Bounty Dog 【14Days】 96-97
悪い事をしたら罰が下る。恐ろしいモノに、恨まれて。
96
ローグの子供は前方を凝視した。夜闇のように暗い人間の建物の通路に充満する、煙の中に影を見つけた。
小柄な大人の影が2つ、背の高い影が1つの合わせて3つ。横に繋がって、彼方へと動いていく。
子供は歯を見せて笑った。大きな獣のような黒い耳を上下に振る。赤い目が深紅に、水色に、黄色に、黄緑に、灰色になって、深紅に光った。
数字で1を示す指の形にした手を伸ばすと、空気を5回突いてミミズ文字を描き、指で弾く。2つの赤い光の粒が空間に現れると、光は巨大な1個の火の玉になった。
子供がその場で指を弾くと、火の玉が大砲の弾のように飛んでいく。彼方の壁にぶつかって激しく燃え上がると、ローグは小さな両手を指同士合わせてニッコリ微笑んでから、醜い怪物染みた笑顔をして笑い声を上げた。
「うきゅ。ボクが外した人間以外は、要らないから絶滅させちゃうよ。邪魔するのも壊すよ!あははははは!!あはははははは!!」
「ニャー。あいつ、ダイレクトニャ」
リングは鳴き声混じりに呟いて関心した。背後に首を向けると、壁と床を焦がしながら燃え上がっている火の海を繁々と眺める。
橙色の愛嬌がある猫の目を限界まで釣り上げた。不機嫌になると、炎から目を逸らして正面を向き、鳴いてから呟いた。
「ニャー。あいつ、クソガキ、分かりやすい。あいつ、ニャーの群れ、居る、お仕置きする。生意気ニャ」
「鼠」
リングに押されながら先頭を歩いているヒュウラが、しんがりでリングを押しているデルタに向かって呟く。己に話し掛けてきている事を瞬時に察知したデルタは感覚の無い右足を引き摺るように動かしながら、ヒュウラに説明をした。
「ああ、そうだな。ローグは動物に例えたら、鼠の亜人だ。『雪鼠族(せつそぞく)』という別名もあるが、魔法のようなあの未知の技のインパクトが強過ぎて、不正者を意味する『ローグ』の方がポピュラーになったんだ」
右足の出血は止まっていた。血痕を床に付けずに移動出来ていることに、デルタは気付いて安堵する。一方で貧血による酷い眩暈を起こしていた。ぐらつく視界を時折頭を振って正す。
デルタは2種の亜人を押しながら、3種目の亜人の説明を続けた。
「ローグの本来の意味は不正者、手に負えない者、”ならず者”だ。人間が出来ない事を簡単に出来てしまうから、かつての人間達はあの種を異質な存在として見下し、蔑んでそう呼ぶようになった。エゴイスト達の滑稽な嫉妬でしか無いが、今はローグといえば、あの鼠の亜人の事を指すんだ」
ヒュウラから返事も反応もされなかった。手が押すモノが急に軽くなると、リングが真面に歩き出した。リングの前にいるヒュウラも歩いていく。デルタは亜人達が己の言う事を聞いてくれると期待して、白銀のショットガンを構えながら後に付いて行った。
心の中で呟く。
(ローグ、絶滅種。あの子供が唯一の生き残りなら、超希少種よりも希少。おまけに年端もいかない幼い子供。そして雌体の可能性もある。
絶対的上級存在。俺達人間は、理性がある限り手が出せない)
97
ヒュウラは寄り道する事なく、真っ直ぐ一方を目指していた。後を付いていくリングは時々、背後から歩いてくるデルタに振り向いては鳴き声をあげる。
デルタは白銀のショットガンを片手に掴み、片腕で動かない右足を掴んで引き摺っていた。本来は安静が必要である身体を無理矢理動かしているせいで意識混濁を起こしかけており、銀縁の眼鏡を掛けた青い目が虚ろになっている。
脂汗も出なくなった青白い顔で、デルタは心配そうに見つめてくるリングに前を向くようジェスチャーを送った。リングは鳴くのを止めて合図に従う。最前列のヒュウラは無表情のまま、後方から時々発せられる爆発音が聞こえないかのように黙々と歩いていくと、
天井から垂れている、半壊した非常口の案内看板を見上げる。右を指している矢印を一瞥すると、ヒュウラは左に曲がった。
異常に気付いたデルタが、ヒュウラに注意する。
「ヒュウラ、未だリモコンを取りにいきたいのか?テレビは新しい物を買って送ってやるから諦めろ。そして今直ぐに此処を出ろ。ローグが暴れている事はもう知っているだろ?」
ヒュウラに無視された。黙々と検討違いの所に行く狼の亜人に、デルタは再び話し掛けた。
「”原子操作術”は我々人間には未知の技なんだ。空気から爆弾を無限に作る奴が徘徊している。見つかったら全員殺されて喪失(ロスト)させられてしまう」
ヒュウラにまたもや無視された。デルタは大きな溜息を吐いてから、ショットガンの銃床を床に押し付けて杖代わりにする。ヒュウラを強引に出口に連れて行く為、歩む速度を上げてリングを追い抜こうとすると、
直ぐ後ろの道が大爆発した。
非常口に繋がる側の道に、ローグが先回りしていた。
ローグの子供は、両手の指の腹を合わせて口元まで上げる独特のポーズを取りながら、独り言を呟く。
「うきゅう。あいつらに当たった?」
煙が充満する前方の通路を眺める。煙と炎と熱気が徐々に消えていくと、生き物の死体が何も無い空っぽの空間を見て、ぼやいた。
「何もいない。うーん、見間違い?こっちに来ると思ったんだけど」
詰まらなさそうに口を尖らせる。指の腹と腹をリズムを取るように叩き合うと、手を離してその場で1、2、3回転、クルクル回り出した。黒い大きな獣耳を振ると、ニッコリと笑って言う。
「まあ良いや。ボク此処もう飽きちゃったー!次の所に行こうかなー?でももっといっぱい壊しても良いかな!あはははははははは!!」
歯を見せてゲラゲラ笑った。狂気に満ちた怪物の亜人は、大声で笑いながら出入口の反対方向に向かって歩き出した。
「ヒュウラ。お前に付いていく事にする」
デルタは、背後から前方に首を向けて呟いた。ヒュウラは3度目の無視をして、黙々と道を先行していく。
背後がまた爆発した。続けて更に爆発する。子供の甲高い笑い声も聞こえてきた。ゲラゲラ笑っているローグの声に、可愛げは欠片も感じなかった。
爆破攻撃はどんどん離れた場所で行なわれていく。ローグが見当違いの方向に移動し始めたと聴覚で察知したデルタは、顔に流れている冷や汗を拭いながら独り言を呟いた。
「完全にハイだな。どう見ても小さな子供なのに、危険極まりない」
「ニャー。デルタ。クソガキ、生意気。どうするニャ?」
橙色の目を鋭く釣り上げたリングが、歩きながら振り向いてきた。デルタは即答する。
「絶対に構うな。兎に角、回り道をしてでも支部から必ず脱出する。ヒュウラを最優先、次に君、最後に俺が出る。脱出をしたら組織の情報部に連絡して、支援をして貰う。あの子供の捕獲はそれからだ」
返事の鳴き声を上げたリングを前に向かせてから、デルタはヒュウラに視線を向けた。
ヒュウラは黙々と歩いていく。四面をコンクリートが覆う支部の内部は何処も同じような構造だったが、扉に付いた案内版や、保護官達の自室の扉に付けられた此処それぞれの嗜好が良く分かる飾りの数々が、己が何度も何度も通った事がある、良く知る通路の一角である事を示していた。
デルタは自分の部屋の扉に付けているのが、腰に赤い布を巻いてハロウィン飾りのプラスチック製の両手斧と共にドアノブに結ばれている、ある亜人をモチーフにした茶色い犬の小さなぬいぐるみである事を少し思い出してから、眉間に皺を寄せてヒュウラに声を掛けた。
「ヒュウラ、やっぱりリモコンを取りに行こうとしているだろ?諦めろと何度も言った。そんなにあの型じゃ無いと駄目なのか?」
「リモコンは」
ヒュウラが言葉を返してきた。足を止めて振り向いてくると、通路の一角が爆発した。だが遥か彼方の場所だった。
仏頂面で、ヒュウラは言った。
「上の端にあるボタンを押すと楽しい」
ヒュウラは電源ボタンを愛している。
どのような状況でも決して揺らがない強靭的なマイペースに、すっかり慣れてしまったデルタは真顔で、相手の口癖を返事として使う。
「そうか」
大きく溜息を吐いた。ヒュウラに向かってニャーニャー鳴くリングの背中を押しながら、ヒュウラにも歩くよう念を込めて指示をする。
「仕方がない、回収はリモコンだけだぞ。ラグナル保護官の部屋は此処から近いな。絶対にローグに見付からないように移動するぞ」
「御意」
ヒュウラはデルタに従った。ローグに発見されないように道を選びながら、ミトの部屋に行く任務を開始した。