スナック忘れな草~高速道路の星・2024中山金杯~
この度の令和6年能登半島地震により被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。皆様の安全と被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。
トップ画像引用:王様「高速道路の星」
■ 本日臨時休業
2024年1月5日(金)午後6時30分
-東京都某区 スナック忘れな草-
真一郎とギョニ子が到着すると、スナック忘れな草の入口ドアには「臨時休業」の札が下げられていた。真一郎はなんのためらいもなくドアを三度ノックする。ドアの向こうから麗子ママの声がした。
「イクイ?」
ギョニ子が答える。
「ノックス」
ガチャリと鍵が開く音が聞こえ、ドアが開いた。麗子ママが笑みを浮かべて立っている。
「いらっしゃい。社長さんも来ているわよ」
カウンターの左角で、タコ社長がよおと手を挙げた。真一郎とギョニ子は目で応じ、いつもの指定席に座った。真一郎がカウンター右角、ギョニ子はその左隣。
「さあ、みんな揃ったぜ。一日おあずけをくらったんだ。じっくり話を聞かせてもらおうじゃねえか?」
タコ社長の促しに、マスターは大きく頷いた。
■ 煮込みハンバーグ
2024年1月1日(祝・月)午後4時30分
-東京都某区 真一郎とギョニ子が住むアパート-
ギョニ子が能登半島地震のニュースに気がついたのは、元旦の午後4時半のことであった。
Amazonプライムで映画「罪の声」を見ている途中、トイレで用を足したついでにコーヒーを入れることにした。ティファールでお湯を沸かしている間ヤフーニュースを見て、石川県を中心に広範囲で地震が発生していることを知ったのだ。
「正月そうそう大変なことになったわ」
ギョニ子は心の中でそうつぶやき、まずは職場の患者や職員のことを思った。地震が発生した地域に実家がある患者や職員はいなかっただろうか。少なくとも思い出せる範囲ではいないようだった。
次に真一郎のことを思った。言語聴覚士である真一郎は、患者とのリハビリ中だろうか。それともパソコンで何か書き物をしているタイミングだろうか・・・いや、そんなことよりも・・・
真一郎の出身は、2011年の東日本大震災で甚大な被害を受けた地域のひとつである、岩手県だ・・・
スマホを操作しヤフーニュースからLINEに切り替えると、ギョニ子は素早く文章を打ち込み、真一郎に送信した。
「元旦の勤務お疲れさまー。石川のほうで大きな地震があったね。患者さんの心のケア、大変だったね。今日は焼肉にするって伝えてたけど、しんちゃんの大好きな煮込みハンバーグにしたよ。今までで一番おいしくできたから、お腹すかせて帰ってきてね!」
「さてと」
スマホを閉じたギョニ子は、冷蔵庫の中身をチェックした。朝から今夜は焼肉と決めていたから、煮込みハンバーグを作れるような材料は入っていない。確か近所に一軒だけ、元旦から営業しているスーパーがあったはずだ。コートを羽織り財布とスマホを手に取ると、アパートを飛び出した。
■ 帰省中の同僚
煮込みハンバーグに必要な食材をカゴに入れ、レジの順番を待っていたギョニ子は、遠くにいる女性客に目がいった。野菜売り場のあたりで品定めをしていたのは、ギョニ子と同じ病棟に勤める看護師の滝山だった。スーパーで職場の同僚に会うことはさして珍しいことではないが、今日ここに滝山がいるのはおかしい。
滝山看護師は、実家がある岡山に帰省中のはずなのだ。ギョニ子は記憶をたどった。あれは12月の27日か28日だったか。あともう数日で大晦日というタイミングで、年末年始出勤予定だった滝山は、12月30日から1月3日までの連休取得を申し出たのだった。
午前8時ごろ、ギョニ子がナースステーションでその日担当する患者のカルテをチェックしているときに、滝山は病棟師長に連休を取りたい理由を説明していた。母親がコロナにかかったため、その母親がいつも介護している父親の母、つまり母親にとっての義母、滝山にとっての祖母を介護する人がおらず、代わりに自分が面倒をみるためどうしても連休を取りたいという。
「コロナにかかっている人がいるところへはむしろ帰したくないんだけれど、そういう理由ならしょうがないわねえ。今年の正月に連休を取ったスタッフに、事情を話して代わってもらうから大丈夫よ」
病棟師長はそう言って、滝山の右肩をポンポンと叩いた。滝山はよろしくお願いします。ご面倒をお掛けしますと何度もお辞儀をして、ギョニ子の隣に座りカルテチェックを始めた。
誰も変わってくれる人がいないなら、自分が出勤してあげようとギョニ子は考えていた。しかし、その日のうちに主任看護師のひとりが代わりに出勤する手はずが整い、ギョニ子は予定通り正月三が日を休むことができた。
ギョニ子の並んでいるレジの列は、高齢者の客が勘定の際にもたつく人が多く、遅々として進まなかった。そのうち、買う物を選び終わった滝山が隣の列に並び、ギョニ子と目が合った。ギョニ子は知らないふりをしてあげようと目をそらしたのだが、一瞬遅くバッチリと目があってしまった。
「ええと、今日ちゃん?あのね、出勤したら全部説明するから」
ギョニ子は黙ってうなずいた。嘘をついてまで休んだとは思いたくはなかったが、彼女が岡山に帰省していないのは事実だ。休み明けにじっくりと聞かせてもらおう。
■ 罪の声
2024年1月2日(火)午前8時00分
-東京都某区 真一郎とギョニ子が住むアパート-
目を覚ました真一郎は、隣でまだ寝ているギョニ子を起こさないように、ゆっくりとベットから降りた。昨夜、ギョニ子が作ってくれた煮込みハンバーグを堪能したあと、ふたりは何度も愛し合った。まるで、何カ月も逢っていなかった遠距離恋愛の若いカップルのように。
トイレで用を足し、お湯を沸かす間に食事をしたテーブルの上の食器をとゴミを片付けた。ゴミをスーパーのレジ袋に入れようとしたとき、レシートが入っていることに気がついた。ふたりがよく行く近所のスーパーのものだ。ひき肉や玉ねぎという文字がレシートに刻印されている。日付と時間から、地震発生後に買い物したことがわかった。
ハンバーグを作ってからメールしたのではなく、メールをしてからハンバーグの食材を買いに行ったんだ・・・
用意していた焼肉は、ふたりにとっては割と値の張るものであったから、贅沢さという点においては煮込みハンバーグに勝る。だがギョニ子は、少しでも手の込んだ、愛情のこもった料理を自分に食べさせたかったのだろう。その温かい心に胸が熱くなった。
思えば、昨年の春ごろには死のうとさえ思っていた。地元の岩手県、車中での練炭自殺だ。車内に目張りをして練炭に火をつけようとしたとき、ギョニ子からすぐに東京に来てほしいという連絡があり、今こうして生きている・・・
そうなのだ。選ばれなかった者は、前に進むしかない―
■ 投下されなかった現金
ギョニ子は、鼻孔をくすぐるおいしそうな匂いで目が覚めた。真一郎が、朝食を乗せたトレイをベットサイドに持ってきてくれていた。
「朝ごはん作ってくれたの?ありがとー」
真一郎が作ってくれたのは、残り物の煮込みハンバーグをトーストしたパンにはさんだものと、簡単なサラダ、そしてインスタントのコーンスープだった。
「おいしい!なにこれ?パンではさんだだけなのに」
大げさに喜んでくれるギョニ子に、真一郎はありがとうと言った。ご飯を食べ終わると、コーヒーを飲みながらふたりで映画「罪の声」を見ようということになった。
「ああ、そうそう。ここで地震に気がついたのよね」
ベットの上に持ってきたノートパソコンは、映画のある場面で一時停止されていた。
「えーとなんだっけ。犯人から要求されたお金を渡しに行く場面だったかなあ?まあいいや。最初から一緒に観ようね」
映画「罪の声」は、重いテーマの作品だった。1980年代に日本中を震撼させたグリコ森永事件を題材にしている。犯人グループが脅迫に使用する音声を、大人の指示で何もわからず吹き込んだ子供たち。彼らが大人になって音声の意味に気づいたあとの、苦悩と葛藤が丁寧に描かれていた。
JRA70周年企画でCM楽曲を担当している星野源も出演しており、音声を吹き込んだ3人の子供のひとりが、家庭を持ってからの生活を演じていた。
「あ!ここだわ。ここら辺まで観ていたの」
ギョニ子が画面を指さしながら言った。警察は犯人の指示通りにお金を用意し高速道路を走行していたが、指定された場所には目印の空き缶が用意されていなかったのだ。そのため、用意していた現金が高速道路から投下されることはなかった。
映画の中では、この場面こそが犯人逮捕の最大にして最後のチャンスだったと語られていた。
「高速道路か・・・」
真一郎は、エンドロールの字幕を見ながらぼんやりと思った。星野源は京都市内で紳士服店の店主をしているという設定だった。また、映画の中で阪神パークという動物園も登場する。
阪神淡路大震災?あれはいつのことだっただろう。何年だったかはともかく、1月ではなかっただろうか。その年の金杯は?
Wikipediaでも見ようとスマホを操作していたところ、下腹部に熱いものを感じた。ギョニ子がもぐりこんでいた布団から顔を出し、いたずらっぽく笑った。
「今日は休みだから、いいでしょ?」
そう言うとまた布団の中に潜り込んで、真一郎のものを愛撫し始めた。そんな気はまったくなかった真一郎だったが、すぐに臨戦態勢になった。スマホをサイドテーブルに置いて、ギョニ子に身をゆだねた。
まあいい。競馬のことはしばらく忘れよう。
■ 危機一髪
2024年1月4日(木)午後4時20分
-東京都某区 真一郎の言語訓練室-
真一郎の言語訓練室には、車椅子に座った70代の男性患者がいた。左脳出血の後遺症で右の上下肢に麻痺がある。舌や口唇などの口腔器官にも麻痺が及んでいたため、呂律が回りにくくなる構音(こうおん)障害を発症していたが、日常会話には大きな支障がないレベルであった。
リハビリの冒頭では体調を尋ねたり他愛もない世間話をしたりすることが多いのだが、その日真一郎が担当した患者は、みな能登半島地震について言及していた。東日本大震災を思い出すという者も多かった。それだけ、あの震災が日本人に与えた影響は大きいのだろう。
目の前にいる男性患者も、能登半島地震の被害拡大について心配だと語った。そして、阪神淡路大震災を思い出すと言った。
「阪神淡路大震災ですか?」
真一郎は思ったことを素直に口にした。今日担当した患者で、阪神淡路大震災について触れたのはその患者が初めてだったのだ。
「いやね、先生。関西に親戚や知人がいたわけではないのですが、私は昔、高速バスの運転手をしていましてね・・・」
その男性患者が言っているのは、あの高速バスのことだった。地震の影響で完全に分断された高速道路。バスの車両前部が道路の切断面から前にはみ出すも、奇跡的に落下を免れたバスだ。真一郎も覚えていた。
「もし私が、あのときのバスの運転手だったらと思うとね・・・」
最後のほうは声にならず、男性患者はごめんなさいねと言って、テーブルの上にあったティッシュで目頭を押さえた。男性患者に慰めの言葉を掛けながら、真一郎は思った。
高速道路から落ちなかった、か・・・
■ ドウデュース
2024年1月4日(木)午前11時30分
-東京都某区 ギョニ子が勤務する病院 休憩室-
その日ギョニ子は、昼当番に配置されており早めの休憩を取っていた。病棟に勤務する看護師や介護士は、みんなが一斉に昼休憩を取るわけではない。患者のトイレ誘導やナースコールに、素早く対応するためだ。ギョニ子の病院では、昼当番にあたるものは1時間早く昼休憩を取り、休憩を終えた12時半から昼当番以外の職員が入れ替わるかたちで昼休憩に入ることになっていた。
「レジに並んだら今日ちゃんがいるんだもん。そりゃあびっくらこいたわよ」
セブンイレブンのサンドイッチをかじりながら、滝山看護師が言った。元旦のスーパーで、ギョニ子が遭遇した看護師だ。
「それはこっちの台詞よ。岡山にいるはずのタッキーがいるんだから」
ギョニ子が明太子おにぎりの海苔を巻きながら言った。昼当番は看護師が2名、介護士が3名の計5名だったが、介護士3名は食堂に行っており、休憩室にいるのはギョニ子と滝山看護師だけだった。
「で、帰省しなかったわけってなんなのよ?」
ギョニ子が尋ねると、滝山看護師はミルクティーでサンドイッチを流し込んだあと言った。
「実はね、父ちゃんがコロナにかかったのよ」
「はあ?ど、どういう意味?母親がコロナになったから、おばあちゃんの介護をするために帰るんじゃなかったの?」
「あちゃーー、そうだったわ。そういう設定だった」
滝山看護師はぺしゃりと右手で自分の頬を軽く叩いた。どうやら母親がコロナにかかったから帰省するというのは噓だったらしい。
「んー、今日ちゃんだから全部しゃべるね。実はね、そもそも急に帰ってこいということになったのは、有馬記念が原因なの」
有馬記念?競馬好きのギョニ子には聞き捨てならない言葉だった。思わず身を乗り出していた。滝山看護師によると、どうやら父親が有馬記念で大儲けをしたらしい。勝馬の単勝に30万円1点勝負。
「ドウデュースに30万ぶち込んだかー!」
「ど、どうでやんす?なに?」
競馬のことを全く知らない滝山看護師に、武豊がどうのドウデュースがどうのと言っても話が進まない。ギョニ子は先を急がせた。
「うちの父ちゃんって金がない癖にたまに当たると超機嫌がよくなって、みんなにバンバンおごってしまうたちなの。そんな人にお年玉10万やるから帰ってこいと言われたら・・・ねえ?」
滝山看護師はそう言って上目遣いでギョニ子を見た。あんたが私の立場だったら、同じことをしたでしょうと訊いている。
「10万かー。10万だったらあたしも帰るかもね。休みを取るために架空の親戚を殺してでも」
ギョニ子の言葉に滝山看護師は声を出して笑った。
「それはそうと、お父さんがコロナにかかったっていうのは?」
「そうそう!母親がコロナっていうのは休みを取るために私が作った方便だったんだけど、帰省する朝に父ちゃんから電話がかかってきて、俺がコロナにかかったから帰ってくるなって」
滝山看護師は説明を続けた。せっかく職場に無理を言って取った休みなのだから岡山に帰ると反論したが、父親はそれを許さなかった。10万円はあとで振り込むから、ゴールデンウィークかお盆休みに、都合がついたら帰ってこい。アリバイ作りのための菓子折りは宅配便で送る。そこまで言われて、結局帰省をあきらめた。
「なるほどねえ。それで岡山には帰らなかったのに、ちゃんとお土産は用意していたわけね」
ギョニ子はそう言って、テーブルの上に用意してあった岡山名物のきびだんごに手を伸ばした。滝山看護師の父親が送って来たものだという。
「でね、今日ちゃん。嘘みたいな話なんだけど・・・」
滝山看護師が声をひそめた。休憩室には依然としてギョニ子とふたりきりだから、声を潜める必要がないにも関わらず。
「帰ってくるなって電話があったのが30日の朝なんだけど、父親が最後に真面目な声でこう言ったの・・・」
「なんて?」
「・・・年が明けたら地震に注意しろって」
ギョニ子は目を丸くした。
「ええーー?!当たってんじゃん!お父さんって予知能力でもあるの?」
その時、ブーンブーンというスマホのバイブ音が聞こえた。滝山看護師のスマホだ。画面には「勝見」と表示されている。
「噂をすればだわ。父ちゃんから電話」
そう言って滝山看護師は電話に出た。
■ 予知
「はい・・・・うん、届いたよ、あんがと。ギリギリ昨日の夕方だけどね。10万円もなるべく早くね・・・うん、うん。ていうか勝見あんたホントにコロナなの?ずいぶん元気そうじゃん!・・・ええっ?やっぱ嘘なの!?」
父親と話す滝山看護師の声がひときわ大きくなったので、ギョニ子は人差し指を立てて声を小さくとジェスチャーした。いつ、介護士たちが入ってくるかわからない。休憩室のすみのほうに行き、父親と話していた滝山看護師は数分後にギョニ子の隣に戻って来た。
「あたしがついた嘘も方便なら、父ちゃんがついた嘘も方便だわ。地震のことが気になるから、自分がコロナってことにして東京にいさせたんだって。こっちはいいから、旦那のおかあさんのとこにいてあげなってね」
滝山看護師によると、父親は滝山看護師の夫の母親が都内でひとり暮らしをしていることを心配したらしい。地震がたとえ都内には大きな影響がない場所で発生したとしても、年配の者ほど心細くなるものだ。
「それでね、今日ちゃんと元旦にスーパーで会ったじゃん?あれは旦那の母親のところに行く途中だったの。夕食は鍋をつついて一泊してきたわ。元気そうでよかった」
それはなによりと言いながら、ギョニ子は競馬のほうが気になっていた。
「タッキーのお父さんてさあ、競馬上手なの?」
「まっさかー。いつもやられてばっかりのはずよ。今回の有馬記念だって、30年振りの大勝ちとか言ってたわ」
30年か・・・
「あ!そうそう、地震が来るかもしれないというのはなんで?なんでわかったの?」
「うーんとねえ、それもさっき訊いたんだけど、チラっとしか教えてくれなかった。有馬で儲けた金を飲み屋でジャンジャン使ってたんだけど、競馬仲間の忠告だったようなことを言ってたわ」
30年・・・地震・・・
ギョニ子は思った。なんだろう。何かがつながるようで、それでいて少しずれているような気もする。まるでシャツのボタンをひとつ分掛け違えているように・・・
■ トウカイテイオー
2024年1月4日(木)午後7時00分
-東京都某区 スナック忘れな草-
年が明けて最初の営業日ということもあり、話題はやはり能登半島地震のことになった。
「しかしなあ、よりによって元旦とはなあ」
新聞で地震の記事を読みながら、タコ社長が眉をひそめて言った。
「元旦でなければ、いつでもいいというわけでもないのですが・・・」
マスターが言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「それでも元旦というのはあまりに酷ですね。帰省したばかりに被害にあった方も多いでしょう」
真一郎が頷いて言った。
「せめてコロナで帰省する人が少なかった年ならと思うと、やり切れないですね・・・」
「なんか予兆のようなものはなかったのかよ」
絞り出すような声を出したタコ社長の言葉に、ギョニ子が反応した。
「予兆と言えば、同僚からこんな話があったの」
ギョニ子は、滝山看護師についての騒動をかいつまんで説明した。彼女の父親が30年振りに有馬記念で大儲けをしたこと。父親の競馬仲間から年明けの地震について忠告があり、それに従って帰省をキャンセルしたこと。
「なんだよそりゃ?予知能力ってやつかい?」
タコ社長はそう言って、1センチほど残っていた眞露の水割りを飲み干し、カラカラとグラスを鳴らした。
「30年前となると・・・」
マスターが言った。
「2023年の30年前なら、トウカイテイオーが勝った有馬記念ですね」
「おお!2着はビワハヤヒデだったな?」
タコ社長の言葉にマスターが頷いた。
「そうですね。トウカイテイオーとドウデュース。共通点は馬名の頭とダービー馬であることくらいでしょうか」
1993/12/26 有馬記念
1着:3-04 トウカイテイオー
2着:8-13 ビワハヤヒデ
2023/12/24 有馬記念
1着:3-05 ドウデュース
2着:8-16 スターズオンアース
「おや!枠の3-8も一緒ですね。今日子ちゃんの同僚のお父さんは、この出目も参考にドウデュースの単勝を勝負したんでしょうか」
「さあさあできたわよ」
そう言いながらみんなに熱々の湯気がたっているお皿を配り始めたのは麗子ママだった。
「腕によりをかけて煮込みハンバーグを作ったの。お店からのサービスよ。熱いうちに召し上がれ」
「おお!煮込みハンバーグ!実は・・」
そこまで言った真一郎は、左の脇腹に激痛を感じて口をもごもごとさせた。ギョニ子が右手で脇腹をつねっている。
「実はなに?しんちゃん?」
「え、ええと、実は初夢が煮込みハンバーグだったんです!いやあ、正夢だったとはなあ」
そう言いながらハフハフとやけどしないように一口ほおばった。
「うん!最高においしいです!」
そう言って親指を立てた真一郎を見て、タコ社長がやっと手をつけた。
「どうやら大丈夫そうだな。ただより怖いもんはないっつうからな」
「ちょっと社長さん、まるで毒でも入ってるみたいじゃない」
怒ったふりをする麗子ママに、マスターが続いた。
「社長さんのお皿にだけ、毒がたっぷり入っているそうですよ」
「おいおい、まいったなあ」
タコ社長がおどけたようにぺしゃりとハゲ頭を叩いたので、店内には笑いが起きた。
「毒と言えば」
真一郎が言った。
「JRAの70周年に登場の星野源。プロフィールに書いてあった『罪の声』を今日子ちゃんと観てみたんです」
真一郎は、映画のあらすじをざっくりと説明した。そして、高速道路が気になると話した。
「映画の中で高速道路の場面があるんです。犯人からの指示がなかったために、現金が投下されなかった。そして、今日たまたまなんですけど・・」
真一郎は、夕方担当した患者のことを、プライバシーには配慮しながら説明した。高速バスの運転手をしていたために、どこかで大きな地震があるたびに、阪神淡路大震災の高速バスを思い出すという話を。
「阪神淡路大震災・・・」
マスターが腕を組んで言った。
「投下されなかった現金・・・落下しなかったバス・・・高速道路・・・星野源」
マスターは眉間にしわを寄せ、腕を組んで目を閉じ何かを考えているようだった。それから、ちょっと失礼しますと言ってパソコンを操作しだした。その間、みんなは煮込みハンバーグを食べながらマスターの動向を伺った。推理のゾーンに入ったときのマスターの集中力には、誰も声を掛けられないすごみがある。
5分程度たったころ、マスターは声のボリュームを絞って言った。
「つながったような気がします。ドウデュースと阪神淡路大震災。今日子ちゃん、同僚のお父さんの話ですが、ナリタブライアンのことも言っていませんでしたか?」
「ナリタブライアン?・・・・・・あああ!!勝見よ勝見!!ナリタブライアンの騎手って・・」
「南井克巳ですよ」
マスターのことばに、ギョニ子は両手を拳固にして自分の頭をポカポカと叩いた。そして、同僚の父親の名前が勝見であることを説明した。マスターは満足そうに頷いて言った。
「やはりそういうつながりがあったのですね」
それから周囲をチラっと見渡してから言った。
「今日は競馬に興味のないお客様もいらっしゃいます。明日、臨時休業にしますので、皆さん集まってください。すべては明日、お話します」
■ 高速道路の星
2024年1月5日(金)午後6時30分
-東京都某区 スナック忘れな草-
<<< 冒頭のシーン >>>
「さあ、みんな揃ったぜ。一日おあずけをくらったんだ。じっくり話を聞かせてもらおうじゃねえか?」
タコ社長の促しに、マスターは大きく頷いた。昨日、ギョニ子の同僚の話と、真一郎の担当した患者の話から、マスターが立てた大胆な仮説が、常連客限定で披露される。
「サイン読みが好きな競馬ファンであっても、中には訃報ネタや震災ネタを扱うことを嫌う人たちがいます。ましてや競馬そのものに興味がない人たちであれば、震災と競馬を結びつけるなんてもってのほかでしょう。昨日は競馬を趣味としないお客様もおられたので、今日まで待ってもらいました」
みんなが頷いた。
「大胆な仮説ですが、もしかしたらJRAは、2024年に大きな地震が来ることをわかっていたのかもしれません。いつどこでとまでは限定できないが、かなりの確率でそれは起こると。
それは、ドウデュースが有馬記念を勝ったことがきっかけです。いや、かなりの確率で地震が来るとわかっていたからこそ、ドウデュースが有馬記念を勝つようにシナリオが組まれたのかもしれません。これをみてください」
1994/12/25 有馬記念
ナリタブライアン
【朝日杯3歳S・ダ―ビー】
1995/1/17
阪神淡路大震災 発生
2023/12/24 有馬記念
ドウデュース
【朝日杯FS・ダ―ビー】
2024/1/1
能登半島地震 発生
低いうなり声があちこちから発せられた。みんなが喉の奥から絞り出した声だった。
「今日子ちゃんの同僚のお父さんは、名前がカツミさんでした。だから、同じ名前である南井克巳で三冠馬となったナリタブライアンを応援していたのでしょう。30年前というのは記憶違いで、実は29年前だった」
マスターはそこまで言うと、ジントニックで喉を潤した。みんなもそれに呼応するように、眞露の水割りや生ビールを飲んだ。
「ナリタブライアンが有馬記念を勝った翌年、阪神淡路大震災が発生しました。元旦ではありませんでしたが、1月の17日。いったいどんな年になるんだと、日本中が震えあがりました。そして昨年、ドウデュースが有馬記念を制覇。朝日杯とダービーを制した馬が有馬も制するのは、ナリタブライアン以来でした」
「なるほどなあ。それで競馬仲間は阪神淡路大震災に思いをはせ、忠告したってわけだ」
タコ社長の言葉にマスターが頷いた。
「その通りです。ですが、同じような戦歴の馬が有馬を勝ったというだけで、地震のことを心配するでしょうか?もしかしたらですが、その競馬仲間は我々と同じようにサイン読みを趣味とするかたなのかもしれません」
マスターはそう言ってパソコンを操作し、JRA70周年ブランドCMのページをみんなに見せた。
「大きな地震があったとき、まず何を気にしますか?」
震度かなと真一郎が言い、津波とギョニ子が答えた。タコ社長は場所が気になるという。
「場所。そうです。それを別の言葉で言うと・・」
「震源地ね!」
麗子ママが言った。マスターが頷く。
「震源地。それです!今年は辰年。ブランドCMには星野源」
震源地(震=雨+辰)
【辰】年 星野【源】
おおという声が挙がった。
「まだあります。星野に辰、つまりドラゴン。ドラゴンの星野といえば・・」
「星野仙一か!」
タコ社長が膝を叩いて言った。
「ビンゴです。星野仙一は、楽天イーグルスを日本一に導きました。東日本大震災から2年後のことです」
「おお!有名な11.3だな!震災の3.11をひっくり返したら日本一になったってやつだ!!」
タコ社長が興奮して言った。
2011/3/11
東日本大震災発生
2013/11/3
楽天イーグルス 日本シリーズ制覇
「東北楽天ゴールデンイーグルス。東北を本拠地とする唯一の球団です。楽天の日本一は、震災からの復興の象徴でした。
話を高速道路に戻します。映画『罪の声』で示唆される高速道路。映画の中に登場する阪神パーク。高速道路から間一髪で落下を免れた高速バス。阪神淡路大震災を暗示しています。
つまり、星野源起用は二重にも三重にも意味を持たされたものでした。高速道路と星。英語にするとハイウェイスターです」
「ディープパープルだな!」
タコ社長が言った。マスターが頷く。
「そうです。ディープパープル。競馬でディープと言えばもちろんディープインパクト。実はディープインパクトと今年を結びつけるものがあります。それは、京都代替の宝塚記念です」
2006 宝塚記念(京都代替)
ディープインパクト
2024 宝塚記念(京都代替)
「ディープインパクトが勝った2006年は、今年同様阪神競馬場で改修工事が行われた年でした。そのため、宝塚記念は京都での代替開催となった」
マスターはそこで区切りを入れ、余韻を持たせた。
「ディープインパクトの前に、京都で宝塚記念が行われたのが1995年。阪神淡路大震災の年です。17頭が出走しましたが、ゴールできたのは16頭でした」
「ライスシャワー!」
ギョニ子が大声を挙げた。
「阪神淡路大震災の年だったのね!」
1995 宝塚記念(京都代替)
※阪神淡路大震災発生年
ダンツシアトル
※ライスシャワー 競走中止
■ サクラローレル
「今年がナリタブライアンの有馬の翌年とリンクするっつうのはよくわかったぜ。で、新年の競馬にそれがどう反映されるんだい?」
タコ社長の言葉に、ギョニ子と真一郎が頷いた。麗子ママもマスターをじっと見ている。
「中山金杯で、馬名のド一発があるかもしれません」
1995 中山金杯
※阪神淡路大震災 発生年
1着:6-11(サクラ)ローレル
2着:3-05(ゴールデン)アイ
2024 中山金杯
※能登半島地震 発生年
5-09(サクラ)トゥジュール(Rキング)
(6-11)(ゴールデン)ハインド
「サクラとゴールデン!この2頭が出走しているだけでも恐ろしい偶然ですね!」
真一郎が言った。右手で生ビールのジョッキを握りしめている。マスターが説明を続ける。
「先ほど高速道路の星をハイウェイスターと言いましたが、『高速道路の星』で一世を風靡した歌手がいます。王様です」
「高速道路の星」
唄:王様(=キング)
5-09 サクラトゥジュール
(Rキング=王様)
みんながうんうんと頷いた。マスターの説明は止まらない。
「さて、JRAが年明けに発表した動画の中に、『未来へ、走り続ける。その絆と一緒に篇』というものがありました。登場する3頭は、ドウデュース、アルアイン、エフフォーリアです」
2022 ダービー
7-13 ドウデュース
2017 皐月賞
【6-11】アルアイン
2021 天皇賞(秋)
【3-05】エフフォーリア
1995 中山金杯
1着:【6-11】(サクラ)ローレル
2着:【3-05】(ゴールデン)アイ
※ナリタブライアン(≒【ドウデュース】)の
有馬記念翌年
「おいおい!この3頭で阪神淡路大震災発生年の中山金杯を表してるじゃねえか!」
タコ社長が腕を組んで言った。ほかのみんなもうんうんと頷いている。マスターが続ける。
「偶然にしては恐ろしいですよね。そして、先ほど述べた通り、この1995中山金杯を示唆するようなサクラとゴールデンが、9番と11番に入った。1月2日、能登半島地震に関連するかたちで飛行機事故がありました」
「9.11!同時多発テロ事件だな?」
タコ社長が言った。
2001 有馬記念
1着:4-04 マンハッタンカフェ(小島太)
2着:1-01 アメリカンボス
※同年9月11日。世界同時多発テロ発生
中山金杯
1-01【キタウイング】【小島】茂之
5-【09】サクラトゥジュール
6-【11】ゴールデンハインド
「1番にキタウイング。小島厩舎。すごい偶然の一致だわ」
麗子ママの言葉に、マスターが頷いて言った。
「今年はフランスの年でもあり、アメリカの年でもあります。パリオリンピック開幕に、アメリカ大統領選挙。能登半島地震発生は1月1日・・・奇しくも、直近の枠連1-1決着のGⅠが、フランスとアメリカの同居でした」
2023 ジャパンカップ
1-01 リバティアイランド(アメリカ)
1-02 イクイノックス (フランス=ルメール)
■ イクイノックス
「次に、過去の優勝馬を紹介するJRAのYouTube動画。正月の4重賞すべて、2019年と2020年の勝ち馬を登場させています」
中山金杯
2019 ウインブライト
2020 トリオンフ
京都金杯
2019 パクスアメリカーナ
2020 サウンドキアラ
フェアリーS
2019 フィリアプーラ
2020 スマイルカナ
シンザン記念
2019 ヴァルディゼール
2020 サンクテュエール
「動画の並びを見てみると、トリオンフとパクスアメリカーナが並んでいます。これを見せたいがための、2年分の紹介なのでしょう。トリオンフは凱旋なのでフランス。パクスアメリカーナはもちろんアメリカです」
「トリオンフが中山金杯を勝った2020年は、延期にはなりましたが東京五輪が開催されるはずでした。つまり、東京五輪開催予定年に、次の開催国であるフランス関連の馬が勝ったわけです」
2020 中山金杯
トリオンフ(凱旋=フランス)
※東京五輪開催予定年
2024 中山金杯
アメリカ関連?
※パリ五輪開催予定年
2028
ロサンゼルス五輪 開催予定
「そうなると、今年は2028年の開催国であるアメリカに関連する馬や決着。京都金杯ではアメフト関連のダノンタッチダウンが面白いと思っていますが、中山金杯は同時多発テロの9番11番ではないでしょうか。
枠連1-1でアメリカ関連馬を従えて有終の美を飾ったイクイノックス。3月と9月。3.11の東日本大震災と、9.11の同時多発テロ。それを示唆しいているような気がします。
こういうタラレバの話は怒られるかもしれませんが、もし元旦に地震が発生しなかったとしても、中山金杯は9番11番を使ったかもしれません。近いうちに発生するであろう、大震災の予告として」
マスターはそこまで言い切ると、すっかりぬるくなったジントニックを飲み干した。タコ社長が拍手し、ギョニ子と麗子ママが続いた。中山金杯は9番11番で勝負だ。
■ 石川裕紀人
ただ一人拍手をしていなかった真一郎は、スマホを操作していた。
「あのー、ベタすぎてマスターは触れなかったのかもしれませんが、能登半島地震と言えば石川県ですから、石川裕紀人騎手はやはり気になります」
「おお、そうでしたね。しんちゃん、何かつかみましたか?」
マスターの問いに、真一郎は頷いた。
「明日、石川騎手は2鞍騎乗があるのですが、ハサミ目を形成しています」
<1/6(土)石川裕紀人>
中山1R
2-04 グリントリッター(2枠左)
中山5R
1-02 マイネルモメンタム(1枠左)
→「2枠3番(右)」をサンド
「2枠3番は、昨年石川騎手が勝った唯一の重賞のゲートなんです」
2023/7/31
アイビスサマーダッシュ
(2-03)オールアットワンス
(Cホー → 石川裕紀人)
※オールアットワンス 2021年に続き二度目の制覇
「馬のほうは、ひとつ間をあけての二度目の制覇でした。マスターから話が出たアメリカ大統領選挙。もしトランプが当選すれば、ひとつ間をあけての二度目の当選ということになります」
<アイビスサマーダッシュ>
2021 オールアットワンス
2022 ビリーバー
2023 オールアットワンス ※隔年制覇
<アメリカ大統領選挙>
2016 ドナルド・トランプ
2020 ジョー・バイデン
2024 ドナルド・トランプ?
「なるほど、そりゃおもしれえなあ。石川裕紀人がアメリカにつながるってわけだ」
タコ社長が言った。真一郎が答える。
「そうなんです。アメリカ、しかも同時多発テロにつながります。オールアットワンスは、ホー騎手からの乗り替わりでした。ホー騎手と言えば、JRA重賞の初制覇が、カフジオクタゴンだったんです。ペンタゴンとオクタゴン。五角形と八角形の違いはありますが、同時多発テロにつながります」
「オクタゴンはアメリカ国防総省。同時多発テロで3機目が激突した建物でした。しんちゃん、よく見つけましたね」
マスターがそう言うと、真一郎は頭を掻き照れた。満場一致で、中山金杯は9番と11番で勝負ということになった。
スナック忘れな草
中山金杯 勝負馬券
◎9番 サクラトゥジュール
〇11番 ゴールデンハインド
単勝:9番、11番
枠連:5-6
ワイド:9-11