Valkan Raven #3-4

 3-4

 窓を開けてベランダに出る。錆が浸食しているステンレスの手すりに勢い良く乗り出してしまい、小柄な身体と豊満な胸が押し潰されて支えられる。
 外れそうな金属の格子ごと転落しないよう慌てて身を離すと、魅姫は狭い床を中腰で移動する。璃音の部屋と逆の方向に向かうと、手すり壁に手を掛けて身体を乗り上げ、足場にしてから隣の部屋に飛び移った。
 ーー体育は苦手だ。だけど運動神経が壊滅的な訳ではない。ーー
 住人のいない空っぽの部屋のベランダを更に進み、壁に設置されている雨樋を掴む。手すり壁に乗って左右と上下を確認すると、勢いを付けて飛び降りる。
 命綱のパイプから途中で手が外れて、背中から地面に落下する。薮の上に落ちたので軽い打撲で済むが、衝撃と激痛で仰向けのまま動けなくなる。
 ーー二度ともうしたくは無い。ーー痛む背中と尻を摩りながら起き上がり、涙目で周囲を見渡すが、殺し屋の気配は感じない。念の為にその場に伏せて暫く静止をする。銃が飛び出てくる様子は無い。
 アパートを沿うようにぐるりと半周して階段の前に移動する。蹴り飛ばされたランタンを拾い上げると、電源が故障していないか確かめる。淡い人工の光がジイジイと音を出して作動した事を確認すると、直ぐに電源をOFFにして振り子人形のように首を何往復も横振りさせた。
 ーーやはり人気は感じない。煙草の臭いもしない。もう出掛けているようだ。ーー前方を向き、畑に挟まれた土道を眺める。後ろを振り向いて最後の確認をすると、ランタンの電源を付けて全速力で走った。
 (世鷹君。あの海に行ったら会えるかな?)

 半月の光に照らされた屋根の上で影が動く。ギターケースを背負った殺し屋がアサルトライフルのスライド音を響かせると、初夏の夜風が、羽織っているトレンチコートの裾をはためかせた。

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