Bounty Dog 【And end run.】 6-8

6

 支部のデルタの自室に戻ってきたヒュウラは、元の格好に戻っていた。掴んだ林檎を齧り食べながら、無表情でデルタを見つめる。
 元の格好に戻っているデルタは、床に散らばっている林檎の芯と蜜柑の皮を掴んでゴミ箱に捨てた。銀縁眼鏡を指で調整しながら暫く物思いに耽ると、食べ終えた林檎の芯を己でゴミ箱に捨てたヒュウラに向かって話し掛けた。
「値段の計算に関する相談と報告は無かったものの……レベル1は特段問題が無かったな。次は一気に難易度を上げて、レベル3を実行して貰う。成功報酬が大変素晴らしいから、頑張ってくれ」

7

 ヒュウラは、支部の倉庫近くの通路に来ていた。身を伏せて、遠くから目的地を観察する。
 4畳程の小さな部屋の入り口に設置された、木製の引き戸は開いていた。中で人間の女性保護官が1人、壁を覆うように置かれているアルミの棚と箱の中の人間の道具達を検品している。
 ヒュウラは仏頂面で赤い腰布に覆われたポケットの中を弄った。短い紐が付いている骨の形をした布製の犬用玩具を取り出すと、伸縮する紐を限界まで引っ張ってから、彼方に向かって放り投げた。
 ピロロロ、ピロロロ!!けたたましい軽快な音を出して、偽物の骨が飛び跳ねながら騒ぎ出す。女性保護官は罠に掛かった。ピロロロ、ピロロロ!!けたたましく鳴り響く犬の玩具に気を取られて、倉庫の中から通路に出て来てから、ピロロロ音が聞こえてくる彼方に向かって歩いて行った。
 ヒュウラが動いた。俊足で走って2秒も掛からずに倉庫の中に侵入する。木の引き戸を閉めると、首輪からデルタの声が聞こえてきた。
『パーフェクト、流石だ。お前は最高だ』
 自室でヒュウラの本を読みながら待機していたデルタは、道具を使って容易に目的地に侵入した賢い狼を褒め称える。至極上機嫌になっていた。机の上に置いている通信機の画面越しに、狼の亜人が装着している首輪に付いたカメラ越しに現場を見る。倉庫部屋の内部を見て銀縁眼鏡のレンズに覆われた青い目が緩むと、ほくそ笑みながらヒュウラに指示をした。
『此処までは順調だ。だが、此処からが重要だ。右側の一番隅に置いている箱の中から瓶を取り出せ。誰にもバレないように俺の所まで持って帰ってこい』
「御意」
 返事をして、ヒュウラは再び動き出した。隅に置かれている箱に近付いてから身を伏せると、箱の側面に人間が使う『世界共通文字』で文章が書かれている紙が貼り付いていた。
 ヒュウラは余り人間の文字が読めないので、紙に何と書かれているのか分からない。だが目の前の箱の中には、瓶がズラリと並んでいる。瓶というモノは、デルタが中身入りの酒の瓶を度々何処かから持ってきて、部屋の机に置いていて7回以上は見ているので知っていた。
 ヒュウラは首輪の背面に指を添える。スイッチを押して、デルタに指示を仰いだ。
「どれだ?」
『素晴らしい、相談のタイミングもパーフェクトだ。右の端のジンと、その2つ横の大吟醸と、その横にあるウイスキーと、その奥のーー』
 ヒュウラは仏頂面で、指示された銘柄の酒を引っ張り出して抱え込む。引き戸を、全く力を込めていない足でゆっくり音を立てないように押して開けると、通路を左に曲がり進んで、
 右側で待機していた女性保護官に、追い掛けられて肩を掴まれた。
 保護官は眉間に深い皺を彫っていた。己を罠に掛けてきた馬鹿犬に向かって注意してくる。
「ヒュウラ、何しているの?勝手に持って行っちゃ駄目よ。其れ、リーダーから奪い取ったお酒」
 ヒュウラは返事をしないが、反応した。仏頂面のまま保護官の方に大人しく振り向くと、倉庫番をしている女性保護官は狼の亜人が抱え込んでいる酒瓶を見て、深い溜息を吐きながら大きく被りを振った。
 倉庫の内部に向かって指を差す。酒を取り出した箱に貼っている紙には『リーダー没収品』と書いているのだと、亜人に教えた。
 ついでに、箱の中の酒瓶はアルコール度数の強い順に並べているのだとも亜人に教えた。「どれもこれも強いお酒ばかりね」呟いてから再び溜息を吐いて、女性保護官はヒュウラから酒を奪還しながら言った。
「リーダーの差し金だろうけど、彼に言っておいて。お酒の飲み過ぎ。あの人ね、ストレスが溜まるとお酒に逃げようとするのよ。アルコール依存症予備軍よ、とんでもないと思わない?」
 デルタが得る筈だった任務成功報酬品を全て奪われて、代わりにヒュウラは海苔付き醤油煎餅を1枚貰う。班長が部下に作った『ヒュウラに煎餅1日1枚』の決まりをしっかり守った女性保護官に、部下が班長に作った『酒に逃げない・酒を飲まない』決まりを破る為にエゴイスト男から送り込まれたスパイ犬は、口だけを動かして返事をした。
「何とも思わない」

8

 任務に失敗したスパイ犬は、デルタの自室に戻って仏頂面のまま貰った海苔付き醤油煎餅を齧り食べていた。デルタは八つ当たりをして叩き壊した骨型の犬の玩具をゴミ箱に力の限り叩き付けて捨てると、何に対しても訴えられない恨み節をぼやく。
「おのれ、バレてしまった。ヒュウラ、彼女が言った事は半分出鱈目だ。任務に支障が無いように、記憶が無くならない程度には量をセーブしている」
 煎餅を飲み込んだヒュウラは、仏頂面でデルタに訊いた。
「美味いのか?」
 デルタは即答する。
「絶対に飲ませんし、お前は煎餅以外の人間が味付けした飲食物は反射的に吐くだろ」
 机の上に広げているメモ帳を見た。走り書きであるが、ヒュウラを保護して面倒を見ている間、ヒュウラに関しての情報をメモに取っていた。最近知った情報は『嗅覚は人間よりやや優れている程度』だったが、自分が知らなかった獣犬族に対する新たな情報だったので、今日中にパソコン内に作っているデータ集に加えておこうと思っていた。
 デルタは己が理不尽な攻撃を喰らせに喰らわせて倒していたゴミ箱を起こして、ゴミ箱から飛び出してしまっていたゴミを全て中に戻す。ヒュウラから煎餅の包装を預かってついでに捨てると、再び暫し思考に耽てから、呟いた。
「今回はもう仕方が無い。この任務は後日改めて再戦するとして、次は難易度をレベル2に落としてーー」
 デルタの通信機が激しく震え出した。デルタはポケットから機械を取り出して片耳に当てた。
 自分の苗字を名乗って、応答している事を相手に伝える。相手は部下の男性保護官だった。報告された内容を聞いて、手短に指示をしてから通話を終える。
 デルタはヒュウラに振り向くと、胡座を掻いて座っていた亜人を立たせる。仏頂面のヒュウラは「一体どうした?」と首を横に倒して無言で尋ねると、デルタは真顔で亜人がした無言の質問に答えた。
「緊急任務だ。切り札(カード)のお前を使う。ホウレンソウの難易度はレベル5だ。この任務では必ず報告・連絡・相談をしろ」