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競馬小説カフェ・ド・イーグル~エナジー・フロー・2025日経新春杯~


■ ボールは友達

2025年1月14日(火)午前7時
-岩手県某市早起村 カフェ・ド・イーグル-

早起村の朝は早い。午前7時という時間にもかかわらず、カウンター席は半分ほど埋まっており、テーブル席にも客が何人かついていた。

いつもの指定席、カウンター左端にいたイカ社長と、カフェ・ド・イーグルの店長ミスターが雑談しているところへその男はやってきた。

向かいにある町中華、「中華雑技団」のオーナー兼料理人くろたんだ。サッカーチーム縦縞のユニフォームを着ていて、手にはサッカーボールを持っている。

「サッカーボールは友達さ!」

そういうとくろたんは、両膝を使ってリフティングを始めた。右膝、左膝と続き、次の右膝であげたボールは、バランスを崩しながらのリフティングだったため右側に大きくそれ、カウンターでコーヒーをすすっていたサラリーマンの頭に落下した。次の瞬間、パリンというコーヒーカップが割れる音が店内に響いた。

■ 前橋育英

5分後、くろたんはイカ社長の右に腰をおろした。

「話はついたのかい?」

イカ社長の問いに、くろたんは青い顔で顎を引いた。

頭のてっぺんでサッカーボールを受けたサラリーマンは、そのはずみでコーヒーをこぼし、ワイシャツとスラックスがコーヒーまみれになった。激高する彼に、クリーニング代と迷惑料として5,000円を支払って、なんとか許してもらったという。

「好事魔多し・・・だな? 馬券が調子いいとどこかでしわ寄せが来るものさ」

イカ社長の言葉に、くろたんは顔をあげた。そうだ。今俺は調子がいい。

「フフフ・・・今週もガッチリ回収させてもらいますよ」

「いいネタがありそうね?」

モーニングのセットを運んできた聖子ママがくろたんに訊いた。

「この恰好をみればわかるでしょう。高校サッカー優勝チーム、前橋育英ですよ」

くろたんの説明はこうだった。休みだった昨日、リアルタイムで高校サッカーの決勝をみていた。応援していたのは、社台の勝負服にそっくりなユニフォームの前橋育英。優勝したチームだ。

「日経新春杯、社台のキングズパレスですね?」

ミスターの問いにくろたんは頷いた。

「昨日の優勝は、前橋育英にとって二度目の戴冠。初優勝は2018年の1月9日。決勝の相手は昨日と同じ流通経済大柏高校。この年の日経新春杯が、ミルコ騎乗のパフォーマプロミスでした」

2018/1/9 高校サッカー決勝
優 勝 前橋育英
準優勝 流通経済大柏

2018/1/14 日経新春杯
パフォーマプロミス(Mデムーロ

2025/1/13 高校サッカー決勝
優 勝 前橋育英( ≒ 社台RH)
準優勝 流通経済大柏

2025/1/19 日経新春杯
キングズパレス(Mデムーロ・社台RH

「なるほどなあ。前橋育英が優勝してなけりゃあお蔵入りするサインだったわけだ?」

首肯したくろたんは続ける。

「サッカー関連のGⅠ馬にはハットトリックなんて馬もいますが、名馬といえばやはりサッカーボーイ。誕生日と馬主をみてください」

サッカーボーイ 4/28 社台RH
キングズパレス 4/28 社台RH

おおという声がイカ社長らから挙がった。くろたんは満足そうに頷くと、サッカーボールをドリブルしながら店を出ていった。道路を渡る際に、トラックと衝突しそうになり激しくクラクションを鳴らされていた。

■ 手作りクッキー

2025年1月17日(金)午前7時半
-岩手県某市早起村 某集合住宅-

今年61歳になる小百合は、テーブルに今置いたばかりのクッキーを満足そうに眺めた。今日の午後は、訪問リハビリの先生がやってくる日だ。いつもは40分間のリハビリをお願いしているが、今日は倍の80分にしてもらった。いつものリハビリメニューの後、紅茶を飲みながらゆっくりと会話を楽しむ予定なのだ。

私のとって大切な日-

小百合はテーブルに立てかけてあった杖を手に取ると、ゆっくりと仏壇がある和室へと歩き始めた。

■ 30年目の冬

「小百合さん、こんにちは。今日もよろしくお願いします!」

ケチャ子はそう挨拶すると、出迎えてくれた小百合の肩を軽く抱いた。

血圧や体温などのバイタル測定後、舌を中心に口腔器官の運動リハビリを行い、文章の音読などで存分に声を出した。

舌や口唇に麻痺が残っている小百合には、呂律不良があるがごく軽度のものだ。だが、月に二度絵本の読み聞かせのボランティアを行っているため、明瞭な発音を維持するために言語聴覚療法の訪問リハビリを利用しているのだ。

「さてと。いっぱい声を出したからお腹すいちゃったわ。景子ちゃん、ティーブレイクにつきあってちょうだい」

関西訛りが抜けきらない言い方で小百合がいった。

「喜んで! もうちょっとでお腹がグーグー鳴るところでした」

ペロッと舌を出したケチャ子は、そういってお腹をさすった。

手作りクッキーは二種類あり、ひとつは上にチョコチップが乗っているもの、もうひとつはハート形のジャムが乗っているものだ。

「うん! どっちもおいしい!」

ケチャ子がおいしそうにクッキーを頬張る姿をみて、小百合は目を細めた。本音が顔に出やすいケチャ子の表情から、クッキーの出来栄えが思った以上によかったことがわかったからだ。

「今日で丸30年なの・・・生きてたら娘は31歳になるわ」

左手でティーカップを持ち、小百合はいった。

「阪神淡路大震災・・・・・ですね?」

小百合は顎を引いた。

母と娘を震災で亡くしたことは、以前からケチャ子に伝えてある。だが、地震発生当時の細かい様子を話したことはなかった。

「あの日の前夜、1月16日は夜勤だったの・・・」

ケチャ子は軽く頷いてから、背筋を伸ばした。長い話になりそうだ。

小百合の話はこうだった。

結婚できない相手の子を産んだ看護師の小百合は、60代の母、0歳の娘とアパートで三人暮らしをしていた。5年ほど前に発症した脳出血による後遺症がある母は働くことができなかったため、家計は小百合が支えていた。母もまたシングルマザーで、ひとりで小百合を育て上げてくれた。

4歳からピアノを習っていた小百合は、一時は音大に進むことも考えたが、結局は看護科がある短期大学へ進学した。早く稼げるようになり、母を楽にしてあげたいという思いからだった。

29歳の夏、妊娠に気づいた小百合は堕胎することを考えた。母の協力があれば子育てできないことはないが、父親がいない子は不憫だと考えたからだ。だが、母に相談すると、産むことを強く勧めてくれた。

「小百合がいたから、私は生きてこられたのよ」

その年の秋、30歳の誕生日に小百合は産むことを決心した。翌年、1994年1月17日に元気な女の子が産まれた。阪神淡路大震災のちょうど一年前だ。季節は冬だったが、小百合は春が来たと思った。真っ赤で可憐な小さい小さい花。

小百合は娘に、一花(いちか)という名前を付けた。

「本当はね、震災当日と翌日は休みをもらってたの」

小百合は新しい紅茶をケチャ子のカップに注ぎながらいった。

「ところがね、1月16日に夜勤入りする予定だった看護師が体調を崩しちゃって、私が代わりに出勤することになったの。娘の1歳の誕生日が17日の夜勤明けで、その日は家にいられる。そして夜勤に入った代わりに18日、19日と連休になるから、悪くない変更だと思ったわ」

ケチャ子は大きく頷いた。看護師のライセンスも持っており、夜勤の経験もある彼女にはよくわかる話だった。病院勤務時代、シフト変更は珍しいことではなかったし、女性が圧倒的に多い看護師という職業は、お互いが持ちつ持たれつの関係にあるからだ。

「経験したことがないような大きな地震があり、患者の安否を確認して動き回った1時間。ほとんど記憶がないのよ・・・心は母と娘がいたアパートへと、飛んでいってしまってたんでしょうね」

小百合が夜勤を終えて帰ると、全焼したアパートから、母と娘の変わり果てた姿が発見されたあとだった。発見した消防士によると、赤ん坊をかばうように、母は覆いかぶさっていたという。

葬儀や引っ越しなどが終わり、二週間後に震災以来の初勤務に入った小百合は、病棟師長に母と娘が亡くなったことを伝えた。わあっと叫んで泣き崩れる師長に、小百合は掛ける言葉がなかったという。

もとのシフトであの日の朝アパートにいたら、家族3人全員が助かっていたかもしれない。しかし、自分も母や娘と一緒に死んでいたかもしれない。シフト変更で家族を亡くしたともいえるし、シフト変更で自分だけ命拾いしたともいえるのだ。

「東日本大震災が発生して、すぐにボランティアに行こうと思ったわ。たくさんのボランティアさんに助けられた恩返しがしたいと思ったの」

避難所でときには看護師として被災者の世話をし、ときにはピアノ演奏でみんなの心をいやした。がむしゃらにお手伝いに明け暮れ、気がついたらそのままこの岩手県に住みついていたという。

「避難所となっていた学校の体育館で、よく弾いた曲がこれなの」

小百合の左手が、ピアノの鍵盤の上を軽やかに動き始めた。目を閉じて聴いていたケチャ子には、それが片手での演奏とはとても思えなかった。

■ エナジー・フロー

小百合の家を辞し、バッグに入れてあったスマホの電源を入れると、次に訪問する予定だった利用者からメールが届いていた。38度台の熱があるから今日はキャンセルしてほしいという内容だった。

承知しました。どうぞお大事になさってくださいと返信したケチャ子は、近くのコンビニでコーヒーをテイクアウトした。車の中で少し休むことにしたのだ。

次の利用者が今日最後の訪問先だったので、今日の仕事は終わりだ。今は午後4時。カフェ・ド・イーグルに行くにはまだちょっと早いので、今週ほとんどできていなかった競馬の予想でもしようか・・・だが、ケチャ子の頭の中にはまだピアノの余韻が残っていた。

15分ほど前、小百合が弾いてくれたのは坂本龍一のエナジー・フローだった。阪神淡路大震災があった1月17日は、坂本龍一の誕生日でもある。避難所でエナジー・フローを弾くときに、被災者にはいちいち説明はしなかったそうだが、1月17日という日を嫌いにならないでほしいという願いからだと小百合はいった。

たった1年という短い生涯だったけれど、1月17日は一花の生まれた日でもある。どんなにひどい事件や天変地異があった日でも、世界中にいる誰かの誕生日でもあるのだ。

「坂本龍一・・・菅原隆一・・・偶然か・・・」

車内でひとちごちたケチャ子は、JRAのサイトを開き、日経新春杯に市原隼人がプレゼンターとして来場することを知った。市原隼人について検索してみる。

どれどれ・・・・へえー。昨年の北九州記念にも小倉競馬場に来てたんだ。

「18年の新潟記念以来のプレゼンターを務めさせていただきました。やはり忘れられない時間を過ごさせていただけるのが競馬場だなと感じました」


第1回 中京競馬場 イベント

2018年の新潟記念を調べてみる。その年、有馬記念を制することになるブラストワンピースが勝っていた。

「ブラストワンピース・・・」

その日枠順が確定していた日経新春杯の出馬表に、すでに目を通していたケチャ子の頭に、キラリとひらめくものがあった。

■ 市原隼人

2025年1月17日(金)午後6時半
-岩手県某市早起村 カフェ・ド・イーグル-

バータイムのカフェ・ド・イーグル。30分前に先に来ていたケチャ子は、今しがたやってきた貫一郎が落ち着いたのを確認すると、説明を始めた。

「日経新春杯の市原隼人。前回が昨年の北九州記念。ピューロマジック松山弘平」

みんなが頷いた。

「その前が2018年の新潟記念。ブラストワンピース池添謙一。その年、平成最後の有馬記念を勝った馬だわ」

2018 新潟記念
プレゼンター 市原隼人
1-01 ブラストワンピース

同年 有馬記念(平成最後の有馬記念
2018 = 平成30年
4-08 ブラストワンピース

「西暦で見るとうっかりしやすいけど、この年は平成30年。そして今日。阪神淡路大震災発生から丸30年。『30年』という数字の一致。市原隼人起用はこれだと思うの」

「それはわかったぜ。んでケチャ子。ブラストワンピースから何を狙うんでい?」

イカ社長の質問に、待ってましたとケチャ子が大きく顎を引いた。

■ ラスト・エンペラー

ラスト・エンペラー完成よ。同じ1枠1番、マイネルエンペラー

2018 新潟記念 ※平成「30年
プレゼンター 市原隼人
1-01 ブ(ラスト)ワンピース
※同年、平成最後の有馬記念優勝

2025 日経新春杯 
※阪神淡路大震災発生から「30年」の週
プレゼンター 市原隼人
1-01)マイネル(エンペラー

→ (ラスト)・(エンペラー

ラストエンペラー・・・映画のタイトルだったよね?」

右隣りの貫一郎が問うと、ケチャ子は頷いた。

「そう。映画『ラスト・エンペラー』。坂本龍一が出演していて、彼が作曲したテーマ曲はアカデミー賞の作曲賞を受賞したわ」

坂本龍一!」

ミスターがパンと手を叩いた。

「今日が彼の誕生日でしたね?」

ケチャ子がそうよとにっこり笑って頷き、みんながおおという声を挙げた。イカ社長がいった。

「なるほどそうつながるか!」

聖子ママが続く。

「今年の日経新春杯は16頭。マイネルエンペラーは正1番でもあり正17番でもある。ゲート位置が『1.17』になってるわ!」

日経新春杯 16頭
1-01 マイネルエンペラー(正1・正17
→ 1.17

「さすがは聖子ママ! 説明する手間が省けたわ」

ケチャ子が聖子ママに親指を立ててみせた。

今日行われた「阪神・淡路大震災30年追悼式典」には、天皇皇后両陛下が出席していた。過去二回の区切りの10年追悼式典には、上皇上皇后両陛下が天皇皇后両陛下として出席している。

「映画『ラスト・エンペラー』について調べてみたの。主人公である愛新覚羅溥儀は、清朝最後の皇帝でもあり、のちに満洲国皇帝にもなった・・・日本の陸軍軍人甘粕正彦役の坂本龍一・・・所属変更が続いた菅原隆一はラスト・エンペラーを示唆してるんじゃないかしら?」

2024/12/29
菅原隆一騎手
旧 美浦・小野次郎
新 美浦・フリー

2025/1/8
菅原隆一騎手
旧 美浦・フリー
新 美浦・小手川準(1月8日(水曜)から)

1月8日平成スタートの日

「うまいことつながりますね」

ミスターが感心したようにいった。

「溥儀は清朝最後の皇帝を経て、満州国の皇帝にもなった。菅原隆一は、小野次郎厩舎からフリーの期間を経て、小手川準厩舎へ所属。『りゅういち』という名前と、『1月8日』という平成を示唆する日付」

頷いてから、ケチャ子があとを続ける。

「昨年の有馬記念レガレイラ。4枠8番は平成最後の有馬記念のブラストワンピースと同じ。同じ4枠8番で感動のラストランを決めたオグリキャップは、一度目の有馬記念制覇が昭和最後の有馬だった」

1988 有馬記念
※「昭和最後」の有馬記念
6-10 オグリキャップ

1990 有馬記念
4-08)オグリキャップ

2018 有馬記念
※「平成最後」の有馬記念
4-08)ブ(ラスト)ワンピース
→「市原隼人・1枠1番」で「ラスト・エンペラー

2024 有馬記念
4-08)レガレイラ

2025 日経新春杯
1-01)(マイネル)(エンペラー)(英明)
1-02 バトルボーン(横山武史

8-16(マイネル)メモリー(菱田裕二

「マイネルエンペラーの騎手には、ブラストワンピースの『ピース』から連想される『』英明がテン乗りで起用された」

ケチャ子の説明にみんなが頷く。

「同枠2番には父が天皇陛下の横山武史。対角の16番には同じマイネル、鞍上は昨年の春天がGⅠ初勝利だった菱田裕二でこれまたテン乗り」

「よし! 軸は1番マイネルエンペラーでいいんじゃねえか?」

ケチャ子の説明にかぶせるようにイカ社長がいった。

「相手も何かいい馬がいるのかい?」

ケチャ子の顔に笑みが浮かんだ。ネタはすでにあるらしい。

「阪神淡路大震災発生の1月17日。直近の1月17日施行の日経新春杯が、やはり中京での代替開催だった2021年、ショウリュウイクゾが勝った年よ」

2021/1/17 日経新春杯(中京代替)16頭
1着:7-14 ショウリュウイクゾ(団野大成
2着:3-05 ミスマンマミーヤ(牝6・正5

2025 日経新春杯(中京代替)16頭
6-12 サリエラ(牝6)(団野大成・逆5
7-14)ショウナンラプンタ

「あの年の1.2着馬からはサリエラとショウナンラプンタ。人気通り、信頼がおけそうなのはショウナンラプンタのほうね。16頭立てという頭数が幸いし、正14番でもあり、正30番でもある」

2025年 
阪神淡路大震災から30年
東日本大震災 から14年

日経新春杯 16頭
7-14 ショウナンラプンタ(正14・正30

みんながおおという声を挙げ、満場一致でカフェ・ド・イーグルの勝負馬券が決まった。

カフェ・ド・イーグル
日経新春杯 勝負馬券
◎1番 マイネルエンペラー
〇14番 ショウナンラプンタ
▲12番 サリエラ
単勝:1番
馬連・ワイドBOX:1-12-14 6点
3連複:1-12-14

トップ画像引用:日本経済新聞


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