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本は人、雑誌は世界。1冊の向こうに人がいる

思いがけず、「出版物の総額表示義務化と紙媒体の衰退で引き起こされること」を多くの方に読んでいただくことになりました。本当にありがとうございます。フォローもしていただいて恐縮しております。その後の経過やTweetなどを見ていて、本や雑誌を大事に思ってくださる方がたくさんいることをあらためて知ることになり、うれしくもなりました。その続きのようなものを今日は書いてみようと思います。

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 新型コロナウイルス感染症による自粛生活が明けた6月、初めて三省堂書店に行ったときのこと。自分の毛穴がぶわーっと開くように血がめぐるのを感じた。ここに人がいる、と感じたからだ。

 自粛生活中は多くの人と同様、外出先といえば家の近所に買い物に行くくらい。取材や打ち合わせもリモートになり、新しく人に会うことはほとんどなかった。本が欲しいときは近くに個人経営の書店が開いていて助かったが、よく行く大型書店はオフィス併設の複合ビルに店舗があったため、のきなみ休業だった。そんな生活を1カ月ほど過ごしての大型書店。店内のお客さんはまだ少なかったが、フロアいっぱいに並ぶ本棚を見たとき、久しぶりに人に会ったような気持ちになり、体温がほんの少し上がった気がした。初めての感覚だった。

 本は人。そう教えてくれたのは、ある心理学者の先生だ。コミュニケーションがうまくなるコツを取材するなかで、先生のアドバイスの一つが、多くの人と会って話すことだった。とはいえ、人づきあいが苦手な読者のためにコミュニケーションのコツが知りたいわけで、現実には多くの人と話すのはハードルが高い。では、どうしたら、と聞き返したときに、先生が口にしたのが「本があるでしょ」という言葉だった。本を読むことは、人とコミュニケーションを取るのと同じ、と言うのだ。

 そう言われれば、フィクションでもノンフィクションでも、本の多くは著者が1人だ。読む文字の向こうには、必ず書き手である「人」がいる。読書も人と話すのと同じコミュニケーションの一つと思えば、確かになるほど、なのだ。読んでみて「好き」と思う本もあれば、「苦手だな」と思う本もある。夢中で読んでしまう本もあれば、読み進めるのに苦労する本もある。装丁に惹かれて読んでみたけれど、途中で読むのをやめてしまったり、人に勧められ、なんとなく読んでみたら、とても気に入ったり……。人づきあいに似てないだろうか。

 そして、本が人なら、雑誌は世界だ。テーマも見せ方も違う雑多な企画が集まり、一つの雑誌の名の下に、まとまった塊を構成する雑誌は、さまざまな人が行き交う街でもあり、国でもある。私の頭には、そんなイメージが浮かんだ。

 総額表示義務化の件は、出版物だけでなく、他の商品にも関係する話だ。なぜ出版物だけ、私たちはわっと「このままにしてはいけない」と思ったのだろう。出版物は、自分が働く業界という欲目もあるが、やはり他の日用品などとは違う存在なのだと思う。私たちは、本や雑誌の向こうに、人の存在を感じるのではないだろうか。だからこそ、手に取りたくなり、買いたくなる。直接、その人に会うことはなくても、文章を通して書き手の考えを知ったり、新しい世界を知ったり、物語に魅了されたりする。共感することもあれば、反発を感じることもある。それも相手を傷つけることなく、自分なりのペースとほどよい距離感で交流できるのだ。

 そんな本が、一部であっても、価格表示という、現状のままでも解決できる問題で、この世からなくなるかもしれない。それは、1人の人間が消されていくようなものだ。一挙一投足が注目されるスターでなくても、家族や友人など、誰にでも大切な人はいる。また、これから出会い、人生を変えるきっかけになるかもしれない人も。そんな存在がふっと消えてしまう。その痛みを本に感じるからこそ、総額表示義務化に抵抗を感じるのだろう。

 私の知り合いの編集長は、担当する文庫の販売を継続するか否か、ラインナップの見直しをするときに、毎回、脂汗をにじませながら増刷を諦めるタイトルを選んでいる。ほぼ絶版にするのだから、心のなかでは涙も流しているだろう。なかなか外部には伝わらないが、出版社のなかには、自分が担当した本でなくても、1冊の本の行く末に悩み、読者に届けたいと思っている人たちが大勢いる。また、1冊の本や雑誌を作り上げ、読者に届けるまでには、著者だけでなく、編集者やカメラマン、イラストレーター、デザイナー、校閲者、印刷会社の担当者、出版社の営業、流通担当者、書店員など、大勢の人が関わっている。とても効率の悪い世界だ。だが、私たちが暮らす世界が反映されていると思えば、多くの人が1人(1冊)を支え、助け合うのは当たり前のことだ。

 本や雑誌を単なる商品=モノと感じるのか、あるいは、人と感じるのか。総額表示義務化に対する反応には、そんな違いも隠れているのではないだろうか。

 

仕事に関するもの、仕事に関係ないものあれこれ思いついたことを書いています。フリーランスとして働く厳しさが増すなかでの悩みも。毎日の積み重ねと言うけれど、積み重ねより継続することの大切さとすぐに忘れる自分のポンコツっぷりを痛感する日々です。