。
「やはり角田大河は春天を暗示しているようですよ。GⅠ初騎乗一番乗りのウメムスビ。結びを最後の日ととらえれば4月の最後の日は30日」
マスタの発言に真一郎は感動して声を挙げた。
「ひゅーー!かっけーー!なるほど角田大河のふたつの一番乗り。メイショウソウゲツは4月を表し、ウメムスビは30日を表す」
真一郎の発言にギョニ子が続けた。
「角田大河の一番乗りは今年の春天の開催日を示しているわけね!」
喜んだのもつかの間。問題はなぜ38期生がサイン発信に使われているのかで、また作戦会議は難航した。
みんな頭を少し冷やしましょうと休憩しているところに、タイミング悪くタコ社長が入ってきた。マスターがそれまでの成果を報告するのをふんふんと聞き流しながら、タコ社長はカラオケのリモコンを操作していた。
「何かのヒントになるかもしれねぇからよう。38期生にちなんで、名前に「三」か「八」がある歌手縛りで、ちょっくらカラオケタイムといこうや」
みんなあまり乗り気ではなかったが、タコ社長が歌いたいときは誰にも止めることができない。先頭バッターはもちろんタコ社長。三橋美智也の「おさらば東京」だった。
その次もタコ社長。海援隊の「贈る言葉」
どこに「三」や「八」があるんだという真一郎の突っ込みには、武田鉄矢といえば金八先生だからという適当な言い分だった。
3曲目は春日八郎の「別れの一本杉」
この曲でそろそろ止めようかと、真一郎が苦笑いしながらマスターと麗子ママに目配せしていると、ギョニ子が立ち上がって大声を挙げた。
「ストップストップ!カラオケストップ!!」
そう叫ぶとリモコンで歌を止めてしまった。気持ちよさそうに歌っているところを、曲を止められたタコ社長は、それこそ茹でだこのように顔を真っ赤にしながら、ギョニ子を怒鳴った。
「てめえ、なにしやがんでい、このアマが!」
「いいから聞いて。聞けこのタコ!!」
リモコンの角で今にもタコ社長の頭を殴ろうとしているギョニ子の殺気に、さすがのタコ社長も黙ってしまった。
ギョニ子は真一郎の持っていたペンを奪うと、カレンダーの裏に漢数字の「三」と「八」を書いた。
「いい?よく見てね。この三と八を重ねて書くと・・・」
みんなが「おおーー」と歓声をあげた。なるほど「三」と「八」は重ねて書くと「春」の字の上の部分になる。
「でも日はどこにある?」
真一郎の意地悪な質問にもギョニ子は自信たっぷりに答えた。
「角田大河のGⅠ初騎乗一番乗りのウメムスビ。レースは朝日杯FSでしょ?ちゃんと「日」があるじゃない?」
スナック忘れな草の店内に、全員の割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
ただひとり、拍手をせずにむずかしい顔をしていたのはタコ社長だった。カラオケを中断させられたことにまだ腹を立てているのかと思ったが、そうではなかった。
「おいてめえら!俺の工場で作っているのはなんだ?」
タコ社長の目は血走っていた。
「なにって社長さん、それはバネでしょう?バネ工場三代目社長、袴田大作さん?」
たしなめるように麗子ママがそう言うと、タコ社長は首を振りながらこう言った。
「おうよ、バネだよバネ!バネは英語でなんつうんだ?」
「そうかスプリング!春もバネもスプリングよね!社長やるじゃん!!」
頭にタコをつけずに珍しくギョニ子がほめる。タコ社長は何もはえていない頭皮をテヘヘと照れながらなでていた。
「ってことはスプリングSも見ておく必要があるね」
真一郎はそう言いながらスマホを操作し、画面を見つめて固まっていた。
「なによ、なにを見つけたのよ!」
真一郎からスマホを奪い取ったギョニ子が、今度は固まる番だった。
【スプリングS】ホウオウビスケッツが2着で横山兄弟のワンツー決着
「強気に攻めの競馬で、この着順」
ネットニュースの見出し。
そうだった。今年のスプリングSは1着ベラジオオペラ横山武史、2着ホウオウビスケッツ横山和生。重賞競走における、横山兄弟初のワンツー決着だったのだ。
「あるかもしれねえな、横山兄弟のワンツー」
タコ社長がそうつぶやくと、みんな顔を見合わせてうんうんと頷いた。
■ 5月壁紙カレンダー
2023年4月28日(金)午前10時
-東京都某区 スナック忘れな草-
昨日はあの後も作戦会議を続けたが、横山兄弟のワンツーを強烈に示唆するサインは見つけられなかった。出馬表も昨日の時点で確定しており、各自横山兄弟のワンツーを示唆するようなサインを、見つけてこようということになりお開きとなっていた。
ただし、もちろん横山兄弟のワンツーではない、別の決着を強く示唆するものが出てきたら、方向転換するということも、みんなの同意が得られていた。
「5月の壁紙カレンダーなんだけど」
最初に口を開いたのは麗子ママだった。
「お、画像読みのスペシャリスト、ママが何かみつけたね?」
タコ社長が笑みを浮かべた。今日は大きな受注はないからと、若い衆に工場は任せて、朝からの参戦だった。
「武史騎手が乗る、アスクビクターモアを示唆しているように感じるわ」
麗子ママの説明は明快だった。5月壁紙カレンダーで不自然なのは、5着プラダリアが入る構図になっていること。そして、馬券になっている3着アスクビクターモアが、ほぼ隠れている状態の画像であること。
2022 ダービー
5着:3-06 プラダリア(池添謙一・池添学)
(3-06)(アスクビクターモア)(横山武史)
アスクビクターモアのゲートは、プラダリアと同じ「3枠6番」
そして、プラダリアが池添謙一と池添学の兄弟であることが、タイトルホルダーとアスクビクターモアの、兄弟決着を示唆しているのではないかと。
この説明にはみんなが賛辞の拍手を送った。
「わたしのはそれほど強くないのですが・・」
次に口を開いたのはマスターだった。ネタは「3分で分かった気になる名馬シリーズ」だった。GⅠの週になると、その週のGⅠを過去に勝っている名馬についての紹介動画が、水曜日にアップされるのが、ここ数年続いている。
「今回の名馬はメジロマックイーン。親子三代での天皇賞制覇を取り上げていて、名家という文言も出てきます。横山ファミリーでいいでしょう。さりげなく、半兄メジロデュレンとの菊花賞兄弟制覇にも触れています。春天の横山兄弟ワンツーを示唆しているのかもしれません」
「全然弱くないよ!いいじゃんいいじゃん!」
ギョニ子がうれしそうな声を挙げる。
真一郎はスマホで「3分名馬」メジロマックイーンを再度チェックしていた。実は昨夜は何もいいサインを見つけられず、この流れで自分が指名されても、なにもないとは言えない雰囲気だった。
「あのー、3分名馬シリーズだけどさぁ、たまに最後のほうで過去の3分名馬を復習しましょうって言うんだよね」
真一郎のことばに、ギョニ子がうなずいた。
「そうそう、復習しなさいってわざわざ言ってくれるんだから、なにかその動画にもヒントがあるんじゃない?」
いい流れだぞと真一郎はほくそ笑んだ。過去の名馬を復習せよという場合、1頭のみ名前が挙がることがほとんどであったが、今回のメジロマックイーンでは、トウカイテイオーとライスシャワーの2頭を復習せよということだった。
ライスシャワーについては、マスターがすぐに解決してくれた。
「ライスシャワーはタイトルホルダー示唆でしょうね。二度の春天制覇はいずれも2枠3番。今回2枠3番に入ったのはタイトルホルダー」
みんながうんうんと頷いた。
「そしてもうひとつ。昨日の時点で気づいていたのですが、もう相手探しの話になっていたので、言わなかったことがひとつあります」
「なによマスター、水臭いわね!」
ギョニ子が口をはさんだ。
「タイトルホルダーが入った2枠3番。これは、旧京都競馬場最後のGⅠ、コントレイルの菊花賞のゲートでもあります」
「やるなあマスター!よっ!千両役者!」
残念ながら昼食休憩前の盛り上がりは、これで最後だった。そのあとみんなでトウカイテイオーの動画を何度も見直したが、これというサインは見つからなかった。
ギョニ子がマックで買ってきたハンバーガーを食べたら、小一時間ほど休憩して、再開しようということになった。
みんなが思い思いに休んでいるさなか、真一郎はスマホをいじっていた。今年の春天は17頭。栄えある新装京都競馬場の一発目のGⅠだというのに、フルゲートにしなかったのはなぜだろう。なんとなく腑に落ちなかったのだ。
重賞にすら出たことがないエンドロールという馬が、GⅠ初騎乗となる3年目の永野猛蔵騎手を背に出走することが決まっていた。
出ようと思えば出られた実績馬はほかにもいたはずだ。意図的に、そう意図的に「17頭立て」にしたいに違いない。
真一郎は17頭立ての春天を調べてみた。5つのレースがヒットした。
2006/4/30
4-07 ディープインパクト
2015/5/3
1-01 ゴールドシップ(横山典弘)
2017/4/30
2-03 キタサンブラック
2018/4/29
6-12 レインボーライン
2021/5/2
1-01 ワールドプレミア
日付まで今年と同じ年となると、2つに絞られる。
2006/4/30
4-07 ディープインパクト
2017/4/30
2-03 キタサンブラック
直近の「4月30日施行・17頭立て 春天」は、2017年のキタサンブラック。
「2枠3番」での優勝だから、ここからも「2枠3番タイトルホルダー」が浮上する。
では、ディープインパクトの2006年はなにを言いたいのか?2006年の出馬表を開いてみたとき、すぐにトウカイテイオーとつながった。
2006 天皇賞(春)
3-05(トウカイ)トリック(内村正則)
3-06(トウカイ)カムカム(内村正則)※染分け帽
4-07 ディープインパクト 1着
2023 天皇賞(春)
(3-05)アイアンバローズ(前々走【東海S】)
(3-06)アスクビクターモア
ディープインパクトが勝った2006年、3枠はトウカイの同居枠だったのだ。トウカイテイオーを復習せよは、この3枠に気づきなさいと言ってるのではないか?
今年の3枠には、おあつらえ向きに前々走が「東海S」であるアイアンバローズがいる。今年の東海Sを予想していたときに、初ダートとなるアイアンバローズが出走していることに、違和感を覚えていたのが功を奏した。
ちょうどその時、そろそろ再開しましょうかというマスターの声で、みんなが集まってきた。
「トウカイテイオーがわかったかもしれません」
休憩前のおどおどした様子とは打って変わって、自信ありそうに真一郎が口を開いたものだから、みんな驚いた表情で真一郎のほうを見た。
真一郎はさきほどの考えを、紙に書いて示しながら説明した。
「やるじゃねえか、しんちゃん!見直したぜ!これで枠連2-3の1点勝負に一歩また近づいたんじゃねえか?」
タコ社長がそう言うと、マスターと麗子ママもうんうんと頷いていたが、ギョニ子は黙ってスマホをいじっていた。ちぇっ。たまにいい仕事したと思ったらこれだよ。真一郎がギョニ子をにらんでいると、
「春天の3枠とスプリングSがつながったわ!」
ギョニ子はスマホをみながらこう書いた。
スプリングS
1着:2-04 ベラジオオペラ(横山武史・上村洋行)
天皇賞(春)
3-05 アイアンバローズ (上村洋行)
3-06 アスクビクターモア(横山武史)
「なるほど!春天の3枠2頭の騎手と調教師を合体させると、スプリングSのベラジオオペラになるじゃあねえか!春とスプリングだしこれは熱いや!ギョニ子でかした!真一郎!てめえはそこまでひとりで見つけなきゃダメなんだよ!」
みんながギョニ子に向かって拍手している。ついさっきまで自分に送られていた賛辞を、ギョニ子が横取りしてしまったのだ。真一郎は、苦々しい気持ちでギョニ子を見るしかなかった。
■ ももクロ登場の謎
近所の喫茶店からケーキと紅茶の出前を取り、小一時間ほど休憩することになった。真一郎はケーキをたいらげると、紅茶を飲みながらスマホをいじっていた。スナック忘れな草の店内は、考えることの邪魔にならないよう、低いボリュームでモーツァルトが流れていた。
先週の重賞で横山兄弟の同居枠があったような気がするのだが、どのレースなのかわからない。何しろ先週は死ぬ気でいたから、競馬どころではなかったのだ。あ!と小さく声を挙げた。横山兄弟が同居した重賞があったのだ。
2023/4/23
東京11R フローラS
8-14 イングランドアイズ(横山和生)4着
8-15 ピクシレーション (横山武史)7着
オークストライアルのフローラSだった。8枠は馬券になっておらず、春天の8枠の暗示だろうかとぼんやり考えていた。イングランドアイズ、ピクシレーション。この馬名からなにかが浮かんできそうだったが、それは掴もうとすると逃げていき、真一郎はイライラした。
「ねえ、しんちゃん。ママの話どう思う?」
そこへギョニ子が話しかけてみたものだから、真一郎はあからさまに嫌な顔をした。
「ごめんなさいね、しんちゃん。忙しいところ」
麗子ママが恐縮して言うので、真一郎は首を振りながら答えた。
「いやいや、忙しくなんかないですよ。どうしたんですか?」
ギョニ子が麗子ママから聞いた話を説明してくれた。一昨日施設に入所している母に面会に行ったところ、ちょうど母が認知症の検査を受けるところだったため、検査場面を見学させてもらった。看護学校から実習に来ていた、さくらさんという名前の実習生が検査を担当した。検査の中には3つの言葉を覚えてもらい、いくつかの別の質問に答えてもらった後、3つの言葉を思い出してもらう項目もある。看護師であるギョニ子と、言語聴覚士である真一郎には、どの項目のことかすぐにわかった。
「桜、猫、電車だよね。単語の遅延再生。ようは記憶の検査だ」
真一郎が言った。
「そうそう。ここからが不思議なんだけど、その実習生さん、名前がさくらでしょ?だから自分の名前が含まれる『桜・猫・電車』ではなく、『梅・犬・自動車』で検査したのよ」
ギョニ子の説明に、真一郎が返した。
「なるほど、そう言われてみればそうだな。検査をする前に自己紹介しているだろうし、名前が書かれたネームプレートを上着につけている場合もある。検査の妥当性を守るために、自分の名前が入っていない『梅・犬・自動車』のほうを使ったわけだ」
長谷川式認知症スケール、通称HDS-Rと呼ばれる認知症検査では、記憶力を検査する「単語の遅延再生」という項目がある。被験者に3つの単語を覚えてもらい、計算問題などいくつかの質問をはさんでから、3つの言葉が何だっかを尋ねるものだ。覚えてもらう3つの単語には、『桜・猫・電車』と『梅・犬・自動車』の2グループがあり、検査を行う者は任意でどちらかを選択する。
「それでね、しんちゃん。さくらさんがママのお母さんに、3つの言葉がなんだったか尋ねたら、『梅・犬・自動車』ではなく『桜・猫・電車』とすらすら答えたんだって」
「ははあー。なるほど、そういうことね」
「どういうことなの?しんちゃん」
麗子ママが真一郎に説明を求めた。
「お母さんはきっと、何度も何度も認知症の検査をされているために、『桜・猫・電車』を覚えてしまったようです。なので、さきほど覚えてもらった3つの単語を挙げてくださいって言われると、反射的に『桜・猫・電車』と答えてしまったんだと思います」
「・・そうなのね。だいぶ認知症が進んでいるとは聞いていたけれど・・」
実習生を受け入れる施設では、言葉は悪いが実習生の実験台的役割を担う入所者がいることは、真一郎にはわかっていた。真一郎も専門学校時代に施設に実習に行ったことがあるが、実に受け入れの良い優しい性格のご婦人を担当させられたものだ。
「ママのお母さんは優しい性格だから、学生さんの検査の相手に選ばれたんでしょうね」
真一郎がそういうと、麗子ママは少し安心したような顔になった。
「例えばだけど、今後『梅・犬・自動車』のほうも覚えてしまったら、『桃・猿・飛行機』とか、別の言葉で検査をする必要が出てきます」
真一郎が言ったその言葉に対し、反応したのはギョニ子だった。
「もも!ももと言えばももクロちゃん!思い出したわ!」
ギョニ子が叫んだことで、マスターとタコ社長も集まってきた。ママと話しているうちに、休憩時間が終わっていたようだ。
「ももクロちゃんとのコラボから、何かサインが出てないかな?」
ギョニ子の問いかけに、真一郎が答えた。
「ももクロと言えば、メンバーそれぞれにカラーがあるよね?」
「ん~それはわかるんだけどさあ、なんか露骨じゃない?競馬の枠にはないパープルなんかも混ざってるし・・」
ももクロのカラーに注目するのことは、ギョニ子は嫌だったようだ。
「あれなんだっけ?ほら、ももクロファンのことモフモフとか言うだろ?うちのバカ息子がファンなんだよ」
タコ社長が言った。
「モフモフじゃなくてモノノフ!頭が寂しいからって間違えないでよ!」
「なんだぁこら!!」
ギョニ子とタコ社長が一触即発のムードになったところで、マスターが言った。
「モノノフと言えばニシケンモノノフという馬がいましたね」
「マスターさすが!」
そう言うと真一郎はすぐにスマホを操作した。
「えーと、基本は直近勝利レースだよね。まずはJRA直近勝利レースと・・・」
真一郎はニヤリと笑いながらスマホ画面をみんなに見せた。
ニシケンモノノフJRA最後の勝利
2016/4/30 天王山S
3枠5番 岩田康誠
「へえええ!天王山ステークス。漢字は違うけど読みは『てんのう』よね?しかも今年の春天と同じ、4月30日じゃん!」
ギョニ子が大声をあげた。
「次に最後の勝利レース。これは地方競馬だね」
真一郎は再度スマホを操作し、みんなに画面を見せた。
ニシケンモノノフ最後の勝利
2017/11/3 JBCスプリント
1枠1番 横山典弘
「横山パパで勝ったのね。11月3日は文化の日だっけ?」
ギョニ子の問いかけにマスターが答えた。
「そうです。11月3日は文化の日ですが、明治天皇の誕生日でもありますね」
「やっぱり春天のサイン馬だよなぁ。天王山ステークスに明治天皇誕生日に、天皇陛下の誕生日と同じ横山パパ!」
真一郎がそうまとめると、自分の発言がうまくつながったぞと、タコ社長も顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
「ところでさあ、なんにも関係ないかもだけど、なんでももクロちゃんなの?4名だとレースにならないじゃん?」
ももクロは結成時6名だったのが、5名、4名とひとりずつ退会して現在は4名だった。ギョニ子の素朴な質問に、真一郎がそんなの別に関係ないんじゃないのと突っ込もうとしたとき、麗子ママが言った。
「マスター、レースが成立する最低頭数って何頭かしら?」
「5頭ですね。出馬投票締め切りの時点で4頭以下だった場合、そのレースは成立しません」
「ほら!やっぱりももクロちゃん登場っておかしいのよね・・」
ギョニ子が不満そうな顔で言った。マスターが続けた。
「ただし、出馬確定後に出走取り消しや除外があった場合、4頭以下でもレースは行われます」
「そうなんだ!ってことはマスター、5頭立てレースだったけど、取消や除外により、4頭立てとなってしまったレースがあったら、何かみつかるかもしれないね!」
真一郎はそういうと、さっそくスマホで調べ始めた。ギョニ子も負けじとスマホをいじっている。5分ほどして、先に手を挙げたのはギョニ子だった。
「去年の梅花賞がビンゴよ!5頭立てだったところ、1頭除外で4頭立てになってる」
わずかの差で同じレースにたどり着いた真一郎が続けた。
「1着セレシオンで入線は5-2-3-4の順。除外は1枠のナニハサテオキ」
「このレースの出目が使われるのかしら・・」
ギョニ子のつぶやきに、マスターが応じた。
「その可能性もありますが、レース名の『梅花』にヒントがあるかもしれません」
マスターは、パソコンで「梅花の歌」と検索し、画面をみんなに見せた。国文学研究資料館のサイトだった。
『万葉集』巻五「梅花歌三十二首并序」
祝賀ムードの中、令和の時代が始まった。新元号は次の句に由来する。
「初春令月、気淑風和、梅披鏡前粉、蘭薫珮後之香」
(初春の令月れいげつ にして、気淑よく風和やわらぎ、梅は鏡前きょうぜんの粉こを披ひらき、蘭は珮後はいごの香かを薫かおらす)
「あーーそうか!新元号が令和であることが発表されたとき、テレビでよく取り上げられていたなぁ」
真一郎がそう言うと、ギョニ子が続けていった。
「巻五の「5」とか三十二首の「32」とか、なんか怪しくない?「32」はひっくり返せば「23」でこれは2枠3番のタイトルホルダー。都合よく解釈すれば、枠連2-3でもあるわ」
ギョニ子はそう言って小さくガッツポーズした。
梅花賞のついてのとりあえずの結論が出たところで、真一郎がみんなに声をかけた。
「先週のフローラSの8枠なんだけど、横山兄弟の同居なんだよね。それだけじゃなく、なにか暗示してそうなんだけど、それがわからなくて・・」
2023/4/23
東京11R フローラS
8-14 イングランドアイズ(横山和生)4着
8-15 ピクシレーション (横山武史)7着
真一郎は、先ほどギョニ子に話しかけられる前に、悩んでいた出馬表をみんなに見せた。
「イングランドアイズ。ピクシレーション。イングランドアイズ。ピクシレーション・・・」
ギョニ子が馬名を繰り返していると、タコ社長が叫んだ。
「あれあれ、ほら横山パパがよう、逃げ切った春天があったじゃん?あれなんだっけ?」
「ビートブラック?」
逃げ切りと聞いてビートブラックの名前を挙げたギョニ子に、マスターが続けた。
「それは石橋脩ですね。社長さんが言っているのは、おそらくイングランディーレかと・・」
「そっか!イングランディーレだよ!横山兄弟の同居で、横山パパの過去の春天優勝馬を示唆してんるんだ!」
真一郎はそう言うと、紙に書いた。
イングランドアイズ(イングラン・イ)
ピクシレーション(ーレ)
確かにこうしてみると、「デ」こそないものの、イングランディーレを示唆しているようにみえる。
「横山パパって春天3勝してんだね。サクラローレル、イングランディーレ、そしてゴールドシップ」
スマホで横山パパの情報を調べていたギョニ子が言った。
「ゴールドシップは競馬学校騎手課程のCMに登場しますね」
そう言ってマスターは、パソコンで競馬学校騎手課程のCMをみんなに見せてくれた。内馬場からのアングルだったが、ゴールドシップの春天が映っている。
「そうなると残りの一頭、サクラローレルが気になるわね・・」
ギョニ子が言い終わらないうちに、真一郎がしてやったりの表情でスマホ画面をみんなに見せた。
アスクビクターモア
(母父Rainbow Quest)
「やりましたね、しんちゃん。サクラローレルの父もRainbow Questです」
マスターが笑顔で真一郎をほめると、全員が拍手を送り、真一郎は照れくさそうに頭をかいた。
その日は時間的にもここで終わるのがきりがいいということで、そこでお開きとなった。宿題は昨日と同じ、枠連2-3をさらに後押しするものを探すということになった。
明日は土曜日で名馬の肖像が公開されるので、集合時間を午前11時とした。
■ アイアンとウッド
2023年4月29日(祝・土)午前11時
-東京都某区 スナック忘れな草-
午前11時。スナック忘れな草には昨日と同じ顔触れが揃っていた。最初に口を開いたのは、昨日と同じ麗子ママだった。画像読みが得意な麗子ママのことだから、名馬の肖像から何か掴んだのかもしれない。
「『名馬の肖像』だけど、珍しく英語表記のゼッケンなのよね」
麗子ママの発言を受けて、マスターが「名馬の肖像」が映し出されているパソコンの画面をみんなに見せた。フェノーメノが映っていた。
「ホントだ!英語表記ってどんな意味があるんだっけ?」
ギョニ子の問いかけに、マスターがすぐに答えてくれた。どうやらみんなが集まる前に、ママとミニ作戦会議を開いていたらしい。
外国馬の参戦があった場合は、ゼッケンの片側を英語表記にするようです」
「ってことは外国馬の参戦があったのね?えーー、春天に外国馬なんて出たかしら?」
いぶかしがるギョニ子に、マスターはすでに用意してあったパソコン画面を見せた。
2013 天皇賞(春)
3-06 フェノーメノ(正6)1着
7-13[外]レッドカドー(モッセ・ダンロップ・逆6)3着
2014 天皇賞(春)
3-05[外]レッドカドー(モッセ・ダンロップ・正5)14着
4-07 フェノーメノ(正7)1着
「ああ!レッドカドーね。思い出したわ!東京ホースレーシングの馬みたいな馬名だけど、確かイギリスから来てたのよね」
「今日子ちゃん、よく覚えてたわね」
麗子ママがギョニ子に微笑んだ。
「で、こっからなにが浮かんでくるの?」
真一郎が麗子ママに問いかけた。
「フェノーメノは2013年と2014年の春天連覇。これはもうお腹いっぱいだけど、素直にタイトルホルダー示唆でいいでしょうね。それから、2013年のフェノーメノが「3枠6番」で、2014年のレッドカドーが「3枠5番」。2頭で3枠を示唆しているわ」
少し不満な様子を表情にみせていた真一郎に、麗子ママが続けた。
「もちろんこれだけではないわよ。レッドカドーを管理しているのは、ダンロップ厩舎なの」
「ダンロップってあのタイヤのダンロップ?」
真一郎の問いにギョニ子が口をはさんだ。
「あーーー!ダンロップってタイヤもだけど、ゴルフクラブも作ってなかったっけ?」
「ギョニ子やるじゃねえか!あるよ、ダンロップのゴルフクラブ!」
タコ社長に褒められたギョニ子はうれしそうに笑いながら、
「3枠5番アイアンバローズ。ゴルフにお似合いのアイアンね!」
みんながうんうんと頷いているところへ、真一郎が水を差した。
「確かにそれは面白いけどさあ、春天ってGⅠ最長距離だよ?アイアンってゴルフやらない俺でもわかるけど、長距離は無理なんじゃない?」
マスターが手を叩きながら言った。
「しんちゃん、いいところに目をつけましたね。では、長距離用のゴルフクラブと言えばなんでしょうか?」
試されているような気がして、ふくれっ面になりかけた真一郎であったがすぐに答えた。
「えーーと、確か1番ウッドとかっていうような気がする。ウッドかな?」
自信なさそうに答えた真一郎に、麗子ママがほほ笑んだ。
「そうよ、しんちゃん。アイアンバローズの3枠にはね、ウッドもちゃんとあるのよ」
3-05 アイアンバローズ
3-06 アスクビクターモア
真一郎にはピンとこなかった。あまりいじめてはかわいそうだと、マスターが優しく教えてあげた。
「アスクビクターモアには企業名が入っていますよね?しんちゃん」
「うん。ビクターだよね。それはわかる」
「『ビクターエンタテインメント』でちょっと検索してみてください」
マスターが言い終わらないうちに、ギョニ子が叫んでいた。
「ああ、これね!ビクターエンタテインメントは、ケンウッドの完全子会社になってる!ケンウッドにはウッドが!」
3-05(アイアン)バローズ →アイアン
3-06 アスク(ビクター)モア
→(ビクター)エンタテインメント→ケン(ウッド)
「3枠は「アイアン」と「ウッド」の同居と言うわけか・・・」
やっと理解した真一郎はそうつぶやき、下を向いた。
タコ社長が気を遣って、話題を変えてくれた。
「ところでよう、靴磨きの政やんいるだろ?あいつからおもしれえネタをもらったんだよ」
靴磨きの政やんは、表向きは靴磨きだが、情報収集が裏の仕事だった。客から得た情報を、それを必要とする別の客に売るのだ。
「このメールなんだけどよ」
タコ社長がガラケーに送られてきたメールをみんなに見せた。
<横山武史×田村康仁×廣崎利洋>
2022/4/16 中山07R
6-06 アスクヒーロー 11着(シンガリ)
この1戦のみ。アスクビクターモアが2戦目
「俺よう、去年の菊花賞はアスクビクターモアにガツンといって大儲けしたわけよ。昔から田辺裕信が好きでな。あの大穴コパノリッキーだって単勝持ってたんだぜ。だから横山武史に乗り替わりってのがげせなくてさあ、政やんにメールしたんだよ。そしたらなんでも、アスクビクターモアの騎手、調教師、馬主の組み合わせってのは、去年一回あったきり、春天が二度目だっつうじゃねえか」
タコ社長以外の4名は、タコ社長が話している間、お互いに顔を見合わせながら、うんうんとうなずいていた。
「社長さん、素晴らしい情報をありがとうございます。この4月16日というのは、横山武史がJRA初勝利をあげた日。そして、今年の皐月賞も4月16日。横山武史のソールオリエンスが勝ちました」
マスターのあとにギョニ子が続けた。
「そして同じ日の福島12R、サノノヒーローという馬で、土田真翔がJRA初勝利をあげたのよ」
「へええー!するってえとなにかい?この三者の組み合わせは、まるで今年の予告だったってわけか!こりゃおだやかじゃねえなぁ」
2022/4/16 中山07R
6-06 アスクヒーロー 11着
(シンガリ・横山武史・田村康仁・廣崎利洋)
2023/【4/16】 皐月賞
1-01 ソールオリエンス【横山武史】1着
同日福島12R
2-03 サノノ【ヒーロー】(土田真翔)1着
4/30 天皇賞(春)
3-【06】アスクビクターモア ?着
【横山武史・田村康仁・廣崎利洋】
ちょっとここらで休憩しましょうと、マスターがコーヒーをいれる準備を始めた。しかし真一郎は、自分は外でお茶を飲んで頭を冷やしてくると伝え、店を出て行ってしまった。表情は暗く足取りも重そうだった。
真一郎がいなくなったスナック忘れな草は、重苦しい雰囲気になった。みんなが喜ぶような見解をところどころで出してはいた真一郎だが、決定的な大ネタを披露したわけではなく、自信をなくしているようだった。よかれと思って岩手からわざわざ来てもらったのに、これでは立つ瀬がない。どうしたものかと相談が始まった。
■ なかやまきんに君を探せ!
真一郎はコーヒーショップにいた。東京暮らしのころから、スナック忘れな草が臨時休業だったり、店が開く前の時間だったりすると、よくここで時間つぶしをしたものだ。内心、ギョニ子がコーヒーショップに迎えに来てくれることを期待してはいたが、30分経過してもその気配はなかった。
「俺なんて呼ばなくてもよかったんだよ・・・」
すっかりぬるくなったカプチーノを飲み干し、真一郎はカップを少し乱暴にソーサーに置いた。割れるほどの衝撃ではなかったが、大きな音が出て隣のカップルが何事かとこちらを向いた。
軽く会釈して非を詫びる真一郎に、カップルも会釈を返してきた。ちぇっ、いいよなぁ。カップルでこれからどこにデートに行こうか、相談でもしてるんだろう。
しかしそうではなかった。聞き耳をたてていたわけではないが、カップルの会話が聞こえてきたのだ。
「前回のなかやまきんに君を探せは、競馬場だったんだよね」
彼女の問いかけに、彼氏のほうが答えた。
「そうそう、芝コースにいるきんに君はすぐ見つけたんだけど、あとのふたつが難しかったじゃん」
なかやまきんに君を探せ?どこかで聞いたことがあるぞ。真一郎はカップルの会話を耳をダンボにして漏らさまいとしながら、スマホで検索してみた。どうやら皐月賞の前あたりから、なかやまきんに君とのコラボが始まっているようだった。
JRAFUNの公式ツイッターに、前回の「なかやまきんに君を探せ!」がツイートされていた。拡大してみると、なるほど芝コースにいるきんに君はすぐに見つかった。前に馬が2頭いるから、3着馬の位置にきんに君がいることになる。このレースがどのレースか特定できれば、3着馬が皐月賞を教えていたかどうかがわかる。真一郎はカプチーノのおかわりを注文してから、レースの特定を始めた。
15分後。レースが特定できた。レース画像からレースを特定するのは、真一郎が苦手とするところだが、画像からの特定が得意な麗子ママに、秘訣を教わったことがあった。
わかりやすい勝負服の馬
頭数
帽子の色
この3つがあれば、だいたいのレースは特定できるとのことだった。
「11頭立て」「7枠にシルクの馬」「ゴール板にLongines」
レースの特定はこの3つから行った。「ゴール板にLongines」といえばジャパンカップウィークの東京競馬場。そこから、東京競馬場の11頭立ての芝レースで、7枠にシルクがいるレースを探せばよかった。
2017/11/26 ベゴニア賞
1着:7-08 アンプロジオ
2着:8-10 エングローサー
3着:6-07 エントシャイデン(矢作芳人・前田幸治)
きんに君がいた3着には、エントシャイデンがいた。
しばらく見つめていた真一郎だったが、大きくため息をついた。
「なんだよソールオリエンスじゃん!」
エントシャイデンが、皐月賞馬ソールオリエンスを教えていたのだ。矢作芳人と前田幸治といえば、馬主こそ前田晋二のほうだが、無敗の三冠馬コントレイルを暗示している。コントレイルの一冠目皐月賞は、ソールオリエンスと同じ「1枠1番」であった。
それに、エントシャイデンの馬名には「デンシャ」が入っている。皐月賞ウィークの競馬ファンの見解には、前走京成杯がどうだろうと、ソールオリエンスを軽視する声が挙がっていた。過去の京成杯勝ち馬には、ダービーと秋天を勝ったエイシンフラッシュこそいるものの、皐月賞馬となった馬は皆無だった。
「デンシャが前走京成杯勝ちのソールオリエンスを教えていたのか・・・」
感傷にひたっている場合ではなかった。今の調査はあくまでも、前回の「なかやまきんに君を探せ!」が皐月賞にサインを出していたことを確認したまでで、新しい「なかやまきんに君を探せ!」から出されているであろう、春天のサインを見つけなければならない。
真一郎は急いで新しい問題の画像を見た。パドックにいるきんに君はすぐ見つかった。13番の馬と14番の馬の間にいる。
レースの特定も、「ロゴタイプの横断幕」「東京競馬場」から割と簡単に特定できた。
2015/10/24 東京10R 秋嶺S
1着:5-09 モーニン
2着:1-02 プロトコル
3着:7-14 ヒルノデイバロー(横山典弘)
除外:2-04 マヤノオントロジー
パドックのきんに君は13番の後ろにいる。
「14番」を示唆なら、3着馬のヒルノデイバロー。
奇しくも横山兄弟の父、典弘だった。
7-14 マテンロウレオ(横山典弘)
そして、春天の14番も横山典弘のマテンロウレオだった。この馬が正解なのか・・・
枠連2-3でほぼ見解がまとまっていて、今日は土曜日。このタイミングで、みんなにマテンロウレオを勧めるのはさすがに気が引けた。
さてどうしたものか。なにも発見できなかったことにして、しれっとスナック忘れな草に戻ろうか。そんな弱気になりかけた真一郎だったが、ふと、13番のうしろにいるきんに君は、「13着のうしろ」を指しているのではないか?そういうひらめきが湧いてきた。
13着の次は14着。あらためて秋嶺Sの結果を見直した真一郎は、雷に打たれたような衝撃を受けた。次の瞬間、ポケットから千円札を出してテーブルに置くと、メガネの男性店員に「お釣りはいらない!」と声を掛けて店を飛び出した。
「ちょ、ちょっとお客さーん!」
店員がテーブルの千円を見て外に飛び出したが、真一郎の姿はもう見えなくなっていた。
「なにがお釣りはいらないだよ。カプチーノ2杯で1,200円。足りないっつうの」
店員がぶつぶつ言いながら、自分の財布からお金を出そうとしたのを制したのは、真一郎の隣にいたカップルの彼氏のほうだった。
「自分、足りない200円出しときますよ。知り合いだからあとでもらいます」
キョトンとする店員を尻目に、カップルは自分たちの会計も済ませ店の外に出た。彼女のほうがスマホで誰かとしゃべっている。
「指示通りの会話をしましたよ。もう向かってますから、すぐに着くと思います」
■ 14着がいない
ぜえぜえと息を切らしながら飛び込んできた真一郎を見て、なにかを見つけたんだなと全員が瞬時に理解した。
「見つけたのね、しんちゃん」
ギョニ子が問いかけると、麗子ママからもらった水を飲み干した真一郎は、口元を右手の甲で拭きながらうなずいた。
みんなが注目する中、真一郎はまず前回の『なかやまきんに君を探せ!』について説明した。
「それはわかったけどよう、今回の春天のサインが重要なんだよ!」
タコ社長の言い分はもっともだった。
「まあ焦らないでください。これが新しい『なかやまきんに君を探せ!』です」
「13番のうしろにいるわね。13番の次に入線した馬かしら?」
麗子ママの問いかけに、真一郎が答えた。
「俺も最初はそう思いました。でも13番の次に入線した馬はいません。13番はシンガリ負けだからです」
「じゃあ、13番のうしろで14番。今回の春天だと横山パパのマテンロウレオね。この馬なの?」
今度はギョニ子が聞いてきた。
「それも考えたさ。でも答えは違う。JRAが言いたいのは、『13着の次を見よ』だったんだ」
真一郎がそう言うと、普段温厚なマスターがやや声を荒げた。
「13着の次は14着。どの馬だったんでしょうか?」
「このレース、16頭立てのところ1頭除外で15頭出走。だけど、14着はいないんですよ」
「はああ?どういうこと?」
ギョニ子がたまらず真一郎のスマホを奪い取った。10秒ほど画面を見つめ、そして豪快に笑った。
「やったーーー!!しんちゃんの逆転サヨナラ満塁ホームランだ!13着同着!だから15頭出走なのに14着がいないのよ!」
2015/10/24
東京10R 秋嶺S
13着:(2-03)ロードフォワード
13着:(3-06)オメガブレイン ※同着
15着:7-13 ウインマーレライ
除外:2-04 マヤノオントロジー
天皇賞(春)
(2-03)タイトルホルダー (横山和生)
(3-06)アスクビクターモア(横山武史)
「なかやまきんに君を探せ!」パドック編
なかやまきんに君が13番のうしろにいるのは、この13着同着ゲート、「2枠3番」と「3枠6番を示唆。春天で横山兄弟がいるゲートとぴったり合致する。
誘拐犯に告げる春天1点勝負は、満場一致で枠連2-3と決まった。自然とみんなで肩を抱き合うような恰好になり、しばらく盛り上がった。
ひとしきり盛り上がったあと、犯人と連絡を取るためにひとりで外に出ていたギョニ子だったが、戻ってきたときはひとりではなかった・・・
天皇賞(春)回顧編へ続く
https://note.com/finalize_keiba/n/n6baf139948ee
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