モノクロームの思い出。
以前、全く逆のことを書いた気がするが、モノクロームにも彩りのようなものがある。あるかないかは別として、ともかく、私は感じているのである。
それは、ひととき輝いて色褪せてゆくカラーとは違って、いつまでもそばで見守ってくれるような何かを持っている。
それは、隣にいて共に過ごし、一緒に歳を重ねてくれるような、そんな『暖かさ』ではないかと個人的には思っている。
そんなモノクロを、私は敬意をこめて、昔風に『モノックローム』と呼ぶ。
思えば、僕とモノックロームの出会いは、写真ではなかった。
昔のことである。たまたま某辞書サイトで見つけたのが最初であった。細長くて、とても小さいリバーサル・・・そう、8mmフィルムである。
カタカタという音とともに映写機から漏れ出てくる光。とても細かく写った絵柄の美しさ。
そのフィルムに、中学生の私はなぜか釘付けになった。
なぜかはわからないが、監督になりたくなった。無性に撮りたくなった。
しかし、当時の私に、一本8000円するフィルムが一本でも買えたわけはなく、そうこうしている間に、祖父の壊れたビデオカメラに興味は移った。
それから、長い時間が経った。
私は、また8mmに興味が湧いていた。
なぜなら、遠出の道中で寄ってもらったハードオフで、棚の中にコダックローム40フイルムを見つけたからである。
今思えば、それは何かの天啓であったのかもしれない。
一部非対応のカメラがあるサウンドフィルムだったが、何も知らない私は、帰りの車内で、サウンドが付けられる豪華版だと喜んで、音の出る8mm映像を想像してはわくわくしていた。
そして、何の知識もないまま、勢いでデットストックの8mmカメラを買ったのである。SANKYO SOUND XL-420というサウンドのつけられる8mmカメラで、アルミだか鉄だかの板張りで、録音用のシルバーに輝くヘッドもとても格好よかった。
何より、70年代の映像を彷彿とさせる。
新品だった箱を開けカメラに電池を入れ、トリガーを引くと、それは忘れ去られていた時間など、まるでなかったかのように動き出した。
うずうずして、早く撮影したくなった。
そうして、数日のうちにフイルムを詰めて撮影した。弟の習い事の用事で出かけた時だった。
その日は雨で、80年代に期限が切れたフィルムで撮影できるような日ではなかった。しかし、その撮影が、私はとても楽しかった。
雨に濡れた片側2車線を、車が進む。
道の両側に迫り出した、色とりどりのビルディングにマーケット。それをシャシャシャという音と共に、遠慮なく焼き付けた。
やがて、高架下脇の、二階建ての小さな施設についた。
建物を全景に収めようとして道に出たら、カメラの、雨に当たったところがくすんだ。
酸性雨の有毒性を思い出したので、カメラを雨に当てないように服で覆ったりして撮影した。
ファインダーの中の父、母。撮ろうとしたら嫌がる弟。
なぜか、全てが現実で見るより輝いて、あの時の雨の匂いを今でも忘れられないほど、私は嬉々としていた自覚がある。
作りかけの高架駅や、その駅前ロータリーを雨と共に写したあたりでフィルムが無くなった。
帰って、早速現像してみることにした。
やり方も何も知らなかったが、コーヒーとビタミンCで現像できることを知ったので、やってみることにした。
てっきりカラーでできると思い込んでいたが、モノックロームの反転ネガでしかできないということだった。
しかし、そんなことは問題ではなかった。なにか見れればそれだけでよかったのである
コーヒーとビタミンCやら重曹やらをペットボトルに入れ、水と混ぜると、茶色に泡は黄色のベタベタした液体ができた。ものすごい量の泡が噴き出してくる。
暗い場所というと西向きの自室とトイレくらいだったので、とりあえず部屋を真っ暗にして、鍋の中にフィルムを引っ張り出して入れてみた。劣化していたので、少し酢酸臭い。よくわからないが、薬品的な、化学的な臭いだ。
そこにさっきの液体を入れてこねくり回し、蓋をしたりして、一時間ほど経った。
そして、食塩水を入れて最低二時間放置するとのことだったので、私は待った。二日間位待った忍耐強い人もいるそうだが、私は気になってうずうずしていた。
もう少し待とうという自制心を無視し、二時間が経つとすぐに鍋をシンクに持っていき、水をこれでもかと流し込んだ。
何やら茶色やらの液体が薄まって少し出てきた後、真っ黒なフィルムが姿を表した。
何も写っていないのか??
私は少し落胆した。写っていないなんて。まあめちゃくちゃだったし仕方ないんだけど。と諦めていたその時。
一応フィルムをチェックしていると、数コマビルか何かが写っている。
『奇跡だ!』
私の全身がそう叫んだように、まさに奇跡である。
元々感度40と言えば、まっ昼間のよく晴れた日、泥棒が入れば白昼堂々の犯行として報道されるくらいの陽気の時に使うフィルムである。
それを適当に、夜寄りの夕暮れ時くらいの光量しかない時に撮って、ちょっと暗いくらいの部屋で鍋にぶち込み、適当に現像したら、そこにビルみたいな何かが確かに三本、写っていたのだから紛れもない奇跡である。
誰がなんと言おうと、それは奇跡であった。
初めの現像が大成功に終わったので、僕は期限切れの8mmを買い増してどんどん撮影していった。
出かける時、いつも通る大都会。駅前のビルの谷間を写した。車とともにフィルムはカートリッジの中を走っていく。
今度はエクタクロームというフィルムだったので、感度が160もある。コダックロームの実に四倍である。
大きな鉄ばりの、小さな報道カメラマン気分を味わえたサウンドカメラは、いつの間にかサウンドフィルムを受け付けなくなり、小さめのサイレントフィルムでしか撮影できなくなった。
現像するたび、スヌケのフィルムが出てきたり、妙なかすがたくさん出てきたりしたりつつ、数コマ写っていたりしたので、私は元気をもらってまた撮影した。
新しく、70年代の未使用の8mmフィルムが付属するカメラを買ったが、そのフィルムはどろどろになっていて、いつからか8mmは面倒くさいという印象がついた。
追い打ちをかけるように、写真用現像タンクを貰い受けたり、買い増したりしたので、8mmを現像する機会は少なくなった。
写真に傾倒したころ、私は、用事に向かうために母とバスの中だった。
そのバスの中で、3台のカメラが出品されているのを見つけた。
Canonのzoom 8-3という60年台の8mmカメラに、これまたCanonのDemiというハーフ写真カメラなどが付属していて、このDemiを売れば商品代金くらいは賄えると読んだ僕は入札をした。
この8-3が金属ゴテゴテで結構カッコよく、インテリアにしたり動かせればいいなと思ったのである。
用事の間も、退屈だったらカメラのことを思いワクワクした。
8mm、しかもダブル8というフィルムの入手が難しい規格のカメラを欲しがる人がいなかったようで、最低落札価格で落札できた。
数日後、インターホンが鳴った。
いつも何かが届く時のようにワクワクしながら、私は自らの手で荷物を受け取った。案外重くない印象を受けた。
早速箱を勢いで、多少乱雑に開けると、中には梱包材に埋もれた8mmカメラにDemi、よくわからないカメラアクセサリーがいくつか入っていた。
迷わず8mmカメラを手に取り、ゼンマイを巻いてみる。
想像以上に硬く、注油が必要だと思った。
トリガーを引いてみると、カメラは今更使い主が現れたことに驚いたかのように、最初はぎこちなく、少し後で注油すれば喜んでくれているかのように動いた。
そしてフィルム室を開けると、なんと中には使いかけのフィルムが入っていた。
少し驚いたが、これは結構よくあることだ。
使いかけで放置したか、もしくはカセットテープのようにAB面のあるのを知らず、片面のみ使って放置している場合もある。
なのでそこまで心動くことでもないのだが、私はあることを勘付いて心躍っていた。
フィルムは乾燥していて、そこまで臭くもない。
50年以上経過しているはずのフィルムに、私は一抹の希望を見出していた。
もしかして撮影できるのではないか。という希望である。
とりあえず早く撮影したかったので、前回の反省を生かして、晴れたおでかけ日和の日に撮影することにした。
そして、その日は来た。
少し田舎の方に行きつけの歯医者があり、そこに家族で行くことになったのである。
撮れてるかもわからないカメラとフィルムの、お互いが共鳴し、チキチキチキと音を出しながら撮影されてゆく。
海沿いの道。まぶしく輝く大きな海と、横の少し泥っぽい川。
それに続く夏の生い茂った森。
車から全てを焼き付けて、検診を受けて帰った。
かなり時間が経って、撮ってから冷蔵庫の中で忘れていたフィルムをふと思い出した。
二眼レフ用のフィルムタンクに入れて、現像してみる。
あの頃とちがって、現像液はフジのメーカーものになったが、あの頃の心は一切色褪せてはいない。
現像液を入れて10分くらい振り、水洗、定着、、、
タンクを開けたとき、そこには真っ黄色ながらも、たくさんの何かが写ったフィルムがあった。
『写ってる!!!』早速乾かして、ハサミで適当に半分に切る。
震える手で映写機にそれを差し込んだ時、そこには高速道路らしいコンクリートのガードレールや、家の大きい窓ガラスが映っていた。
合計40秒にもならない映像だったが、それは紛れもなく僕に感動をもたらしたのだ。
写真を撮るときも、現像が安全で、手軽で楽しい。
それこそが、モノックロームなのである。
いつまでも僕のそばに、隣にいて、いつも楽しませてくれる。
これこそがモノックロームであると私は思った。
ほとんど8mmの話で申し訳ない、、、
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