スナック忘れな草~ウランバートルの風・京都11R石清水S~
トップ画像引用:ママ友ゼロの快適生活
■ Z世代
2024年1月19日(金)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-
スナック忘れな草のカウンターには、久しぶりに常連たちが勢揃いしていた。毎年皆勤賞のタコ社長は日々通い詰めていたし、ギョニ子も2日ほどひとりで来店していたが、真一郎が来るのは今週初めてだったのだ。
「しんちゃん、それはお疲れさまでしたね」
真一郎から事の顛末を聞いたマスターは、心から労いの言葉をかけた。真一郎によると、今週の月曜日から実習生が来ており、その指導役をまかされたのだが、少し手のかかる学生だという。
「とても真面目だし優しい性格は医療従事者に向いているのですが、ここまで説明しないとわからないのかな、ということが多々あるんです」
真一郎はそう言うと、生ビールをちびりと5mmほど飲み説明を続ける。
「例えばですが、実習で使用するからストップウォッチを用意するようにと事前に電話で伝えておいたのですが、いざ患者の見学に立ち会ってもらうときに確認すると、封すら開けていなかったということがありました」
「ええ?なにそれ、あり得ない!」
隣にいたギョニ子が目を見張った。
「用意するようにと言われたら封を開けてすぐ使えるようにしておくってことでしょ?それを未開封のまま持って来るなんて・・・メルカリにでも出品すると思ったのかしら?」
うふふ。さすがにそれはないでしょうねと、麗子ママが笑ってから言った。
「Z世代というのかしら?生まれたときにすでに身の回りにインターネットやスマホが当たり前にある若い世代。つうと言えばかあでわかることも、彼らにはかみ砕いて説明する必要があるのかもしれないわね」
タコ社長が大きく頷いて言った。
「まったくだぜ。うちの工場にいる若い衆もそうだ。なんでこんなことがわからねえんだってことが山ほどある。数年前までは逐一こんこんと説教を垂れたもんだが、近ごろは俺のほうが間違っている、説明が足りねえんだとあきらめることにしたよ」
タコ社長はそう言って軽く笑みを漏らした。真一郎の倍近く生きている年長者の言葉には、さすがに重みがある。時代は常に移り変わる。自分の価値観や常識を若い人を無理やり押し付けるのではなく、時代と共に自分が変わらなければならないということなのだろう。
「学生のレベルはひとりひとり違うんだなあとあらためて思いました。少なくともここまでは成長してほしいという気持ちはありますが、それはひとまず忘れることにしました」
真一郎がそう言うと、マスターが頷いて言った。
「横の比較ではなく縦の比較・・・でしょうかね。学生を何人も指導していると、この前の学生はできたのにと、つい学生同士を比較してしまう。そうではなくて、今目の前にいる学生自身の成長を見守ってやる」
真一郎が大きく頷いて言った。
「それですそれ!学生指導について相談した先輩にも言われました。患者さんに対してはそういう考えができていたのに、学生に対しては同じレベルを求めようとしていました。まだまだですね・・・」
■ 怒ったかんな!
真一郎の学生指導に関する話が一段落したとき、店内に入ってきた客がいた。コスプレをしたくろたんだった。体の右半分がアイドル歌手のようなかわいらしい恰好で、左半分はスーツ姿だった。頭髪も右半分は肩まであるが、左半分はさっぱりとした男性の長さだった。
「怒ったかんな!許さないかんな!橋本かーんな!」
女性側の右半分だけを見せながら、くろたんはそう言って両手の親指と人差し指で四角いかたちを作った。橋本環奈の「奇跡の一枚」のポーズだ。その後、すぐに反対側の男性の姿をみせながら肩を大きく上下にゆすって笑った。
「ええと、最初のほうの橋本環奈はわかったんだけど、今のやつがわからないわ」
ギョニ子が首を傾げながら言った。マスターが自信なさそうに言う。
「うーん。橋本環奈といえば紅白の司会者でした。もしかしたら今のは有吉弘行でしょうか?」
「似てなくて悪かったな!有吉弘行だよ!」
くろたんはそう言って、タコ社長の右隣りに座った。麗子ママが用意してくれた響きのロックをぐびりとあおる。
「今週、ビッグリボンの登録抹消がありました。全兄にはキセキがいます。『キセキ』といえば橋本環奈の『奇跡の一枚』。初富士ステークスを見てください。紅白に挟まれた環奈ちゃんがいます」
1/20(土)
中山11R 初富士S
1-01(白)
2-02 モリノ(カンナ)チャン
3-03(紅)
くろたんが続ける。
「環奈ちゃんは正2番。対角の逆2番には有吉弘行がいます」
中山11R 初富士S 11頭
2-02 モリノ(カンナ)チャン(正2)
8-10 サンセット(クラウド)=雲→有吉弘行
「なるほどなあ」
タコ社長が感心したように言った。
「クラウドは雲。『白い雲のように』は有吉弘行・・・というかあの曲はコンビだったな?」
ギョニ子が何かを思い出したように膝を叩いて言った。
「懐かしいわね!有吉弘行のコンビ・・・猿・・・猿・・がん・・・猿がんもどき!そうよ猿がんもどき!」
「惜しい!・・って惜しくないわい!猿がんまで出てなぜ出ない!なぜ角を取らない!!」
くろたんは出場者のパネルの選び方にケチをつける児玉清のような表情で言った。
「猿岩石です!」
中山11R 初富士S
2-02 モリノ(カンナ)チャン(正2)
8-10 サンセット(クラウド)=雲→有吉弘行
■ サトノアラジン
くろたんは、ちびりと響のロックを舐めてから続けた。
「正逆2番の紅白歌合戦の解釈はみなさんにお任せするとして、もうひとつ気になる仕掛けがあります。小倉8レースです」
1/20(土)小倉8R
6-08 ウイン(アラジン)
6-09(サトノ)バトラー
→(サトノ)(アラジン)
「小倉8レースの6枠にサトノアラジン。GⅠホースですから、なにもないということはないでしょう。みなさんの名推理を楽しみにしていますよ」
くろたんはそう言って口元に笑みを浮かべると、もう一度橋本環奈の「奇跡の一枚」のポーズをした。麗子ママが、領収書の準備をしながらくろたんに訊いた。
「宛名はくろたんでいいでしょうか?」
「いや、宛名は上様で・・・ってちゃうわい!プライベートの飲み代なんか経費で落とせるか!」
そう言ってくろたんはドアのほうに歩きだした。ドアノブに手を掛けてから、ゆっくりと振り返って言った。
「やっぱり領収書もらおうかな?今月ピンチなのよ。金額のところは書かないで・・」
「やっぱりね。そう言うと思ったわよ」
麗子ママはにっこりとほほ笑み、金額の書いていない領収書をひらひらと見せ、くろたんがそれを掴もうとした瞬間、手を離した。左右に揺れながら落ちる領収書を、くろたんは歩道橋の上からバラまかれた一万円札を、我先に奪わんとする哀れな通行人のようにキャッチした。それを大事そうに左半分のスーツの内ポケットにしまうと、くろたんは店を出ていった。
■ 森保ジャパン
くろたんが帰ったあと、まずは初富士ステークスの検討が始まった。正逆2番に紅白歌合戦の司会者。どういう意味だろうか。タコ社長が口を開いた。
「昨年の紅白の結果を見たら、紅組の勝利だったぜ。何か関係あるかな?」
しばらく沈黙が続いたが、マスターがそれを破った。
「紅組の勝利を『白じゃない』と解釈すると、『黒星』を予言しているのかもしれません」
「どういうこと?」
ギョニ子がもっともな質問をぶつけた。マスターが説明を続ける。
「黒枠である2番モリノカンナチャンの馬主は森和久。今夜このあと、サッカーのアジアカップ第2戦、日本対イラク戦があるのです。森保ジャパンは現在10連勝中。黒枠に森・・・森保ジャパンの連勝が途切れるということかもしれません」
真一郎が言った。
「そうなると、イラクが勝つということになりますね?」
マスターは黙ってうなずいてから、出馬表を示した。
初富士S
6-07 ウ(イ)ンエクレール
7-08(クラ)イミングリリー
7-09(グラ)ンベルナデット
8-10 サンセット(クラ)ウド
8-11 ルドヴ(ィ)クス
「7番から11番の5頭を見てください。両端の7番と11番にイラクの『イ』、間の3頭にはイラクの『クラ』がありますね」
「そうなるとセンターのグランベルナデットかしら?」
ギョニ子が言った。
「あくまでもサッカーの日本対イラク戦をヒントに絞りだすとそうなりますね。グランベルナデットの単勝でも狙ってみましょうか?」
グランベルナデットは、前売りでは単勝オッズで6倍から7倍の間といったところだった。1点で狙うなら悪くないオッズである。相手探しで適当な馬がいなかったため、とりあえず初富士ステークスは9番グランベルナデットでいこうという結論に達した。
■ 馬連1点勝負
10分間の休憩後、検討は裏の京都メイン石清水ステークスへと移った。
「サトノアラジンのレースを見直したら、面白いのがありましたよ」
真一郎がやや声を弾ませながら言った。モンゴル大統領賞というレースを勝っているという。
2015/5/23(土)
東京11R モンゴル大統領賞
1着:8-18 サトノアラジン
2着:6-12 フェスティヴタロー
「当時のモンゴル大統領、エルベグドルジ大統領が東京競馬場に来られたことに伴い、メイステークスから名称変更されたようですね」
真一郎がそう言うと、マスターが言った。
「モンゴルですか・・・蒙古の怪人キラー・カーンが亡くなったのは昨年末でしたね」
マスターが全部言い終わらないうちに、タコ社長がかぶせるように言った。
「日馬富士!日馬富士だぜきっと!モンゴル出身の横綱はたくさんいるが、裏メインが初富士ステークスだろ?はるまふじ、はつふじ。似ているぜ!」
みんながそれは面白いとスマホを操作しだした。ギョニ子が言った。
「公平だって、日馬富士の名前!日馬富士公平!ドンピシャな騎手がいるじゃない!」
1/20(土)
京都11R 石清水S
7-14 マラキナイア 松山(弘平)
「今日子ちゃん、マラキナイアはいいかもしれませんね」
マスターが目尻にしわが寄るほどほほ笑みながら言った。
「7枠14番はサトノアラジンが安田記念を勝ったときのゲートです」
2017/6/4(日)
安田記念
1着:(7-14)サトノアラジン
2着:8-16 ロゴタイプ
京都11R 石清水S
(7-14)マラキナイア
「そうなるとロゴタイプの8枠16番にいるスミはどうかしら?」
麗子ママが言った。
2着:8-16 ロゴタイプ
石清水S
(8-16)スミ(角田大河)
真一郎が言った。
「角田大河騎手には『角』がありますね!角界の『角』が!」
みんながうんうんと頷き、相撲好きのタコ社長が引き継いだ。
「しんちゃん、ナイスだぜ!力士といやあ手形のサインだ!朱肉を使う場合もあるが墨を使うときもある。角番って言葉もあるしスミに角田大河はいいと思うぜ!」
マスターがまとめた。
「石清水と書いて『いししみず』ではなく『いわしみず』。日馬富士が引退に追い込まれたのが暴力沙汰でした。これで殴った相手の四股名が・・・」
マスターはそう言って、カラオケ用の大きなリモコンを手に持った。
「貴ノ岩。四股名に『いわ』があります」
おおという歓声が挙がり、スナック忘れな草の勝負馬券が決まった。
スナック忘れな草
石清水S 勝負馬券
◎14番マラキナイア
〇16番スミ
馬連・ワイド:14-16
■ 編集後記
日馬富士はウランバートルではなく、ゴビアルタイの出身だそうです。モンゴル=ウランバートルとの思いがあり、サブタイトルにウランバートルを入れましたがそのままにしておきます^^
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