『少女は自転車にのって』2012年 サウジアラビア 監督:ハイファ・アル=マンスール
《あらすじ》
サウジアラビアの厳格な女学校に通う10歳の少女ワジダ。
近所に住む男の子アブダラと自転車競争をしたいのだが、イスラームの戒律で女性は自転車に乗ってはいけないきまりになっていてくやしい思いをするワジダ。
そんなある日、お店で見かけた自転車に一目ぼれしたワジダは自転車を手に入れるために色々な手段を使ってお金を稼ごうと奮闘する。
サウジアラビア初の女性監督作品で、すべての撮影を国内で行いすべての役柄をサウジの俳優が演じた初の長編映画
〈感想〉
ワジダの暮らすサウジアラビアでは、女性は自転車に乗ってはいけないというきまりがあります。
日本で暮らしている私たちから見ると「そんな理不尽な」と思いますが、サウジアラビアの社会では理由は曖昧だけれど、とにかくそういうことになっていて、女の子なのに「自転車が欲しい」なんてとんでもないことを言うワジダは異端児扱いなのです。
女性は家族以外の男性に肌を見せたり声を聞かれたりしてはダメだとか、男性にだけ重婚が認められているだとか、家系図に女性は記載されないだとか、生理中は直接聖典に触れてはいけないだとか、ラブソングは悪魔の音楽だから聞いてはいけないだとか、外で男性と親しくしていると宗教警察に捕まるだとかそういう価値観と並行して、ワジダがコンバースのバスケットシューズを履いていたり、プレステを使ってコーランの勉強をしたり、大型ショッピングモールで派手な洋服を買ったりしていたりという現代的な生活が写し出されるのでそのギャップに戸惑ってしまいます。
この映画を観て「サウジアラビアはなんて男尊女卑な国なんだろう!」と思う人もいるかもしれません。でも2016 年度のジェンダーギャップ指数を観てみるとサウジアラビアは世界144カ国中141位、日本は144カ国中111位。そんなに変わりがないことがわかります。
ワジダの行動に眉をひそめる大人達や同級生のように、私たちが「そういうものなのだ」と何の疑問もなく思い込んでいる常識や慣習の中に、外の世界や先の時代から観たらとても理不尽でおかしなことがたくさんあるのだと思います。
生きづらさや理不尽な思いを心に抱えながらも、それに蓋をするように夫の価値観や既成の慣習に従い生きているワジダの母の姿を見て、今の日本の姿と重なるところがあるように私は感じました。
そんな社会の中で、どうしても自転車を買いたいワジダが学校の規則を破ってミサンガを作って売ったり、クラスメイトが恋人と密会するのを手伝ったり、ラブソングのカセットテープをダビングしたり、コーラン大会での優勝賞金を獲得しようと猛勉強したりと、あの手この手を使ってお金を稼ごうとして、とても子どもとは思えない交渉術を発揮したりかなりヤバめなことをしれっとやってのけたりするそのたくましい姿がなんともワジダらしくてフフフッと笑ってしまいます。
そして、この作品の中で私がとても印象的だったのが、アブダラに自転車を借りる時に補助輪がつけられていることにワジダが怒り泣き出す場面と、アブダラに「自分の自転車をあげる」と言われた時に「それじゃあ競争ができない」とワジダが断る場面です。
大好きな男の子アブダラに庇護される存在なのではなくて、対等に競争できる関係でいたいというワジダの思いと、その気持ちを理解して受け入れるアブダラの行動がとてもいい感じなのです。
つい最近、サウジアラビアの女性が車を運転することが許されたというニュースが報じられました。これも勇気ある女性たちが命がけで抗議活動をした結果だと聞きます。
このニュースとこの作品の最後の場面を重ねてみると「ワジダとワジダの母親、そしてこの社会の構造に生きづらさを抱える全ての女性たちが幸せになりますように」と祈らずにはいられないのです。