イシナガキクエは何のコラージュか
序
「イシナガキクエを探しています」はTXQ FICTIONによる報道番組の体を成した映像コンテンツで、「イシナガキクエ」という人物の捜索をする趣旨で4月29日にスタートしました。
明らかな不可解さや、ゆるやかに全体を覆う不穏な雰囲気が好評を博しています。
今回は、このコンテンツが何を成そうとしているのかを探求するnoteです。
目次
0.結論
1.奇妙な写真
2.口頭情報とテキスト情報の食い違い
3.ゾロ目の頻出
4.「AI」というキーワード
5.成し遂げようとしていること
6.終わりに
0.結論
まず私の考えから述べます。
まず多くの方が察しているだろうこととして、
本作は「イシナガキクエを捜索する」というポーズのもと
「イシナガキクエを創作」しているということが言えます。
あまり言葉遊び的な考えは良くないのですが、コンセプトとして腑に落ちます。実在しない(とされる)口裂け女が、全国の小学生たちの口伝により社会問題になったかのように、メディアパワーをもって架空の怪異をここに作り出そうとしていることは、昨今の参加型映像ホラーコンテンツの流れからいっても不自然ではないでしょう。
では、『イシナガキクエ』においてはどのような怪異の形成が望まれているのか。
それを考えるカギは「AI」にあると結論付けます。
「イシナガキクエのコラージュがAI的な技法で輪郭を得ようとしている」
これが私の考えです。
以下、ご参照ください。
1.奇妙な写真
番組中盤で提示される写真。米原実次が所持していたこの写真にはひとりの女性が映っており、彼女が「イシナガキクエ」だとされています。
中央に人物が立っているように見えますが、この写真にはいくつか不自然な部分があります。
❶ 背景の芝生のようなものはなにか?
❷ 女性の衣服が腕より横に広がっているのはなぜか?
❸ 明らかに人物にピントが合っておらず浮いて見えるのはなぜか?
最期の疑問をいったん無視し、直観的に考えると、以下のようなことが考えられます。
この人物は横たわっているのではないか?
死を連想させる表現は、一見納得性があります。
しかし、❸の疑問を踏まえて再度写真をみると、影の具合からどうにも人が横たわっているようには見えません。そして人物はボケて映っているのにも関わらず、腕の横まで広がる衣服のようなものと背景との境界は鋭利です。
そこで、以下のように考えました。
中央の人物は別の写真から切り貼りされたのではないか?
いわゆる"コラージュ"によって、この「イシナガキクエ」の写真は形成されているのでは、という考えです。
では、なぜそのようなことをするのでしょう。
2.口頭情報とテキスト情報の食い違い
考察するにあたり、もう一点の明白な異様さについて触れる必要があります。それは、「ナレーションと文字とで情報が異なる」という現象です。
番組中盤の情報提供を求める画面にてイシナガキクエの現在の年齢が「76歳」と読み上げられますが、その後にスタジオの状況に切り替わった際、ホワイトボードには「77歳」と記載されています。
また、番組終盤で司会者が放送日時を「深夜1時33分」と読み上げる際には、テロップには「よる1時53分」と表示されます。
特に放送時間はテレビ番組という都合上、最も間違えてはならない情報だと言えます。それをわざわざ間違えるということには何らかの意味があるはずです。この発想に一貫性をもたせるのが「ゾロ目」という共通点です。
3.ゾロ目の頻出
作中、奇妙なほどにゾロ目の数字が登場します。
・失踪したのは昭和44年(1969年)
・2024年の55年前の出来事
・イシナガキクエの生まれは昭和22年
・昭和44年当時、22歳
・2024年現在、77歳(ホワイトボードに記載)
さらに次回放映時間の33分を含めると、実に五種類のゾロ目が存在します。
昭和22年に生まれたイシナガキクエは昭和44年に失踪、そしてあえて言うならば昭和99年にテレビに取り上げられるというのは、偶然というにはいささか不自然で、口頭情報とテキスト情報との食い違いは、ここに目を向けさせるために存在しているのではと考えられます。
ゾロ目というと、以前『Q』の考察をした際に思い当たった、現実とフェイクとの相関性を示すためにゾロ目が使われてるという考えを思い出してしまいます。
『イシナガキクエ』においても、複製性になにかキーがあるのでしょうか。
現時点で明確なことは言えませんが、前述の「コラージュ」の考え方と組み合わせると、なんらかの関連性があると指摘することが可能です。
4.「AI」というキーワード
コラージュに見えるような米原実次氏の提示した写真は、番組中で「AI補正」によって輪郭を得ています。その補正済み写真が提示される際、「AIによる補正である」旨が念押しされる点が気になりました。
AIとはそもそも、膨大な情報を機械学習によって解析し、それを基にインプットに対するアウトプットを導くものです(門外漢のため適切な表現ができない旨、ご了承ください)。導き出される結果は、下敷きとしているデータによる産物だといえます。あえて感覚的に言い換えるならAIによるアウトプットは膨大なデータのツギハギだ、ということです。このボケた人物写真を補正するために何千枚という人物写真が用いられており、それらの傾向によってその姿を明らかにさせられてる。
目撃情報を収集する、というプロセスに似ていませんか?
5.成し遂げようとしていること
今回、特に悪意を感じるのが、この目撃情報の収集の方法です。
目撃者はエビデンスを出す必要はなく、電話口で簡単に目撃情報を作ることができます。なにせ番組では捜索情報としてイシナガキクエの情報が繰り返し提示されており、例えば「○○で似たような人物を見た」とさえ言えば、そこにイシナガキクエがいた事実が生まれてしまうことになります(現時点で目撃した人物を「老婆だった」と明言する情報がないことも印象的です)。
目撃情報を大量に集め、それによりコラージュだったイシナガキクエの写真を現実のものとしようとしている。
そもそも「コラージュ」という手法も、米原実次氏当時の、
「イシナガキクエ」を顕現させる手法だったのではないでしょうか?
6.終わりに
このnoteは2024年5月10日23時00分時点の情報によって作成しています。
このあと1時33分(ないし53分)に、第二回の放送がされるため、これまで述べたことはすべて覆されるかもしれません。
それでも、現時点での思考の整理として残しておきたく記しました。
ちなみにこのnoteを書くにあたっては『イシナガキクエを探しています』の映像のみを参照しています。特に昨今のオンラインホラーコンテンツは制作者側がしばしば記事などで作品の解説などをしていますが、個人的にはマジシャンが自分の手品のタネを見せびらかしているように感じられ、見ないようにしています。そのため、作者に類する方々の言説と食い違う部分があっても悪しからず。いち参加者の空想として、ご了承ください。
さて、この後の放送が楽しみです。
イシナガキクエは、いったい誰になろうとしているのでしょうか。