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湿度のある風景 ーー佐久間一璃『WALK -覚悟から生まれる道-』
映画から湿度を感じたことはないだろうか。
例えばアンドレイ・タルコフスキー『惑星ソラリス』の絶えず水が滴り落ちる家。あるいはアピチャッポン・ウィーラーセタクン『ブンミおじさんの森』の獣道さえ敷かれていない鬱蒼とした森。あるいはホウ・シャオシェン『憂鬱な楽園』の曲がりくねった熱帯の山道。
そこに確かに感じられる湿度の感覚は、物語の内容とは一切関わりがないにも関わらず、我々の映画体験をより豊かなものにしてくれる。
こうした作品を通じることで「映画は物語である以上にまず映像なのだ」というごくごく当たり前の、しかし一方で失念しがちなテーゼを再び認識することができるのだ。
本作『WALK -覚悟から生まれる道-』を撮った佐久間一璃監督と直にお会いした際、私は思わず「これは何作目になるんですか?」と尋ねてしまった。これほどまでに強く美しく湿度が立ち上ってくる作品を撮っているのだから、さぞかし「映画を撮る」という行為に熟達しているに違いない、と私は踏んだのだ。
しかし佐久間監督はあっけらかんと言い放った。
「これが初めてです!」
*
本作が被写体として選んだのは道川省三という男。彼は主に海外で高く評価されている陶芸作家で、世界各国の名だたるギャラリーで個展を開いている。本作はそんな彼の知られざる日常生活に密着したドキュメンタリー映画だ。
本作を観てまず思うのが、映像の洗練性だ。
ドキュメンタリー映画は、被写体と撮影者の間で「演技」の打ち合わせを行う劇映画と異なり、常に被写体の動きが先行する。だからどうしても「被写体の背中を撮影者が追う」といった画が多くなりがちだ。それゆえに良くも悪くも粗野な映像に仕上がることが多い。
しかし本作では意外にもすっきりとした定点ショットが多い。おそらくこれは、佐久間監督の辛抱強さの賜物なのではないかと思う。つまり、道川氏に密着し続ける中で彼の日常の所作を把握し、それに先回る形でカメラを置く位置を決めたのではないか、ということ。
定点ショットが多いことで、本作の映像は全体的に非常に落ち着いている。「山に籠る陶芸作家」という被写体を描くにあたって、これは最も心地よい映像空間だといえるだろう。
洗練されているのは映像だけではない。編集の領域においても佐久間監督は遺憾無くその技倆を発揮している。特に映像と音声の重ね方はまさに「プロの犯行」と評する他ない。
本作において映像は基本的に現在を語っている。つまり今まさに道川氏がやっていることを淡々とカメラに収めていく。一方で音声は基本的に過去を語っている。道川氏がこれまでに何をしてきたのか、どうやってここまでやってきたのかが道川氏の肉声によって供述されていく。
映像は現在を、音声は過去をそれぞれ語る。それこそが本作の基調をなす構造だ。しかし時折、両者の時制がふと重なり合う瞬間がある。音声の中で語られていた過去に、映像が同期する瞬間。あるいは映像の中で語られていた現在に、音声が同期する瞬間。
そのとき私は「あ、道川さんって人が本当にこの世界のどこかで生きているんだ」という実感を得た。映像と音声のそれぞれ別レイヤーで語られてきた「道川省三」という「情報」が、不意にぶつかり合うことで立体的で具体的な「人物」となって浮かび上がってきたのだ。まさに編集の魔術である。
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最後に、やはり映像の湿度という点には触れておかなければならないだろう。
本作の舞台は愛知県瀬戸市の山奥。そこに広がる湿度を本作は余すところなく映像に収めている。
まるで自分自身が森の中に足を踏み入れているかのような、あるいは水気を含んだ粘土を一所懸命に捏ねているかのような錯覚が、視覚を通じて他の五感にも心地よく行き渡っていく。
もはやここまでくると映画を「観る」というより「包まれている」という感覚に近いのかもしれない。
本作が提供してくれるのは、そんな豊かな映画体験だ。
<上映情報>
☆場所
川口映画館&バー「第8電影」
埼玉県川口市栄町3-9-11 リーヴァ第一ビル2F
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☆上映スケジュール
『WALK -覚悟から生まれる道-』(27min)
10/11(金)~10/17(木) 20:00~
☆鑑賞料金
1000円(税込)
(文責:「第8電影」支配人・岡本)