見出し画像

【短編小説】雷帝の息子

ぼくの父親は、土建屋の社長だ。自分の代で、会社を起こして会社を大きくした。身体も大きく、大学在学時はラグビーをやっていた。
「大学の方はどうなんだ?」
「順調だよ。父さん。無事に卒業できそうだよ。」
兄と父親が会話している。
大きな父親のおかげで、ヒルトンホテルのルームサービスのような朝食を取っている。クロワッサンにオムレツ、2種類のソーセージにサラダ、飲み物はコーヒーとオレンジジュース。
「卒業できるのは知っている。首席で卒業できるのかを聞いている?」
「大丈夫だよ。父さん。」
父は高圧的に兄に問いかけた。
兄も父親と同じ大学に通っている。今年が卒業する年だ。会話を聞いてわかるように、首席で卒業できるほど優秀だ。それに勉学だけでなく、スポーツもできる。父親と同じラグビーを大学の部活でやっている。
兄も父親のように賢くて大きい。この時間が毎日、地獄だ。父や兄に比べて、自分の小ささに毎回うんざりする。
年齢が高くなるについれて、大学や仕事などで、家族と顔を合わす機会は少なくなった。朝のこの時間は必ず、顔を合わせて食事をとることが、ルールになっている。
「お前はどうなんだ?学校は?」
「うん、大丈夫だよ。」
私は父親の質問に答える。
「うん、じゃなくて、はいだろ。大丈夫って何が大丈夫なんだ?」
父親がすかさず、私の言葉を指摘する。
「はい、順調です。」
兄の回答を真似て答える。優秀な兄の真似をしていれば怒られることもないだろう。
「順調か、何が順調なんだ?父さんと同じ大学に行けそうなのか?」
「いや、実はそのことなんだけど。」
ぼくが言いかけた。
「声優の専門学校に行きたいみたいだよ。父さん」
僕の代わりに兄が答えた。
「何?」
朝食の場が静まる。
「声優かなんか知らないが、そんなもんに出す金はない!」
僕のことを睨んで父はいう。
「本当に好きならば、自分で稼いでやってみろ。私はそうした!」
再び、馬が凍る。
「まぁまぁ、進路のことだし、もう少し考えてみようよ。あっ、そろそろ大学に行かなきゃ。」
兄が静まった場をなごますように言った。
「むう。」
いつもこういう時に兄に助けられている。だからいって、兄弟仲が特別いいわけではない。兄がこういうところでも出来すぎているのだ。父は、自分も優秀だったこともあり、自分のレベルに達すルことが当たり前だと思っている。兄が優秀であればあるほど、当たり前の基準が高くなってしまっている。優秀な兄の存在に助けられていると同時に、兄の存在が僕を苦しめる。
「私もそろそろ出る。」
父も兄とほぼ同時に席を立った。

「少しずつでもいいから、お金を稼いでみればいいじゃない」
母がぼくに向かっていう。
「少しでも働いて、本当に声優になりたいって姿勢がわかるでしょ?そうすれば、お父さんも認めてくれるよ。」
顛末を聞いていた母親が話す。あのような場では、母親は絶対に意見や反論をしない。父が、昔気質の人間だからだ。女は意見するな、という考えが根幹にあるからだ。
母はそれを察してあの場では話さなかった。
「うん。」
僕は母からの提案に安堵した。
バイトを探してみよう。父に認められるようになるために。

バイトの募集を見てみる。
どれも決まり切ったものしかない。コンビニだったり、スーパーだったり。
自分には、時間がなかった。高校三年生になったばかり。進路をもう決めなければいけない。そんななか、ちまちまとコンビニで品出しやレジ打ちをしたって、父親を到底説得できないと思った。
とにかく高い時給のものはないかと、探していると、ある募集に目が止まった。
「現金を引き出すだけで高額報酬。」
短期間で頭もなく身体も晴れない自分が稼ぐにはこれしかないと思い、思わずクリックしてしまった。
ノックの音にびっくりした。
「そろそろ、飯だけど。」
兄がドアを開けて話す。僕は慌てて、ノートパソコンを閉じた。
「いますぐ行く。」
僕は答えた。タイミングが良くて驚いた。
一回試しにやってみよう。やばそうだ立ったらすぐにやめればいんだし。そう自分に言い聞かせて応募してみた。

依頼主との連絡のやり取りは、マニアックなメッセージアプリだった。
理由を聞いたら、セキュリティの機密性を高めるためらしい。特にこの時は疑問にも思わなかった。
兄がノックをした。
「父さんとクレー射撃行くけど、お前どうする?」我が家では、月に一度、クレー射撃を行なっている。
「行かない。これからバイトがある。」
「おおー、そうか!いいじゃない!頑張れよ。父さんにも言っとくわ。」
兄の明るい対応に嬉しい反面、不安と真っ当な仕事ではないのでは?という申し訳ない気持ちがあった。
仕事内容は、現金を下ろす仕事だった。
やり取りは主に、マニアックなアプリによる、通話とメッセージだけだった。
メッセージに従い、都内の駅にあるロッカーから複数の銀行カードを取り、現金をありったけ下ろすだけだった。
簡単すぎる業務内容と、下ろす現金の額のギャップに驚いた。もしかしたらヤバい仕事でないか?が確定した。
しかし、このまま引き下がるわけにもいかず、全ての金を引き出して、駅のロッカーに現金を入れた。入れたロッカーの番号と暗証番号を送信して仕事は完了した。
現金を下ろすだけで、5万円が振り込まれていた。僕は嬉しくなった。
何もできないと思っていた自分が少し救われた感覚だった。

「何だ、お前最近バイト始めたんだって?」
父親が僕に向かっていう。
「はいそうです。」
「バイトするのもいいが、勉強はどうなんだ?それが疎かになったらダメだからな。」
父親は強い口調で僕にいう。朝ごはんのクロワッサンの味がしない。粘土を食べているようだった。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。自分のやりたいことのために始めているんですから。」
兄がフォローした。
「ん、うむ。」
父親も兄のフォローで少し黙る。その時、兄のスマホの通知音がなる。
「メシの時は、スマホをきれ!」
父親が兄をきつめに注意する。それにめげずにこたえる。
「大学からですよ。卒論のテーマを決めなきゃいけないので。あっそろそろ出ないと。」
兄はスマホの通知を確認して、席をたった。
少しでも父親に認めてもらえるように頑張ろう。そう思い自分も学校のカバンを持って、出かけようとした時、自分のスマホにも通知が来ていた。
「もっと大きい仕事してみない?」
前回のバイトの雇い主からのメッセージだった。

父親から認められない気持ちもあり、どんな内容か聞かずにやりますの返信をしてしまった。また、現金を引き出すだけ程度だと思っていたから。

何の仕事かも知らされずに、集合場所に集まった。
僕の他に2人いた。一人は大学生っぽい人、もう一人は20代後半で少し太った男だった。太った男はタバコを吸っていた。
「何するか分かってんの?」太った男は私に話しかけてきた。
「いや、ちょっとわかんないです。」
「そうなんだ。」
太った男は、ニヤニヤしながら話す。
「高校生ぐらいだけど大丈夫?」
「大丈夫です。」
「分かって言ってんの?」
太った男は笑いながら答える。
太った男のタバコが吸い終わりそうになったなったときに、黒いハイエースが来て止まった。
中から、体格のいい男が出てきた。年齢は30代くらいで肩に刺青が彫ってあった。
「バイトの子たち?」
優しそうな声で男は話した。男を見た瞬間、内心帰りたくなったが、声で少し安心した。
「ウィース。」
太った男が刺青男に挨拶をする。
刺青の男は笑顔で答える。
「とりあえず、乗って。」
僕らはハイエースに乗り込む。

「次はどんな仕事なんすか?」
当たり前のように助手席に太った男が乗って、刺青の男に話しかける。刺青の男は黙っている。
「てゆーか、コンビニ行きません。腹減りません?」
太った男が話しているときに、鈍い音が聞こえた。太った男の鼻から血が滴る。
「うぅー。」太った男はうなだれる。
「余計な話したら、こいつみたいになるから。」
車内が静まりかえる。
「これから行く家をたたくから。」
刺青の男は静かにいう。

「たたくってどういうことですか?」
大学生っぽい男が恐る恐る聞く。
「強盗。」
刺青の男はシンプルに答える。
「えっ、それは流石に?」
太った男が割って入る。
「豚は喋んなや。」
刺青の男がいう。
「あっ、逃げようとしても無駄だから、オメーらの情報はアプリ通してバレてるから。」
刺青の男は静かにいう。
心から震えた。こんなことになるならやめておけばよかった。帰りたい。何でもいいから帰りたい。窓の景色を眺める。いつもと違うように見える。
「大丈夫。指示役が言うには、今日はその家は確実に留守だから。土建屋らしく大量の裏金があるから、それをたたくから。」
刺青の男は続けて話す。
車は目的地に着々と向かっている。

「ついた。」
車を端に寄せた。刺青の男がいう。
僕は思わず口にしてしまった。
「ここだけは嫌です!」
「うるさい。デブは見張ってろ。目立つから。」
刺青の男は、僕と大学生に目指し帽を渡した。
トランクから一通りの道具を出した。
目指し帽を被り、刺青の男と大学生で家に侵入した。

玄関を開けて、書斎に入る。書斎の中に入った。その時、刺青男のバイブ音が聞こえた。構わず、裏金を探す。本棚をかき分けるとそこには、金庫があった。
その時、玄関の扉を開ける音がした。
全員が固まった。
「ただいまー。」父親の声だった。手にはクレー射撃用の銃があった。
「父さんちょっと、待って!」兄さんの声も聞こえた。
刺青の男は慌てて窓から逃げようとした。
玄関から書斎に歩く足音が聞こえる。自分も逃げようとしたが、窓から遠い。
「誰だお前らは!」父は大きな声で叫んだ。
僕ははやく逃げようと、窓に向かった。大学生がもう窓に達している。
その時、ものすごい音が聞こえた。腹から血が出ていた。
「誰だ、貴様らは!」目指し帽をとられた。

「わーーー!」父の声がこだまする。
「どう言うことだよ!これ!聞いてないよ!」兄が振り絞った声で言っているのが聞こえる。

書斎の上には、声優の専門学校の願書があった。

<エピローグ>
キャスター「昨夜、都内で強盗事件がありました。闇バイトの実行役である息子を射殺してしまう。さらに指示役が射殺された兄という事件です。父親の裏金を狙った事件となっており、指示役の兄は、ずっと父親のことを恨んでいたそう。父親の望む息子になった報酬として、裏金を狙ったと供述しています。」
<了>

いいなと思ったら応援しよう!