スナック忘れな草~横恋慕・2024札幌2歳S・新潟記念~
トップ画像引用:JRAホームページ
■ 壁紙カレンダーの差し替え
2024年8月25日(日)午前10時
-J●A 会議室-
「台風の動向はどうだ?」
「・・・かなりヤバいですね。3場とも土日通常開催となるのは、極めて難しい状況です」
「・・・そうか・・・9月の壁紙カレンダーの準備はできているのか?」
「はい。あとはホームページにアップするだけですが?」
「いますぐ差し替えろ! このレースにだ!」
「え? これって10月に施行されたレースですよね?」
「かまわん! 土日の開催に影響を与えそうな台風が来ているんだ!」
「はあ・・・さっそく担当の者に差し替えさせます」
2021年10月2日。サンライズホープが勝ったシリウスステークスに差し替えられた理由が、スナック忘れな草の常連たちにより明らかとなる。
■ 台風10号
2024年8月26日(月)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-
その日、スナック忘れな草の話題の中心は、競馬ではなく台風10号についてだった。
「それにしてもこの台風、変な進路ですよね」
真一郎がスマホを見ながら眉根を寄せて言った。本当よねと言って、麗子ママがおかわりの生ビールを差し出す。
「台風の進路がはっきりしてねえと、この小噺が成り立たねえんだよ」
タコ社長が言った。
「大学進学か就職かを決めかねている高校生が、天気予報を見ながら言った。『台風はいいなあ・・・進路が決まってて』」
大きな笑いはなく、なるほどと軽い相槌がいくつか起こっただけだった。思ったほどうけなかったショックを隠すように、タコ社長は新しい水割りを作り始めた。
その時、店に入ってくる長身の男がいた。ノーコスプレダンディくろたんだ。タコ社長の右隣に座ると、両腕をさするような真似をする。
「あら、くろたんさん、冷房効きすぎかしら?」
麗子ママが尋ねると、くろたんが答えた。
「いや、そうじゃないんですが、今誰か寒くなるようなことを言ってませんでした?」
「ウケるーー! そうそう、このタコ坊主が寒いこと言ってたのよ!」
ギョニ子がタコ社長を、食べかけの魚肉ソーセージで指さしながら言った。
「はっきり言うな、はっきり!」
タコ社長が全力で突っ込み、今度は店内に笑いが起きた。
■ 40-40
響のロックを一口舐めたあと、くろたんが口を開いた。
「今週間違いなく使われるネタのひとつが、オシャレ30・30でしょうね」
店内が水を打ったように静まり返った。くろたんはあわてず騒がず、二の矢を放った。
「・・・ではなく、中山美穂の 50/50でしょうね」
再び店内を沈黙が包み、みんなは深く目を閉じていた。くろたんは仕方なく自分で突っ込んだ。
「・・・ではなく大谷翔平の40-40ですね」
ギョニ子がカウンターに置いてあったエアコンのリモコンを操作し、ピッピッと音を立てて設定温度を二度上げた。麗子ママはひざ掛け用のブランケットをみんなに配り始めた。マスターはスマホでどこかに電話し、鍋焼きうどんを10人前頼んだ。
「そんなに寒かねーだろ!!」
くろたんはそう突っ込むと、うおっほんと咳払いをひとつしてから解説を始めた。
「騎手や調教師による40-40の組み合わせはいくつか考えられますが、勝利数など動く数字の場合は、リアルタイムで追っかけるかたちになりますね」
マスターが頷く。
「狙いのレースが来るまで、網を張って待ち伏せるといった感じでしょうか?」
くろたんは頷き、解説を続ける。
「北村友一が土曜のメインまで勝たないという条件付きになりますが、これなんかは綺麗でしょうね」
北村友一
2024: 39勝
重賞勝利 : 29勝
通算勝利数: 899勝
8/31(土) 札幌2歳S
アスクシュタイン(北村友一)
土曜日の初勝利が札幌2歳Sなら、
(40)-30-900達成のキリ番勝利
みんながおおという声を挙げた。
「ふたつでも珍しいだろうが、3つの数字がキリ番つうのはなかなかレアだな!」
タコ社長が言った。くろたんが深く顎を引く。
「まあ、簡単にはやってくれないでしょうが、北村友一が10レースまで1着なしだったら、アスクシュタインの単勝にバケツ一杯いっちゃってもいいでしょうね」
みんながうんうんと頷いた。
■ 雷光特別
今夜のくろたんは饒舌だ。次に狙ってみたいのは、日曜新潟最終レースの雷光特別だという。
「メインの新潟記念じゃなくて、雷光特別?」
ギョニ子が尋ねる。
「もちろん新潟記念も買いますが、雷光特別は是非仕留めたいですね。昨日の新潟最終レース、落雷の危険性があるということで中止になりましたよね?」
みんながなるほどと声を挙げた。
「幻の出馬表。これを使ってくる可能性はありますよ」
そう言ってくろたんは、中止になった日曜新潟最終レースの出馬表をみんなに見せた。スマホのスクショだ。
「おお! ちゃんとスクショを取ってあるんだな! さすがだぜ!」
タコ社長が感心したようにそう言い、くろたんのスマホを覗き込んだ。
「社長さん!」
真一郎がピシャリと言った。
「くろたんさんを誰だと思ってるんですか!」
くろたんは満足そうに顎を引くと、真一郎に言った。
「真一郎君、もっと言ってやりなさい」
「くろたんは、お宝画像をゲットするために、どんなチャンスも逃さまいと日々狙っているんです! スマホにカメラのシャッター音が鳴らなくなるアプリまで入れて!」
「そうそう、女子高生の背後からそっと近づき、スカートの中にスマホを入れて・・・・ってするか!!」
くろたんが真一郎に突っ込むと、マスターも続いた。
「しんちゃん、今のはよくないですよ! くろたんはスマホなんか使いません! 使うのは手鏡だけです!」
「わしゃ、ミラーマン植●教授かい!!」
「懐かしいわね、ミラーマン●草教授!」
麗子ママがうっとりとした表情をし、顔の前で両手を軽く合わせた。タコ社長が言った。
「彼のところの大学生だったかな? 名言があったぜ。『見通していたのは、経済ではなくスカートの中だったようです』」
店内にどっと笑いが起きた。
■ 重賞インフォメーション
「さあ、もうお腹いっぱいかもしれませんが、これもお伝えしておきましょう。今日アップされた重賞インフォメーションです」
「電光掲示板の着順から、昨年の新潟記念の前日の、新潟3レースと判明しました」
みんながうんうんと頷いた。
「なぜこんな不自然なことをしたのか。みなさんどうぞうまく料理してくださいね」
そう言ってから響のロックを飲み干すと、くろたんは席を立った。ドアのほうに歩きかけ、くるりと踵を返す。
「あ、そうそう。今週から、新しいスタイルに生まれ変わりますよ」
「へえー! どんなスタイルなのかしら?」
ギョニ子はそう言うとくろたんの元に歩み寄り、くろたんの髪をいじり始めた。看護師にならなければ美容師になっていたというギョニ子は、あっという間にくろたんのヘアスタイルをイメチェンした。
「わしゃ、海原はるかかい!! 生まれ変わるのはヘアスタイルではなく、予想スタイルじゃい!!」
くろたんが今度こそ帰ろうとドアに手を掛けると、うどん屋の出前持ちが両手に岡持ちを持って入って来た。
「ええと、鍋焼きうどん10人前。くろたんさんってどなたでしょうか?」
「本当に頼んだんかい!!」
くろたんはそう言って、出前持ちから領収書をひったくると、お金を払って出て行った。
■ 新潟3レース
2024年8月27日(火)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-
「昨日のくろたんのお題、こんな推理はどうでしょう?」
マスターがみんなに問いかけた。昨日、重賞インフォメーションに違和感があると言った、くろたんからのお題だ。新潟記念の紹介なのに、前日の新潟3レースを映している場面だ。
「新潟記念の前日。3レース・・・前日の3つのレース・・・」
そう言ってマスターは、みんなをぐるりと見まわした。
「競馬の中止といえば、降雪や台風によるものが多いです。ですが、日曜新潟最終レースの中止は、落雷の可能性があるため安全な競馬の実施が困難であるという、非常に珍しいものでした」
みんながうんうんと頷いた。
「同様のレアな気象条件によるもので、3つのレースが中止になったことがありましたよね?」
「おお! あれだな、東京競馬で雹(ひょう)による中止があったぜ! レース名はなんつったかなあ・・・・・・なんだかお子様ランチみたいな名前だぜ!」
タコ社長がそう言うと、真一郎がすぐにレース名を言い当てた。
「メトロポリタンにプリンシパルですね?」
「そうそう、さすがはしんちゃんだ!」
どうしてわかったのというギョニ子の問いに、真一郎が答えた。
「ナポリタンとプリン。お子様ランチにありそうでしょ?」
なるほどとみんなが笑った。
マスターが続ける。
「ダービートライアルのプリンシパルステークスだけは、日付を変更して施行されましたね。それはさておき、3つのレースが中止になった翌日、唯一施行された重賞レースがこれなんです」
2019/5/5(祝・日)
第24回 NHKマイルC
1着:8-17 アドマイ(ヤマーズ)
2着:8-18 ケイデン(スコール)
3着:5-10 カテドラル
5着:4-07 グランアレグリア(4位入線・降着)
「17番アドマイヤマーズ! 大谷翔平にちゃんとつながるのが興味深いわね!」
ギョニ子が言った。タコ社長が続く。
「なるほどなあ! 1着馬と2着馬で『スコールがやまず』ってか? 雹というワードは入ってねえが、レアな中止を示唆してるぜ!」
「そうなると、今回は落雷に関連がある馬名かしら?」
麗子ママがそう言うと、マスターが頷いた。真一郎がさっそく、一頭の名前を挙げた。
「人気サイドですが、ライトバックなんてどうでしょう。稲光はライトニング。雷鳴はサンダーのはずです」
みんながなるほどと声を挙げた。タコ社長が、ならこの馬も注意だろうなと、リモコンを操作した。アリスの『冬の稲妻』だ。
「もうすぐ一年になるんですね・・・」
タコ社長が歌い終わると、拍手をしながらマスターがポツリと言った。アリスの谷村新司が亡くなったのは、2023年10月8日のことだった。
「9月の壁紙カレンダーが、9月のレースじゃなく10月のレースを使ったのは、谷村新司追悼馬券があるというサインなのかも・・」
ギョニ子がそう言うと、みんながなるほどと頷いた。
スナック忘れな草
新潟記念 暫定注目馬
(アリス)ヴェリテ
(ライト)バック
■ サンサン
2024年8月28日(水)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-
その日、大きな進展を与えてくれたのは、ギョニ子が口にした疑問だった。
「今日ねえ、天気予報を見ながらある患者さんが言ってたの。サンサンなんて女の子の名前がついてるのに、強烈な台風だわって」
ギョニ子が言っているのは、今週ずっと話題になっている大型の台風10号のことだ。サンサンという名前が付けられているという。
「この名前ってね、誰かが適当に付けてるんじゃなくて、140個の名前があらかじめ決まってて、機械的に割り振ってるんだって」
ギョニ子の説明によると、台風は従来、米国が英語名(人名)を付けていたが、2000年(平成12)より、日本含む14カ国等が加盟している台風委員会が決めた名前を割り振っているという。
14カ国がそれぞれ10の名前を決めているので、合計140というわけだ。
「へえー!それで今の台風10号には、香港が命名したサンサンが割り振られているということなんだ?」
真一郎の言葉にギョニ子が顎を引く。だが、本題はここかららしい。
「サンサンで思い出したんだけど、9月壁紙カレンダーってサンライズホープが勝ったシリウスステークスだったでしょ? 9月のカレンダーなのに10月のレース。これって台風10号を示唆してるんじゃない?」
みんながなるほどと声を挙げた。
「サンライズサンライズで決まったレースが、たしか今年あったと思って調べたんだけど、重賞レースにはなかったのよ・・」
ギョニ子が言い終わる前に、マスターがパソコンを操作しだした。
先週の終了時点で、施行されたレースは2,331。1着馬サンライズ(ライフハウス)で絞り込むと、わずか13レースまで絞られた。そして、ライフハウス丼、すなわちサンライズサンライズで決まったレースがひとつだけあった。
2024/5/12(日)
京都11R 栗東S(L)
1着:2-04(サン)ライズアムール
2着:1-02(サン)ライズフレイム
※「3番」のハサミ目
「そうそう、これよ! サンライズサンライズ・・・つまりサンサンってわけ!」
ギョニ子がポンと手を叩いて言った。次の瞬間、裏メインを見たみんなは度肝を抜かれることとなる。
裏メイン 新潟11R 弥彦S
1着:(3)-05 セレシオン
2着:(3)-06 スミ
※枠連3-3(サンサン)
裏メイン 東京11R
第19回 ヴィクトリアマイル
1着:5-09(テン)ハッピーローズ
2着:2-02 フィアスプライド
「ひゃーーー!! なんでいなんでいこれは? 馬名のサンサンに枠連のサンサン。そしてテンハッピーローズ! この日は台風10号のサンサンデーだったってわけかい!」
タコ社長が叫んだ。みんなは信じられないという表情で頷いた。9月壁紙カレンダーでサンライズホープが勝った10月のレースを使用したことで、台風10号サンサンが強烈に示唆されている。
JRAは、いずれ発生する台風10号サンサンが夏競馬に影響を与えそうなことを、5月の時点で予測していたのだろうか。
「しかも、弥彦ステークスの勝ち馬セレシオンは、新潟記念に登録がありますね・・・この馬も無視できないでしょう」
みんなが異論はないという風に頷いた。新潟記念の暫定注目馬は、合計3頭となった。
スナック忘れな草
新潟記念 暫定注目馬
(アリス)ヴェリテ
(ライト)バック
※落雷より
セレシオン
※台風10号サンサンより
■ 葉子ママ
2024年8月29日(木)午後8時半
-東京都某区 スナック忘れな草-
その日、最後にやって来たのはタコ社長だった。
「お疲れさまでした。着替えてこられたんですね・・」
マスターが眞露の水割りを用意しながら言った。タコ社長がああと応じる。
「喪服でくるわけにいかねえからな」
麗子ママが、カウンター越しではなくタコ社長の横に来ておしぼりを手渡した。タコ社長はそれを受け取り、目の周りを軽くぬぐった。そこがかすかに赤いのは、酔いのせいだけではなさそうだ。
葉子ママがそろそろ危なそうだと、タコ社長は先週の時点で言っていた。葉子ママとは、3年ほど前までこの商店街にあったスナック『横恋慕』のママのことだ。秋田県横手市出身で名前が葉子。そこから付けた名前である。40代以上の常連客でいつもにぎわっている、隠れた名店だった。
「笑っちまうのがよう・・」
タコ社長が、暗くなりそうな雰囲気を一蹴するように笑顔で言った。
「“兄弟”がいっぱいお通夜に来てたぜ。まあ、中には葉子ママより先にいっちまって、これなかったやつもいるがな・・」
「兄弟?」
意味を理解していないギョニ子が尋ねた。タコ社長が解説する。
「ここら辺の悪たれはよう、葉子ママに筆おろししてもらったやつがいっぱいいるのさ。つまり穴兄弟ってわけだ」
まあとギョニ子は目を見開いたが、タコ社長は構わず続けた。
「お父さんが酔うと暴力をふるう人で、逃げるように横手からお母さんとふたりで来たのが昭和30年代だったか、40年代だったか・・・」
タコ社長の話はこうだった。お母さんを助けるために、高校に通いながら新聞配達をしていた葉子ママだったが、ある日客からお金を盗んだだろうと言いがかりをつけられる。
「そのおっさんが言うには、ポストの中に100万円が入った封筒を入れてあったっつうんだ。盗むのは毎日新聞を配るお前しかいない。そう葉子ママを問い詰めた・・・ったくひでえ話さ」
警察や学校や親に言われたくなければ、言う通りにしろ。手籠めにされた葉子ママは、それから私生活が乱れに乱れたという。
「シンナー、かつあげ、パクリ・・・本当のことを言っても信じてもらえないなら、本当にグレてやるってな」
タコ社長はそう言って、眞露の水割りをあおった。
「そんな葉子ママだったから、あっちのほうも自由奔放でな。早く童貞を捨てたい男は、みんな葉子ママに土下座して一晩お相手をお願いしますと頼んだっつうわけで、俺もそのひとりってこと」
そう言ってタコ社長は豪快に笑った。そのようにして男になった連中が、今日はこぞって葉子ママにお別れを言いに来たのだという。
初めての女性か・・・真一郎は童貞を捨てたときの相手を思い出していたが、口にするとギョニ子から根掘り葉掘り聞かれそうで黙っていた。カウンターの向こうでは、やはりマスターが黙っていたが、考えていることは別だった。
筆おろし・・・・か
思わぬキーワードになりそうだぞと、マスターは浮かんでくる笑みを必死に我慢した。
■ 変わらない数字
2024年8月30日(金)午前11時半
-東京都某区 真一郎が勤務する病院-
その日真一郎は、職場体験に来ていた中学3年生の男子生徒を預かっていた。リハビリの仕事、それも、真一郎と同じ言語聴覚士に興味があるという。
「まだ中学生なのに、言語聴覚士に興味があるなんて珍しいね」
そう不思議がる真一郎に、中学生はおじいちゃんが認知症のようなんですと打ち明けた。
「先月、僕の誕生日に本を買ってくれたんですが、その本、去年も買ってもらった本なんです」
なるほどと真一郎は頷いた。孫の誕生日を覚えている点はいいが、同じ本を買い与えたとなると、初期の認知症が疑われる。
真一郎は、あらかじめ見学の許可をとってあった、認知症の女性患者とのリハビリ場面を中学生に見せた。
「どうだったかな?」
真一郎が尋ねると、熱心にメモを取っていた中学生が訊いてきた。
「年齢を尋ねられて70歳かしらって言ってましたが、あってましたか?」
真一郎は首を振った。
「カルテを見ると81歳だから、ずいぶん違ってたね。でも、生年月日は正しく言えてたよ」
「そうなんですね。それってよくあることなんですか?」
「そうだね。毎年ひとつずつ増えていく年齢と違い、生年月日はずっと変わらないでしょ? だから、よほど認知症が進まない限り、自分の年齢はわからなくなった人も、生年月日は正しく言えるんだ。逆に言うと、ずっと変わらない数字である生年月日まで正しく言えなくなると、重度の認知症といえるだろうね」
中学生は大きく頷き、よくわかりましたと言った。
病院の玄関で中学生を見送りながら、真一郎は頭の中で思った。変わらない数字。大谷翔平の40-40馬券は、こっちかもしれないぞ。
■ ソダシ
2024年8月30日(金)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-
ギョニ子と真一郎が指定席に着くと、マスターがいらっしゃいと笑顔を向けてきた。いいネタが入っていますよと、腕まくりをする寿司屋の板前のようだ。
真一郎は、自分にもネタはありますよと口角を軽く挙げる。だが、最初に口を開いたのはギョニ子だった。
「マスターにしんちゃん。ふたりとも新潟記念のネタでしょ?」
ふたりが頷く。
「なら先にやらせて。札幌2歳ステークス。すぐ終わるから」
「JRAのYouTube動画にアップされている、重賞レースの過去優勝馬。今年はずっと2019年と2020年をワンセットで掲載しているのに、ソダシが勝った2020年の札幌2歳ステークスが飛ばされてるの」
2020/9/5(土)
第55回 札幌2歳S 14頭
1着:8-13 ソダシ(逆2)
2着:5-08 ユーバーレーベン
3着:4-06 バスラットレオン
2024 札幌2歳S 12頭
8-11 アスクシュタイン(逆2)
「一致するのは8枠の逆2という位置だけだけど、この馬じゃないかと思うの」
みんながなるほどと声を挙げた。タコ社長が援護射撃を出す。
「ギョニ子、俺もその馬はいいと思うぜ。今年の夏競馬、北海道の重賞レースは史上初とか何年ぶりとか、珍しい馬が勝ってるのさ」
函館2歳S
サトノカルナバル
※史上初、前走本州組
函館記念
ホウオウビスケッツ
※前走巴賞1着
2005エリモハリアー以来19年ぶり
キーンランドC
サトノレーヴ
※前走函館SS1着
2011カレンチャン以来13年ぶり
札幌2歳S
アスクシュタイン 1着?
※前走コスモス賞1着
2006ナムラマース以来18年ぶり?
みんながおおという声を挙げた。
「社長さん、サンキュー!」
ギョニ子はそう言って、タコ社長に向かって投げキッスをした。タコ社長はそれを、ハエでも追い払うように手を左右に振り、ギョニ子にちょっとーと怒られた。
■ 40-40
笑いが収まったところで、真一郎が切り出した。大谷翔平の40-40馬券は、40勝や40歳という動く数字ではなく、動かない数字ではないかという。
「動かねえ数字か・・・」
タコ社長が右手を顎に当てて考えた。
「昭和40年生まれくらいしか思いつかねえな。身長や体重は、不変ってわけじゃねえもんな?」
「昭和40年だと現役調教師にはたくさんいますが、現役騎手にはいませんね。最高齢の柴田善臣騎手が昭和41年生まれですから」
そう言って、真一郎はニヤリと笑った。
「一生騎手について回る、40という数字はこれです!」
新潟記念
6-08 アリスヴェリテ
(柴田裕一郎・第40期生)
おおという声がみんなから挙がった。
競馬学校第40期生。これは盲点だった。だが、KBAZN(競馬ゾーン)という新しい動画シリーズで、競馬学校が舞台になっているのなら、十分にあり得る。しかも、今年は第40回という節目のアジア競馬会議が、札幌で開催されたのだ。
「しかも、柴田裕一郎騎手は滋賀県出身です。滋賀県には栗東がありますよね? おととい出てきた台風10号サンサンからのサンライズサンライズ馬券。あのレースが栗東ステークスでした!」
2024/5/12(日)
京都11R 栗東S(L)
1着:2-04(サン)ライズアムール
2着:1-02(サン)ライズフレイム
アリスヴェリテ
(柴田裕一郎・滋賀県出身)
みんなから再度おおという声が挙がる。
■ KBAZN
最高のタイミングでバトンを受け取ったマスターが選んだ素材は、まさにそのKBAZN(競馬ゾーン)だった。
「みなさん、忖度なしで言ってくださいね。正直、出演者の顔ぶれをみて、藤田菜七子騎手以外は、うーんと思いませんでしたか?」
みんながうんうんと頷いた。ギョニ子が言った。
「それそれ! 入江聖奈さんって東京オリンピックの金メダリストだからすっかり忘れてたし、ちゃんぴおんずって正直誰って思った!」
タコ社長が続く。
「こういっちゃなんだが、五十嵐亮太も大魔神佐々木の馬をさんざん見てるうちらからしたら、一枚、いや、2枚は落ちるよなあ」
ふたりの忖度なしの本音を引き出し、マスターは満足そうに頷いた。
「ちょっと違和感のある演者たち。ですが、すべてアリスヴェリテにつながると知ったら、なるほどと思いませんか?」
みんなの姿勢が一気に前のめりになった。タコ社長が我慢できないという風に言った。
「ちゃんぴおんずはわかるぜ! アリスの名曲『チャンピオン』だ! ボクサーの入江聖奈とちゃんとつながる!」
マスターが大きく頷く。
「社長さん、ご名答です。問題は五十嵐亮太と藤田菜七子。まず、五十嵐亮太は入江聖奈とセットで考えます。五十嵐と聖奈・・・・」
あっと真一郎が声を挙げた。
「テイエムスパーダ! 五十嵐忠男厩舎と今村聖奈でした!」
えっと反応したのはギョニ子だった。
「あれれ? テイエムスパーダって木原一良厩舎じゃなかった? 富田暁のセントウルステークスがそうだと思ったけど・・」
「今日子ちゃん、それで合っていますよ」
マスターがにっこりと笑って言った。
「今村聖奈のCBC賞。重賞初騎乗初勝利。あのときは五十嵐忠男厩舎で、富田暁のセントウルは彼の所属する木原一良厩舎でした」
「そうか! 五十嵐忠男厩舎の解散に伴い、転厩したんだったわね」
麗子ママがそう言うと、みんながなるほどと頷いた。
「さて!」
マスターがポンと手を叩いた。
「面白いのは、今村聖奈も富田暁も、テイエムスパーダが重賞初勝利の馬だということです!」
2022 CBC賞(小倉)
テイエムスパーダ(今村聖奈・重賞初勝利)
2023 セントウルS
テイエムスパーダ(富田暁・重賞初勝利)
みんながおおという声を挙げた。
「昨日、社長さんから葉子ママのことがありましたよね。筆おろししてもらった男がたくさんいると」
タコ社長が頷く。
「複数の騎手に、重賞初勝利をもたらした馬。これを、筆おろしホースと命名します!」
みんながそのネーミングセンスに苦笑いした。
「筆おろしホースの存在は実はとってもレアで、現役ではこのテイエムスパーダと障害のホッコーメヴィウス・・・先週の小倉サマージャンプ取り消しは、筆おろしホース示唆かもしれません」
みんながなるほどと頷いた。
「筆おろしホースの現役3頭目になりそうなのが、柴田裕一郎が乗るアリスヴェリテというわけです!」
マーメイドS
アリスヴェリテ(永島まなみ・重賞初勝利)
新潟記念
アリスヴェリテ
(柴田裕一郎・勝てば重賞初勝利)
みんながなるほどと頷いた。マスターが続ける。
「アリスヴェリテが勝てば、テイエムスパーダとアリスヴェリテには、これだけの共通点が生まれます」
・逃げ馬の牝馬
・勝利騎手が重賞初勝利
(今村聖奈/富田暁・永島まなみ/柴田裕一郎)
・非所属騎手と所属騎手(今村聖奈/富田暁・永島まなみ/柴田裕一郎)
・片方が一年目の騎手(今村聖奈・柴田裕一郎)
・片方が女性騎手(今村聖奈・永島まなみ)
「テイエムスパーダの示唆は、五十嵐亮太の画像にもあるわ」
意外な後押しポイントを挙げたのは、麗子ママだった。
「スワローズでもホークスでもなく、ニューヨークメッツの画像なの。TMを示唆したいのね」
Mets → TM(テイエム)
みんながおおという声を挙げた。真一郎が続く。
「スワローズと言えば、くろたんさんが菊沢一樹騎手のことをポストしてました。七夕賞ミッキースワロー。やっぱり重賞初勝利ですよね!」
みんながうんうんと頷いた。
■ 藤田菜七子
「さあ、するってえと、残るは藤田菜七子か・・・まさか菜七子ちゃんも、筆おろしホースに絡んでるじゃねえだろうな?」
ああっと、ギョニ子が大声を挙げた。そのまさかだという。
「菜七子ちゃんのコパノキッキング! この馬、隠れ筆おろしホースじゃないの?」
2019 第33回 根岸S
コパノキッキング(Oマーフィー)
※騎手はJRA重賞初勝利
2019 第12回 カペラS
コパノキッキング(藤田菜七子)
※騎手はJRA重賞初勝利
みんなからおおという声が挙がり、店内が騒然としてきた。両方が日本人の場合と違い、片方が外国人騎手である筆おろしホースは確かに盲点だった。マスターが畳みかける。
「アリスヴェリテが入った6枠。同枠にはセレシオン。台風10号サンサンのところで出てた馬です。同日新潟メイン、弥彦ステークスでしたね」
新潟記念
6-07 セレシオン(荻野極)
セレシオン 弥彦S 1着(台風10号サンサン)
6-08 アリスヴェリテ(柴田裕一郎)
「セレシオンの荻野極。彼もまた、筆おろしホースにお世話になっていたら、面白いと思いませんか?」
マスターの挑戦的な物言いに、みんながこぞってスマホを操作しだした。ひとり、またひとりと感嘆の声を挙げる。そして、店内には唸るような声が幾度も響いた。
2017 第52回 デイリー杯2歳S
(外)ジャンダルム(アッゼニ)
※騎手はJRA重賞初勝利
2022 第17回 オーシャンS
(外)ジャンダルム(荻野極)
※騎手はJRA重賞初勝利
■ エジソン
10分間の休憩後、新潟記念の枠連6-6勝負を決定づけたのは、真一郎の発見だった。
「6枠の頭文字、セアになっています!」
新潟記念
6-07(セ)レシオン
6-08(ア)リスヴェリテ
「馬番通りなら、7番セ、8番アでセア。枠66がセアというわけです」
みんなが真一郎に注目する。
「数字とセア、これを両方ひっくり返します。『99のアセ』。エジソンですよ!」
マスターと麗子ママは深く頷いていたが、タコ社長とギョニ子の頭上にはクエスチョンマークがあった。真一郎が解説する。
「エジソンの名言、『発明は99%の努力と1%のひらめき』。あれって日本語訳で努力となってますが、英語ではパースピレーション。つまり汗というわけです」
99%の汗(エジソン)
66セア → 99汗(アセ)
「なるほど!」
マスタ―がポンと手を叩いて言った。
「エジソンといえば竹で作ったフィラメント。アリスヴェリテが中竹和也というのもいいですね。荻野極の極は電極の極ですし」
みんながうんうんと頷いた。麗子ママが言った。
「中竹和也といえば、調教師としての重賞初勝利が、ジョーカプチーノのファルコンステークスよ」
みんながおおという声を挙げた。
藤岡康太騎手の重賞初勝利と、GⅠ初勝利の馬でもあるジョーカプチーノ。GⅠジョッキーの名前がひとつ、騎手のリストからなくなった今年、彼に関係の深い中竹和也厩舎のアリスヴェリテが、ふたりの騎手に重賞初勝利をプレゼントするということなのか。
マスターが説明を再開する。
「そして、札幌2歳ステークスがアインシュタインなら、新潟記念はトーマス・エジソンというわけですね?」
真一郎が深く頷く。
「ふたりとも天才と言われていますが、一方で発達障害があったのではないかとも言われています」
言語聴覚士という、障害者に関わっている真一郎らしい言葉であった。その時、6枠エジソン説に、麗子ママが最後の仕上げをした。
「ソダシの札幌2歳ステークスの動画がないって、今日子ちゃんが挙げてくれたわよね?」
みんながうんうんと頷いた。
「ソダシは桜花賞馬。その動画がない・・・・さくらが散ったってことを言いたいのかも」
みんなが麗子ママに注目した。まだ話がみえない。
「ソダシが生まれたのは2018年。その年、さくらももこさんが亡くなってるの」
「そして、今年の3月4日、『ちびまる子ちゃん』でももこ役を長く務めていた、声優のTARAKOさんが亡くなったわ・・」
タコ社長以外のみんなが、なるほどと声を挙げた。タコ社長が訊いた。
「ちびまる子ちゃんとエジソンがどうつながるんでい?」
「社長さん、『いつだって忘れない エジソンは偉い人』。おどるポンポコリンの中にそういう歌詞があるのよ」
思いだしたタコ社長は、そうかと大きく頷いた。
スナック忘れな草
新潟記念 勝負馬券
◎8番 アリスヴェリテ
単勝:8番
枠連:6-6(または馬連7-8)
■ 遠くで汽笛を聞きながら
最後に一曲歌わせてくれと、タコ社長がリモコンを操作した。アリスのどの曲か。チャンピオンか、冬の稲妻か。だが、選んだのは『遠くで汽笛を聞きながら』だった。
誰もちゃかしたりすることなく、しっかりと聞き入った。タコ社長は満足そうにマイクを置くと言った。
「舞台の駅は、奥羽本線の醍醐駅だと言われている・・・・秋田県の横手市、葉子ママの出身地さ・・・」
そう言ってタコ社長がグラスを宙に掲げると、みんながそれに倣った。
■ 編集後記
新潟記念勝利歴があるマイネルファンロン。小説内で取り上げた、雹による中止があった週のGⅠ、NHKマイルCと比較してみてください。
2019/5/5(祝・日)
第24回 NHKマイルC 18頭
1着:8-17 アドマイヤマーズ(逆2・Mデムーロ)
2着:8-18 ケイデンスコール(逆1)
2021/9/5(日)
第57回 新潟記念 17頭
1着:8-16 マイネルファンロン(逆2・Mデムーロ)
2着:8-17(地)トーセンスーリヤ(逆1)
9/1(日)札幌11R
タイランドC 14頭
3-02 マイネルファンロン(正17)
NHKマイルCのアドマイヤマーズと同じ「正17」の配置。
3場メイン、どこかでゾロ目が出るのか。
新潟記念の6-6ならうれしいのですが。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?