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エンペラーズ・ランサム~2023春天を1点で仕留めよ~回顧編+2024春天予想
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■ まなと君登場
2023年4月30日(日)午後4時30分
常磐自動車道 北上中
真一郎の車は快調に常磐自動車道を北上していた。助手席には、岩手から東京に向かう際、後部座席のシートに置いておいた、練炭が入っているスーパーの袋が置いてある。
岩手に向かおうとして運転席に座ったときに、真一郎はギョッとした。後部座席に置いておいたはずの袋が助手席にあったからだ。
すぐにそれは、ショッピングモールに行くというギョニ子に車を貸したときに、ギョニ子が見つけたのだとわかった。車内をよく見ると、ところどころ目張りはがしが不十分なところがあった。目張りに練炭とくれば、真一郎が何をしようとしていたか、ギョニ子はすぐに気づいたのだろう。
練炭が入っている袋の中には、缶コーヒーが3本と、ギョニ子からのメッセージが入れてあった。
~~~~~
しんちゃんへ
逃げちゃダメ 逃げちゃダメだよ、しんちゃん
競馬なら逃げはひとつの戦法だけど、人生からは逃げちゃダメ
あたしもマスターも麗子ママも、タコ社長に政やん みんな味方だよ
今度何かあったときは、必ず連絡してね
名探偵今日子より
~~~~~
常磐自動車道の美野里パーキングエリアに車を停めた真一郎は、運転席のシートを目一杯後ろに倒し、車の天井を見る姿勢になってから目を閉じた。
運転中にスマホのラジオで聞いた春天は、大外れすぎて、逆に笑ってしまうほどだった。枠連2-3の1点勝負が、スナック忘れな草のマスターと麗子ママ、ギョニ子らの常連客とで導き出した結論だったが、肝心要の絶対軸であるタイトルホルダーが、完走することすらできなかったからだ。
翌日の報道で「右前肢跛行」と知り安堵した真一郎であったが、この時点では詳細はわからず、ラジオの実況で競走中止と聞いたときは、ライスシャワーの宝塚記念を思い出し、競馬の神様は京都競馬場に恨みでもあるのかと憤ったものだ。
「それにしても・・・」
犯人に電話をかけると言ってスナック忘れな草を出て行ったギョニ子が、まなと君と一緒に店に戻ってきたときの驚きといったらなかった・・・
~~~~~
2023年4月29日(祝・土)午後3時
-東京都某区 スナック忘れな草-
犯人に電話をかけていたはずのギョニ子は10分後に戻ってきたが、ひとりではなかった。
ギョニ子の後ろから、ギョニ子のお姉さん夫婦に両手をひかれて、店内を興味深そうに見渡しながら入ってきた人懐っこそうな男の子。それがまなと君だった。まなと君の顔はギョニ子がスマホで一瞬だけ見せてくれた、おいしそうにハンバーガーを頬張る姿だけだったので、真一郎は最初、その男の子がまなと君だとはわからなかった。
真一郎がなにか発言する間もなく、いきなりギョニ子が真一郎の前で土下座してこう言った。
「しんちゃん、ごめんなさい!誘拐の話は全部嘘だったの!この通り、許して!」
目を丸くし、口をパクパクさせていると、お姉さん夫婦も深々と頭を下げながら謝罪のことばを述べてきた。
「真一郎さん、本当にごめんなさい。この通りです。今日子に協力を頼まれて、どうしても断ることができず・・」
大人三人にここまで謝られては、さすがに怒ることなどできない。いやむしろ、まなと君が無事だったんだから、それに越したことはない。
「あ、あははは。なんかおかしいと思ったんだよなあ。で、でも、よかったじゃないですか。まなと君が無事で・・」
まなと君に目をやると、いつの間にか両親の手を振りほどき、テーブル席の上に置いてあるカラオケのリモコンを操作していた。
「ちょっとしんちゃん、いいかしら。詳しく事情を説明するわ」
真一郎はギョニ子は手を引かれて、外に連れ出された。いつもの喫茶店で何から何まで話すという。
真一郎が「なかやまきんに君を探せ!」のサインについて考えたときと、同じ席に二人は座った。コーヒーふたつとギョニ子は店員にオーダーし、でっちあげ誘拐事件について話し始めた。
事の発端はこうだった。ギョニ子が看護師として勤めている病院の同僚にA子という女性看護師がいる。そのA子の娘が言語聴覚士を養成する専門学校に通っており、たまたま真一郎が言語聴覚士として勤めている岩手県某市のB病院に、臨床実習に来ていたのだ。
真一郎の短いキャリアでは、バイザーとして実習生を指導することはできなかったのだが、真一郎の上司である女性職員からは、指導することで自分も勉強になるからと、一日のうち2~3時間程度、真一郎が実習生の面倒をみるよう頼まれていた。
真一郎の姓である曽根崎は、真一郎が婿養子になってからの姓で、真一郎の旧姓は大泉だった。真一郎が結婚したことを知らなかったギョニ子が、A子との昼食休憩時、いくどとなく曽根崎という名前が出てきても、それが真一郎のことだと気づかなかったのも無理はなかった。
「娘さんの実習は順調?バイザーの先生からいじめられてない?」
看護学生時代、臨床実習でお局さま的なおばさん看護師から、こってりと絞られた経験のあるギョニ子がA子に尋ねた。
「うん、女性のバイザーも、一日に数時間対応してくれる男性職員も、やさしく指導してくれるって言ってたよ」
A子が答えた。
「そうそう、男性職員は漢字はわからないけど『しんいちろう』って名前みたい。もしかしたらしんちゃんだったりして」
A子はギョニ子に誘われてスナック忘れな草に足を運ぶことが月に数回はあり、真一郎とも何度か会っていた。
しんいちろうか・・・岩手県だしもしかしたらと、ちらっと真一郎のことを思い出したギョニ子だったが、それをすぐに打ち消した。いやいや、苗字が全然違うじゃん。
それから7週間後、実習を終えた娘から連絡を受けたA子が、ギョニ子を仰天させるニュースを持ってきた。臨床実習の最後の日、送別会を開いてもらった娘が、送別会で撮った集合写真をLINEで送ってくれたのだ。
「ねえねえ、今日子。これってやっぱりしんちゃんじゃない?」
A子が見せてくれたスマホの画像には、A子の娘の隣でVサインをしている真一郎がいた。
「しんちゃんだ!しんちゃん、言語聴覚士になってたんだ!」
ギョニ子はスマホの写真を大きくしたり小さくしたりして、最後に会ったときからは、ちょっぴり老けた真一郎をなめ回すように見ていた。
A子は、喜ぶギョニ子に遠慮がちにささやいた。
「・・・曽根崎って苗字になったってことは・・・」
「・・・しんちゃん、結婚してたんだね・・・」
A子にスマホを返しながら、ギョニ子はそう言った。
以前、A子の娘の指導者のひとりが、しんいちろうという名前だと聞いたとき、真一郎に連絡を取ってみようと考えたことはあった。だが、もし本当に真一郎だったら、結婚の事実を知らされることになる。すでに家庭を持っていて幸せに暮らしているのであれば、あえて連絡する必要はないのではないか。そう考え直して連絡はしていなかった。
それから一年後、A子の娘が真一郎と同じ病院に就職した。仲がよくなった同僚から、真一郎が妻と離婚したこと、旧姓に戻り離婚の事実を悟られてしまうことを恐れ、離婚後も曽根崎の姓を名乗っていたこと、元妻が自殺未遂を図ったことなどを知らされた。母親であるA子を介して、そのことはギョニ子の耳にも入った。
ギョニ子はすぐにマスターと麗子ママに相談した。普段は強がっているように見えて、繊細なところがある真一郎が、なにか過ちを犯さない保証はない。苦肉の策として、真一郎を東京に呼び出し、変なことを考えないように、競馬のサイン予想に没頭させてみてはどうだろうということになった。
まなと君が誘拐されたという設定は、やりすぎではないかという反対意見もあったが、真一郎に火事場の馬鹿力を出してもらうためと、春天の1点予想が決まった時点で、種明かしをするという条件で、決行する運びとなった。
「そして、あの夜しんちゃんに電話したの・・」
詫びるような上目遣いをしながら、ギョニ子はそう言った。
「ったく、ひどいよなぁ。甥っ子が誘拐されたなんて大嘘をついて」
真一郎はそう返しながら、両手でコーヒーカップを包むように持つギョニ子を見ていた。昔からのギョニ子のかわいい癖だった。じっと見られていることに気づいたギョニ子は、椅子から少し立ち上がるような姿勢で、真一郎の耳元に生暖かい息を吐きながらこうささやいた。
「したくなったの?」
「ば、馬鹿かおまえ!そんなわけないだろ!」
真一郎がギョニ子の両肩を強く押すと、ギョニ子は笑いながら答えた。
「したいって言われても、今日は女の子の日だからダメだけどね」
真一郎が少し赤くなり下を向いていると、ギョニ子は言った。
「しんちゃんに隠していたことはこれで全部だよ」
本当はあとふたつ、まだ隠していたことがあった。そのうちのひとつは、真一郎が「なかやまきんに君を探せ!」に注目するよう、知り合いのカップルに頼んで、真一郎の席の隣でひと芝居打ってもらったことだ。
「春天はどうする?見てから帰る?」
ギョニ子の問いかけに真一郎はゆっくりとことばを選んだ。
「・・・そうだな・・・今日はホテルにもう一泊させてもらって、明日の午前中には岩手へ帰るよ。1点予想がたとえ外れても、まなと君はもう無事なんだし。みんなで競馬中継を見てもさあ、もし外れたらなんか気まずいじゃん」
「そうか・・・それもそうだね。じゃあ、今日はこれから飲んじゃおっか。スナック忘れな草で」
「そうだな。競馬予想に夢中になって、アルコールは全然飲んでなかったもんな」
ほどなくスナック忘れな草に戻った真一郎とギョニ子は、マスター、麗子ママ、タコ社長と、春天1点予想大的中の前祝いと称し、2時間ほど大盛り上がりの宴会を開いた。
■ 2023春天回顧・2024春天予想
2023年5月2日(火)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-
「なーつーも、ちーかづーく、はーちじゅうはちやーーと」
店内に入るなり、タコ社長は手踊り付きで「茶摘み」を歌いながらカウンター席についた。いつもの左角の席で、タコ社長は4コーナーと呼んでいた。
「社長さん、いらっしゃい。今日は八十八夜ですね」
マスターがそう言ってほほえみ、麗子ママはタコ社長がキープしてある眞露のボトルやら氷やらを用意している。
「八十八と書いて米か・・・タイトルホルダーが予後不良じゃなくてホントによかったなぁ」
タコ社長がしみじみとつぶやいたとき、トイレのドアが開き、タコ社長の歌を聞いていたギョニ子が出てきた。
「お茶摘みしてるところ、ごめんあそばせ。ちょっとお花を摘んでましたの」と、おどけながら席に着いた。
タコ社長の席から右へ4つ隣で、右端からは2つ目だ。ギョニ子はこの席をゴール板前と呼んでいた。右隣の席は、真一郎が東京暮らしのとき、気に入っていた席だ。
「お花を摘んでくるなんてよう、そんないい言葉知ってるんだったら、普段からそうしなさあね!」とタコ社長。
「あら、いつもこうですわよ。おっほっほ!」
右手を立てて鼻の左に当てながら、そう返したギョニ子にタコ社長が嚙みついた。
「嘘つけ!いつもなら『出た出た!ぶっといのが出たよう!』って聞いちゃいねえのに、大便のサイズの報告までするくせに!」
「ちょっと!嫁入り前のレデーにむかってなんてこと言うの!!」
ギョニ子がタコ社長の首を絞めだしたので、麗子ママが止めに入った。
「さあさあ、そろそろ春天の回顧をしませんか?」
「そうだな。はずれっぱなしでスルーはよくねえ」
タコ社長がギョニ子の手を振りほどきながら言った。ギョニ子は席に戻ると、この日2杯目だった生ビールを飲み干し、麗子ママにジェスチャーでおかわりを頼んだ。
春天はスナック忘れな草の店内で、すでに岩手に向かっていた真一郎以外のメンバーが集まり、テレビ中継を観戦した。先頭にたっていたタイトルホルダーがずるずると後退していくのを見て、誰もが言葉を失った。
さすがにみんなショックが大きく、しばらく頭を冷やしてから回顧をしようということになり、今日がその日だったのだ。
「残念な結果になりましたが、これで逆に、来年の春天はタイトルホルダーが狙い目となりそうです。現役を続けていればの話ですが・・・」
マスターはそう言って、すでにパソコンにまとめていたものをみんなに見せてくれた。
1992 菊花賞
4-08 ライスシャワー 1着
※未使用
1993 天皇賞(春)
2-03 ライスシャワー 1着
→2021 菊花賞
【2-03】タイトルホルダー 1着
1995 天皇賞(春)
2-03 ライスシャワー 1着
→2023 天皇賞(春)
【2-03】タイトルホルダー【競走中止】
1995 宝塚記念 ※京都
8-16 ライスシャワー【競走中止】
→2022 天皇賞(春)※阪神
【8-16】タイトルホルダー 1着
→2022 宝塚記念
3-【06】タイトルホルダー 1着
5-【10】ヒシイグアス 2着
みんなが驚きの表情を浮かべているのを見ながら、マスターは説明を始めた。
「タイトルホルダーがライスシャワーの戦歴をコピーしているのがわかります。ライスの一度目の春天Vゲートはタイトルホルダーの菊花賞で使われ、ライスの二度目の春天Vゲートでタイトルホルダーは競走中止。ライスの宝塚記念競走中止ゲートでタイトルホルダーは昨年の春天を勝利しています。そしてその「16番」は、昨年の宝塚記念でも、1.2着馬番に分割するかたちで使われていたというわけです」
「へええ!マスターよく気がついたね。するってえと何かい?残っているライスシャワーの菊花賞『4枠8番』これはどこで使われるんだい?」
タコ社長の質問にはギョニ子が答えた。
「来年の春天よ!連覇ではなく、一年空けて二度目の制覇!これでタイトルホルダーは完璧にライスシャワーをコピーしたことになるわ!」
「ご名答ですよ、今日子ちゃん。そして、タコライスの謎も解けますね。ライスはもちろんライスシャワーのライス。タコはライスシャワーの厩舎とつながります」
マスターの言葉を受けて、ギョニ子はすぐにスマホを操作した。
「そうだった、飯塚好次厩舎!『いいだこ』ってわけね!」
「ひゃーー!そういうことか!やっぱりタコライスはライスシャワーだったってわけかい!」
タコ社長が手を叩いて言った。
「まあ、あくまでもタイトルホルダーが来年まで現役を続けてくれればの話です。ライスシャワーのときのように、来年の春天まで何度か凡走し人気を落としていたら、けっこうおいしい馬券になるかもしれませんね」
マスターの言葉に、みんながうんうんと頷いた。
それから30分ほど、タコ社長のカラオケタイムや、競馬には関係ない雑談が続いていたとき、ギョニ子はあ!と声を挙げた。
「しんちゃんに渡した馬券、自分でも買っておくんだったなー」
■ みんなからの餞別馬券
美野里パーキングエリアいた真一郎は、トイレに行き用を足すと、自販機でホットコーヒーを買うことにした。コーヒールンバのBGMが流れ、ドリップコーヒーが出来上がる様子を眺めながら、真一郎はジャケットの内ポケットに入れていた、封筒を思い出した。
出来上がったコーヒーを取りベンチに座り、コーヒーをすすり、4枚あった封筒を一枚ずつ開封していった。一枚目はマスターと麗子ママからだった。
封筒の表面には「交通安全」とペンで書いてあり、メモが同封してあった。
「交通事故にあわないよう、当たらない馬券が入っています
春天は新装京都競馬場の芝外回りレース17戦目 麗子 マスター」
馬券は馬連1-7、枠連1-7、17番アフリカンゴールドの複勝。各5,000円の馬券3枚だった。
「なるほど交通安全のお守り馬券かー」
真一郎はマスターたちの洒落にニヤリとしながら、スマホを操作した。春天の結果は、タイトルホルダーが競走中止したこともあり、きちんと確認していなかった。
「あ!馬連1-7当たってんじゃん!」
馬連40.0倍。ちょうど20万円になる。餞別にしては大きい額だ。
次にギョニ子の封筒を開けた。
「春天当日の福島1R
ミニクイアヒルノコの1番。気になるのよねえ 今日子」
馬券は1番ジャスティンパレスの単勝1万円だった。
「やるじゃんギョニ子!」
単勝4.3倍なので43,000円になる。
次は靴磨きの政やんの封筒。
「靴磨きをなりわいにしているあっしが、ジャスティンパレスを買わないわけにはいきません。三木正浩オーナーはABCマートの創業者ですから 政」
これもジャスティンパレスの単勝だった。1万円が43,000円になる。
最後はタコ社長の封筒だった。
「8番がいる4枠から2枠と3枠へ、8枠から2枠と3枠へ。当たったら少し返せよ
8本の手をもつテクニクシャン袴田大作より」
タコ社長だけハズレ馬券というのがらしいなあ。しかも金額が各500円の計2,000円とせこい。そう思いニヤついていると、スマホがブーンと鳴り、メールの着信を知らせた。ギョニ子からだった。
「しんちゃん、今どのあたりかな?安全運転してますか?
タイトルホルダーが残念なことになったけど、今は無事を祈るしかないよね・・・
スーパーの袋に入れておいたメモ見てくれた?偉そうにごめんね。
しんちゃんが岩手に帰ってから、あたしもいろいろあって悩んでた時期があったの。
そんなころ、脳梗塞のため片麻痺になっていて、車椅子暮らしの70代の女性の患者さんから、こんな言葉をいただきました。
「今日子さん、私は体は不自由だけど、心は自由です。あまり外には出られないけど、窓から見える風景で、いろんなことがわかります。いつも一緒に登下校する仲良し三人組の小学生。向こうのビルの屋上で、お昼になるとおしゃべりをしている二匹のカラス。夕方になると、飼い犬に引っ張られるように散歩に行く近所の奥さん。日々同じような生活をしていても、どこかしら前の日とは違うところがあるの。それを発見するのが毎日の楽しみのひとつ。窓から見える風景は、私にとって宝物なんです」
私はものすごい衝撃を受けたんだよね。なんて素敵なことばなんだろうって。それに引き換え自分は、体は自由なのに、心が不自由になっていたんだなって。なにを考えるか、なにを想像するかは誰にも邪魔されない自由な力。どうせ自由なんだから、暗いことを考えたり想像したりするより、明るいことを考えたり想像したりして、生きていったほうがよっぽど健康的だなって思えたの・・・
メールはまだ続いていたが、真一郎はそこから先を読むことができなかった。涙が次から次へとあふれ出て来て、スマホの画面とみんなからもらった馬券を濡らしていた。
ベンチにすわっておいおいと泣いている真一郎を、通りすがりのカップルが遠巻きに見ながら、こんな会話をしていた。
「見ろよあの男。かわいそうに、きっとタイトルホルダーに突っ込んだんだよ・・」
「哀れねえ・・」
カップルの邪推は真一郎の耳にも一部届いていたが、真一郎は無視した。馬券を封筒にしまい、封筒はジャケットの内ポケットに戻した。すっかりぬるくなったコーヒーを飲み干すと、スマホをポケットに入れ立ち上がった。大きく伸びをすると、「ようし!」と声を出す。さあ、これから忙しくなるぞ。ある計画を実行すべく、真一郎は岩手に急いだ。
エンペラーズ・ランサム~2023春天を1点で仕留めよ~ 完