スナック忘れな草~オウケンブルースリ・2024宝塚記念注目ゲート~
トップ画像引用:映画.com
■ レモンちゃん
2024年6月19日(水)午前11時半
-東京都某区 ギョニ子が勤務する病院-
「レモンちゃん、今日もがんばってね」
ギョニ子が午前最後のラウンドをしているとき、スマホを見ながらそう言っている患者が目に入った。70代前半の女性患者、若林夏江だ。
昼食時間が近いためベッドはすでにギャッジアップされており、若林が伸ばした膝の上にはオーバーテーブルと呼ばれる食事用の台が柵に乗せるかたちで置かれている。
「レモンちゃんてワンちゃんですか?それとも猫ちゃんですか?」
ギョニ子が尋ねると、若林は首を振った。
「うちにはレモンちゃんていうシーズーもいるんだけど、今見てたのは馬のレモンちゃん」
そう言って彼女はスマホの画面を見せてくれた。昨年のチャンピオンズカップを勝ったときのレモンポップだった。
「看護師さんはまさか競馬なんかやらないわよね? この馬レモンポップっていって、凄い強いお馬さんなのよ」
競馬なんてやらないどころか三度の飯より好きだというセリフを飲み込んで、ギョニ子は尋ねた。
「若林さん、競馬やられるんですね?」
うんと頷いた若林の説明はこうだった。
若林が自宅で飼っている犬のシーズーの名前がレモンであることを知った、離れて暮らす長男が、昨年の春に電話でレモンポップのことを教えてくれた。縁を感じた若林は、それからレモンポップが出るレースは100円だけ単勝馬券を買っているという。
「看護師さん、ドレミの歌を知ってるでしょ? 私の旧姓は遠藤で、こどものころのあだ名がドーナツだったの。だからいつか犬を飼うならレモンって決めてたわ・・・ドはドーナツのド、レはレモンのレ・・・ってね」
「へえー! 遠藤夏江・・・えん どうなつ え。ホントだ! 確かにドーナツがありますね! だからワンちゃんがレモンちゃんで、馬のレモンちゃんも応援していると?」
そうなのよと言って若林は、もともとやや垂れている目尻をさらに下げた。70代の女性患者が馬券を買ってくれるのだから、やはり馬名は大事だな、そんなことを思いながらギョニ子は、若林と5分ほど談笑した。
■ オウケンブルースリ
昼食休憩の時間になり、ギョニ子はサンドイッチをかじりながらスマホを開いた。月曜日と火曜日のスナック忘れな草における検討会で、宝塚記念の注目馬が2頭挙がっていた。しかし、レモンポップが出るレースの話題は出ていなかった。
「たまたま話題にならなかったけど、南関で何か交流重賞があるんだわ・・」
それは今年からJpn1に格上げされた浦和競馬のさきたま杯だった。
6/19(水)浦和11R
農林水産大臣賞典
第28回 さきたま杯 Jpn1
6-07(外)レモンポップ
若林が言うレモンちゃんがいた。だが、ギョニ子の目を引いたのは別の馬だった。
7-09 バスラットレオン
(内田博幸・矢作芳人)
内田博幸・・・
昨日までの検討でネタの中心となったのは、動画「馬拳」だった。アクションスターのブルース・リーを素材にしたものだ。菊花賞馬オウケンブルースリは、確か内田博幸が鞍上だったはず・・・
バスラットレオンへの騎乗がもしテン乗りならば、宝塚記念に何かサインを送っているかもしれない。
果たして、内田博幸はバスラットレオンに初騎乗であった。次に気になったのが、そもそも内田博幸は、最近矢作芳人厩舎の馬にあまり乗っていないのではないかということだ。なんとなく違和感がある。
ポチポチとスマホを操作し、JRAのホームページで内田博幸の騎乗レースを見ていった。今年に入ってからは、一度も矢作芳人厩舎の馬に乗ったことはない。2023年についても調べていく。
普段のギョニ子は、サンドイッチや菓子パンでの軽い昼食を済ませたあと、15分から20分ほどの仮眠をとることが多い。たったそれだけでも頭の中のもやが晴れてすっきりとし、午後のパフォーマンスがあがるからだった。
内田博幸が矢作芳人厩舎の馬に乗ったレースはなかなか見つからない。両まぶたがだんだん重くなってくる。あきらめてスマホを閉じようかと思ったときだった。あった!
そのレース名が、ギョニ子の眠気を一気に覚ました。先週行われたばかりのあるレースだったからだ。やはり内田博幸は何らかの役割があって、古巣である南関の重賞に駆り出されたのだろう。
ギョニ子は、内田博幸と矢作芳人について調べていった。
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それから20分後、あと10分で昼食休憩が終わるというときに、ギョニ子は「おおーー」という低い声を喉の奥から出していた。
「あ、今日子ちゃんごめん!寒かったでしょ?」
隣に座っていた女性看護師が、エアコンのリモコンを持ち温度設定を上げていた。ギョニ子が両腕をさするようにしている姿を、寒がっていると勘違いしたらしい。
「え、あ? ごめんごめん!寒くないよ、大丈夫だよ!」
思わず同僚に声を掛けていた。寒かったのではなく、見つけたとんでもないサインに鳥肌が立っていたのだ。
「ようし」
心の中でそう叫ぶと、ギョニ子は病院内の売店に走っていた。栄養ドリンクを買うためだ。午後はチャチャっと業務を片付けて、17時半と同時にスナック忘れな草へ急がなければ-
■ ギョニ子劇場
2024年6月19日(水)午後6時半
-東京都某区 スナック忘れな草-
さきたま杯はレモンポップの完勝だった。バスラットレオンの枠は馬券にならず、サインのための出走であることが濃厚となった。
ギョニ子は、スナック忘れな草のいつもの面々をぐるりと見渡すと、腕まくりをする動作をして口を開いた。
「さあて、ギョニ子劇場の開演よ!」
■ 内田&矢作
みんながギョニ子に注目した。
「7枠9番で馬券にならなかったさきたま杯のバスラットレオン。内田博幸と矢作芳人のコンビ。直近のJRA競走で、このコンビが走ったのがこのレースよ」
さきたま杯
7-09 バスラットレオン 7着
(内田博幸・矢作芳人)
2023/6/17
東京11R スレイプニルS
6-12 テンカハル 6着
(内田博幸・矢作芳人)
「スレイプニルステークス!」
タコ社長が言った。
「先週の日曜、マーメイドステークスの裏がそのレースだったよな? 今日のさきたま杯バスラットレオンは、約1年振りのコンビだったってわけだ?」
ギョニ子が大きく顎を引く。
「そうなの!それを受けての宝塚記念だし、内田博幸と言えばオウケンブルースリ。さきたま杯にブルース・リーがやってきて、宝塚記念のサインがありますよと教えてくれたってわけ!」
「実に面白いですね」
マスターが腕を組んで言った。
「今日子ちゃん。そこからどう料理するんでしょうか?」
■ エイシンデピュティ
「さあお立合い! 内田博幸と矢作芳人。このふたりで宝塚記念を計3勝しているの。その馬番を見てみて!」
第49回(2008)
9番 エイシンデピュティ(内田博幸)
第54回(2013)
10番 ゴールドシップ(内田博幸)
第60回(2019)
12番 リスグラシュー(矢作芳人)
「9番、10番、12番・・・11番のサンドだ!」
真一郎がポンと手を叩いて言った。
「11番が怪しい・・・そういうことだね?今日子ちゃん」
ギョニ子は軽く頷いてから、ノンノンと人差し指をワイパーのように左右に振った。
「こっからがお楽しみよ、さあお立合い! 内田博幸と矢作芳人。このコンビで実は、JRAの重賞を一度だけ勝ってるの!」
■ ゴールドシップ
「まさか今日子ちゃん。その馬のゼッケンがサンドされた11番?」
麗子ママが胸の前で手を合わせて言った。他のメンバーも同じ思いで、ギョニ子を注視している。
「残念ながらその馬は11番ではなく15番・・・だけど、馬名を聞いて驚かないでね! グランプリボスなのよ!」
2013/10/27
第55回 スワンS
8-15 グランプリボス
(内田博幸・矢作芳人 ※コンビ唯一の重賞制覇)
「グランプリボス!! なるほど、宝塚と有馬は春秋のグランプリだ! そのボスだから、宝塚記念の勝ち馬を教えるっつうわけだな!?」
タコ社長がおでこに右手を当てながら言った。
「・・・・おいおいギョニ子! 第55回のスワンステークスがグランプリボス! まさかまさか、第55回の宝塚記念が、さっき出てきた11番ってことはねえだろうなあ?」
そう言っているタコ社長の顔は、すでに泣き笑いのような変な顔になっている。ギョニ子がニヤリと笑って言った。
「さあ、どうでしょうね・・・自分の目で確かめてみて!」
そう言ってギョニ子は、スマホの画面をタコ社長のほうに見せた
「ひゃあああああ!! 11番ゴールドシップ!!! 連覇の年だな!!」
タコ社長が叫ぶと同時に、他のみんなも次々に歓声を挙げ、立ち上がりギョニ子に拍手を送っていた。
さきたま杯という離れ小島に、ひっそりと忍び込んだブルース・リー。
内田博幸と矢作芳人のコンビで、第55回スワンステークスを制したグランプリボス。同じ開催回数、第55回宝塚記念は11番ゴールドシップであり、その11番を挟むのが、内田博幸と矢作芳人の宝塚記念馬3頭、9番、10番、12番-
(第55回)スワンS
8-15(グランプリ)(ボス)
(内田博幸・矢作芳人 → コンビ唯一の重賞制覇)
宝塚記念
09番 エイシンデピュティ(内田博幸)
10番 ゴールドシップ (内田博幸)
11番 ゴールドシップ (第55回)
12番 リスグラシュー (矢作芳人)
満場一致で、スナック忘れな草の宝塚記念注目ゲートが決まった。
スナック忘れな草
宝塚記念 注目ゲート
11番