スナック忘れな草~2023宝塚記念“タイトルホルダー”の連覇 その4 最終回~※4話完結シリーズ
■ 前回までのあらすじ
マスターが残したメモにあったふたつの数式を解明した真一郎ら3人は、ダノンザキッドを本命にすえる予定でいた。いよいよ明日が宝塚記念という土曜夜の検討会。ダノンザキッドにさらなるプラス材料が出てくるのだろうか―
前回の第3話はこちら
https://note.com/finalize_keiba/n/n9e24955e8b1f
■ マスターとの最後の会話
2023年6月24日(土)午後6時
-東京都某区 スナック忘れな草-
真一郎がスナック忘れな草の鍵を開けて中に入ると、やはりそこにはマスターも麗子ママもいなかった。今週はこのまま顔を見せないのだろうか。マスターが撃たれたという男性ふたりの会話のこともあり、真一郎は気が気でなかった。
指定席であるカウンター右角に座り、カウンターの中をぼんやりと眺めた。いつもそこにはマスターと麗子ママがいた。なんでもないことが幸せだという歌があったが、その通りだと思った。水曜日、マスターと交わした最後の言葉はなんだっただろうか。
10分ほどしてギョニ子とタコ社長も店にやってきた。ふたりとも口にはしないが、やはりマスターのことが気になっているらしい。どことなく表情が暗く、店内は通夜のような雰囲気だった。
真一郎はふと思い立ち、カウンターの中に入ってみた。ギョニ子が左側に、タコ社長が右側に見える。マスターはいつもこうやって自分たちのことを見ていたんだな・・・
さて、カウンターの中に入ったついでに、何かつまみでも作ろうと、真一郎が冷蔵庫を開けたときだった。スナック忘れな草のドアの鍵がガチャリと開いた音がした。最後に入ってきたギョニ子が施錠したはずだから、合鍵を持っている誰かが開けたのだろう。入口に注目すると、入ってきたのは麗子ママだった。そして、麗子ママの後ろから、ぎこちない恰好で入ってきたのは松葉づえ姿のマスターだった。
「ママ!あ!マスターもいる!」
ギョニ子が大声をあげてドアに駆け寄った。タコ社長も立ち上がっている。
「みなさん心配かけたわね。マスターはこの通り元気よ」
「ご心配おかけしました。普段ろくに練習もしていないのに、草野球なんかやるもんではないですね」
マスターはそう言って苦笑いした。マスターが話してくれた事の顛末はこうだった。水曜日の夜に昔の草野球仲間が店にやってきて、明日の草野球のメンバーが一人足りないから参加してほしいと頼んできた。しばらく野球はしていないから戦力になれないと断ったが、どうしても出て欲しいと粘られ渋々参加した。
初回の守りでいきなりピッチャーを任され、四死球6個にヒットを8本も打たれ13点失点。その裏の攻撃でサードゴロを打ち一塁に全力疾走したところ、一塁ベースを踏み外し転倒。右足のひどい捻挫で歩くこともできず、そのまま病院に担ぎ込まれた。幸い骨には異常がなかったが、大事をとって2日間家で安静にしていたという。
「それじゃあ、あのチンピラ風の男が草野球に誘いに来てたんだ。そして撃たれたというのは野球のことだったのかあ」
真一郎が、水曜日に見たチンピラ風の男と、男性ふたりが店の前で話していた「マスターが撃たれた」という会話からの妄想をみんなに話したところ、大爆笑が起こった。
「しんちゃん、するってえとなにかい?マスターがチンピラに銃で撃たれたと思ってたってわけかい?」
タコ社長が笑いながら訊いた。
「いやあ、だってそう思うでしょ?ママもさあ、捻挫なら捻挫って書いてくれたらいいのに!」
みんなに笑われた原因は麗子ママにもあると言わんばかりに、真一郎が矛先を麗子ママに向けた。
「うふふふ。ごめんなさいねしんちゃん。マスターが草野球で捻挫したなんてみっともないから、詳しくは書かないでくれって言うから・・」
「いやあ面目ない。みんなには余計な心配をかけてしまいましたね。この償いは予想のほうでさせてもらいますよ」
マスターがテーブル席の椅子に座りながら言った。狭いカウンター内にいるよりも、今日はそこが落ち着くのだろう。
「さて、宝塚記念のほうはどうなりましたでしょうか」
マスターの質問に、真一郎が今までの検討内容を説明した。靴磨きの政やんからも情報を得て、マスターのメモにあったふたつの数式がわかったこと。そして、今のところダノンザキッドが怪しいと思っていること。
「素晴らしいですね。お店に来るのは月曜日でもよかったかもしれないなあ」
マスターはそう言って麗子ママのほうを見た。
「そんなこと言って、ホントはまだネタがあるんでしょう?」
ギョニ子が含みのある笑みを浮かべて言うと、マスターは頭を掻きながら言った。
「まあ、ないことはないですよ」
■ タイトルホルダーの影武者
「みなさんが注目しているダノンザキッド。戦歴を詳しく見てみると、タイトルホルダーの影武者のような気がします」
「タイトルホルダーの影武者?」
タコ社長が首をひねりながら言った。
「そう。タイトルホルダーの影武者。今年の宝塚記念にはタイトルホルダーの出走はありません。ですが、ダノンザキッドが勝つことにより、タイトルホルダーの連覇となるように思います」
これを見てください。
2020/12/26
第37回 ホープフルS
1-01 オーソクレース 2着
6-10 ダノンザキッド 1着
6-11 タイトルホルダー 4着
「ダノンザキッドのGⅠ初勝利・・・今のところの唯一のGⅠ勝利でもあるホープフルS。同枠にはタイトルホルダーがいました。そして2着にはルメールのオーソクレース。今度はタイトルホルダーのGⅠ初勝利を見てみましょう」
2021/10/24
第82回 菊花賞
1着:2-03 タイトルホルダー
2着:8-18 オーソクレース
「タイトルホルダーのGⅠ初勝利となった菊花賞も、ダノンザキッド同様、2着にはルメールのオーソクレース」
1-01 オーソクレース(正1)2着
8-18 オーソクレース(逆1)2着
「ダノンザキッドのホープフルSでは『正1番』だったオーソクレースが、タイトルホルダーの菊花賞では『逆1番』という配置。ダノンザキッドとタイトルホルダーが、同じ戦歴を刻んでいることがわかります。さらにこれを見てください」
第37回 ホープフルS 15頭
6-10 ダノンザキッド 1着(逆6)
第63回 宝塚記念
3-06 タイトルホルダー 1着(正6)
第82回 菊花賞
2-03 タイトルホルダー 1着
第64回 宝塚記念
(2-03)ダノンザキッド 1着?
「ダノンザキッドのホープフルS『逆6』に対し、タイトルホルダーが勝った昨年の宝塚記念は『正6』。そして、今回の宝塚記念では、ダノンザキッドはタイトルホルダーの菊花賞ゲート。もし勝てば、ダノンザキッドとタイトルホルダーは、互いに相手側のGⅠ初勝利ゲートの正番、もしくは逆番で宝塚記念を制したことになります」
「影武者という意味がわかってきたわ!」
ギョニ子が目を丸くして言った。
「タイトルホルダーが勝った昨年の春天は18頭立ての16番。つまり逆3番にあたりますから、やはりダノンザキッドの2枠3番と合致します」
第37回 ホープフルS 15頭
6-10 ダノンザキッド 1着(逆6)
第63回 宝塚記念
3-06 タイトルホルダー 1着(正6)
第82回 菊花賞
2-03 タイトルホルダー 1着(正3)
第165回 天皇賞(春)18頭
8-16 タイトルホルダー 1着(逆3)
第64回 宝塚記念
2-03ダノンザキッド 1着?(正3)
「まだあります。ダノンザキッドのホープフルSには競走中止がありました。そして、タイトルホルダー自身も前走の春天で競走を中止しています」
第37回 ホープフルS
2-03 ランドオブリバティ 競走中止
第167回 天皇賞(春)
2-03 タイトルホルダー 競走中止
第64回 宝塚記念
(2-03)ダノンザキッド ?着
「へえー、ホントだ!同じ2枠3番で競走中止。そこにダノンザキッドが入ったわけだ!」
真一郎が感嘆の声をあげた。
「これだけのことが偶然起こるとは思えません。タイトルホルダーとダノンザキッドは一心同体と言っていいでしょうね」
■ クイーンはもういない
スナック忘れな草の店内は、すでにダノンザキッドを本命にするムードが出来上がっていたが、マスターの考察にはまだ続きがあった。
「昨日更新された、7月の壁紙カレンダーはご覧になったでしょうか?」
「ええと、確か去年の札幌競馬よね?メイクデビュー札幌」
ギョニ子がスマホを操作しながら言った。
「そうです。インスタキングが勝ったレースです。画像は2番のフッカツラヴが先頭で、2番手にはジュンツバメガエシがいます。ジュンツバメガエシの馬主、河合純二氏ですが、5月下旬に出資法違反の容疑で逮捕されています。本来なら使いたくなかったであろう画像を、なぜJRAは使ったのか。その日の札幌メインを見ればわかります」
2022/8/21
札幌5R 2歳新馬
4-04 インスタ(キング)
札幌11R 札幌記念
2-04(ジャック)ドール
「カレンダーのレースが『キング』。その日のメインが『ジャック』。ジャックとキング。つまりクイーンがいないことを示唆しています」
「クイーンがいない?つまりどういうことだい?」
タコ社長が訊いた。
「エリザベス女王Ⅱ世の逝去を言っているのでしょう。英国王室にはもうクイーンはいない。今いるのはキングだと。夏競馬のCMを思い出してください。宝塚記念連覇馬のゴールドシップにはK・・つまり『キング』が与えらていますが、エリザベス女王杯連覇馬のラッキーライラックには『Q』ではなく『7』が与えられています。女王杯馬に『Q』を与えないことで、クイーンがもういないことを言いたいのでしょう」
「そんな解釈があったのね・・・」
ギョニ子が感心しながら言った。
「となるとやはり、今回の宝塚記念はエリザベス女王への哀悼の意味もあるのかしら?」
「そうでしょうね。天皇皇后両陛下の御成婚30周年記念でもあり、昨年、即位70周年を祝った後に亡くなられた、エリザベス女王Ⅱ世を追悼するレースでもある。その証拠に、エリザベス女王Ⅱ世が亡くなったあとのエリザベス女王杯とエプソムCで、あえて2枠を使わなかったのです」
2022 エリザベス女王杯
枠8-7-7
2023 エプソムC
枠8-8-1
「そうか!黒の2枠はこの宝塚記念まで取っておいたというわけですね?」
真一郎が尋ねるとマスターはうなずいた。
「そういうことになりますね。今年の宝塚記念は、隠れ副題に『30』と『70』を持っていると言えるでしょう」
天皇皇后両陛下 御成婚30周年記念
エリザベス女王Ⅱ世 即位70周年記念
第64回 宝塚記念
■ ダノンザキッドの「70」
「さあ、エリザベス女王の『70』ですが、ダノンザキッドにはその『70』があります。なんだかわかりますか?」
マスターがそう言ってみんなを見回したが、誰も心当たりがないようだった。
「ダノンは冠名。では、『ザキッド』とはなんでしょうか?」
「ビリーザキッドだな?」
タコ社長が左手で銃を撃つ仕草をしながら言った。
「そうですね。ビリーザキッドはサウスポーだったと言われています。他にはないでしょうか?」
「そういえば『キッド』って昔の映画があったわね!ええとあれよあれ。こんなひげで帽子をかぶってて、ステッキを持って・・・」
ギョニ子がこんなひげのところでカトちゃんペの仕草をして言った。
「あ、チョップマンとかチャップマンっていう人でしょ?サイレント映画の!」
真一郎がそう言うとマスターが笑いながら言った。
「チャップリンですね。通称チャーリーチャップリン。さて、さきほどのビリーザキッドと、チャップリンの本名をみてください」
チャップリン 映画『キッド(The Kid)』など
本名:チャールズ・スペンサー・チャップリン
(Charles Spencer Chaplin)
ビリー・ザ・キッド(Billy the Kid)
本名:ウィリアム・ヘンリー・マッカーティ・ジュニア
(William Henry McCarty, Jr.)
意味がわかった者から、次々におおお!という歓声があがった。
「そうです。チャップリンには現英国王の『チャールズ』が、ビリーザキッドのほうにはチャールズ国王の息子『ウィリアム皇太子』と『ヘンリー王子』があります。ダノンザキッドの『ザキッド』は、この両方を意味するのでしょう」
マスターは一息入れてからまとめに入った。
「ダノンザキッド。2020年にデビュー。隠れ副題『エリザベス女王Ⅱ世即位70周年』宝塚記念を勝つために、今まではタイトルホルダーの影武者を務めていました。ゴールドシップ以来史上2頭目となる宝塚記念連覇を達成したクロノジェネシス。その主戦騎手であった北村友一を鞍上に迎え、明日任務を全うしてくれるはずです」
「すごいわ、マスター!軸はダノンザキッドで決まりね!単勝一本でいいのかしら?」
ギョニ子が興奮して言った。
「単勝一本はさすがに怖いですね。枠連も1点だけ押さえましょうか?チャップリンがかぶっていた帽子はなんといいましたっけ?」
マスターの質問にはタコ社長が即答した。
「シルク!シルクハットさ!ってことは相手はシルクのイクイノックスだな!」
店内は拍手に包まれ、スナック忘れな草の勝負馬券が決まった。
スナック忘れな草
宝塚記念 勝負馬券
単勝:3番 ダノンザキッド
枠連:2-3
■ マスターのおまけ予想
●阪神10R 花のみちS
6-12 西園翔太
7-13 西園正都
7-14 西園翔太
8-15 西園正都
西園親子の4連続異常配置から7枠が軸。
7月壁紙カレンダー。ジュンツバメガエシ。
初勝利日の福島メインがみちのくS。
花(のみち)
(みちの)く
みちのくS
枠5-8-8
7枠から枠連で5と8へ
●東京11R パラダイスS
レース名解説に、パラダイスは天国、極楽のこととあります。
2-02(国)枝栄 (正2)
8-14(天)白泰司(逆2)
正逆2に「天国」
「ウマのそら。」佐々木蔵之介編
回想したのはエアグルーヴのオークス
回想なしバージョンでは「ユートピア」
1996 オークス
(7)-15 エアグルーヴ
2003 ユニコーンS
(7)-14 ユートピア
※ユートピア JRA最後の勝利
いずれも7枠
7枠から枠連で天国の2枠と8枠へ
スナック忘れな草
~2023宝塚記念“タイトルホルダー”の連覇 その4~
―4話完結シリーズ 完―
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