スナック忘れな草~その船を漕いでゆけ・2024シルクロードS・春天~
トップ画像引用:NATIONAL GEOGRAPHIC
■ 緊急会議
2024年1月4日(木)午前11時
-某県某区 J〇A会議室-
1月1日に発生した能登半島地震を受けて、J〇A会議室では緊急会議が開かれていた。
「・・・というわけで、今年YouTube動画に掲載する重賞レース過去の優勝馬は、2019年と2020年、連続する2年をワンセットで頼む」
「承知いたしました」
■ 探しています
2024年1月22日(月)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-
「いわゆる徘徊老人ってやつかい?」
スナック忘れな草、いつものカウンター席左角で眞露の水割りを舐めながら、タコ社長が言った。左手には、手作りと思しきA4のチラシが握られている。「探しています!」と上部に大きなゴシック文字があり、その下には犬を散歩している、人のよさそうな老人男性の画像が添付されている。
「はあ?タコ社長、あんたボケてんじゃないの?」
ギョニ子が長さ半分ほどになった魚肉ソーセージで、タコ社長を指しながら言った。
「いなくなったのは老人じゃなくてワンちゃんのほうよ!」
「おお!そうかそうか!てっきりこのじいさんがいなくなったんだと思ってたぜ。なんかこう、ちびまる子ちゃんの漫画に出てくるじいさんみたいじゃねえか?」
「友蔵ね!確かにちょっと似てるけど、ワンちゃんの名前に引っ張られすぎ!」
ギョニ子はそう言って生ビールを飲み干した。空になったジョッキは麗子ママが受け取り、すぐにおかわりの準備を始めた。
スナック忘れな草の店内には、「探しています」のチラシが何枚か貼られていて、カウンターの上にも、客が持ち帰られるようチラシが数十枚置かれていた。サイン競馬仲間である近所の靴修理ショップ、通称靴磨きの政やんから頼まれたものだった。
70代後半になる男性はひとり暮らしで、7歳になるメスのウェルシュ・コーギーが最愛にして唯一の家族だった。犬の名前はマルコという。近所のコンビニで買い物する際、店外につないでおいたわずか数分でいなくなってしまったらしい。
「ワンちゃんがマルコだけに、確かに飼い主の男性が友蔵に見えますね」
マスターはギョニ子のほうを見ながらそう言い、視線をタコ社長にも向けた。
「そうなんだよ、マスター!で、友蔵ってのはなんだかとぼけたところがあるだろう?だから文章をよく読まねえで勘違いしたんだなあ・・・勘違い ああ勘違い 恥ずかしい」
タコ社長は、最後の部分を五七五の調子で言った。
「・・・・・“俳諧”老人・・・ですね?」
察したマスターがそう言うと、タコ社長はニヤリと笑って言った。
「さすがはマスター!よく気がついたなあ!」
「徘徊こそしなかったらしいけど、最近ちょっと怪しかったみたいよ」
肉じゃがの小鉢をみんなに配りながら、麗子ママが言った。
「コンビニやスーパーで買い物するときに、しっかりつなげていないことが増えていたそうなの。リードがほどけてマルコちゃんが数メートル移動したところを、通りがかりの人が捕まえてくれて事なきを得たってことが、何度かあったみたい」
「複数回あったというのは気になりますね」
真一郎が眉根を寄せて言った。言語聴覚士という職業柄、認知症の方と接することが多く、他人事とは思えないようだった。
「一度そういうことがあれば、普通は二度と起こさないよう注意するはずです。それを繰り返してしまうとなると、学習能力の欠如・・すなわち認知機能の低下があると考えられます」
真一郎の真剣な様子に、冗談モードだったタコ社長もサッと真顔になった。
「しんちゃん、ボケの兆候ってのは他になにがあるんだい?」
「そうですね・・・わかりやすいのは、日付とか自分の年齢がわからなくなったり、人との約束事を忘れてしまったりでしょうか」
看護師という職業柄、やはり認知症患者には詳しいギョニ子が言った。
「年齢をひとつふたつ間違うのはまだ軽いほうね。自分の生年月日も間違うようになったら、いよいよ重度だわ」
真一郎が大きく頷いて言った。
「そうなんです。年齢を尋ねると本当は88歳なのに80歳なんて答える人でも、生年月日は一生変わらないものなので正しく答えられることが多いです。それさえあやふやとなると、今日子ちゃんが言うように重度の認知症と言ってよいでしょう」
真一郎は現在、勤め先の病院で実習生を指導する立場にある。実習生に必ず教えることのひとつが、今年が昭和何年にあたるかということだという。
「患者が答えた年齢が怪しいと感じたら、生年月日を尋ねるように指導しています。今年は令和6年ですが、昭和に換算すると99年です。うちの病院に入院している患者の9割以上は昭和生まれなのですが、99から生年を引くと、その患者の年齢が出てきます。誕生日を迎える前なら、ひとつ引く必要がありますが」
「それは便利ですね」
マスターが言った。
「例えば昭和20年生まれの方なら、99-20で79。誕生日前なら78歳で、誕生日後なら79歳というわけですね?」
「その通りです」
真一郎が言った。タコ社長、ギョニ子、マスターに麗子ママ。みんな昭和生まれだったので、それぞれが頭の中で自分の生年を用いて計算し、そのやり方が正しいことを確かめた。
「なるほどなあ。こりゃいいこと聞いたぜ。業者からもらうカレンダーに、大正何年、昭和何年って併記してあるものがあるのは、そういう意味があったのかもなあ・・・ところでよう、今年が昭和99年ってことは、来年は昭和100年ってことだよな?」
タコ社長の質問に、真一郎は口元に笑みを浮かべて言った。
「もちろんそうなります。来年も再来年も昭和99年のまま計算すると、おかしなことになります。来年は昭和100年、再来年は昭和101年となります」
「奇妙な一致ですね」
マスターが言った。
「来年は昭和100年。京都競馬場開設100周年は、来年だったはずです」
「ああ!そうだったわね!」
ギョニ子が言った。
「センテニアルパーク京都競馬場・・・だっけ?100周年の意味よね?グランドオープンが昨年だったからうっかりしてたけど、100周年は来年なのよね」
「間違いないわ」
スマホを操作していた麗子ママが言った。
「京都競馬場開設は大正14年12月1日。翌年大正15年は、大晦日を迎えることなく12月25日から昭和元年となる・・・京都競馬場開設1周年の年が、昭和元年ってことね」
みんながうんうんと頷いた。昭和100年と京都競馬場100周年。どんな仕掛けがあるのだろうと、それぞれが思いを巡らせた。
<2025年 令和7年>
平成37年・昭和100年
京都競馬場 開設100周年
■ 昭和64年2月
2024年1月23日(火)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-
スナック忘れな草には、常連客が揃っていた。昨日の話を受けて、真一郎が今日勤め先であったことを話してくれた。
「認知症の方というのは、ときにこちらが想像もしないような反応をするものです」
指導中の実習生が同席したリハビリで、興味深いエピソードがあったという。病棟の食堂ホールで、認知症がある女性患者のリハビリをしていた。頭の体操として選んだ間違い探しのプリントをやってもらっていると、間違いではない箇所に丸をつけたという。
「来月節分があるので、節分をテーマにした間違い探しのプリントを用意していたんです。先輩が数十年使っているという脳トレ用のファイルからコピーさせてもらったものです。ところがこれがかなり古いプリントで、絵の中で居間の壁にかけられているカレンダーが昭和のものだったんです」
真一郎の説明はこうだった。間違い探しというと、普通は上下や左右に並べられた2枚の絵を比較して、相違する箇所を探す遊びだ。例えば上の絵のカレンダーは昭和64年1月だが、下の絵のほうは昭和64年2月になっているなど。
「その間違い探しは、カレンダーに関しては上下どちらの絵のほうも昭和64年2月となっていました。ですので、間違い探しという観点においては間違いの箇所ではありません。ところがその認知症患者は、昭和64年には2月はないはずなので、このカレンダーはおかしいと言い出したんです」
昭和64年1月7日
昭和天皇崩御
翌1月8日
平成スタート
「それは面白いですね」
マスターが言った。
「昭和64年には2月はないという点では、その患者さんは正しいことを言っています。ですが、カレンダーというものの特性上からは、『平成元年2月』という表記になっていたほうがおかしいことになります」
「4月スタートのカレンダーもあるけど、普通は1月スタートですものね」
麗子ママが言った。
「生前退位があった平成から令和の切り替わりと違い、予期せぬ・・・というかはっきりとした期日が特定しようがなかった昭和から平成への切り替わり。業者が作るカレンダーは普通、前年のうちに作られるものだから、昭和64年のものは12月まで昭和表記のままよね」
ギョニ子が頷きながら言った。
「そうそう思い出したわ。令和に切り替わるとき、新元号の発表がいつになるかわからなくて、カレンダー業界が困っているって話題になってたわよね」
■ 昭和64年硬貨
「昭和64年といやあ思い出したぜ」
タコ社長が苦虫を嚙み潰したような表情で言った。
「人の財布なんて預かるもんじゃねえなあ。昭和64年の10円玉で支払いをしたばっかりに、従業員にブーブー言われたことがあったぜ」
タコ社長の話はこうだった。ある日タコ社長が社長を務める袴田バネ工場に、いつものように弁当の業者が配達に来た。弁当を注文した工員たちが、各々の代金を入れておく缶の箱があるのだが、弁当業者が確認すると一名分足りないという。不足分から、520円のしょうが焼き弁当を注文した工員が代金を入れ忘れたことがわかったので、細かいお金の持ち合わせがなかったタコ社長は、その工員に声を掛けた。
ちょうど集中力が必要な細かい作業をしていたその工員は、ロッカーに財布が入っているから、そこから払っておいて欲しいとタコ社長に頼んだ。従業員とはいえ、人の財布を開けるのを最初はためらったタコ社長だが、次の配達がある弁当業者をいつまでも待たせるわけにはいかない。紙幣の入っているところから千円札を一枚取り、小銭入れにはちょうど10円玉が2枚入っていたので、1,020円を業者に渡し、500円玉受け取り小銭入れに入れた。
昼食休憩となり、財布を確認したその工員がタコ社長にクレームをつけた。
「社長!どうしてあの10円玉を使ったんですか!小銭入れには小銭がたくさん入っていたでしょうに!」
その工員が言うには、預けた財布には小銭入れがあり20円どころか520円以上入っていた。それなのにタコ社長は、小銭入れではないほうのチャックを開けて、大事にとってあった10円玉を2枚業者に渡してしまったという。
「それがよう、発行枚数が少ねえ昭和64年のものだっつうんだよ!その工員の子供っつうのがな、昭和64年生まれの双子ちゃんなんだ。だから昭和64年の10円を2枚・・・そんなのわかるかっつうんでい!!」
「それは災難でしたね」
マスターが慰めるように言った。
「もとはと言えば、その工員がきちんと代金を箱に入れておけば、そんなことにはならなかった。それに、人の財布なんてどこに何が入っているかわかりませんから、小銭入れなのか、思い出のものが入っている場所なのかなんて、見分けがつきませんよ」
そうだろうそうだろうと、タコ社長が満足そうに頷いた。
そのとき、店内に入ってくる者がいた。くろたんだった。
■ ロジック
「おやおやみなさん、呑気に思い出話でしょうか」
そう言ってくろたんは、カウンターの左から2番目、タコ社長の右隣りに座った。今日はコスプレではなく、ダンディくろたんだった。
「ロジック死亡のニュースは見ていないのですか?見ていればシルクロードステークスにサインを送りそうだということは、わかりそうなものですが・・・」
2006/5/7(日)
NHKマイルC
3-06 ロジック 1着
同日新潟メイン
大日岳特別
6-12(シルク)ヴェルリッツ 1着
同日京都メイン
都大路S
7-08(ロード)マジェスティ 1着
→(シルク)(ロード)
おおという歓声が店内に挙がった。くろたんが言った。
「ロジックの唯一のGⅠ勝利、かつ最後の勝利。そのNHKマイルCの日に行われた残りふたつのメインの勝ち馬で『シルクロード』。サインがないはずがありません」
くろたんはそう言って口角をわずかに挙げた。リモコンを操作し、久保田利伸の「Missing」を入れた。ココリコ遠藤が、女を口説き落とすときによく歌ったというバラードの名曲だ。それをくろたんは、情感を込めてしっとりと歌い上げた。
「それではこれで失礼しますよ。みなさんの邪魔になってはいけない」
くろたんはそう言って、足をケガしている亀のようなゆっくりした速さで店を出て行った。最後のセリフを言ってから、完全に店を出て行くまでに3分ほど時間がたっていた。
「くろたんさん、足でも痛めたのかしら?ずいぶんゆっくりと歩いていたわ」
ギョニ子が首を傾げながら言った。マスターが首を左右に振って答える。
「いや、そうじゃないでしょう。シルクロードの話をしたので、本当なら久保田早紀の『異邦人』を歌いたかった。サブタイトルが『シルクロードのテーマ』ですからね。それで久保田違いの『Missing』を歌い、いやいや久保田早紀やないんかーい!久保田利伸のほうかーい!その突っ込みが欲しかったんでしょう。そこで、できる限りゆっくりと歩いて店を出て行った」
「あえて放置プレーをしたんですね?」
真一郎が尋ねると、マスターは頷いて言った。
「くろたんは基本ドSですが、ドMなところもあります。今ごろ外で失禁しているかもしれません」
■ 2019/2020
2024年1月24日(水)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-
その日、やや興奮した様子で話し始めたのは麗子ママだった。YouTube動画の秘密が解けたかもしれないという。
「みんな気づいていたと思うけど、今年のYouTube動画は2年ワンセットになっているわよね?しかも2019年と2020年」
麗子ママが言っているのは、JRA公式チャンネルのYouTube動画にアップされる、当該週重賞レースの過去の優勝馬のことだ。例年であれば選ばれる馬は一頭で、どの年の馬が選ばれるのかには規則性がないように見えるが、今年はどの重賞も2019年と2020年の2頭が選ばれているという。
「西暦で表記されているから気づきにくいんだけれど、元号に直したらピンときたのよ」
2019・2020
平成31/令和元・令和2
「今週、大正から昭和、昭和から平成という元号の切り替わりについて話題があがったわよね?2019年もまた、平成から令和という元号の切り替わりの年なのよ」
「そりゃあ気づかなかったぜ。今年はパリオリンピックの年だから、2020年のほうなら、東京オリンピックの年だなあとは思ってたがなあ。まあ、結局コロナのせいで2021年に延期されたんだけどよう」
麗子ママが頷いて言った。
「そう。東京オリンピックは、延期こそされたけど、中止にはならなかった。それが大事なポイントだと思うの・・・それは後で説明するとして、まずは今年の重賞勝ち馬の生年を西暦と元号でみてちょうだい」
<2024 重賞勝ち馬>
中山金杯
1着 リカンカブール
2019/4/16生まれ(平成31)
京都金杯
1着 コレペティトール
2020/2/15生まれ(令和2)
フェアリーS
イフェイオン
2021/4/1生まれ(令和3)
シンザン記念
ノーブルロジャー
2021/5/8生まれ(令和3)
愛知杯
ミッキーゴージャス
2020/4/3生まれ(令和2)
日経新春杯
1着 ブローザホーン
2019/5/10生まれ(令和元)★
東海S
チャックネイト
2018/5/8生まれ(平成30年)
AJCC
ウィリアムバローズ
2018/2/17生まれ(平成30年)
「先週まで施行された重賞は八つ。令和元年生まれは日経新春杯のブローザホーンのみよ。中山金杯のリカンカブールは、ブローザホーンと同じ2019年生まれだけど、元号でいえば平成31年生まれなの」
マスターが頷いて言った。
「北半球で生まれた馬が大半を占めるJRAの場合、競走馬は4月末までに生まれた馬が多く、5月生まれ、6月生まれは少数派です。例えばリカンカブールやブローザホーンと同じ5歳馬は、抹消馬も含め4,985頭いますが、5月以降に生まれた馬となると859頭しかいません。率にすると17.2%となります。この中には、令和生まれ初のダービー馬、ドウデュースも含まれていますが」
「なるほどなあ」
タコ社長が腕を組みながら言った。
「硬貨でいやあ昭和64年発行はごく少数派。競走馬では、令和のスタートが5月1日だったために、令和元年生まれの馬は令和2年以降の馬に比べるとガクッと頭数が落ちるわけだ」
麗子ママは頷き、説明を続けた。
「YouTube動画の過去優勝馬が2年ワンセット。これが今年一年ずっと続くと仮定してだけれど、元号表記にした場合の切り替わりが、春の天皇賞になるのよ」
<YouTube動画 過去の優勝馬 2019/2020>
東西金杯(1月6日)~春の天皇賞(4月28日)
平成31(2019)・令和2(2020)
京都新聞杯(5月4日)~ホープフルS(12月28日)
令和元(2019)・令和2(2020)
「春の天皇賞ですか・・・」
真一郎が言った。
「今までの重賞に限ると、令和元年生まれの勝ち馬はブローザホーンのみ。春天に出てきたら何か役割があるでしょうか?」
■ ふたつの大震災
「それは大いにあり得ると思うわ」
麗子ママが言った。
「それも、同枠サポートなんかではなく、自身が1着ということもあると思うの。今年2024年は、とんでもない大災害からスタートしたわよね?」
「能登半島地震ね・・・」
ギョニ子が眉間に皺を寄せて言った。いまだに連日報道されている痛ましい災害だ。麗子ママが頷いて言った。
「そう。2019年の平成31年と令和元年・・・31と1・・・つなげると3.11になるわ」
2019=平成31&令和1→31&1→3.11
みんながごくりと唾をのみ込んだ。マスターは目を閉じたまま腕を組んでいる。麗子ママが続ける。
「東日本大震災の3.11を示唆するだけなら、2019年の一年だけでいいと思うの。でもJRAは、2020年とワンセットにした。コロナの影響で東京オリンピックが延期された年を使いたかったのだと思うの」
2024 中山金杯
(リカン)カブール
(津)村明秀
「中山金杯のリカンカブールには、病気にかかるという意味の『罹患』があるわね。これは2020年から本格的に猛威をふるうようになったコロナのこと。騎手の津村明秀には津波の『津』があるわ。3.11と能登半島地震ね」
「凄いぜママさん!そこまで読んでたんだ!」
タコ社長が感心したように言った。
「京都金杯のコレペティトールはどうなるんだい?」
「こじつけにはなるけれど・・・」
麗子ママは、そう前置きをしたうえで言った。
「騎手が岩田康誠よね?この騎手もまた、ある『切り替わり』の年に重賞を勝っているわ。スワンステークスのカツジよ」
2020/10/25(日)京都11R
菊花賞 コントレイル(前田晋二)
※旧京都競馬場 最後のGⅠ馬
2020/10/31(土)京都11R
スワンS カツジ(岩田康誠)
※旧京都競馬場 最後の重賞勝ち馬
「GⅠならコントレイル、重賞ならカツジ。この2頭を送り出し、京都競馬場は長い改修工事に入ったわ。改修工事・・・すなわち破壊と再生ね。人の都合と天災という違いはあるけれど、競馬場の改修工事と大震災に破壊と再生はつきものよ」
■ マイネルホウオウ
何気なく見ていたYouTube動画に、そんな仕掛けがあったとは思いもよらなかった常連たちは、麗子ママの説明に釘付けになっていた。話には続きがあった。
「ロジックのことを調べてみたら、面白いことに気づいたの。馬主は前田幸治。先ほど出てきたコントレイルの前田晋二のお兄さんね。それはいいとして、この馬、誘導馬になった初めてのGⅠ馬なのよ。それでね、現在誘導馬を務めている馬に、GⅠ馬がいないか調べてみたの。2頭いたわ」
<GⅠ優勝歴あり 現役誘導馬>
東京競馬場
マイネルホウオウ
2013 NHKマイルC
京都競馬場
ペルシアンナイト
2017 マイルCS
「マイネルホウオウ!ロジックと同じNHKマイルC勝ち馬ね!」
ギョニ子が声を弾ませて言った。タコ社長が続く。
「東京に京都!今週からの主場競馬場と一緒じゃねえか!ロジックの死亡ニュースは偶然とは思えねえ!」
「そうなのよ」
麗子ママがにっこりとほほ笑みながら言った。だがすぐに、ほほ笑みは消えた。
「NHKマイルCの前身は、みんな知っての通りNHK杯よね?なんども出てくるキーワード『切り替わり』・・・最後にNHK杯が行われたのが1995年なのよ・・・そう、阪神淡路大震災が発生した年よ」
1995/1/17
阪神淡路大震災発生
同年5月7日 NHK杯(GⅡ)
(マイネル)ブリッジ
※最後のNHK杯。翌1996年からNHKマイルC(GⅠ)
「マイネルホウオウと同じマイネルですね」
目を閉じていたマスターが、目を開けて言った。
「これも偶然とは思えませんね」
麗子ママは頷いて、説明を再開した。
「阪神淡路大震災発生により、延期になった重賞がひとつあるの。そう。社長さんが2020年のことを挙げてくれたわよね?東京オリンピックは延期にはなったけど、中止にはならなかったって。その重賞は、日経新春杯なのよ」
1995/1/28(土)
日経新春杯
6-07 ゴーゴーゼット
※1月22日(日)より延期
2024(日経新春杯)
5-08 ブローザホーン
※1月21日現在で今年唯一の「令和元年」生まれ
■ 相馬野馬追
「さあ、私の長い説明もこれで最後よ」
麗子ママは軽くウインクして、茶目っ気たっぷりに言った。
「くろたんさんが取り上げてくれたロジック。相馬野馬追に参加したことがあると書いてあるわ。昨年、大井競馬場で4年振りに野馬追賞が施行されたの。相馬野馬追の関係者が来場し、法螺貝吹奏などが行われたそうよ。ブローザホーンの馬名意味は『その角笛を吹け』。動物の角と貝殻の違いはあれど、法螺貝とは共通点があると思うの」
「いやー、とても興味深い見解でした!」
真一郎が手を叩きながら言った。
「今年の春天、日経新春杯勝ち馬で令和元年馬であるブローザホーン。今のところ堂々の本命候補でいいんじゃないですか?」
みんながうんうんと頷いた。麗子ママは少し照れながら言った。
「こんなことを言って、登録すらなかったらごめんなさいね。それこそ大ぼら吹きだわ」
麗子ママの冗談に、みんなが笑った。
スナック忘れな草
天皇賞(春)本命候補馬
ブローザホーン
■ マルコ
2024年1月25日(木)午前10時
-東京都某区 真一郎が勤務する病院 言語療法室-
真一郎は、スナック忘れな草から持ってきていた迷子犬探しのチラシを、目の前にいる男性患者に見せた。真一郎がメインで担当している患者ではなく、先輩言語聴覚士が担当している患者だ。犬が大好きで一匹飼っているという情報があったから、話のとっかかりにはいいだろうという判断だ。
「ほほう、うちの犬と同じウェルシュコーギーじゃないですか!」
80代前半である男性患者は、まだ少し呂律不良が残る発音で興奮して言った。よほど犬が好きなようで、チラシの犬をしげしげと眺め、目尻に何重もの皺が寄るほどニコニコとしていた。
「その迷子犬は、マルコという名前のようです。おそらくですが、漫画のちびまる子ちゃんからつけたんだと思います」
真一郎がそう言うと、男性患者は数秒沈黙したのち、大声をあげて笑った。
「ハハハハハ!先生は愉快な人だ。だがこのマルコちゃん。漫画ではなく福音書からつけられていると思いますよ」
「ふ、ふくいんしょ?」
耳慣れない単語であったため、真一郎は頭の中で漢字に変換することができなかった。
「幸福の福に音と書いて福音。それに書物の書です。新約聖書には、マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネの4つの福音書がありこれを四福音書といいいます」
「ははあ。新約聖書ですか・・・キリスト教ですよね?ずいぶんお詳しいですね?」
言葉を選びながら真一郎が尋ねると、男性患者はにっこりとほほ笑みながら言った。
「いつもの先生にはまだ告げていませんでしたが、実は私はクリスチャンなんです。そして、うちで飼っている犬の名前がルカというんですよ。メスのウェルシュコーギーです。四福音書から選ぶなら、ルカがいいと思いましてね。ですが知らないところでマルコちゃんがいるとは思いませんでした。早く見つかるといいですね」
真一郎は興味深く話を伺った。もしかしたらマルコの飼い主であるひとり暮らしの男性も、クリスチャンなのかもしれない。何か大きな出来事を体験したのちに洗礼を受けて。
男性患者の、キリスト教に関する説明は続いた。
「四福音書で最初に登場するのが、マタイ伝です。マタイ伝は、旧約聖書と新約聖書をつなぐ架け橋と呼ばれています」
まさか自分に対して布教してこようとまでは考えなかったが、真一郎はできるだけ丁寧に、かつ、ほどほどに距離を置くかたちで話を伺った。
■ マタイ伝
昼休みになり、真一郎はスマホを操作していた。例の男性患者、キリスト教に関する話がなぜか気になっていたのだ。
「マタイ伝は旧約聖書と新約聖書の架け橋・・・橋・・・ブリッジ・・・」
昨日スナック忘れな草で、麗子ママの話にマイネルブリッジが登場した。
「ブリッジは『橋』。マイネルは『マ』から始まる・・・『タイ』から始まる馬がいたら『マタイ』の完成となるが、そうは問屋が卸さないだろう・・・」
スマホでとあるページをみたその瞬間、真一郎は雷に打たれたような衝撃を受けた。暖房が効いている部屋だったにもかかわらず、ブルブルっと身震いをして思わず両腕をさすった。近くにいたリハビリスタッフが、風邪でも引いたかと声を掛けたほどだった。
えらいものを見つけてしまった!今日は定時になったらすぐに店に行こう。
■ アロンズロッド
2024年1月25日(木)午後6時半
-東京都某区 スナック忘れな草-
スナック忘れな草の店内には、常連客の中ではまだタコ社長しか来ていなかった。マスターと麗子ママとの話題は、アーモンドアイの初仔に関することだった。前日の24日に、その初仔の名前がアロンズロッドであることがシルクレーシングから発表されていたのだった。
シルクロードステークスがある週に、シルクレーシングからの大きなニュース。加えて、「2023年ロンジンワールドベストレースホース」に同じシルクのイクイノックスが、および「2023年ロンジンワールドベストレース」には、同馬のラストランである2023ジャパンカップが選出されており、シルクロードステークスへサインを送る気配は十分すぎるほど漂っていた。
「モーセが海を割った際に使用した杖。母名より連想・・・とありますね。旧約聖書の出エジプト記にある話のようです」
マスターがそう言うと、タコ社長が言った。
「海が割れるのよーーだな。おっとそれは天童よしみの珍島物語か・・・モーセの十戒くらいなら知ってるぜ。だがその杖とアーモンドがどうつながるんだい?」
その問いには麗子ママが答えた。
「ネットの受け売りだけど、モーセの兄であるアロンの杖に、アーモンドの花が咲き実がなったらしいわ」
麗子ママがそう言ったとき、真一郎が息を切らせながら入って来た。何かいい情報があるらしい。カウンターのいつもの席にまだギョニ子がいないのを確認すると、カウンターの右角に腰をおろし、何の話をしていたのかと尋ねた。
マスターが、アーモンドアイの初仔であるアロンズロッドの話を聞かせると、そのニュースを知らなかった真一郎は、口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。気を利かせた麗子ママが、真一郎に渡した一杯目を、生ビールではなく水にしたくらいだった。
■ 創世記
真一郎が駆けつけ三杯とばかりに水を一気に三杯飲み、やっと落ち着いたところでギョニ子が入ってきて常連客が揃った。
「今日子ちゃん、お待ちしておりました」
マスターがにっこりとほほ笑んで言った。ギョニ子が不思議そうな顔をして答える。
「え?そんなに待たせたっけ?いつもの時間だと思うけど・・」
「しんちゃんがね、とっておきのネタがあるみたいなの」
麗子ママが言った。タコ社長も続く。
「おうよ!こちとら江戸っ子だからよう、早く聞きたくてうずうずしてたんだ。しんちゃん、頼むぜ!」
「は、はい。なんだかハードルをあげてしまったようですね。もしかしたらここに映っているマルコちゃん。漫画のちびまる子ちゃんではなく、四福音書のマルコのようなのです」
真一郎は、例の迷子犬探しのチラシをみんなに見せながら言った。
「新約聖書に出てくる四福音書には、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つがあります。昨日登場したマイネルブリッジ。この馬はマタイを示唆しています」
1995/1/17
阪神淡路大震災発生
同年5月7日 NHK杯(GⅡ)
マイネルブリッジ
※最後のNHK杯。翌1996年からNHKマイルC(GⅠ)
1995(マ)イネル(ブリッジ)※最後のNHK杯
1996(タイ)キフォーチュン ※最初のNHKマイルC
店内におおおという声が、地響きのようにあがった。
「四福音書のトップバッターであるマタイ伝には、旧約聖書と新約聖書をつなく架け橋という役目があるそうです。GⅡ最後であるNHK杯と、GⅠ昇格初年のNHKマイルCをつなぐ2頭で『マタイ』。マイネルブリッジがキリスト教を示唆することは、その戦歴にも表れています。クリスマスの日にホープフルステークスを勝っているのです」
1994/12/25(クリスマスの日)
中山06R ホープフルS 2歳OP
1-01 マイネルブリッジ
「そこへ来て、アーモンドアイの初仔、アロンズロッドのニュース。旧約聖書の出エジプト記から来ています。出エジプト記の前に記されているのが創世記。ジェネシスです」
「クロノジェネシスのジェネシスだな?」
タコ社長が訊いた。真一郎が頷いて説明を続ける。
「創世記に出てくる逸話で有名なのが、ノアの方舟です。不謹慎な連想ではありますが、大洪水から能登半島地震を思い出さずにはいられません」
「ノアの方舟・・・」
マスターが自分の言葉をかみしめるように言った。
「シルクロードステークスにぴったりの馬がいますね?」
ギョニ子があとを引き継いだ。
「ソラフネ!メイショウソラフネね!!」
■ マイ☆ボス マイ☆ヒーロー
「マスター、今日子ちゃん、ありがとうございます!メイショウソラフネこそが、今年のシルクロードステークスにはぴったりだと思っています」
真一郎が声を少し震わせながら言った。顔もやや紅潮している。
「ソラフネの馬名意味は『宙船』。もちろんTOKIOのヒット曲でしょう。『宙船』は、TOKIOのボーカル長瀬智也が主役を務めたテレビドラマ、『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』の主題歌でした。この『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』、放映されたのが2006年。ロジックがNHKマイルCを勝った年なのです!」
2006 NHKマイルC
ロジック
同年 7月8日 - 9月16日
『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』放映
主題歌:宙船(TOKIO)
みんなが拍手をして真一郎の見解を褒め称えた。マスターが言った。
「YouTube動画、2019と2020年のワンセット。そしてロジック死亡のニュースとアロンズロッドのニュース。3つの点が見事につながり線となりましたね!長瀬智也のドラマ、『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』もプラスでしょう。今年もJRAはHERO IS COMING.ですから」
その後、スナック忘れな草の常連たちはメイショウソラフネの入るべきゲートについて検討した。完璧に仕込んでくるならあそこしかないだろう。そして、あの調教師の馬にもつながるはずだ・・・
■ ノアノハコブネ
2024年1月26日(金)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-
その日、スナック忘れな草に集まった常連客たちは、みな満面の笑みを浮かべていた。迷子犬マルコが無事見つかったというニュースに加え、本命馬メイショウソラフネが、これ以上ないゲートに入ったのだ。
1/28(日)
シルクロードS
(6)-【12】メイショウソラフネ(6枠左)
1/27(土)
京都11R 舞鶴S
(6)-10 ダッチマン
(音無秀孝・小田切光・6枠左)
1985 オークス
(6)-17 ノアノハコブネ
(音無秀孝・田中良平・小田切有一)
出エジプト記によると、アロンズロッド、すなわちアロンの杖はユダヤ人の族長「12人」に一本ずつ配られた杖のうちのひとつである。
また、創世記に登場するノアの方舟。同名のオークス馬ノアノハコブネは音無秀孝調教師に、騎手時代の唯一のGⅠ勝利をもたらした馬である。
音無秀孝騎手と小田切有一。小田切有一氏の息子小田切光氏とのコンビで、土曜メインに出走するダッチマンの位置が、メイショウソラフネをサポートしている。
音無秀孝調教師が、騎手時代に積み上げた勝利数はわずかに84。生涯勝利数が100勝に満たない騎手でGⅠを勝ったのは、この音無秀孝と山本勲(通算99勝、1957年皐月賞)の2名だけである。
メイショウソラフネ
角田大河 JRA通算72勝
(2024年1月26日現在)
角田大河 重賞未勝利
石橋 守 重賞未勝利
その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな
『宙船』
作詞/作曲:中島みゆき
スナック忘れな草
シルクロードS 勝負馬券
12番メイショウソラフネの単勝
※ ブローザホーン
その角笛を吹け
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