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不毛な口論が続くほど、愛はそこに降り積もる ーー木村聡志監督特集
人間と機械はいかにして峻別されますか?的な問いに対しては「ディスコミュニケーションが可能か否か」と答えている。
機械は0と1の羅列が織り成す数理的やりとりによって処理を進める。そこに「テキトー」とか「かもしれない」とかいった余地は認められない。全てはイエスorノーの二元論のもとで進行し、何か例外があればエラーとして吐き出される。
一方で人間のやりとりはもっと曖昧だ。多少ざっくりしていても伝えたいことは十分伝わる。
未来から来た青いハゲといえばドラえもんを指していることは誰にでもすぐわかるし、菅田将暉が履いてそうな汚いコンバースといえばジャックパーセルと相場が決まっている。Tinderのプロフに「おいで〜」しか書いてない男が表参道の美容院で注文する髪型がセンターパートであることは物理学の公式よりも普遍的だ。
ただし曖昧さの尺度というのは個々人によって割とバラつきがある。菅田将暉はどっちかっつーとCT70だろという人もいれば、Tinder男は依然マッシュヘアが優勢でしょという人もいる。
人間はこういう行き違いが生じた際、機械のようにエラーを吐き出して緊急停止するようなことは滅多にない。それどころか、何事もなかったかのようにやり過ごすことができる。つまり、ディスコミュニケーションが可能なのである。
あ、これは別に「人間ってスゴい!」という美談ではなく、ズレてることが互いにわかっててもとりあえず前に進み続けるしかない人間社会ってマジで異常だよなという話です。
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さて、ようやく映画の話に入ります。
木村聡志監督による一連の作品(『階段の下には踊り場がある』『このハンバーガー、ピクルス忘れてる。』『違う惑星の変な恋人』=Kimura Cinematic Universe=KCU)は、マジで異常な人間社会の中でスルーされ続ける些細なズレに目を向け、これでもかというほどに拡大表示した人間讃歌(または哀歌)だといえる。
![](https://assets.st-note.com/img/1720690286918-BQOooqzvMV.jpg?width=1200)
KCU作品では普通なら「あっそ」「ふーん」で済まされるようなズレをとことんまで追及する。「ハンバーガーって食べ物の中でも明るいほうの食べ物じゃん?」「男性器って世界で一番呼び名が多いものだよね?」といったイマイチ理解し難い主張の数々を「そうかもね」で終わらせない。コミュニケーションの途上に穿たれたズレを起点に、そこから死ぬほど会話を展開させる。
KCU作品において、コミュニケーションは基本的にマンツーマンで行われる。画角もほとんど動かない。居心地の悪いズレから逃げ出すための第三者的な仕掛けはあらかじめ排除されているというわけだ。そんなアキ・カウリスマキ的な、あるいはジム・ジャームッシュ的な画面構成の中で、出口を失った不毛な口論が延々と繰り広げられる。
登場人物たちはみな己の正当性を死守すべく詭弁を弄する。軟弱な詭弁の上にさらに軟弱な詭弁を重ねていくものだから、登場人物たちは時折目も当てられないような自己崩壊を起こす。その壊れっぷりがどうにもおかしみを誘う。
人間にはディスコミュニケーションが可能だ、と先ほど私は述べた。人間はズレを無視して先に進むことができる。しかし一方で、ズレをズレとしてしっかりと見据え、そのうえで妥協点を探ったり間違いに気付いたりすることもできる。KCU作品はそういうポジティブな意味合いにおけるディスコミュニケーションの可能性に作品の価値を賭けているのではないかと私は思った。
KCU作品の中で交わされる会話のほとんどは不毛だ。何の意味もない。そしてズレている。にもかかわらずどこか愛おしい。それはたぶん、登場人物たちの中に見出される人間味みたいなものに対する愛おしさなのだと思う。
彼らは別にレスバトルがしたいわけではない。彼らは互いのことをもっとちゃんと知りたいだけなのだ。だから不毛でしかないディスコミュニケーションの中で苦闘を演じ続ける。そしてその苦闘の持続ぶりは、互いが抱き合う愛の深さと比例関係にあるといえる。不毛な口論が続けば続くほどに、愛はそこに堆積していく。
そこで具体的に何が論じられたかはあまり重要ではない。論じられた時間があったということがいちばん重要なのだ。
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なんだか本編についてほとんど触れることができなかったが、KCU作品に関してはこれでいいような気がする。ショットがどうとかナラティブがどうとか、そんなん野暮でしょ、と思ってしまうので。この作品の場合は。
難しいことはさておき、まずは面倒臭い男女が交わす面倒臭い会話劇に腹を抱えてほしい。
彼らの面倒臭さの中には、きっと皆さん自身の抱える面倒臭さも隠れているはずだろうから、それを見つけて適度に悶えていただければと思う。
<上映情報>
☆場所
川口映画館&バー「第8電影」
埼玉県川口市栄町3-9-11 リーヴァ第一ビル2F
![](https://assets.st-note.com/img/1720690438239-EP8qoWMuce.png?width=1200)
☆上映スケジュール
『階段の下には踊り場がある』(132min)
7/8(月)~7/11(木) 15:30~
7/12(金)~7/15(月) 20:00~
7/16(火)~7/19(金) 18:00~
7/20(土), 7/21(日) 15:30~
『このハンバーガー、ピクルス忘れてる。』(80min)
7/8(月)~7/11(木) 18:00~
7/12(金)~7/15(月) 15:30~
7/16(火)~7/19(金) 20:30~
7/20(土), 7/21(日) 18:00~
『違う惑星の変な恋人』(116min)
7/8(月)~7/11(木) 20:00~
7/12(金)~7/15(月) 17:30~
7/16(火)~7/19(金) 15:30~
7/20(土), 7/21(日) 20:00~
☆鑑賞料金
各回一律1300円(税込)
(文責:「第8電影」支配人・岡本)