Bounty Dog 【清稜風月】73-74

73

 予定は、夕方の時点でも未定だった。睦月と3週間続けている”容疑者K”捜査は、3週間変わらず続けている町人達への聞き込みと、殺人現場である和菓子屋周辺の調査を散々行ってから、何時ものように収穫無しの状態で山の一軒家に帰った。
 家から迎えに出てきた日雨に報告をしてから、家で日雨が用意した食事を取る。今晩の夕食(ゆうげ)は冷菜が多めだった。日雨が作る料理には毎回何かにキノコが入っているが、今日の食事では榎茸(エノキダケ)を醤油と櫻國酒と砂糖で煮て作る『なめ茸』が小鉢に入って添えられていた。
 ヒュウラは人工的に味付けされた食品は煎餅以外一切食べられないので、炊いた白米と一緒に特別に作って貰った焼きキノコと塩無し焼き鮎を食べた。食事が終わると、甘味(かんみ)と温かい緑茶を受け取った。今夜のデザートは桜桃(さくらんぼ)だったので、ヒュウラも食べる事が出来た。
 夕食が終わると、”予定”の時間がやってきた。食事の後片付けを終えた日雨が、ヒュウラを縁側に呼ぶ。虫は睦月に”笑顔の特訓”をすると嘘を吐いた。
 結果、昨夜の事件で警戒している睦月が日雨の嘘を見破って、縁側に一緒にやって来た。
 初めからプンプン怒りながら目と口の端を手と触覚で弄ってくる虫女に、その態度ではバレバレだと心の中で思いながら、狼はされるがままに顔を弄られる。途中で睦月が日雨を止めた。ヒュウラの目と口に付いた痣が酷くなっていると指摘してから、苦笑しながら日雨に言った。
「ほら。やっぱり思った通り、ヒュウラに菓子折りを押し付けようとしていたでしょ?僕が居るから安本丹(あんぽんたん)な事をするのは、もう無理だからね。笑顔訓練も、そろそろ諦めなよ」
「駄目だよ!ヒュウラさんにニッコリして欲しいの!!」
 日雨はプンプン怒りながら抗議したが、睦月は適当にあしらった。プンプン怒りながら家の中に戻っていった虫女の4枚の羽が生えている背中を見つめた1人と1体はお互いの顔を見合うと、睦月がヒュウラに向かって話し掛けてきた。
「本当に酷い事になってるよ、顔。面目無い、日雨の我儘に付き合わせてばかりで」
「何とも思わない」
「いいや、何か何時も思っているのは知ってるから。何となくだけどね、色々まどろこしい(面倒臭い)んでしょ?」
 睦月は苦笑いをしながらヒュウラの真(まこと)を推測して伝えてきた。推理力はあるが犯人に未だ辿り着けない”麗音蜻蛉殺し情報漏洩容疑者・K “捜査中の臨時探偵は、苦笑しながらヒュウラにも日雨に言ったモノと同じ言葉で”忍者ごっこ”への警告をしてから、K捜査の手掛かりになる場所は思い付かないかと相談をしてきて、「無い」と答えた己を連れて家の中に戻った。

 今宵の予定は、睦月に邪魔されて潰れた。だが予定は”未定”だったので、ヒュウラは本当に何とも思っていなかった。

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